福富:穴だらけのスーパーマン
side 花咲芽依

「すまないが、京都の土産は買いに行けなかった」

昼休みに食堂で、隼人と私が先にとっていた席にやってきた福ちゃんが表情を変えずに話したのは福ちゃんが京都に行くはずだった日の翌週のことだった。

「全然平気だよ、楽しかった?」
「どうだった?久しぶりの彼女は」

私はてっきり、お土産を買う時間がなかったと、そう福ちゃんが私たちに伝えたのだと思ったのだ。

「違う」
「え?」
「京都に行けなかった」
「…え?」

何一つ、表情を変えない福ちゃんが、一体何を言っているのか、全く理解できない。

「…えーっと、寿一、何か用事でもできちまったのか?」
「あ、それとも葉山さんが予定ダメになっちゃった?」
「違う」

思わず、目の前に座っている隼人と顔を合わせる。

「別れようと言われた」

そこで初めて、福ちゃんが表情を歪めた。

「…………」
「あー…寿一、とりあえず座るか?」

隼人が隣の椅子を引く。

苦しそうな顔をしたまま、福ちゃんは私たちと目を合わせることもなくそこに座った。こんな福ちゃんを見るのは高校2年のインターハイ後以来だ。

「寿一?」
「やはり」

静かに下を向く福ちゃん。

「俺には恋愛は向いていない」
「そんなことない」
「花咲の言う通りだった」
「福ちゃん…」
「努力しなければ、いなくなってしまう」
「……」
「よくわからなかった」

福ちゃんの悲しそうな顔を見て、私まで胸が締め付けられるようだった。

「全部間違っていた気がする」

彼はあまり私たちに恋愛の話をすることはなかった。正直、葉山さんと付き合い出したと聞いた時も驚いたし、福ちゃんは彼女のことが好きでもないのに付き合っているのだろうかなんて失礼な疑念の目を向けたこともあった。

でも、彼は私たちが想像してるよりも遥かに、彼女のことを好きだったんだ。

「福ちゃん…」

別れたくないなら京都まで会いに行っておいでよ、そんな言葉をかけるのが、正しいのか、正しくないのか。彼にとって今必要な言葉はなんだろう。

「……葉山が幸せになれる方がいいと思うから、これでいい」

真っ直ぐ私を見てそう言う福ちゃんは、本当はそんな風に思ってないこともわかっていて、辛い。

「…寿一、次サボって回しに行くか?」
「サボるのは良くない」
「ヒュウ、俺、寿一のそう言うとこ好きだぜ」
「私も」
「…お前たちみたいにできたらよかったのにな」

笑顔一つ見せず、そんな言葉をポツリと呟いて、「飯を買ってくる」と席を立った福ちゃんを静かに見送る。

「…福ちゃん、辛そうだった」
「そうだな、寿一のあんな顔滅多に見ないから俺も正直戸惑った」
「…私、なんか余計なこと言っちゃった気がする」
「そんなことないさ」
「でも、葉山さん、辛かったんだろうなって思うから、もう一回頑張りなよって言えなかった」
「うん、いいんだよ、この後どうするかは寿一が決めることだ」
「ん…」
「今日は部活終わり3人で飯でも行くか」
「…ん、そうだね」

いつも通り定食を買って戻ってきた福ちゃんに隼人が「晩飯3人で食べに行くか?」と声をかけて、部活終わりに3人で向かったいつものレストラン。

福ちゃんは静かにいつもと同じメニューを頼んで食べていた。お会計の時に出したお財布には使うことができなかった新幹線の切符が入っていて。

「…捨てられなくてな」
「いいと思う。いつかお財布から出せるといいね」
「この財布も、葉山から貰った」
「そうなんだ」

聞いたことのなかった彼女との思い出を私たちにほんの少し披露してくれた福ちゃんの切ない笑顔と「貰った時とても嬉しくて、大切にしてた」というため息交じりの声が、ずっとずっと忘れられなかった。
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