旧箱:腹が減っては恋は出来ぬ
side 荒北靖友

夏休みの東堂庵。

東堂から招待された俺たち5人は久しぶりの再会を果たしていた。

「カンパーイ!」

といっても酒ではない。ソフトドリンクを片手にテーブルの真ん中でグラスを鳴らす。

「それでェ?まず報告あンだろ」

目の前で甘ったるい空気をプンプンさせながらおしゃべりを楽しむこのバカップルもとい新開隼人と花咲芽依へ目線を送ると、男の方は緩み切った顔をさらに緩ませて、女の方は照れたような顔をした。

「おかげさまで」
「全く、やっとだな!」

俺の右隣に座っている東堂が二人に声をかける。

「フクのナイスアシストだっただろう?」

俺の左隣の福チャンが無言で頷いた。

「福ちゃん風邪引くなんて珍しいなって思ったんだよね」
「俺たち福チャンに次3人で飯食う日があったら連絡してって頼んどいたんだヨ、このダメ4番がとっとと言わねェから」
「いやぁ」

ヘラヘラ頭を掻きながら緩み切った表情を一切締め直そうとしない男の足をテーブルの下で蹴ってみると、慌てて新開がこっちを向いた。

「ッたく、緩みっぱなしィ」

そう指摘すると、奴はパチンと両頬を叩いて一瞬だけちゃんとした顔をした。一瞬だけ。

「まあいいじゃないか、東堂庵自慢の夕食だ、熱いうちに食べてくれ!」

目の前に広がる美味そうな料理。鉄板の上で焼かれている肉と青い器に綺麗に盛られた刺身に腹が鳴りそうになる。

「ありがと、いただきまーす!」

芽依チャンが先陣を切って箸をつけると、それに倣って他の面々も食事を口に運び始めた。

***

「フクはどうなのだ?」
「あー、えっと、葉山さんだっけ?」
「ああ」
「うまくやってるか?」
「そうだな」
「福チャンって、好きとか言うのォ?」
「いや…」
「ダメだぜ?そういうことはちゃんと言葉にしないと」
「てめェが言うか」
「靖友は言うのか?彼女に」
「生憎彼女もいないし、なりそうな女もいねェよ」

ッたく、この男はようやく恋が実ったと思えば頭がお花畑になってるようだ。

「ね、福ちゃんって葉山さんとちゃんとデートとかしてるの?」
「まあ…」
「ッつーか、3人同じ大学だろ、聞いてなかったのかヨ」
「だって福ちゃんあんまり話してくれないもん、デート、遠距離でしょ?」
「…ああ」
「結構会えてるんだ、よかったね」
「1回だ、彼女がゴールデンウィークに帰省したとき」
「え?1回?夏休みは?」
「部活がある」
「いや、あるけど、休みもあるよね」
「彼女も忙しくて帰ってこない」
「……ねえ、帰ってこないじゃなくて」

フツフツフツ、と芽依チャンからほんの少しの怒りのオーラが漂って来る。

「福ちゃんは行こうとしてないわけ」
「…ああ」
「私がどうこう言うことじゃないけど…」

言うか言わないか迷っているのだろう。口をモゴモゴさせてから、決めたように福チャンを真っ直ぐ見つめた。

「葉山さんが大切ならちゃんと捕まえておく努力しなきゃ、あっという間にいなくなっちゃうからね」

福チャンが突然昼休みの5人での食事を週1日だけ来れないと告げたのは3年の秋も終わりに近づいた頃で、何故かと問えばあの鉄仮面男の彼が頬を少し赤らめて彼女ができたと発したその時の俺たちの驚きは尋常じゃなかった。

福チャンはその彼女のことが好きだったのか、それとも告白されたから付き合ったのかはわからない。でもまァ俺は、福チャンは好きでもない女と付き合うような奴ではないと思ってるし、実際好意を持っていたから付き合ったんだろう。

「わかってる」

顔色一つ変えずに芽依チャンにそう告げた福チャンは黙々と目の前の肉を食べ続けるので、余計に芽依チャンの怒りを買っているようだけど、新開が「芽依が怒ったってしょうがないだろ」と宥めてまた5人、食事に戻った。

***

「そう言えば箱学、新しいマネージャー入ったんだってェ?」

なぜか金城経由で聞いたその話題を弟が今年母校に入学したと言う目の前の男に問う。

「おお、そうらしいぜ、芽依行ってきたんだろ?」
「そうそう、楓ちゃん!しっかり者でね、悠人くんも上手くやってたよー、葦木場に懐いてた」
「葦木場にねェ」
「真波はしっかりやってたか?」
「うんうん、真波もちょっと先輩らしくなってたかな」
「インハイが楽しみだな」

どうやらコイツらは全員インハイを見に行くらしい。俺はどうすっかなァ。

「失礼します」

そんなことを考えていると部屋の扉をノックする音が聞こえて、その向こうからは随分と若い可愛らしい仲居が入ってきた。

「麗華、どうした」

東堂が女を下の名前で呼ぶのは、初めて見た。

芽依チャンのことでさえ、苗字で呼んでいるのに。

「尽八くん、今日お越しのお得意様がご挨拶したいって」
「わかった、すぐ行く」

彼女は俺たちに視線を変えると丁寧に頭を下げた。

「お食事中失礼致しました」

そう告げて部屋を出てすぐ、隣の東堂が立ち上がる。

「すまない、少しだけ抜ける、食事楽しんでいてくれ」

急ぎ足で部屋を出て行った東堂が女性を下の名前で呼んだ違和感を感じたのはどうやら俺と目の前の男だけだったようで。

「ヒュウ」

楽しそうに東堂を見送りお得意のポーズを決める彼に「お前がアイツ仕留めてどうすンだよ」と突っ込んだら、それもそうかと笑っていた。
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