cry for the moon



「月に手が届いたら、願い事が叶うって知ってた?」


高い高い木に登った子どもは地上にいる大人に言った。空に手を伸ばして月を掴もうとする子どもの姿は純粋に滑稽だ。


「キミは何を願っているんだい?」


丸く光ってる月が丁度木の真上に来た。子どもはつま先立ちをした。揺れる小さな体が月に近付いた。


「世界征服」
「…」


子どもは子どもらしからぬ顔で嗤った。大人は大人らしからぬ顔で黙った。暗い沈黙の後、クスクスと笑い声が響いた。


「ウソだよ」


ジョーダンに決まってるじゃんと、子どもは声をたてて笑った。大人はそれを何も言わずに見ていた。


「ホントの願い事はね」


ひとしきり笑うと子どもは静かに口を開いた。


「幸せがほしいの ありったけの幸せ 溢れるような幸せ」


月に手が届いくだけで叶うなら、それほど楽な事はないでしょ?


それだけ言って興味がなくなったのか大人に見向きもしないで月に手をかざした。

それでも届きそうにもなかったから、もっと高くとさらに木を登った。上に行けば行く程に枝は細くなるばかりで、子どもの足元は酷くおぼつかなかった。けれど子どもには月しか見えていなかった。

無心に登る子どもをしばらくの間眺めていたが、ほぼ頂上に着くと大人は子どもに向かって声をかけた。


「幸せを手にしてどうするんだい?」


高い高い木の頂上にいる子どもは大人の声が聞こえているのかいないのか、ただじっと上を見上げるばかりだった。

風が吹く度に揺れる子どもの体はそのまま空を飛べそうだと大人は思った。黙り込む子どもに答えを急かすでもなく、ただ待っていた。


「幸せを手にしたら、その幸せをお父さんとお母さんにあげたい」


小さな声は不思議とかき消されずに地上に降り注いだ。


「それから隣りのお家のお姉さんに。公園で会ったおじいちゃんおばあちゃんに。一緒に遊んでくれた友達に。頭を撫でさせてくれた猫にもあげたい」


子どもは月に向かって言っていた。決して大人に向かってではなかった。

あぁだけど、と思い出しように大人に目を向けて笑った。


「それから残りの幸せをアナタにもあげる。全部あげる」

だから絶対にあの月に触れたいの


とうとう子どもは両手を伸ばした。背伸びをして少しでも月と近くなるように、両手を体を空へと向けた。
願い事が叶うことを願って。


(そんなこと、叶うハズがない)


大人は何も言えなかった。否定も肯定も制止すら出来ずに、夜空を小さな体が追うのを眺めるしかなかった。


(月になんか触れやしない。触れたところで願い事が叶う訳ないんだよ)


「大丈夫。あと少しで届くよ」


大人は知っていた。知っていたから何も言いたくなかった。


「あと、ほんの少しだよ」


大人の目には見えていた。子どもの、小さな手が、月 に―――





Cry for the Moon
所詮それは不可能なこと


20100825



たまには明るいハッピー!な話を、と思うんですがなんて微妙なんでしょう。暗いし。全くハッピー要素が見当たらないですね、不思議です(おいおい)

ススム モクジ モドル



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