荒北:両想いとは実に難儀な
side 荒北靖友

「で、告えてないってことか」

いつもならビールを飲むくせに、ちょっと洒落た店だからと目の前の男が頼んだウイスキーがやけに似合うから相変わらずムカつくイケメンだ。

「ッセ」
「いやぁ、靖友はもっと上手いことやるのかと思ってたぜ」

新開は笑いながらグラスの氷をカランとならして目の前の料理に手をつけた。

「ハー、ダセ」
「そうだな」
「励ませヨ」
「だってそうだろ?5回もデートして」
「観覧車で言おうと思ったんだヨ」
「ヒュウ、意外とロマンチストだな」

モグモグと目の前の料理を食べつつこちらに人差し指を向けるこの男を睨んでみるが、ひとまずいま俺の話を聞いてくれるのはコイツしかいねェと諦めて。

「っつーか、亜梨沙チャンがさァ、可愛すぎンだよ」
「そうか」
「横浜行く日さァ、運転ありがととか言ってェ、おにぎり作ってきてくれっしィ」
「へー」
「しかもな、唐揚げとゆで卵付き」

ニヤニヤこちらを見ながら相変わらず肉を口に運ぶ手を止めないヤツを無視して話を続ける。酒が回っていらねェことまで言ってる自覚はある。

「あとさ、いちいち可愛いんだヨ、反応っつーの?買い物してても、あとロード乗せてやった時の嬉しそうな顔とか、映画観ながら号泣してッとことかァ」
「なあ」
「ンだよ」
「白波さんに惚れてるのはわかったけどよ」
「ッセ」
「なら何で告白しないんだよ、それなりに好感触なんだろ?それとも好かれてないって?」

正直、いけんじゃねェか、なんてそれは思ってるし、会うたびに物理的にも心理的にも距離が近くなって、それこそこの間のデートなんて、ベンチで海を見ながら話をしていた時に手の甲が当たって、このまま手を握ったほうがいいのかどうなのか、1人で勝手に3分くらい悶々としていた。結局彼女が「見て!大きい船」とか言って手をそこから離したから、繋げずに終わったわけだけれども。

「わかってンだよ…ハァ…」
「ここはもうバシッとビシッとさ」
「ッセ、芽依チャンに告白すんのに3年かかった男に言われたくねェよ」
「酷いな、せっかく相談乗ってやってんのに」
「アー…」

万が一俺に好意なんて持ってなかったら?もうちょっと押してからの方がいいんじゃねェかとか、全部言い訳だというのは重々認識している。実際、観覧車の中で告げようと思っていた思いは、もしフラれたらこの彼女の笑顔が見れなくなるのか、なんて頭をよぎってしまって、結局言えず俺の胃の中に重たい錘のように落ちていった。

「どうやらあっちも報告会してるみたいだな」

携帯の画面をこちらに向けるとそこには浴衣姿の芽依チャンが写っていて、そういや、芽依チャンもLIMEのトーク画面をコイツの写真にしてたなとか、どうでもいいことを思い出した。

『亜梨沙とご飯来たー、銀座だよ、夜隼人のとこ行っていい?』

そんなコメントと一緒に美味そうな料理の写真が送られて来ている。

「俺、芽依迎えに行こっと」

そう話す男に思わず。明日会えるのになんて思いながらも。

「俺も行っていいか…なァとか…」

俺の言葉を聞いてまた唇を鳴らしてニヤニヤとしだすこの男、いつか絶対からかってやる。

「電話してみる」

そう言ってかけた電話は数分で終わった。そして、新開はこちらを見て苦笑いをした。

「あー、なんか、靖友のことは後で連絡するってさ」
「…だめってことかヨ」
「まあまあ、待ってみようぜ」

恐らく芽依チャンの判断で後からってことになったのだろう、向こうで何を話しているのだろうか、断りたいけど断れないとかだったらもう俺立ち直れねェな。

「酒、追加するか?」

相変わらずの苦笑いを浮かべたまま新開に渡されたメニューも見ずに、ビールを注文した。

***

「お、来た」

暫く俺の解決方法がわからない悩みを話して、ついでに新開の聞き飽きた惚気を聞いていると、奴の携帯が震えた。

「良いってさ」
「良いって、どっちのいいだヨ」

来なくていい、のか、来ていい、のか。

「ん」

見せられた画面には猫が大きな丸が書かれた旗を持っているスタンプが押されていた。

『荒北も来て平気だよ、あと30分くらいで出るね』

そんなメッセージとともに送られて来た店は今食べてる店のすぐ近くで。

「んじゃ、そろそろ出るか」

新開が待ち合わせ場所を決めているらしいく、ポチポチとメッセージを送りながら荷物をまとめ出した。

「…アー」

もう何に悩んでるのかもわからない、思わずテーブルに突っ伏してしまう。ウジウジしてる自分も嫌で、唸り声しか出てこねェ。

「行ったはいいけど無言とか、勘弁してくれよ、俺が気まずい」

近くにいるカフェの前にいるってさ、なんて言いながら会計を呼んだ男に、イライラは募るも奴の言う通りだ。一目、会いたいなんて柄でもないことを思って頼んだはいいものの、こんなん俺が会いたいのダダ漏れじゃねェか。一先ずまた家まで送って…なんてこの後のことをシミュレーションしながら財布を取り出した。

***

「隼人、こっちこっち」

手を振って俺たちを迎えてくれた芽依チャンの隣で、亜梨沙チャンが控えめに俺に手を振る。

ハァ…可愛いんですけどォ…

惚れた弱みなのかなんなのか、もうなんか全部可愛く見えてしまう自分がキャラじゃなさすぎて笑えてくる。

「何食べてたの?」
「肉」
「美味しかった?」
「うん、今度行こうぜ」

高校時代からの友人たちの会話を聞きながら、亜梨沙チャンの側へ。

「荒北くん、先週ぶり」
「ンだね」
「あれ?結構酔ってる?」
「ンな飲んでたつもりねェけど、飲みすぎたかァ」

酒臭いのかと心配になって自分の二の腕を嗅ぐと彼女が笑った。

「違う違う、顔赤いから」

………

「ヒュウ、白波さん、違うぜそれは」
「はーやーと」

新開が余計なことを言おとしたその瞬間、ペシ、と音がして、芽依チャンが奴の頭を叩いたのがわかった。

「ったく、隼人、もう帰ろ」

目で「ごめんね」と、芽依チャンに謝られる。

「じゃ、亜梨沙、またねえ」
「…芽依、ぶった」
「はいはい、隼人ごめんね、ほら行くよ」
「じゃあな、靖友。白波さんも、靖友のことよろしく」

だから、余計なこと言うなっつーのあンのバカ男。

「じゃあね」

コメントに困ったのかなんなのか、眉を下げて2人に手を振る亜梨沙チャンに倣って俺も2人に手を振る。

2人の繋がれていなかった手は10メートル歩いたくらいで新開によって繋がれて。相変わらずだな、なんて鼻で笑いながらも、そんなことができる2人が羨ましく思った。

「…荒北くん」
「…ん、アー」
「帰ろ、っか」
「送ってくからァ」
「ん、ありがと」

もう何度か送り届けた彼女の部屋へ、静かに並んで歩き始めた。

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