荒北:優しい吐息で眠らせて
side 白波亜梨沙

『今日はありがと、ちゃんと部屋の鍵しめて』

熱い、熱い、熱い。

もう10月だというのに、汗が出て来そうなくらい身体が火照っている。

「荒北くん…」

誰もいない部屋、ベッドに横になって、LIMEのメッセージをなぞりながら呟いてみる。あまりにも幸せな音に聞こえて、さらに体が熱くなる。

「どうしよ…」

いつまでたっても身体の熱が引かない。頭から荒北くんの嬉しそうな顔と恥ずかしそうな顔が離れないし、耳では荒北くんの好きだよって声が何度だって再生されるし、荒北くんの細くてゴツゴツとした手の温もりが今も指先から伝わって来そうだし。

…唇は…

「あああああ!!!」

思わず、何度も交わしてしまった口づけを思い出してベッドの上で体を右に左に揺らしてしまう。ずっとずっともどかしく感じていた彼とのキス。そんなの、叫びたくなってもしょうがない、今日だけは許してくれと、隣の部屋と私の部屋を遮る壁に心で謝った。

「…返事しなきゃ」

いつもは、ありがとうだけなのに。

「部屋の鍵、しめな…って、彼氏みたい…」

彼氏になったんでしょ、とセルフツッコミ。はあ、中学生か。いや、中学生はキスしないし…付き合う前に…。私おやすみのキスとか、恥ずかしいことしてしまった、今更になって荒北くんに引かれていないか心配になってしまう。でも、唇を離した瞬間、嬉しそうな顔をしてたし抱きしめてくれたし…

「わーーーー!!!」

ごめんなさい、隣の人。本当に、頭が沸騰しそう。早く返事をしなければ。

『ありがとう、明日も楽しみだね』

今だに静まらない心臓の音を感じながら、どうにかそう返信した。

『芽依、電話していい?』

このドキドキを、誰かに話して放出してどうにか収めて眠りにつきたい。明日は荒北くんの好きな唐揚げを揚げて、この前喜んでくれたおにぎりを作らないといけないのだ。

荒北くんと出会うきっかけをくれた友人に報告しなければ、と送信して気がつく。

「あ、今日新開くんと一緒か」

無理かな、無理だろう。何をしているかは知らないけれど、まあ多分無理。返事も来ないかも、そんなことを考えていると彼女から電話がかかって来た。

『もしもし?亜梨沙?』
『芽依、ごめん、平気だった?新開くんと一緒だよね』
『うん、平気、隼人今お風呂だから』
『そっか、ごめん送ってから気がついて』
『全然、何かあった?ちゃんと家帰れた?』

深呼吸をして。

『あのね、付き合うことになった』

彼女が驚いて息を止めたのがわかった。

『えーーーーーーーー!!』
『芽依、どうした?』

電話の遠くから、彼女の声に驚いたのであろう新開くんの声が聞こえる。

『ほ、ほんとに?ほんと?』
『うん』
『ひゃー!よかったね!よかった!えー!よかった!』
『ありがと』
『えー!急展開、本当!よかった、あー、ホッとした』

良かった良かったと電話口でずっとそればっかり話す友人の優しさに少し心が落ち着いて。

『芽依?何大きい声出して』

聞こえてくる新開くんの声が少し大きくなったから、多分リビングだか寝室だか、芽依の近くに戻って来たのだろう。

『えっ、えー、本当に良かったね』
『芽依、新開くん平気?芽依の声に驚いたんじゃない?』
『あ、ちょっと待って』

「ごめん、いま亜梨沙と電話中」そう小声で彼女が新開くんに話す声が聞こえた。

『ごめん大丈夫』
『あの、ま、報告だけなんだけど』
『ちょっと今度詳しく…ひゃー』
『ひゃーって』

私よりも興奮しているんじゃないかというくらい驚いている彼女に思わず笑う。

『明日は?デートするの?』
『うん、一応』
『そっかぁ、良かった、本当によかったね』
『ありがとうね、芽依のおかげ。新開くんにもお礼言っておいて』
『ううん!良かった、隼人にも話しておくね、今度また詳しく教えて、あ!また4人でも飲みに行ったりしたいね』
『ふふ…そうだね、ごめんね夜遅くに』
『ううん!全然気にしないで』
『ありがと』
『明日楽しんで来てね、荒北にもよろしく』
『うん』

荒北にもよろしく、そう芽依に言われて、ああ、私はそんな風に言われる存在になったのだと、浮かれまくりの頭でそんな幸せなことを考えながら芽依との電話を終わらせた。

電話を切るとLIMEのメッセージが1件入っていて。

『寝れそう?』

荒北くんからのそんな言葉。

『うん、どうにか』
『おやすみ、また明日』

荒北くんも眠れないのかな?同じ気持ちだったら嬉しいな、なんてそんなことを考えたらまた目が覚めてしまって。

部屋の電気を消して布団に潜って、とにかく頑張って心を無にしようと目をつぶった。
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