隼人:一生守りたい心臓
side 花咲芽依

「電話終わった?」

ニコニコと隼人が後ろから声をかけてくる。

「うん」
「その様子じゃうまくいったみたいだな」

ギュッと背中から回された手に自分の手を置くと、彼の鼻が首筋にあたって。

「隼人、まだ髪濡れてる」

彼の濡れたままの髪が頬に触れた。

「乾かしておいで」
「芽依が乾かして」

わたしに回されたその腕に力が入って。
甘えたい気分なのかな、なんて彼の温もりをそのまま受け止める。

「どうしたの、隼人」
「んー、なんか良いなあって思った」
「何が」
「靖友と白波さん」
「えー?」
「思い出した、俺たちの最初の頃」
「付き合い始めた頃?」
「うん」
「ふふふ」
「なんか、靖友がさ、あーでもないこーでもないって悩んでるのも良いなあって」
「なあに、今に不満でもあるんですか」

腕の中で体の向きを変え、隼人の顔を見て頬を抓る。

「ないけど」
「うん」
「すげー幸せだし」
「うん」
「はー、芽依に会いたいなって思ってた、靖友の話聞きながら」
「ふふ、うん、わたしもね、今日亜梨沙に私たちの付き合う時の話聞かれてね」
「そうなの?」
「うん、なんか、いろんなことあって今があって、毎日幸せだなあって思ったよ」
「なあ、芽依」
「んー?」
「好きだよ」
「うん、わたしも」
「わたしもじゃなくて」
「もー、隼人今日どうしたの」
「いいだろ」
「隼人のこと大好きだよ」
「はー、芽依とずっと一緒にいたい」

そう言うと抱きしめる腕に力を込めた。

ずっと一緒に、か。社会人になってお互いが自立した生活を送るようになって。隼人はこれからの未来をどう考えてるんだろうか、と少し現実に迫ってきた将来が頭をよぎる。

「ほら、ドライヤー持ってきて」
「はーい」

洗面台にドライヤーを取りに行く隼人を見送りながら、私は、隼人と結婚して子供が生まれたりして、一緒におじいさんとおばあさんになって、定年退職したら二人で長い海外旅行行ったりして、ああそんな幸せが待っていればいいのに、なんて夢を思い浮かべていた。

***

「そういえば芽依さ、年末年始、実家帰るの?」
「年末?」
「うん」

隼人の髪を乾かして、そのままベットに入っておやすみなさい、なんて金曜日の夜にそんなことを彼がするはずもなく。

荒北と亜梨沙の恋模様に刺激されたのか随分と甘く甘く、普段の120%くらいの甘さで彼に愛された後、大好きな腕枕をしてもらいながら横になっていると、彼が切り出した。

「うちは毎年2日に集まってるから、私もその日に日帰りで帰省しようかな」

神奈川の厚木にある実家には毎年正月と夏は必ず帰るようにしていた。

「俺も行っていいかな、俺の実家からも近いし」
「え?」

隼人の実家には何度かお邪魔したことがあるけれど、私の家に隼人を呼んだことはない。というか…。

「芽依、俺のこと話した?ご両親に」
「あはは…」
「もう5年だぜ」
「…うーん、いや、一応話したよ、彼氏はいるって」

どんな人で、どのくらい付き合っていて、そんな話さえもしていない、ただ、彼氏がいるという事実をどうにか報告できただけなのだ。

「じゃあ、良いだろ?」
「でも、家に連れて行くのはなぁ…」

不服そうな顔でこちらを見る彼に返す言葉が浮かばなくて眉を下げて笑いかける。


『連れて来た人と別れたら、いざ違う人と結婚する時になんとなく気まずくなるから、結婚するって決めてから連れて来て』

『お父さん、そんな何回も彼氏見せられたら寂しくて辛いから結婚する時だけにして』

ごもっともといえばごもっともな母の意見と、娘大好き人間の父親の言葉。

寮に入って自転車競技部のマネージャーをやりたいという突然のお願いにも、一人暮らしをして都内の大学に進学するという決断にも、反対せず応援してくれていた両親が、私が彼氏を作るような年齢になってから言った唯一の我儘だった。

「やっぱりダメ、隼人は家連れてってくれてるのにごめんね」
「なんで、俺じゃ紹介できないのかよ」

いよいよ、隼人の機嫌が悪くなりそうだ。この話をするとなんとなく、隼人に結婚という2文字を無理矢理意識させてしまいそうな気がして、重いと思われたくなくて、大学の頃はなんとなくごまかして来たけれど。言ってみても良いのだろうか。

「そういうことじゃないの」
「じゃあなんで」
「あんまり深く考えなくていいから聞いてくれる?」
「ん」
「結婚する時だけ連れて来いって言われてる」
「へ?」
「私のする事なす事何にも文句言わない親に唯一言われてることだから、そうしたいというか…」
「結婚…」
「あー、だからその、うん、あんまり気にしないで。ごめんね、別に連れて行っても文句言わないとは思うんだけど、うん。でもできたら結婚する時にって言われてるからそうしたいというか」

まだ早いなんて重々わかっているから。もうこの話題はやめたい。なんか色々頭で考えちゃいそうだから。

「そうか…」
「ごめんね、だから隼人を紹介したくないとか、そういうことじゃないから」
「ん…」
「本当に!気にしないで、ごめんね」
「じゃあいつか挨拶する時までに、芽依の家族の話、聞かせてな」
「え?」
「知りたいだろ?好きな人が大切にする家族がどんな人たちなのか、昔から芽依、よく家族のこと大好きだって話してたし」
「…そうじゃなくて…いつか、挨拶してくれるの?」

そう尋ねると彼は何を言ってんだ、と笑った。

「この前も言ったけど、いつかはそういう風になりたいって俺だって思ってるよ」

私の頭を乗せている腕で、私のことを抱きしめて額にキスを落とす隼人の顔は幸せそうで。

「じゃあさ、年末うちの実家くる?」
「いいの?」
「母さんが芽依に会いたがってたからさ、次はいつ連れてくるのって、酷いよな、実の息子を差し置いて」

いつか、がいつかはわからないけど、近い未来、隼人を私の大好きな家族に会わせることを想像する。ああ、なんて幸せなんだろう、と彼の胸に顔をうずめて大好きな鼓動の音を感じた。
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