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食堂の一角の空間に投げられた、本人曰くズバットの入っているボールは、ポンと軽快な音を出して開いた。馬鹿!とキョロキョロ周りを見回している俺の前に、ボールの中に情報として詰まっていたポケモンが、形を作っていく。
シルエットからそれがズバットなのは容易に分かったが、彼女の言う「凄い」の意味が理解できたのは、ズバットが羽ばたきを始めてからだった。

「羽の色違くね?」

俺が今まで見てきたズバットとは違うズバットに、最初はリゼが絵の具か何かで塗装したのかと疑って、そのまま続けて口に出した。
とんでもない!と子供のように勢い良く首をブンブン振る彼女に「これは色違いの珍しいズバットなんですー!」と言われ、また首を捻る。

色違い。

言われてみればそうかもしれない。けれど色違いは本当に希少であって、実際に見るのは初めてだ。そして何故アポロ様がそんな希少価値のあるものをリゼに与えるのかが分からない。

「何でそんな珍しいモンお前にやるんだよアポロ様は」
「……それは分かんないですけど、」

そういって、リゼはズバットを貰った経緯を話し始めた。



ガラガラの任務以来、リゼはアポロを何となく避けていた。

勿論相手は今のロケット団を大きく支えている人物で、サカキ様の戻るべき場所を守る人なのだから、リゼはありとあらゆる邪魔者を彼に近づけないようにはしている。
避けると言っても、直接彼と話すのを控える程度のもの。したっぱの立場なら特別なことでもない。

あの、痛みを露にしてもがき、苦しむガラガラの顔が、最近になってまた蒸し返してきた。毎晩、眠る為に目を閉じれば思い出す光景。血臭と腐臭で溢れかえるポケモンタワーの最上階。
あの忌まわしいレッド襲撃事件から半年以上、ガラガラの任務からは2年半も経ったと言うのに未だ頭にこびり付いた記憶を、何とか払拭しようと他の事を考えるリゼ。

(あれから半年、か。)

ロケット団が壊滅してから、ロケット団は着々と復活の準備を進めていた。まず、本拠地をカントーからジョウトへと移動し、そこで新しい人員を探した。
半年しか経っていないというのに、此処までロケット団が立ち直れたのは、他でもない、アポロの実力なのだろう。
リゼの頭の中にライトブルーの髪を持つ男が浮かび上がった。

初めて会った日のことは、ちゃんと覚えている。廊下でぶつかり、倒れこんだ私に微笑みながら手を差し伸べてきたアポロ様。
……そして、ポケモンタワーで見た、冷たい微笑を浮かべ、それに残酷な笑みを重ねるアポロ様。
どちらも同じアポロ様だというのに、それでも別人のような彼の事が未だに分からない。

今日も良く眠れなかったと、リゼは大あくびをしながら食堂へと足を向けた。いつもは一緒に行動する先輩やアテナさん達は出張に出ているため、一人で行動する。
朝食を食べていると、急に後ろから声をかけられた。

「孤食はいけませんよリゼ。隣、良いですか」
「ひっ、あ、アポロ様!?」

昨晩アポロ様の事を思い浮かべたからだろうか。噂をすれば影が差すと言うし……と、慌てふためきながらも、広げていたトーストの皿やコップを自分のほうへと引き寄せる。

「ど、どうぞ」

ありがとうございます、とアポロ様はにこやかに笑った。この顔は初めて会った時と同じ顔だと、リゼは内心思う。
しかし、一度覚えてしまったあの冷酷な笑みを思い浮かべると、またそのギャップで悩む。

「どうしました?進んでいないようですが・・・」
「え? ええと、あの、その、アポロ様が ととと、隣に居るだなんて思うと 緊張しちゃって……あはははは」

急に、整った顔でこちらを覗かれるものだから、かなりどもってしまった。でも、嘘は言っていないはずだから大丈夫、のーぷろぶれむ。それにしてもアポロ様、まつ毛長い。

「そうですか」

アポロ様は味噌汁を啜っていた。朝は和食なのか、以外だな。とトーストを咥える私に、またもアポロ様は口を開いた。

「リゼは、私の事が嫌いですか?」
「!? ……それ、ど、どういう意味ですか」
「そのままの意味です」

突然の質問に、パンの一欠けらが気道に入りそうになるのを抑えながら、聞き返すとそのままの意味と返された。
幹部と部下で、好きとか嫌いとか……いや、まあ苦手といっちゃ苦手なんだけれど。アポロ様の顔を見ると、アポロ様の透き通った綺麗な瞳が、私の間抜けな顔を映していた。
何だか全て見透かされているような感じ。アポロ様に嘘を言っても仕方がないだろうと腹を括る。

「……嫌いでは無い、です。……ただちょっと……苦手というか」
「ポケモンタワーの件で、ですか?」

アポロ様の問いに、こくんと頷く。

「なら、その朝食を終わらせたら第2倉庫まで来てください。」
「え?」
「待ってますね」

私の肯定も否定も聞かず、アポロ様は朝食の乗っていたトレイを返却口まで持って行き、そのまま食堂を出て行ってしまった。残された私は、無視など出来るはずのないアポロ様の言葉を頭の中で何度も復唱して首を捻るのだった。

断ったら首が飛ぶ。そんなことは信号は青で渡るものだというくらいに常識だった。それでも人のYES、NOくらいは聞いて欲しかったとリゼはトーストの残りをかじりながら思った。



「うわああー……」

第二倉庫の前で、リゼは突っ立っていた。もうかれこれ20分程になる。きっと、中にアポロ様が居るんだろうけど……。
苦手な人(それも超上司!)と2人きり。極度の緊張で過呼吸に陥りそうだ。
ドアノブに手をかけて、手を離してを数十回繰り返したリゼは、もう一度ドアノブに手をかけた――

「いつまで待たせる気ですか?」

爽やか極まりない澄んだ声と、勝手に開くドア。目の前には先ほど待ち合わせを約束した男が立っていた。


「す、すすすみません!!」
「さっきからあーだのうわーだの、貴女の声がするのに一向に入る気配が無いもので。」

すみませんすみませんと何度も頭を下げるリゼに、アポロは呆れたように入ってきなさいと言う。
倉庫の中には、沢山のモンスターボールが存在した。右にも、左にも。ギッシリ詰まっている。第二倉庫は、怪しい研究所やお金持ちの人などに高く売りつけられるようなポケモンの保管施設。それは全部、ロケット団が乱獲したり人から盗んで手に入れたポケモンだった。

その内の一つ、他のモンスターボールとは少し隔離された所にあったモンスターボールをアポロは手に取り、リゼに近寄った。「受け取りなさい」

「え?」と返事することしか出来なかった。

何故唐突に、アポロ様が私なんかにボールを渡すのか、甚だ疑問に思う。けれど口から出てくるのは間抜けな声だけだった。その間抜けな声を聞いたアポロ様は、フと短く笑った。

「私から、貴女へのプレゼントです」
「でも……私、アポロ様から……その、しかもソレもしかして売られるヤツじゃ」

しどろもどろに言葉を紡ぐ。ポケモンを倉庫から勝手に持ち出すだなんて、お金を横領するようなものだ。
アポロ様は、ぐるりと周りを見回して一言だけ。「ああ、大丈夫です」

「コレは私が貴女の為に捕まえたモノです」
「わたしの、ため?」
「ええ、受け取ってくれますよね?」

売り物じゃないなら……でも本当に良いのかな。困惑しながら、モンスターボールを受け取る。出してみなさいと促すアポロ様に従い、中のポケモンを出してみると、そこに居たのは。

「ズバット! それも色違いの……」
「珍しいでしょう?」

クスクスとアポロ様は笑う。やっぱり、冷たく笑うよりそっちの顔の方が好きだなんて頭の片隅で思いながらも、どうしても目の前のズバットに目が行ってしまう。羽の色も、体の色も、とても綺麗だ。
片腕を差し伸ばせば、チョコンととまった。重さを感じないように羽ばたいてくれる配慮も相まって凄く可愛い。

「でも、良いんですか? 珍しいのに。……売った方が、」

ズバ……と悲しそうな鳴き声がした。そりゃ、目の前で自分を売る売らないの話をされたら誰だって悲しいだろうに。でも聞かずにはいられなかった。ごめんねズバット。

「いえ、特別だからこそ貴女に。」
「……ありがとう、ございます。」

そこまで言われてつき返せる訳が無い。好意に甘えて、受け取ることにした。ズバットを戻して腰のベルトにモンスターボールをはめ込むと、アポロ様は満足そうに、愉しそうに微笑んだ。

「アポロ様、」
「なんでしょう」
「私、アポロ様のその笑顔は、好きです。」

リゼが同じように笑って見せると、「わかりました、このままでいましょう。」とアポロは彼女の頭を撫でた。




Present for you.
お気に入りには、気に入られたいものです。



「へえ。じゃあお前、アポロ様苦手じゃ無くなったの」
「そうです。現金なやつですよね」

男は、パタパタと飛ぶズバットを暫く見ていた。
ふと、自分に突き刺さる視線を感じて、恐る恐る振り返る。その視線は食堂の料理をふるまう中年の女性のものだった。

「よーしリゼ、他のポケモンについて話してくれても結構。だが、場所を変えよう」

彼女に目をつけられるのは良い事ではない。ポスターが貼り付けられる原因となった他のしたっぱが、食事を外でとるようになったのは結構有名な話。リゼがそうなろうがどうでもいいが、おそらく自分にも飛び火するだろう。
「いいんだね?」そう言いたげな目でこちらを見てくる女性。彼女に頭を深く下げてから、したっぱの男はリゼを連れ、逃げるように食堂を後にした。



10/08/18
10/08/21 加筆修正
15/03/18 修正

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