旅行記2


旅行記と関連有り
繋がってはいますが、前のを読んでなくても支障はないと思います








カツーン、カツー…ン


鉱物と鉱物とのぶつかり合う音が、薄明るい辺りを轟かしていた。白髪の老人がしわしわの、けれど力強い腕を振るって槌を打っているのだ。

朝靄のかかる山奥に少しだけ開けた場所があった。片隅に小さな山小屋があり、ほぼ中央には大きな桜の木が立っていた。

桜は満開。薄紅色の花びらを見せ、ハラハラと散っていた。その下、桜が舞い散る中で老人は1人黙々と槌を打っていた。


カツーン、カツーン、


その音は山じゅうに届いているかのように響いていた。

そこへミストは誘われるようにやって来た。耳をすまさずとも音はよく聴こえた。だから、ミストは迷わずにその場所へと来れた。

それにミストには味方が多い。例えば、周りの木々だったり草花だったり動物だったり。空気だってミストの味方だった。

斜め後ろを歩くユグライドは、また始まったと諦めていた。ミストが何かに夢中になると、周りが見えなくなることはたびたびあったからだ。子どもなのだから、当たり前といえば当たり前だ。

靄に包まれて咲き誇る桜と老人の姿をミストは食い入るように見つめた。その瞳はキラキラと輝いていた。

その間にユグライドは素早く周辺を見渡した。老人以外に人気は見当たらなかった。


「おじいさん、こんにちは!ぼくはミストっていいます!おじいさんは何をやってるんですか?」


少し目を離した隙に、そばにいたはずのミストが老人のところまで行き、話しかけていた。ユグライドは小さく舌打ちをして2人に近付いた。


「…桜の花びらを砕いているのだ」


老人は目だけをミストに向け、素っ気なく言った。手を止めることはなかった。

ミストは老人の手元を覗き込んだ。円状の平らな石が見えた。中心が僅かに窪んでいて、そこに砕けた花びらがあった。細かい粉のようになっているのもあった。薄紅だった花びらは、靄に色を吸われたみたいに白くなっていた。

薬みたいだ、とミストの後ろで見ていたユグライドは思った。ふと、白い薬の話を思い出し、ユグライドは眉をひそめた。

背後の不遜な雰囲気も気にしないで、ミストは老人にどうしてと聞いた。


「どうして砕くの?」
「さくら銀を作っているのだよ」
「さくら、ぎん?」


ミストは聞き慣れない単語にクビを傾げた。繰り返し聞こうとしたが、驚きを含んだユグライドの声に遮られた。


「!…じいさん、本気で言ってんのか?」
「当たり前だ」


信じられないと内心思いつつも、ユグライドの表情は変わらなかった。老人は地面に落ちる前の花びらを数枚捕まえ、石の上に乗せた。そして、下ろしていた槌を握り直した。


「さあ、もういいだろう。集中できんからあっちへ行ってくれ」


行かなければこの槌をお前たちに振るぞ、とでも言うように2人を見た。

ユグライドは、例え武器を持った人間とは言え、老人に負けるとは思わなかった。しかしミストが老人に一礼をして立ち去ったのでそれに続いた、老人に一睨みすることは忘れずに。

顔を上げたミストは、ひどく寂しそうな表情をしていた。


「ねぇ、ユーさん。さくらぎんってなに?」


少し歩き、老人のいたところが完全に見えなくなると、ミストはユグライドに疑問をぶつけた。ユグライドは不機嫌そうに顔をしかめた。


「…不老不死の薬だと言われてる」


さくら銀―――闇の世界でまことしやかに囁かれている伝説の薬。それを飲めば不老不死になれ、永遠の幸福を手に入れると言われていた。その薬は、雪のように白く、桜の花びらのように軽いらしい。

昔、ユグライドが盗賊をやっていた頃に聞いた話だ。その他にも若返るだとか富や名声を手に出来るだとか、さくら銀の噂はよく聞いた。

勿論ユグライドは信じていなかった。実物(と言われたもの)を見ても、信じる気にはなれなかった。

ミストは不思議そうにユグライドを見上げた。


「どうして、不老不死になりたいんだろう?」
「俺はなりたいと思ったことがないから分からない」
「そうなんだ」


ユグライドの言葉に安心してミストは息を吐き出した。けれど、とユグライドは続けた。


「人間は終わりを恐れるものだ。自分のでも、周りの人のでも一貫している。そして大概の人間は必死にソレを回避しようとする。それ、の、行き着く先なのかもしれないな」
「そう、なんだ…」


なぜかミストの目線は落ち込んでいた。ユグライドは重苦しさを払うために、わざと軽く言った。


「あくまで一例だぞ。全ての人間がそんな馬鹿げたことを本気にしたりしない」
「そっ、か!」


ユグライドに笑いかけたミストは、来た道を振り返った。立ち止まったミストにつられてユグライドも足を止めた。


「…おじいさん、使ってるのかな?」
「さぁな。そうかもしれないし、誰かに売ってるのかもしれない」


今もなお聞こえる槌を打つ音。ミストはその音を見るかのように目を細めた。


「でも不老不死、なんて、ないのに」


呟く声は老人を、ひとを、哀れむようだった。手を伸ばしても届かない人を、産まれたばかりの赤子を見るような瞳をしていた。


「どんなに凄い薬を作ったって、人はいつか死ぬ。命はみんなに、限りを与えるもの。永遠、を、与えはしないんだよ」
「…‥」


そしてどこか優しさが含まれている気が、ユグライドはした。


「あのじいさんがさくら銀を作ってようがなかろうがミストには関係ないぞ。…だから、気にするな」


そう言って、ユグライドはミストの髪をぐしゃぐしゃにしてやった。子どもがする表情には到底見えなくて、それをどうにか紛らわしたかったのだ。


「きゃー!!」


ミストは嫌がる素振りもなく喜んでいた。それどころか、自分からユグライドの腕に巻き付いてじゃれていた。

楽しそうに笑うミストはもう、ただの子どもだった。



さくら銀と老人


永遠など、望まないで

ぼくに ひとの つよさを

みせて




20100811


ススム モクジ モドル



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