冷たい暗闇の中で、みた



暖かく灯る照明の下
木製の大きなテーブルにイス
暖炉には薪がくべられてる
そこに集まる家族


(ありえない位にやさしい風景を、僕は見ている)


ソファに座ってチェスを楽しむ父と兄。見るにどうやら兄の方が押しているようだ。父が難しい顔をして白い駒を右手に持ち、チェス盤を睨み付けていた。

その後ろのダイニングテーブルで、母と妹が紅茶を飲んでいた。もちろん、父たちの分も用意されている。

ソーサーに乗せられたカップから湯気が立ち上り、いい香りを部屋中に広めていた。

妹はクッキーを摘み、母は藍色の毛糸からセーターを作っていた。かしゃかしゃと、まるでマジックみたいに紡がれるセーターを不思議そうに見つめる妹に微笑み、作り方を教える母。

その足元には一匹の白い犬と二匹の黒い子猫が、体を寄せ合い眠っていた。起きているとやたらに騒がしい三匹だが、寝ている時は仲が良い。


(僕は知ってる)


チェック、と兄の声が響いた。父は呻いて、どうにかその終局に近付く局面を覆そうとしている。余裕顔の兄は、母たちが淹れた紅茶を飲んで妹にクッキーを分けてもらっていた。

きっと長丁場になるだろう。兄のチェスの腕前は確かで、ここ数年負け無しだ。そんな兄に初めてチェスを教えたのは父だった。だからだろうか、父は兄に負けることを良しとしない。2人は気まぐれにチェスを始めては、必ず父が追い込まれ、1人考え続けるのだ。

(分かって、いる)


僕は紅茶を飲みながら眺める。父と一緒になって考えたり、妹のクッキーを取ったり、兄に紅茶のおかわり淹れてあげたり、母と犬たちを撫でたり。

当たり前の日常だ。何度も繰り返されるような、退屈で平穏で幸福な毎日だ。


(おわりはすぐそばに)


僕は手を伸ばした。

父にキングを動かしてみては、と聞こうとした。妹に謝って、頭を撫でてやろうと思った。兄に温かい紅茶を渡したかった。母と一緒に、声を重ねて、笑いたかった。

僕の手は、空を切った。


そこに、僕のすぐそばにあった風景は、消え去った。跡形もなく、闇へと変わった。

(気付いていた結末だろ)


暖かかった照明も優しいぬくもりもそばにいた家族も、何もかもが夢だ。父も母も兄も妹もみんなみんな、僕から離れていったんだ。もう一生会えない。会えるわけがない。


(知ってるよ。わかっていた、のに)


どうして僕の目から
涙が、止まらないん、だ !








平穏平和な幸せなんて、カンタンに崩れ落ちる

夢なんか見なければいいのに、人間は性懲りもなく見続ける

過去に縋って、未来を拒むなんて愚かだ



わかっていて夢見るは、
出来損ないのピエロみたい





みんなを掴み損ねた手が、酷く冷たい


20100808


ススム モクジ モドル



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