荒北:あなたとおいしいじかん
※荒北くん出てきません
side 白波亜梨沙
「で?どう?」
金曜日、少し残業をしてから会社を出て銀座へ向かい、おなじみの店へ。
社会人になって約半年、芽依と話すときのお決まりのお店が銀座にある。
秋の心地よい風を感じられるテラス席に座ってニコニコと私を見つめる彼女の開口一番がこれだった。
「どうって、何が」
「何がって何がでしょ!」
「……一応デートはしてる」
「うんうん」
「正直、私は、良いなって思ってるけど」
「へへへ、うん」
一生懸命真剣な顔で聞こうとしているのだろうけど緩む口元が隠しきれていないぞ、と目の前の友人に心の中で指摘した。
「…荒北くんはどう思ってるんだろ…」
思わず、言葉がため息混じりに吐き出された。
「え?」
芽依は、きょとん、とした顔を見せる。
「だってさ、もう5回も!5回も出かけてるんだよ」
「うん」
「この間なんて有給を金曜日に二人で合わせて!わざわざ横浜まで」
「うん」
「観覧車も乗った」
「うんうん」
「ぶっちゃけさ、観覧車だよ?夜!夜景!周りはカップルだらけ!もうすぐ頂上!はい、芽依、その時の私の気持ちは」
溜まっていた不満や不安をどうにか明るくぶつけたくて、インタビュアー如く彼女にマイクを差し出すふりをする。
「…こ、告白、されるかな…?」
「でしょう!?なのにさ、何もなし!なし!全くなし!しかも車で家まで送ってくれる車中もなし!もう22時間近!良いムード!」
「…ほほ、う…」
あまりの勢いに押された彼女が変な返事をしているがそんなのは御構い無しに話し続ける。
「で、家の前着いたら次はどこ行く?とか言ってさあ」
「うん」
「どこ行く?じゃないわ!その前に言うことあるだろ!」
「わ、わ、わかったから、一旦落ち着いて…」
とりあえず水でも飲んで、と彼女に渡された水をあっという間に飲み干してしまった。
「私のことどう思ってるの?とか聞けば良いのかな…はあ…」
「んー」
「なんか聞いてないの、芽依」
「聞いてないよ、でも、聞いてたとしても亜梨沙は私経由で聞きたくないでしょ」
「うん…はあ…」
「結局次の約束はしたの?」
「した…」
「なんなんだあいつは」
「明日、車でマミー牧場」
「また遠出デートを」
「もう、どうすれば良いのよ私…」
初めてのデートは新宿で映画を観た。2回目のデートは仕事終わりに彼が私の職場の近くまで来てくれて丸の内の夜景が綺麗なレストラン。3回目はサイクリング。ロードバイクというものに初めて乗らせてもらった。4回目は初めて会った時に盛り上がった二人ともよく行く街で買い物をしたりカフェに入ってみたり。
一緒の時間を過ごせば過ごすほど、居心地が良くて、波長が合うと言えば良いのか自然と笑顔になる自分がいた。
荒北くんのさりげない気遣いや優しさに惹かれて、不器用だけどそれとなく多分きっと私への好意を伝えてくれているのも感じていて。
5回目のデートに誘われて、有給を取れないかと聞かれた時は期待してしまった。
だってそんなわざわざ好意のない人のために有給割こうなんて思わないでしょう?
二人で金曜日に取れた有給を使って恋人たちのデートスポット横浜に朝から出かけて、二人とも地元だからそんな話で盛り上がってみたり、海が見える公園でホットココアを飲んだり、買い物をしたり、そして最後に遊園地に行って観覧車に乗った。
「アレ、乗んねェ?」
控えめに、でも聞いてるくせにもう乗るという選択肢しか用意されていないようなそんな声色で彼に聞かれた時は、それはまあ期待をしてしまって。観覧車が一周して地上に降り立った時は彼に聞こえないように小さくため息をこぼした。いや、別に、私から言えば良いじゃないかと言われればそれまでだが。
「はあ…」
わたしが何度目かわからないため息をついた時に、テーブルに置かれていた芽依の携帯が鳴った。
「芽依、鳴ってる」
「ん?あ、隼人」
「出て平気だよ」
「ごめんね」
なんだろ、なんて呟いてから電話に出る彼女を見つつ、届いたアイスコーヒーのストローに口をつけた。
『え?荒北と?』
電話に出て30秒くらいだろうか、彼女の口から出てきた今の私の頭の85%を占めている彼の名前に驚く。
『あー、そうなの、うん』
『うーん、ん、わかった』
『えー、でも…んー、まあいいや、とりあえず後でまた連絡する』
『はいはい、はーい、んじゃあね』
電話を切った芽依をまっすぐ見つめると困ったように笑った。
「なんか、隼人も荒北と銀座でご飯食べてるんだってさ」
「そうなんだ」
「帰り一緒に帰ろうって電話だった」
ごめんね、と言った彼女が何かを隠したのは、もう4年一緒にいるからそれとなくわかる。
「芽依、それだけじゃないでしょ」
「えー」
「バレバレ」
「亜梨沙は鋭いな」
はー、と息を吐いてから彼女が口を開く。
「いやー、なんか、荒北も連れてっていい?って」
「…えー」
「とりあえずもう少し経ってから亜梨沙に聞いてみようかと、思って…隠しました…」
「…ちょっと考える」
「ん、全然断るから」
タイミングよく届いたディナープレートをひとまず写真に収めて、お皿の上に乗っているステーキにナイフを入れる。
「んー、相変わらず美味しい」
幸せそうに頬張る芽依の首元には大学2年の時に新開くんから貰ったと嬉しそうに報告してくれたネックレスが輝いていた。
「ねえ、芽依」
「ん?」
「芽依達はさ」
「うん」
「高校から一緒だったんでしょ?」
「うん、そう」
「付き合うまですごい時間あるじゃん、告白ってどんな感じだったの?」
出会った時から既に彼女は学内でもイケメンだと有名な新開くんの彼女だったから。
二人の始まりを聞いたことなかったな、なんて思って話題に出してみれば、彼女の顔がポッと赤くなる。
「…芽依、可愛いね」
「へ」
「付き合ってもう5年くらいでしょ」
「うん」
「なのにそんな顔赤くできるのがすごい」
「赤い?恥ずかし…」
パタパタ、手のひらで顔に風を送りながら話し始めた付き合う前の芽依と新開くんの話に耳を傾けた。
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