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「リゼ!何ですかこの報告書は!!」

耳に突き刺さる鋭い声に、思わず肩がビクリと跳ねる。燃料切れのロボットのような動きで、ゆっくりと後ろを振り向くと、そこには私の予想と寸分も狂わない表情のランス様が立っていた。

「ら、ランス・・・様・・・」
「やり直しです。」

まるで地面に落ちた潰れている空き缶を見るような目で私を見ながら、ランス様は報告書を私の手に押し返した。
そんな、一生懸命書いたのに・・・なんて、言い返せたらどれだけ良いだろう。私はしたっぱ、彼は上司。下克上でもしない限りそんなことは出来ないし、するつもりも無い。

私は仕事が出来ない部下だ。
デスクワークも駄目、ポケモン勝負だって強くない。毎日毎日怒られて怒鳴られての生活。じゃあ如何して私がロケット団に入ったのかと聞かれると、私は答えることが出来ない。ただ、やることも無い自分の未来に絶望していたときに、勧誘の甘い誘いに乗っただけなのだ。
後悔はしていないけれど、自分の居場所はここには無いような気がして。

「・・・すみません、直ぐに直します。」
「全く・・・頼みますよ」
「失礼、します・・・」

大げさなため息を背中で感じながら、私はランス様の部屋を後にした。



(どうして、仕事が出来ないんだろう。)

ぼんやり、自分の部屋に戻る廊下を歩きながらリゼは考えた。ポケモンを傷つけるのが嫌なんて感情は持って居ないはずなのに。なのに何で。

「っと、」
「!」

角を曲がるときに、目の前に黒を背景にしたRが現れた。あまりにも急に視界に入ってきたから心臓が飛び跳ねるくらいに吃驚したけれど、すぐにそれがロケット団の団服だという事に気が付いた。

「あっ、すみま・・・せっ」

反射的に一歩下がって頭を下げる。
さて、いったい誰とぶつかったのかと、恐る恐る顔をあげてみることにした。ゆっくりと、ぶつかった相手の顔を見ると、その人はキョトンとした顔で私を見つめていた。

「ラ・・・ムダ様・・・、」

さあっと、顔から血の気が引いていくのが分かった。ラムダ様は、私の上司であるランス様と同等の地位に居る、ロケット団の幹部の一人だった。そんなお方と、思いっきりぶつかってしまっただなんて。下手をすれば首が飛ぶ事態だ。

「すっ、すみません!すみません・・・!!」

ペコペコと、何度も何度も頭を下げる。謝りながら、今日はなんてツいてない日なんだろうかと心の隅で思った。同僚の男には仕事の下手さを笑われ、ランス様には報告書の出来具合に怒られ。挙句の果てにはラムダ様におもいっきりぶつかった。今日ほど最悪の日もそう無いだろう。
このロケット団にも居場所と呼べる場所なんて無いけれど、外の世界にだって勿論私の居場所なんて無い。それなら、慣れた空気を吸えるほうが良いだろうと、だからロケット団から離れることもせずに私は仕事が出来なくても、ただボンヤリとロケット団という組織に所属し続けているのだ。

この慣れたぬるい空気の中に居たい。
そんな私の願いが届いたのか、またはラムダ様の心が広かったのか。彼は笑って良いって!と言った。

「お前、ランス班のリゼ・・・だよな?」
「?・・・は、はい。」

何で私の名前を知っているんですか。そう尋ねようと私が口を開く前に、ラムダ様の長い指が床を指差した。

「それ、お前のやつ?」

指差した先を辿って、私はようやく手に持っていた書類がバラバラになっている事に気が付いた。ああ、いけない。大事な書類なのにと、私がかがみこんで拾おうとする前に、ラムダ様は素早く書類をかき集めてくれた。その流れるような一連の動作を、私は息を呑んで見つめていた。

「あ、ありがとう、ございます。」
「いーよいーよ。・・・・・・これ報告書?」

落とした書類の一枚に、ラムダ様の視線が落とされた。報告書というのは、先ほどランス様に駄目押しされた報告書のことだろう。私は、こくりと頷いた。

「ランスに?」
「えっと、・・・はい。」
「ふぅん。あ、俺今からランスのトコ行くからさ、ついでに渡して来てやろうか?」
「へっ?」

キッチリ届けてやるよ。そう言って私の横をすり抜けようとしたラムダ様の服の裾を、私は慌てて引っ張って静止させてしまった。
不思議そうな顔をして私を見つめるラムダ様に、私は赤面になりながらその報告書がボツになった事を説明した。折角の厚意を無碍にしてすみません、と頭を下げる。

ふいに、頭に暖かいものが乗せられた。大きくて、ゴツゴツしたラムダ様の・・・掌。

「じゃあさ。」

それから、私に掛けられた優しい言葉。

「俺が、報告書の手直し手伝ってやるよ。」
「えっ、そ、そんな事・・・申し訳ないですよ!」
「良いの良いの!リゼの報告書の出来の悪さはランスからよく聞いてるし。」

くしゃりと、笑顔を浮かべながらラムダ様は言葉を零した。言葉の内容は、うっすらとランス様が私の悪口を言っている事が伺えたけれど、私の頭に乗せられた手が、ゆるゆると優しく私の頭をなでている所為なのか、胸が痛むことは無かった。

「じゃーリゼ、俺の部屋分かるな?そこで待ってて」
「えっ」
「報告書の手直し手伝ってやるって言っただろ?」

ぽんぽん。と、私の頭に優しさを残して、ラムダ様は歩いていってしまった。私はその背中を見送りながら、胸に暖かい何かが芽生えるのを感じていた。



一杯は人酒を飲む
(……優しい人、なんですね。)



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10/11/17


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