東堂:あの子を幸せにしてよ、神様
side 東堂尽八

俺の初恋は同い年の幼馴染だった。

中学に入り小学生の頃より少し男女として距離が開き、そして中学卒業後、箱根学園へ進んだ俺と彼女は実家へ帰った時に会う程度の仲になっていて、彼女への想いはロードバイクに打ち込めば打ち込むほど、少しずつ消えて行った。

そして大学に進んだ今。

「尽八お坊ちゃま、お帰りなさいませ」

東堂庵の仲居姿で、彼女は俺の前にいる。

「…麗華、お坊ちゃまはやめろって言っただろ」
「みんなそう言うんだもん」
「お前は呼ばんで良い」
「ちぇっ、はい、お土産ください」
「ったく、お前は」

前回彼女と会ったときにリクエストされていたお土産を紙袋から取り出し彼女の手のひらにおいた。

***

暫くぶりに会った彼女が高校卒業後は東堂庵に就職することになったと俺に告げたのは高3の2月のことだった。

「私ね、東堂庵でお世話になることになったの」

「久しぶりに散歩しない?」なんていう彼女の言葉に頷いて、小さい頃よく二人で遊びに行った山の上の小さな公園まで歩いた時に、彼女がそう俺に伝えたのだ。

「は?」
「は?じゃなくて」
「東堂庵?」
「そうです、よろしくお願いします、次期当主の尽八お坊ちゃん」
「…お前な」

ヒヒヒ、と笑い彼女が伸びをする。

「ま、尽八くんは大学行くんだもんね」
「ああ」
「そっかあ、じゃあ尽八くんが戻って来る頃には私は寿退職してるかも、4年もあるし」
「何言ってんだか」
「そうだ、今度帰ってくる時さ、東京駅で売ってるどら焼き買ってきて」
「相変わらず図々しい奴だな、大体お前高校3年間ほとんど会ってなかったというのに他に話すことないのか」

相変わらずケラケラ笑って俺を見る。

「無いよ、普通の女子高生でした」
「…さぞ賑やかな生活だっただろうな」
「あ、彼氏もできたし」
「ほう」
「ま、浮気されたけど」
「それは散々だったな」
「その次の人には好きな人ができたって振られた」
「麗華、お前見る目がないんじゃないか」
「そうかなあ…あ、尽八くんは、自転車頑張ってたんでしょ」
「まあな」
「大学でも続けるの?」
「ああ、そのつもりだ」

楽しそうに、目の前の景色を眺める彼女の隣にいると、昔に戻ったような気持ちだ。昔抱いていた淡い恋心、そんなことを少し思い出しながら彼女の高校時代の話を聞いて。そうか、彼女は俺の知らない間に他の男と恋の落ちて、人並みに失恋して。

「これからは、戻ってきた時こうやって話したりできたらいいね」

昔想いを寄せていた彼女が他の男と恋をしていたことに、なんともいえないほんの少しの寂しさを覚えながらも、思春期を迎えて離れてしまったその距離がまた少し近づいたことに心が暖かくなるのを感じた。

***

「また、随分と猫を被っていたな」

久しぶりの旧友との再会。用意した2部屋を男子、女子で分けるのか、隼人と花咲、フクと荒北で分けるのかで10分言い合って結局花咲が彼女に抱きついて離れない隼人に「今日くらい男同士で楽しみなよ」と言い聞かせて落ち着いた。

帰省中、旅館の手伝いをしている俺は、一度従業員の控えに戻ってからフクたちの部屋を訪れることになっていた。

「一応東堂庵の仲居ですから、ていうか私あの人たち知らないしね」

控え室では丁度休憩に入っていた麗華が賄いを食べていて、随分と丁寧な所作でアイツらに接していた彼女を揶揄った。

「まあそれもそうだな」
「ね、それにしてもイケメンだったね」
「そんなことなかろう、俺が一」
「えー」

ここでファンの子達なら黄色い歓声をくれるところだが、目の前の幼馴染は随分と手厳しく、俺の話を遮って否定した。

「茶髪の男か」
「ん?イケメン?3人とも」
「ハッ!1万歩譲って隼人は俺と良い勝負かもしれない、俺の勝ちだがな!それに他の二人よりは俺の方がかっこいいだろう」
「誰か紹介してほしいなぁ」
「この間彼氏ができたとわざわざLIMEして来たのはどこのどいつだ」
「あの人は浮気してた、ていうか私が浮気相手だった?」
「……お前、何度そんなことを繰り返すんだ」

彼女と再会後は頻繁と言うほどでは無いが連絡を取り合うようになっていて、言わば都合よく話を聞いてくれる男友達といったところだろうか。そこで知ったのは彼女が壊滅的に男を見る目がないということ。中学まではそんなことなかったと思うのに、高校時代に随分と恋愛体質になってしまったようで、好きな男ができただの、告白されただの、再会から半年の間にすでに3回は聞いた。小さい頃から知っている大切な幼馴染が変な男に捕まっていると知ると心が痛む。

「私はあの人がタイプ、あの金髪の」
「フクか、うむ、お前にしては良いチョイスだ」
「勿論茶髪の人でもいいよ」
「ただ残念ながら金髪の男には遠恋中の彼女がいるし、茶髪の男は今日一緒に来ていた女性と付き合っている」
「あ、やっぱり、そうだと思った。じゃあ、あの黒髪の人は」
「それだったら俺…」

いや待て「それだったら俺でいいだろう」と言おうとしたのか、俺は。

「俺?」
「なんでも無い、とにかく荒北もダメだ!ダメ」
「ケチ」
「大体お前は見境なしにそうやって、昔はそんなやつじゃなかっただろ」
「それは、尽八くんが…」
「は?」
「…なんでもない」
「俺がなんだ」
「なんでもないってば」

なぜ、キレる。不機嫌な顔で俺に言葉を放つ彼女にほんの少しの苛立ちを覚える。俺は、お前がもう少しちゃんと幸せになればと助言してるというのに。

「とにかく…もう少しちゃんと人と向き合って付き合う男を選べ」
「はいはい」
「ハイは一回」
「はーい」

ご馳走さまでした、と呟いて席を立つ彼女を目で追いかける。

「早くお友達のところ行った方がいいんじゃない?」

あっという間に普段通りの彼女に戻って。

「尽八お坊ちゃま」

そんな笑顔が空気をすぐに元に戻す。

「…麗華、だから」
「休憩あがりまーす」

掴みどころがあるようなないような、そんな彼女をため息で見送って、俺もそろそろ行くか、と片付けを始めた。
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