夫婦になった兄弟 | ナノ


▼ 8 試練の始まり

俺と兄ちゃんは、側近のエルハンさんに連れられ、島の長老「ムゥ婆」が住む離れへとやって来た。
俺達の住居とは別方向だが、鬱蒼とした同じ森の中にある。敷地内には孫のエルハンさんと父親も暮らしているらしく、家族用の高床式住居が連なっていた。

内観は神社の境内を思わすような、簡素ながら厳かな雰囲気だ。木目の長い廊下をひたひた歩き、緊張が募る。
突き当りの扉の前で、こちらに気づいた護衛が礼をし、俺達は部屋の中に通された。

「おお。よく来たのう、二人とも。さあそこに座ってくれ」

薄紫の着物を着た小柄な老女が、嬉しそうに目尻を下げて促してくる。
俺は「どうもこんにちは」と挨拶をし、兄の浴衣の袖を引っ張った。素朴な木造りの広間に置かれた、会議机のような丸テーブルに向かう。

エルハンさんは側近らしく扉の横に立った。
二人で長老の正面に座るが、兄は警戒しているのか、腕を組み憮然とした態度でいる。

ここに来る前、俺は兄ちゃんに態度の改善を要求し、また振る舞い方のアドバイスをした。
部族長であるケージャとあまりに人格が変わってると、怪しまれるからだ。

どんな話をされるかビクビクしながら、側仕えの女性が持ってきたお茶をすする。

「ほっほっほ。ワシはまだまだ昨日のめでたい気分が抜けんでな。二人が揃っているところを見ると、嬉しいのじゃ。ところでお主たち、初夜はどうじゃった?」
「ぶーーっ!!」

直球の質問に、俺は思わず飲んでたものを吹き出した。
あまりにアケスケすぎるだろう、この長老。

「ど、どうって……そんなこと話せるわけないでしょう! やめてくださいよ!」
「そう恥ずかしがらんでもよい、ユータよ。上手くいったことは聞いておる」

当然といったように、邪気のない笑みを浮かべるムゥ婆に唖然とする。
だがとりあえずは、兄が入れ替わったことはバレてないようだ。

「ケージャ、お主の妻は恥ずかしがり屋じゃの。そこが可愛いのだとまた惚気るんだろうが……。いいか、ひと月後に行われる儀式のことも、きちんと頭に入れておくんじゃぞ」
「…………あ? 儀式?」

ずっと黙っていた兄ちゃんが、体の奥底から低い声を発した。
険しく眉根を寄せ、ピリッとした空気がほんとに怖いが、儀式なんて俺も初耳だった。結婚式はしたはずなのに。

「そうじゃ。碧の民の伝承によれば、お主らの婚礼からひと月後、聖地である『精霊の丘』で我らの部族が『新たなる運命を迎える』とされておる。各地区の班長が集まり、盛大な催しが執り行われるのじゃ。まぁワシらの見解では、満場一致でお主らの『子』が授かるのだと踏んでいるが……。その場の交わりで子が宿るのか、それまでの営みで子が出来るのかは、まだ分からんでな」

ーーはい?
なにその新たなる試練は。そんな伝承、聞いてないし、凄い恐ろしいこと言ってんだけど。

倒れそうになりながら隣を見やると、兄はすでに俺を見ていた。死んだような真顔だ。

「兄ちゃん……うそだよな、どうしよう」
「優太。帰るぞ。ここはヤバイ。入って数分だが、もう俺のキャパを完全に超えてきやがった」

早口で述べ俺の手を握り、その場から立ち上がろうとした。
しかし長老の淀んだ黒い瞳が一瞬キラリと光る。

「待てケージャ。どうしたのだ。お主あんなに張り切っておったじゃろう。……じゃがその様子だと、もしやユータは、この事を知らなかったのか?」

驚いた口調で問う長老に、俺達は言葉に詰まる。するとぎしっと床を踏む音がし、エルハンさんが一歩前に出てきた。

「ムゥ婆。ケージャ様は奥方様に重圧を与えたくないからと、あえて伝えないつもりだとおっしゃっていた。自然に身を任せたいというお気持ちなのでは」

孫らしく祖母にやんわりと告げ、部族長である兄ちゃんにも部下の顔で目配せをする。
優しくフォローしてくれたのはありがたいが、この話がどうやら伝承として本当に信じられているのだと、さらなる目眩が襲う。

兄はぐっと拳を握り、身を乗り出した。

「あのさ……ばーさん。確かに以前クソ馬鹿野郎だった俺は、あんたとその伝承についてウキウキ喋ってたかもしれない。だがな、冷静に考えてみてくれ。ひと月でそんな都合よく子が授かるか? つうか男同士だってこと分かってるか? なんだ、ここでは男もはらんじゃうの? そんないかにもそっち方面が喜びそうなエロ漫画みたいな事あるわけねーだろッ」
「ちょ、兄ちゃん、落ち着いてっ」
「止めんな優太、こういうカルト教団にははっきりモノを言ってやらねえと目が覚めねえんだよ!」

急にキレたのか口が止まらなくなった兄を必死で止めようとする。
気持ちは分かるが、なんとかこの変な状況から抜け出すには、あくまで部族長の体を崩すべきじゃないのだ。

しかし単純にそう考えていた俺は、やっぱり甘かったのかもしれない。
長老はもみ合う俺達に反して、にんまりと笑みを浮かべた。

「ほほほ。仲が良いことじゃ。だがのう、この古の伝承は他の集団からも堅い支持を得ておる。伝説の夫婦なのだから、可能に違いないのじゃ。もしやケージャ、妻を身ごもらせる自信がないのか?」
「……は? 馬鹿にするなよ、今全然そういう話じゃねえだろう! 悪いが俺はそっち結構強いぞ!」
「何言ってんだよ兄ちゃんサイテーだッ」
「あ、悪い優太。違うから。今の忘れろ、お前は聞くんじゃない」

両耳を兄の大きな手に覆われてもなお、二人の口論は続けられた。

もう、どうすればいいんだ。せっかく兄ちゃんが戻って来れたのに、事態が深刻化している気がする。
助けを求めるようにエルハンさんを見やると、少し申し訳なさそうに、同情を含み微笑まれた。

俺はぐるぐると何か考えを閃こうとして、ゆっくり口を開く。

「あの、ムゥ婆。ひとつお願いがあるんですけど……その、夜に見張りの人がいるの、ちょっと何とかしてもらえないかなって…」
「ああ、伽の番のことじゃな。ふむ。……しかし、神々への報告は毎夜必要なことじゃからのう」
「はっ? 毎夜って……まさか毎日見張られるの?」
「当たり前じゃ。夫婦の伽はもちろん毎晩行われるものじゃろう、ユータよ」

そんな……。
昨夜は初夜だということもあり、なし崩しにケージャに襲われてしまった俺だが、これからどうすればいいんだ。中身兄ちゃんだぞ。

「おいばーさん。あんたも知ってんだろ、俺の優太は照れ屋なんでな。見張りの回数を減らしてくれ」
「そう言われてものう。……まあ、異界の者じゃしな、少しは歩み寄らねばならんか。では二日に一回にしておこう。子作りの為にも、妻側の気が張っていてはならんからな」

にこりと笑まれ、俺は首をひゅっと引っ込めた。
なんというかそのワード、まだ清い男子高校生にとっては、キツすぎるーーいや待て、もう俺は清くないのか…?

うつむいた俺の肩を、兄ちゃんが抱き寄せてきた。
渋い顔つきは残っていたが、ふと耳元に口を当てられて背筋がびくっとなった。

「……優太、大丈夫だ。俺を信じろ。大事なお前に痛い思いはさせねえから」

え。なんだその意味深な発言は。
話の流れからして、頼もしいのか何なのか分からなくなる。兄ちゃん、何か考えがあるのだろうか。

「ではお主らから良い報告が聞けるように、ワシも神々に祈っておくからの。二人で力を合わせて励むんじゃぞ。ーーああ、そうじゃった。夫婦の証である『精霊の涙』はーーちゃんと二人とも、身につけておるな」

長老が兄の金の腕輪と、俺の雫のネックレスを見て頷いた。

俺はハッとなる。そういえば昨日の夜、ちょうど兄が戻ってきた直前に、腕輪が光って見えたのだ。

「ムゥ婆。この装飾って、何か特別な意味があったり……するんですか?」
「なぜじゃ。ユータ」
「えっ。いや別に、ちょっと気になっただけですけど…」
「無論意味はある。それは夫婦を結ぶ大事な聖具じゃ。全ては伝承に沿った必然なのじゃよ、ほほほほ。まぁまだ満たされてないようじゃが……」
「は? 性具?」

何言ってんだ、この人。
もうやだ。訳が分からなくて頭がパンクしそうだ。

隣の兄は、猜疑心に満ちた表情で腕輪を確かめていた。
そして再び、今度は俺の手をしっかりと握り立ち上がる。

「もういいだろ。俺達疲れてるんだ。少し休ませてくれないか」
「おお、すまんな。今日はゆっくりするといい。仕事は明日からで良いぞ、ケージャ」
「……ああ。それと午後は、優太と島を見て回るつもりだ。構わないよな」

やや威圧的な態度で兄が述べる。真面目な表情を作っていると、なぜかケージャを思い出し、本当に島の長みたいに見えるから不思議だ。

「ならば部族長、私に護衛をおまかせ頂けないでしょうか」
「あ? なんでお前が……エルハン、つったか。この島はそんな危ないとこなのかよ」
「いえ、この辺りは安全ですが。お二人のお邪魔は決していたしませんので」

恭しく頭を下げる側近をじろりと見た兄ちゃんだったが、俺は良い考えだと思った。
まず島のことを知る必要があるし、部族のナンバー2である彼と一緒なら、必要な情報が聞き出せるかもしれない。

そうすればきっと、この島を抜け出す糸口が、いつか見つかるはずだ。



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