悠人:可愛くないからキライ
side 新開悠人

「違う、これいちごみるくじゃなくていちごオレ」
「はぁ?大して変わんないでしょ」
「変わる!私が欲しかったのはその隣の自販機にあるやつ!」

ムカつく。本当にムカつく。この口うるさいマネージャーもとい雪島楓に、謝ってから1週間。

「明日のお昼はいちごみるくが飲みたい」

と、部活終わりに俺の隣に来て憎たらしい笑顔でそう言い放った彼女が、昼休み意気揚々と俺の教室まで取りに来たのだ。

ムカつくけれどしょうがないと3時間目の休み時間にわざわざ食堂の近くにある自販機まで買いに行ったというのに。

「新開くんはおつかいもできないの?」
「…ジャイアンみたいなこと言わないでくれない?わざわざ買いに行ったんだからありがたくもらいなよ、そんなんじゃモテないよ」
「別に新開くんにモテる必要がないし」
「あっそ」
「そもそもなんで新開くんは男目当てだのモテないだの、私男のために生きてるわけじゃないんですけど」

いけない、また彼女の火に油を注ぎそうになっているらしい。

「ほんっと、随分モテるお兄さんのそばにいて捻くれちゃったんだね」
「別に、俺だってそれなりにモテるし」
「へー、それはご立派なこと」
「とにかく!今日はこれで我慢してよ」

彼女に買ってきたピンクの紙パックを押し付けると「仕方ないな」とため息をつきながらそれを受け取った。

「来週もまた、金曜日に飲みたい」
「はあ?」
「10回買ってくれるんでしょ」
「……ほんと、サイアク」
「あ、今度は間違えないように私もついて行くから」
「はあ!?」
「じゃあまた、来週の昼休みね」

最初は確かに俺が悪かったと思うけど、面倒くさい女だ。謝った時だってそうだった。

「ねえ」
「……」
「ねえって」
「ねえ、って名前じゃないんですけど」
「……はあ?」
「話がしたいなら名前ぐらい呼べば」

最初からまさに臨戦態勢、本当に最悪な謝罪タイム。

「………雪島さん」
「なんですか?」
「この前の…」
「この前?」
「だから!男目当てだって言ったやつ」
「……ああ、だいぶ、前のやつね」

この前、と言ったのが気に食わなかったのか、謝るまでにどんだけ時間をかけてるんだと言いたいのか、『大分』を強調して話した彼女とはやっぱり仲良くなれそうにない。

「男目当てじゃないってわかったから」
「…はあ?」
「そういうことだから」
「意味わかんない」
「だから!悪かったって!言ってるんでしょ!?そんなこともわかんないの?」
「謝るときは、ごめんなさいって幼稚園で習わなかったの?」

わかってる、俺も随分と子どもっぽいなあとは思っているけど、なぜか、彼女の前だと素直に謝ることができなくて。

「うるさいな…」
「え?新開くん本当に悪いって思ってるの?」
「…思ってるから話してるんでしょ!」
「それ逆ギレって言うんだよ」
「…っ、あー、もー、ごめんってば」

ヤケクソになって発したごめんを聞いた彼女は満足そうにニヤニヤと笑った。

「本当、新開くんって面白いね」
「はあ?」
「ムカつくけど、いちごみるく10回奢ってくれたら許してあげる」
「なにそれ」
「だって私すごい傷ついたし」
「それは悪かったって言ったでしょ」
「いちごみるく10回でチャラ!安い、私優しすぎじゃない?」

うんうん、と誰に言ってるんだか知らないけど勝手に目の前で頷くその彼女に思わずため息をついた。

「…最悪」
「え?原因作ったのはどっちだっけ?」
「……はいはいわかりました、わかりました!奢ればいいんでしょ」
「うん、よろしく」

満足したのか、ヒラヒラ手を振って部室を出て行った彼女を見ながら、なぜか心の中で少しホッとした気持ちが湧き出て、本当に意味がわからないと髪をクシャクシャにしてから制服に着替えて部室を後にしたのだ。

***

「新開くーん、来たよ」

予告通り、次の金曜日にまた教室にやって来た彼女は鼻歌交じりに俺の机までやって来た。

「新開くん、お昼は食堂?」
「そうだけど」
「そ、じゃあいちごみるく買いに行こ」

早くして、とでも言いたげな瞳でこちらを見ているので慌てて財布を出して教室を出る。

「新開くんって、少しだけモテるの?」
「は?」
「さっき教室出てくる時、チラチラ見られたから」
「アンタよりはモテるんじゃない」
「アンタじゃなくて名前があるんですけど」
「…そういう面倒臭いこと言う雪島さんよりはモテるよ」
「ふーん」

俺に突っかかって来たと思えば、その返答に興味なさそうな反応をする彼女が掴めない、いや別に掴めなくてもいいんだけど。

「あ、コレコレ」

自販機の前に着くと彼女は笑顔でお目当ての飲み物を指差す。

「…あ、やっぱり今日はココアがいいな」
「はぁ?いちごみるくって約束でしょ」
「え?だってこの前いちごオレだったじゃん」
「……はぁ…」

もう、彼女との言い合いは不毛だ。百円玉を入れて乱暴にココアのボタンを押す。

「あ!悠人〜!楓ちゃーん!」

ゴト、と音を立ててココアが落ちて来たところで後ろから背の高い随分と世話を焼いてくれている先輩の声がした。

「あっ!葦木場さん!」

隣にいた彼女が俺といる時には決して見せない全開の笑顔で先輩に声をかけるからムカつく。

「楓ちゃん、悠人とお昼?」
「そうなんです」
「はぁ?ジュース買いに来ただけだから」
「え?でももう席埋まってるよ?パンでも買ってその辺で食べようよ、私はお弁当あるし、どうせ友達はもう食べ始めちゃってるし」

そう言いながら、彼女は窓の外に見える中庭を指した。

「意味わかんない、なんでアンタと食べなきゃいけないわけ」
「仲直りの印に?」
「絶対やだ」
「あはは、仲良しになったんだねぇ」
「はぁ!?どこが仲良しに見えるんすか?葦木場さん目悪いっすよ」
「…じゃあ今日は俺もご一緒しようかな〜」

そんなことを言って葦木場さんは一緒に来ていた友達に「今日はこの子達と食べるね」なんて言っている。

「はぁ!?葦木場さんとならいいっすけど、コイツはいやだ」
「葦木場さーん、コイツとかアンタとか、新開くん、私の名前が恥ずかしくて言えないみたいなんです」
「悠人って女の子好きなふりして実は苦手なの?」
「葦木場さん!違います!!はー!ほんっとにムカつく!」

俺の言葉を聞いて笑った彼女が「先に中庭で場所取っておきますね」と言って去った後、葦木場さんとパンを買いに食堂に向かう。

「楓ちゃんなりに、悠人と仲直りしようとしてるんだねぇ」

呑気に笑う先輩の言葉を聞いて。

「知らないっす…」

そう答えながら、なんだか自分よりも数倍大人なのであろう彼女への苛立ちなのか恥ずかしさなのかなんなのか、なんとも言えない感情が心を支配していた。
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