さくら、さくら | ナノ





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第二部 9 崩壊

 日が沈むころになって、こつりこつりと螺旋の階段を上る足音が聞こえると、朔夜は塔の部屋を後にする。
「姫様は眠っておられます」
「そうか」
 ほとんど毎日のように繰り返される主従の会話だ。朔夜と入れ替わりに部屋に入る疾風は、日があるうちに塔の部屋を訪れることはない。だから必然的にさくらの昼と夜は逆になっていて、疾風が来る日暮れごろは夢の中にいることが多い。
「疾風様…、少しお顔の色がよくないようですが…」
 漆黒の瞳以外はもともと色素が薄い疾風だが、今日は一際青白いように見えて朔夜は顔を曇らせた。
「やはり、ささげはもうやめた方がよろしいのでは…」
「……そなたが心配することではない」

 ――ささげ…?

 さくらは夢と現実の狭間を行き来しながら耳に入ってくる疾風と朔夜の会話を聞いた。ささげとはなんだろう。前に朔夜が疾風の勤めだと言っていた……と、ぼんやりとした頭が何気なく考えたとき、

『どうしてひとり犠牲になって…!そんな捧げは止めてくれ…!』

 さくらの胸の奥で“誰か”が切実に叫んでいる。その“誰か”の慟哭、それを見ている“自分”が悲しんでいる――そんな情景と想いが唐突に浮き上がった。

 ――どう…して?

 自分の気持ちであるはずがないのに悲しくてせつなくて――だが眠りに漂うさくらはその先を見ることも聞くこともなく沈んでいく。

「ですが……」
「もうよい。下がれ」
「…はい」
 朔夜の気配が無くなるのを待ってから、疾風は深い息を吐いた。
「捧げをやめるなど…できるわけがない…」
 だが、ぽつりとつぶやく独り言にも力がなく、疾風は疲弊している体を休めるために寝台で眠るさくらの隣に横たわった。
「今しばし……」
 さくらを抱き枕にして目を閉じる。
 柔らかな感触が心地好く癒される。
 今、さくらが眠っていることを幸運に思う。
 このように疲弊した姿など、さくらには見せたくはないから。

 ◇

 日が沈み開かない窓の外に月の明かりが輝きだす頃。
「…ん……んん…っ」
 息苦しさに目覚めたさくらはそのままくちづけの海に引きずり込まれた。
 さくらの目覚めを待ちきれない疾風がまだ眠りの中にいるさくらにくちづけたのが、だんだんと深く嵌ってからしばらく経っていた。
「ようやく起きたか、姫よ」
「………っ」
 闇の中で獰猛に光る疾風の目を見たさくらは息を呑みこんだ。
「眠っていても口吻に応えるそなたはなんと愛らしいのか…」
「……っ、応えてなんか…っ」
 ない、の言葉は疾風の唇に遮られた。
「さて。今宵はどうして欲しいか。そなたの望み通りにしてやろう」
 襟元から素肌に侵入する手が乳房を捕まえ、首筋へ移っていく唇が耳を甘噛みしながら囁く。
「の…、望みなんて…な…い…っ」
「いつまでたってもそなたは強情だな…」


「あぁ……――あン…ッ」

 今夜もさくらの嬌声が昏い塔の部屋に響き渡る。何もかも奪われた後に快楽を与えられたさくらの躰は、望まないまま疾風に慣らされ、毎夜甘美な高みに押し上げられた。
 疾風が毎夜塔の部屋を訪れるようになって、数か月が経った。秋と冬が瞬く間に去り、春が訪れようとしている。それでも未だ日が暮れて疾風が現れるとさくらは強張り、疾風に触れられる瞬間は絶望を抱く。
 だが、愛撫に愛撫を重ねられれば躰は女として潤い、濡れて濡らされ啼かされる。
 一度楔を打たれたさくらの躰は疾風から逃れられず、初夜の日から今日まで何度交わりの行為をしたか分からない。さくらの躰は快楽を覚え、どんな疾風でも受け入れてしまうように慣らされてしまった。

 そんな自分に嫌悪しつつも、溺れる者に救いの手は差し伸べられないまま、今夜もまた快楽の海へと突き落とされて、すでに二度、疾風を受け入れてしまった。
 日暮れから夜半を過ぎるまでが“その時間”。満月が西に傾くまで、まだ時間がある――。

「さあ姫よ。どうして欲しいか言え…」
 二度達した後も続く愛撫に快楽の波間を漂わされているさくらだが、どれだけ啼かされようと乱されようと、疾風を求める言葉は決して言わない。それは、捕らえ籠に閉じ込めた鳥を己の都合だけで愛でる飼い主に対してのささやかな抵抗であり、どれだけ疾風と交わろうとも心だけは翔流ただ一人を愛し続けるさくらの最後の砦だった。
「さあ、言うんだ…」
「や……っ、あぁぁ……っ」
 甘えて啼く声は感じている女のそれなのに、何度交わって高みに連れて行っても、求める言葉は決して口にしないさくらは疾風の征服欲と嗜虐的欲望を募らせ、今夜はその欲望が激しく疾風を支配していた。
 二度も昇天し敏感になっている躰に愛撫で刺激を与えながら、知り尽くしているさくらの弱いところはあえて攻めない。

今宵こそ言わせたい。
求めさせたい。
ひとことでいいから、欲しいと。

 ――俺を、求めろ…っ。

「…ぁ…っん…っ」
 だがさくらは唇をぎゅっとかみしめる。疾風を求める言葉など絶対に言いたくない、との意志がそこにある。
「……どこまで強情な女だ」
 これほど啼かせても奪えない翔流への想いがさくらを最後の最後で引き留めている。
 それが分かっているから、その一線をどうあっても越えさせたい。

 ――心は奪えずとも。

 疾風は濡つ秘唇を指で弄び、さくらの限界をぐっと引き寄せた。
「やあぁぁ…っ!……もう、……やめて……ああぁぁっ」
「そなたの此処は…そうは言っていないぞ…」
 いつもならこれだけさくらが淫れれば、挿入を果たして高みに連れて行く。
 突き上げて揺らせばさくらは疾風をきつく締め付け甘えた声を喘げ、その甘美すぎる感覚と響きに交わりの最後を迎えるが。
「やっ、ん……、ああん、あぁ……っ」
「今、やめて欲しくはないだろう…?」
「んんん……、あぁ…――んっ」
 ひとことでいい。
 欲しいと求めてくれればいいのだ。
 さくらのその口で、声で。

 ――俺が、欲しいのだと…!

 乳房を弄びながら指で蕾を擦りさくらの欲情を煽り続けるが頂には昇らせないスレスレのところで調整される疾風の手。
「あぁあぁぁ……―――ぁぁ…」
 さくらは躰を弓の形にしならせ、喉を反らせて甲高く啼いた。
「なんと、艶やかな顔をする……」
 疾風の口が震える胸の頂を含んで吸い上げる。舌を転がす。甘噛みする。

 与えられる刺激が激しすぎてさくらはもう何も考えられなくなっていた。今夜の疾風はいつもよりまして容赦ない。海に漂うだけでは赦されない、溺れさせようと引きずり込む疾風の愛撫にもう抗えない。
「――あん……っ、はぁっん……あ、んぁ……ぁぁっ、もぅ…、もう――!」
「どうして欲しい…、姫よ…!」
「はぁ…、はぁぁ……、はぁ……」
 口にしたら崩壊する。
 だが、口にせずこのまま続けられればおかしくなりそうだ。
 なぜ疾風はこんなにも執拗に自分の躰を求め、疾風を求めさせようとするのだろう。
「……素直にひとこと言えばよいのだ」
 絶え間なく快感を与えられるのに行きたいところにたどり着けないもどかしさに、さくらは涙をぽろぽろ零した。
 酷すぎる。
 どこまでも弄ぶろうとする疾風が憎い。
 鬼。悪魔。
「――やぁ…っ、ああぁ……ん……あぁぁ――っ」

 それなのに――。

 もうこれ以上さくらの理性は疾風の性悪な手技に抗えなかった。触れて欲しいところに触れず、欲しい刺激を与えられず、疾風の指はさくらを突き放すのだ。そんな悪魔的な行為を延々と続けられ、欲しいものを求め誘う蜜だけがとろとろと溢れて。
「ひ……ど…い…っ。もう…、苛めないで…」
 さくらは懇願するようにせつなく甘い声で訴えた。
「ならば、願うのだ…。俺が、欲しいのだと――」
「ん…ん……っ」
 また突き放される刺激。
 行きたいところに連れて行ってもらえないせつなさに、ガラガラと何かが崩れる音が頭の中を響きわたり、
「………おねがい……私に…きて…っ!!」
 とうとう口にしてしまったその一言。
 やっと口にさせた求められる言葉に心を激しく揺さぶられた疾風は、さくらの両脚を開いて腰を浮かせ、濡れ泣く中心へと己を突き立てた。
「…今、行ってやる」
「んあぁあぁぁ―――っ」
 そのままさくらを抱き起し座る体勢に変えれば繋がりはさらに深くなる。
「ああ……あああ……ッん……ッ」
 腰を動かし中をえぐるように突き上げれば首に回されたさくらの腕がしっかりと疾風にしがみつく。その密着をもっとさくらに求めさせるために疾風は奥へ奥へと突き立てていく。
「あ…、あ……、はあぁぁ…ん、あぁぁ……」
 さくらは欲しかった刺激を与えられ歓悦に震えながら、最後の砦まで疾風に崩壊させられてしまった悔しさに涙が溢れた。
 自分はなんて弱いのだろう。
 なんて淫らなのだろう。
 望んでなどいないのに、疾風にどこまでも翻弄されてしまう。
「あ、あ、あぁぁぁぁ……っ」
 快楽に躰は呑みこまれ、さくらの腕は勝手に疾風を強く抱きしめてしまう。
 もっともっと奥に来てと引き寄せてしまう。
「ひゃっ、ぅ……ぁ、あ……、も……っと……」
「……もっと、なんだ…」
「あぁ…、あ……、つよ…く…ッ来て…っ」
 疾風にしがみつき爪を立て小刻みに震えるさくらは、それを口にするだけで限界だ。
 これ以上の弄ぶりは哀れだと、疾風は後の言葉を引き取った。
「……分かった」
 目を泳がせ妖艶な顔で喘ぐさくらに疾風は荒々しいくちづけを落とす。
「そなたの欲しいものを与えてやろう…っ」
 激しく奥を突いて。突いて。突いて。
「―――ああぁぁ…!や……あん…っ」
 ゆさゆさと揺れる乳房、紅く火照り恍惚に喘ぐ顔、きゅうきゅうと締め付けてくる中、そしてなによりも求められ抱きしめられる悦びに、疾風も崩れ去ろうとしていた。
「そなたは…、俺のものだ…っ」
 もう何度も言った言葉だが、今、心の底からその言葉が出てきて強烈な独占欲に縛られる。
「ち…、ちが…っ、んぁ、あ……あぁ、あ……っ」
 今は否定の言葉は聞きたくない。
 だから突いて揺らしてさくらを喘ぐしかできないほどに乱す。
「いやぁぁぁ…ッあぁぁぁ…ッ、はぁ…ッ、んぁぁ…――ッ」
「その声、その顔…、俺の…っ、俺、だけの…!!」
 全てを独占したい。
 ひとつ叶えば次の欲望に支配され、だが全ては独占できない。
 疾風は己の抱いた叶わぬ欲望にどこかで失笑しながら、今の欲望を迸らせてさくらが望む高みへと導いていく。

 意識が遠のく寸前のさくらは心の中で愛しい人に語りかけていた。

 ――こんなにも疾風に淫されてしまった私はどうしたらいいの……?このまま疾風を求めて、あなたの顔も声も忘れてしまいそうなの…。
 私は、もう咎人になってしまった…。
 翔流ではなく、疾風の名を呼んでしまう…。

 疾風は一度も“さくら”と呼びはしないのに。

 ――おねがい、翔流。
 さくらと、名前を呼んで。
 私を、抱きしめて――。






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