悠人:ささやかなロマンス
side 新開悠人

インターハイが終わって宿泊しているホテルに戻る。

夕飯まで暫くの自由時間、観戦に来ていた隼人くんと芽依ちゃんもこのホテル内にいるはずだ、と探し歩いていると遠くから声がする。

「あ、楓ちゃんだろ?」
「…新開くんの、お兄さん?」
「そ、悠人がいつも世話になってるな」

雪島さんと隼人くんの声。

芽依ちゃんがどこにいるか、とかなんとか聞いてるような会話が耳に入るけれど、なぜか俺の疲れ果てているはずの脚は走り出していた。

「雪島さん!」
「へ?」
「何してんの」
「花咲さんに挨拶したくて、どこにいるのか聞いてたの」
「いいから、早く来て」
「へ?いや、今、新開さんと話して」
「いいから!来て」
「悠人、お疲れ」
「隼人くん、いつ帰るの、早く芽依ちゃんのところ行きなよ、ちょっと俺たち用事あるから」

彼女の腕を引っ張ると背後から隼人くんの口笛が聞こえたけど、それはどうでもいい。別に、冷やかすような行動ではないと自分に言い聞かせる。

「新開くん、用事って何」
「うるさい」

無言でひたすら歩く、行くあてもなく。思わず掴んでしまった腕を離すタイミングがわからなくて、困ってしまう。

「ねえ」
「いいから」

何がいいのだ、と自問自答。頭に浮かんだのは、隼人くんの弟だと彼女に言われたくないということ。

そんなの、言えるわけないだろ。

どうにかたどり着いた誰もいない廊下の休憩スペースで立ち止まって、彼女の腕を離した。

「どうしたの?」
「………ごめん」
「新開くんが素直なんて、明日は大雨かな?」
「何それ」
「新開さん、優しいお兄さんだね」
「そう」
「あれは新開くんが捻くれるのもわかる」
「はあ?」

今までだってたくさん色んな人に隼人くんの話を聞かされて来たのに、今までの中で多分一番イライラしてる。

「だって、新開さん、新開くんとは違ってすごい大人の余裕あるし」
「そんなことない別に隼人くんだって子供っぽいとこ結構あるし、それに」
「それに?」
「……なんでもない、隼人くん彼女いるから」
「………ほんと新開くんって面白いよね、別に好きとか惚れたとかじゃないから」

隼人くんの弟という認識を、彼女にだけはどうしてもして欲しくないと思うのは、折角インターハイを必死に戦ったのに、そんな日の夜、隼人くんの方がすごいと言われたくないからだと自分で結論付けて。

「新開さんとか新開くんとかややこしい」
「はあ?」
「わかりにくいって言ってんの」
「…じゃあ、隼人さん?」
「はぁ!?なんであっちを名前で呼ぶわけ?」
「新開くんのこと今更名前で呼ぶの変じゃん」
「隼人くんのこと名前で呼ぶ方が変でしょ!?」

ムカつく。ムカつく。ムカつく。

「じゃあ新開さんのことは新開くんのお兄さんって呼ぶよ」
「意味わかんない」
「こっちのセリフだから」
「だから!俺の方を名前で呼べばいいでしょって言ってんの」
「何それ」
「いいでしょ、わかりにくいんだから」
「小学生か」
「はあ?」
「今更恥ずかしいから嫌」
「呼んで」
「なんでよ」
「いいから」
「しつこい」

なんでこんなにムキになってるのかわからない。でも、どうしても、彼女の中で、隼人くんじゃなくて、俺を真ん中で認識してほしい。絶対に言わないけど。別に、彼女が特別とか、そういうことじゃない。

「呼んでってば…」

やばい、なんか、すごい変な声が出たかも。これじゃまるで駄々をこねてるみたいだ、別にそういうつもりじゃなかったはずなのに。

「……ちょっと、新開くん?」
「うるさい」
「ごめん、そんなに嫌だった?」
「はあ?」
「え、なんか、すごい悲しそうな顔してる」
「うるさい、どっかいってよ」
「………悠人、くん?」

耳が熱い。

「恥ずかしいからヤダって言ったのに」

前を向くと彼女も耳が真っ赤だ。

「は…?何照れてんの…」
「ほんと、やだ…」
「………バカじゃない、の」
「…わたしだけ呼ぶのずるいから、新開くんもそうして」

逃げるようにして去った彼女の最後の言葉の意味を頭で考えて、ボーッとする頭を抱えながら部屋に戻った。

***

翌朝、学校へ戻る前に、朝食を終えた彼女が、大会側に提出する書類を配っている。

「…おはよう」
「おはよ…」
「はい、悠人くん」
「へ?」
「……悠人くんって言ってんの!」
「そ、れは…聞こえてるけど…」
「返事してよ」
「え、あ、あ…ありがと…」

目の前で食事を取っていた真波さんがニコニコとしていて。

「え〜、じゃあ楓ちゃん、俺のことも山岳さんって呼んでみて!」
「嫌です」
「あ!呼んでくれたら寝坊しないかも」
「嘘だ」
「ね!1回呼んでみて?」
「……さんがくさん?」
「………ぎゅーしてあげよっか?」
「ちょっと真波さん何言ってるんですか?」
「だって可愛いんだもん」
「ダメです!セクハラ!……楓ちゃんも笑ってないで!」
「あ、悠人も楓ちゃんって呼んでる!え?何?付き合いだしたの?」

そう言うと彼女は顔を真っ赤にして。

「絶対絶対ありえません!!」

そう言って真波さんにプリントを押し付けて黒田さんたちのところへ逃げていく彼女を目で追っていると、真波さんが「悠人と楓ちゃんって中学生みたいだよね、かわいい」と明らかにからかいの目でこちらを見てくるので「そんなことないです」とどうにか言い返して、味噌汁を啜った。

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