旅行記

ぼくの名前は、ミスト。

ミスト、は、本当の名前じゃないけど、本当の名前はないからおじさんに付けてもらったんだ。カッコいいでしょ?

なんでミストって名前にしたの?って聞いたら、なんとなくだ、と言われてそっぽを向かれちゃった。なんとなくでもぼくは嬉しかったからおじさんにありがとう!と言ったんだ。

そしたらおじさんは、おじさんじゃない!と言ったの。

それでぼくは考えたんだ。
あぁ、そっか!おじさんにもユグライトっていうカッコいい名前があるもんね!三人称で呼んでごめんなさい。
ぼくもせっかくミストって名前があるのに、違う呼び方(例えばお前とか君とか)されたらイヤだもの。

ごめんね、ユーさん。

ぼくが謝るとユーさんはそういう事じゃない…とかユーさんて…なんとか言ってた(小声でイマイチ聞き取れなかったんだ)けど、ぼくの頭をぐしゃぐしゃって撫でて、「行くぞ、ミスト」って言ってくれたの。
ぼくは嬉しくってユーさんに飛び付いたんだ!

ステキでしょ?







「…ミスト、何やってんだ?」


剣の手入れをしていたユグライトは、日差しが容赦なく照りつける日向でしゃがんでいるミストに声をかけた。
ミストは誰かと話しているようだが、ミストの周りにはユグライト以外はいない。
そのユグライトも少し離れた木陰にいるのだから、ミストは一体誰と会話しているのだろうか。


「小石さんにぼくの名前をお話ししてたの!」


ミストは振り返って元気よくユグライトに笑いかけた。その手にまあるい石を持っていた。
ユグライトはミストの両手の上にある石を見た。ただの石だった。石は動くこともしゃべることもなかった。


「…石に?」


ユグライトは理解できないと首を傾けるが、ミストは気にもしないで頷いた。


「うん!あのね、小石さんがね、いい名前だねって言ってくれたんだよ!」


嬉しそうに石を持って飛び跳ねるミストを見てユグライトは理解することを放棄した。
もとよりこの少年は(本当は少年でも少女でもないが)不可思議なことがあった。自分の名前を知らないとか子どもの癖にたった1人で放浪してるとか、とにかく色々。

それに子どもは想像力豊かだ。
無機質なものを遊び相手にすることは珍しくはないだろう(この子どもは少しズレてる気がしなくもないが)。
ユグライトはそう思うことにした。


「やっぱり小石さんもユーさんってイイ人だと思う?ぼくもだよ!」


いまだ石を手に走り回るミストの声が聞こえた。ユグライトはため息を飲み込んだ。

何を言ってるんだ、この子どもは。元盗賊の自分がイイ人な訳があるか。

そうは思っても口にはしない。どうせ「なんで?どうして?」と質問責めに合うのは目に見えている。
ため息を吐く代わりに深呼吸を一度二度。そしてミストを見た。

ミストはまだまだ跳ね回っていた。両腕を前に伸ばしてクルクル回っていた。まるで、石と踊っているみたいに。
そう感じると同時にユグライトはミストが持っている石が自我を抱いてミストと踊っているようにみえた。
石の方がミストをリード、と言うより振り回しているみたいだ。

ユグライトは自分の想像力に笑った。
何をバカなことを。少しばかりあの子どもに感化されてきたのかもしれない。


「ミスト」


ユグライトは手にしていた剣を鞘に収め、腰に差して立ち上がった。ミストも呼び声に立ち止まる。


「なあに?」


走り回っていたせいか僅かに息を切らしたミストに近寄った。


「そろそろ行くぞ」
「準備はおわったの?」
「あぁ、だからその石は置いていけ」


ユグライトがそう言うとミストは目尻を下げてなんで?と小さく漏らした。


「その石はここの石だろ?勝手に動かしていいのか?」
「でも、せっかく仲良くなったのに…」


あからさまに肩を落とすミスト。ただの石でもミストにとっては友達なのだ。
ユグライトは少しだけ眉をひそめた。そうすると元から鋭い目つきが更に恐ろしくみえた。


「なら、石に聞いてみればいい。一緒に行くか行かないか」


ユグライトはらしくないと思った。石に聞くなんて子ども騙しだ。
けれどミストはなるほど!とばかりに顔を輝かせ、石に問いかけた。

どうせ子どもの想像だ、この石は持って行くことになるんだろう。
諦めに入っていたユグライトはこれからもこうやって荷物が増えていくのかと思うと憂鬱になった。
しかし嬉々と石に話し掛けていたミストの表情が一転していた。


「どうしたんだ?」
「…小石さん、行かないって」


ユグライトは驚いた。持って行くとばかり思っていたから。
今にも泣き出しそうなミストは、ぎゅっと、石を握りしめてその小さな体で抱き締めた。


「小石さんね、待っているんだって」


ユグライトは俯くミストの頭を乱暴に、けれどどこか優しく撫でた。そして先を促した。


「約束をしたんだって。この場所で会おうって、大切なひとと。だから、だから、誘ってくれたのは嬉しいけど、一緒には行けないって…」

ぼくにも、わかるんだ。約束の大切さ。約束を破ったら悲しいもの、淋しいもの。約束は守るから約束なんだよね?


大きな目に溢れそうなほど涙をためたミストはそう言い切るともう一度だけぎゅっと、石を抱き締めて放した。
悲しい顔のまま、石を元の場所に戻しに行った。


「早く、会えるといいね!」


立ち上がったミストは笑顔で石に別れを告げた。
ユグライトはミストの笑顔を見るとほっと一息吐いていた。子どもの泣き顔は苦手だった、特にミストのは。
泣かれるとどうすればいいか分からなくなるのだ。盗賊頭の名が聞いて呆れそうだが、今は元が付くのだから構わないと思うことにした。


「ユーさん?」


思いに耽っていたユグライトにミストは手を引いて呼び掛けた。
その顔には先ほどの泣き出しそうな表情は消えていて、子どもは切り替えが早いなとユグライトは思った。


「なんでもない」
「そう?」
「あぁ。それより、どっちに向かうんだ?」
「んー…こっち!」


ミストは空を見て少しだけ考えると勢いよく指差した。その先にはただ雄大に広がる草原だけがあった(360度草原なのだけど)。


「こっちか…」
「うん!こっち!」


地平線が見えるだけでとても街があるとは思えなかったユグライトだが、自信満々に答えるミストに何かを言うことはなかった。
それにユグライトはミストに付いて行くと決めていた、ミストが決めた道を。


「行くぞ、ミスト」
「うん!」


どこに続くとも知れない道を2人はゆっくり歩き始めた。その後ろ姿を見送るのはまあるい石だけ。


気を付けて、良い旅を


誰かの優しい声が聞こえた。




子どもと元盗賊の旅行記より




20100429





ちょっと蛇足
ミスト(仮名):あるモノを求めて世界中をさまよっている子ども。全体的に謎。ピュアっ子

ユグライト:元盗賊頭でかなりの腕前の持ち主。ミストに命を救われ、お礼返しのために探し物を手伝う


話が広がり過ぎました…
でも考えるのはスゴく楽しい!収拾つかないけど(えぇ)



ススム モクジ モドル



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