隼人:果てしなく煩悩
side 新開隼人

「はあ、ちゃんと話せてるかな」

靖友と白波さんと別れて2人で帰る道中、ずっと芽依は2人のことを気にしていた。

「心配しすぎ」
「はあ…だってー…」
「あとは2人に任せるしかないだろ?」
「そうだけど」

プク、と小さく頬を膨らませる彼女とはもう5年近く付き合っているけれど相変わらずどうしてこんなに可愛く見えるのだろうか。

とんでもない美女かといえばそうでもないし、スタイルが抜群に良いわけでもない。ただ俺の中では世界一可愛くて世界一器量があって世界一俺のことを愛してくれる女性だ。

「なあ」
「ん?」
「そろそろ靖友のことじゃなくて俺のこと考えてよ」

今日は芽依が、内定祝いにくれたネクタイしてきたんだよ。

「荒北のことじゃなくて亜梨沙のこと考えてるの!」

俺にとってはどっちのことを考えていても大差ないってわかんないかな。

昨日の夜から今日のことを考えてはソワソワしていた彼女がとても愛しかったけど、もう俺と2人だし、そろそろ俺もイチャイチャしたいんですけど。

「白波さんに、ヤキモチ妬く」
「…ほんと隼人は昔から」

大学の頃から、よくこの言葉を言っていた気がする。

それくらい彼女は白波さんと仲が良くて。2年生で白波さんと友達になったと嬉しそうに報告してきた次の週には、ゼミの前の昼休みは白波さんとお弁当を食べたいから、俺と一緒にお昼ご飯を食べる日を減らして欲しいと言われて大ゲンカをしたのも懐かしいな。

「隼人ネクタイやっぱり似合うね」

左手で俺の頬を抓って、右手でネクタイを触る。

「いじけてる顔も可愛い」

彼女は俺の機嫌をとる天才だろう。

「あー、だめ、芽依、早く帰ろ」
「んー?あ、プリン買ってこ」
「プリンは明日の朝」
「やだー、今食べたい」
「俺は今すぐ芽依が食べたい」
「………外でそういうこと言わない!」

もう何度身体を重ねたかなんて数えられないくらいその行為をしたというのに、彼女の笑顔を見ると、彼女の愛を感じると、その度に欲情する。そしていちいち頬を赤らめて新鮮な反応をしてくれる彼女が可愛くて、それを抑える術をなくしてしまう。

「な?明日の朝」
「はー、もう」
「芽依〜…」
「わかった」

満更でもないのだって、本当は知ってるんだ。ほら、芽依だって何だかんださっさとコンビニに入ろうとしていた足を俺の部屋に向かう道に戻しているし、鼻歌なんて歌っちゃって。

「芽依」
「ん?」
「愛してるよ」

何度発したかわからない、好きでも伝え切れないそんな思いを彼女に伝えると、彼女の目が揺らいで、下唇を噛む。芽依が照れている時の癖だ。

「…ありがと、ほら、早く帰ろ」

ギュッと俺の手を握りなおしてまた鼻歌を再開する彼女と歩くこの道が何よりも幸せで。

もう、俺にとってはもはや呼吸と同じくらい必要不可欠な彼女が隣にいるという事実を幸せなことだと珍しく噛み締め直したのは、久しぶりに人の恋が始まる瞬間を見たからだろうか。

部屋に帰って芽依が選んでくれたシーツを敷いたベッドに芽依を抱きしめながら倒してキスを落とす。

「お風呂は?」
「あとで」

またメイク落とさせてくれなかったって、寝る前に芽依に怒られるなと一瞬頭をよぎったけれど、怒っている顔も可愛いからまあいいや、と彼女の洋服に手をかけた。

***

「…んう…おはよ、隼人」

カーテンから漏れる日差しが眩しい。

隣に寝ていた芽依が寝ぼけながら起きたようで少し動いたのを感じて俺も目を覚ます。

「…はよ」
「ん、はー、隼人の匂い」

今日は彼女が甘い日か。
するりと俺の首に手を回し鼻を首筋にくっつけてクンクンと匂いを嗅ぐ。

「汗くさい?」
「ううん、隼人の匂い」
「どんなんだ?」
「キューってなる」
「キュー?」
「ん…」

彼女の髪が耳に当たってくすぐったく感じることさえ心地よい。

「ふふ、髭いたーい」

彼女の頬に顎が当たっていたようで、俺の顎をスリスリ手で撫でると確かに髭が伸びているように感じた。

「はあ、幸せだなぁ」

んー、とのびたような声を出しながら芽依が手を首から胸元まで動かして俺に抱きつけば、肩に彼女の頭が乗って。

「あと5分したら起きてプリン買いに行こ」

なんだ、昨日のこと覚えてるのか。

「プリンの前に芽依が食べたくなったって言ったら?」

しょうがないだろ?朝から大好きな人がキャミソール1枚で抱きついてきてるんだ。

「ふふふ」

楽しそうに笑うのは、OKの意味。

「んー、私が隼人を頂こうかな」

ヒュウ。

いつの間にか俺の上に乗っかっていた彼女からのキスを受け止めながら、こんな土曜日の朝が毎週訪れればいいのになんて思った。
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