夫婦になった兄弟 | ナノ


▼ 7 怒る兄ちゃん

今日は色々なことが起こりすぎた。
兄ちゃんと結婚して、初夜を迎えて、その直後本当の兄ちゃんと再会してーー。

心の底から安堵した俺は嬉しいはずなのに、どうして今また、こんな非常事態になってるんだろう。

「んあぁ……もうやだ、やめて、それ」
「待ってろ優太、もうちょっと……クソッ! こんなに出しやがってふざけんじゃねえぞ俺の弟に…ッ!」

俺達は藁葺き住居の裏に備え付けられた、小庭の露天風呂にいた。
温泉の横にある、かけ流しのシャワーみたいな湯の下。俺は兄の前で、お尻を突き出していた。

「こんなの恥ずかしい、見ないで兄ちゃんっ」
「あー見てない見てない。大丈夫だから。ほら、あとこの奥に残ったやつーーあああ゛こんのクソ野郎!!」

弟への励ましと激しい悪態が交互に叫ばれ、その度に強くなる手の動きに、もう耐えられない。

「や、だぁっ、はぁっ、もう無理……抜いてぇ…っ、んあぁっ」
「……おいどうした優太、……あんまり変な声、出すんじゃ……」

だって兄ちゃんがごつごつした長い指で、中を掻き回してくるからだ。
初夜の時に使われた魔法のせいなのか分からないけど、全く痛みはないし、それどころかーー。

「あっ、んぁ、……んんっ、はぁ、ああ……っ」
「…………あー。じゃあこの辺で止めとこう。ほら抜くぞ」

背中をぽんと叩き、もう片方の指がやっと尻から引き抜かれる。その衝撃に、俺は大きくのけぞった。

「んああぁ!」

衝撃で前の壁に手をつくと、後ろから胸に手を回され支えられた。

「大丈夫か、お前足ふらついてんぞ。もう終わったから、な?」
「……うん。ありがとう、兄ちゃん」

兄の聞き慣れた優しい声に思わずお礼を言うけれど、あれ、そんな必要まったくないよな?
そう訝しみながらある事に気がつく。

腰の上あたりに何か硬いものが当たっている。
恐る恐るチラ見すると、そこにはもう一度見たくなかったあの物体の姿があった。

「なっ、何だよそれ、うそだろ…!」
「は? 何が?」
「何がじゃねえよ! 信じらんねえ兄ちゃんの変態野郎!!」

急いで振り返り指をさすと、兄がゆっくり視線を下ろし、その褐色の瞳が大きく見開かれる。

「……うおっ! なんだ、なんで? どうして俺勃ってんの?」

目を丸くしてあろう事か、鍛えられた腹筋の前で反り返ったモノを、混乱気味に手でぐっと掴んで見下ろした。

もう無理だ。二度目の悪夢がやって来たと震える俺に、兄の視線が俺の下腹部へと移った。

「いや待て、そんな蔑みの目で俺を見るな優太。お前のはどうなんだよ?」

焦り顔で責めてきてなんなんだこいつ、と怒りが湧いてきたが兄の指摘は正しかった。
なぜなら俺も完全に同じ状態に陥っていたからだ。

俺は全身を赤くして、素早く前を隠した。

「だって、兄ちゃんがあんな風に触るから! 中、擦ったりするから!」
「わ、分かった分かった。改めて詳細を語るな。そうだよな、お前のは普通の反応だ」
「でも兄ちゃんのは普通じゃないだろ! なんでそんな、凶暴にしてんだよッ」

羞恥を隠すために責め立てると、突然兄が眉をぐっと吊り上げ、その目が鋭く光った。
強く腕を掴まれ、いきなり後ろの壁に押し付けられてしまう。

「あのな……俺が知るか。お前も男なら分かんだろ? 勃起は自分の意志じゃどうにもならねえ。つまりこれは、俺の本能的欲求がなんらかの形をもって作用し、偶然外側に現れてしまったというーー」

真顔で懸命に言い聞かせているけど、それって俺におかしな欲求が湧いたってことじゃないのか?

「もういい、俺先に出るからっ。兄ちゃんもその変なの早くどうにかしろよっ」
「変なのってお前な、傷つくぞ俺……」

額の汗を拭いながら、バツが悪そうに立っている兄を置いて、俺は逃げるようにその場を後にした。

火がぽつぽつと灯る薄暗い部屋に戻り、浴衣を羽織るとすぐ、天蓋つきのベッドの上に体を投げ込んだ。

これからどうしよう、どうなるんだろう。
不安は残ったままだが、何にせよ兄が戻ってきたんだし、早く二人で元の世界に帰らなければ。

うつらうつらと考えていると、今までの疲労が祟ったのか、俺はやがて重い瞼に抗えず、そのまま眠ってしまった。


***


「優太、起きろ。おい。朝だぞ」
「ん……今何時…」
「知らねえよ。だが誰か来る。おい、目覚ませって」

頬をぺしぺし指で叩かれ、ゆっくり目を開けた。すると兄ちゃんの顔が至近距離にあった。

「わああっ。なんでそんな近いんだよ! 離れろってばっ」
「お前の寝顔、全然変わんねえな。寝てる間ずっと見てたけど、ガキみてーに可愛いまんまだわ」

横に寝そべる兄が俺を見下ろし、目を細めて感慨深げに言う。
なんだか懐かしいやり取りだが、俺はもう子供じゃないのに。

「見てたって、だいたいなんで同じベッドに入ってんだよ!」
「んなのお前に何かあったら心配だろーが。つうか、しっ。ほらそこまで来てるぞ。……この足音、子供か?」

布団の中でごそごそしながら、兄が入り口の蚊帳へと目を向ける。
俺はピンときた。窓の外はすでに日が上ってるし、もう朝食の時間なのだ。

「「おはようございます。部族長。奥方さま」」

民族衣装を着た二人の少年が、お盆を両手に笑顔を浮かべ、朝の配膳の準備をしに入ってきた。

「おはよう、二人とも。今日もありがとう」
「えっ、なに、知り合い? 誰?」
「……ちょっ、静かにして兄ちゃんっ」

目を白黒させる兄を落ち着かせながら、ぼそぼそと小声で喋っていると、側仕えの少年達はやがて仕事を終え、丁寧にお辞儀をして出て行った。

兄はすぐに立ち上がり、はだけていた浴衣をきちんと締め、室内にある低めの食台へと向かう。
長椅子に腰を下ろし、じろじろとご馳走を見やった。

「すげえな、南国五つ星ホテル並のメニューが並んでるぜ。朝からこんなもん食べやがって。……っつうか今の子たち、当然のように俺のこと部族長って呼んでたよな…」

短い茶髪をぐしゃぐしゃ掻き回し、頭をうなだれる兄の元へ俺も歩み寄る。
隣に座って優しく肩を抱いた。

「兄ちゃん……だから言っただろ? 俺の話、全部本当なんだって」
「ああ、そうみたいだな。でもどうすんだ? 俺には何の記憶もねえぞ。帰る方法見つけるまで、俺もしかしてここでその奇妙な役職のフリを……」

横目で訴える兄の瞳を見つめ返す。
そうだった。記憶が戻ったのは良いことだけど、あのケージャと入れ替わったように兄がいるのだ。

どうやってこの場を切り抜けていけばいいのか。

二人でため息を吐きつつ、とりあえず空腹を満たすことにした。
するとしばらくして、新たな足音が聞こえてきた。それも明らかに大人のもので、複数人の気配だ。

兄の眉がピクリと動き、腕を伸ばして俺の動作を制止する。

「お前達は外で待っていろ。ーー部族長、失礼いたします」

蚊帳の外から響いた声の主は、兄の側近であり部族のナンバー2である、エルハンさんだった。
昨日の結婚式とは違い、いつものほぼ裸に、装飾品や薄い布切れを腰に巻いた姿で現れる。

彼を目にした兄の肩が珍しくぶるっと慄いたかと思うと、急に立ち上がった。

「な……なんだお前、その格好、この変態野郎ッ! てめえが俺の弟をそそのかしやがったのか!」

え。部族長のフリするんじゃなかったのか?

すごい形相で兄がドスドス向かっていくと、案の定エルハンさんは何度も瞬きをし、驚きに固まっていた。

「おい何とか言えこの腐れ外道!」
「部族長、どうなさったのですか、一体何の話を」

見知らぬ男の顔を見た瞬間、怒りが爆発したのか、体格の変わらない彼を激しく恫喝する。
俺はそんな兄を急いで止めようとした。

「兄ちゃん、何してんだよ、やめろって! あっ、あのすみませんエルハンさん、昨日から兄ちゃん興奮してて、ちょっと頭が混乱して……いや、とにかく、俺のこと異常に守ろうとしてるみたいで……!」

自分でも苦しい言い訳だと思ったが、しどろもどろで取り繕う。
すると側近のエルハンさんは、突然後ずさり、その場で深く頭を下げた。

「申し訳ありません…! 私としたことが、大切な初夜の余韻が残る朝に、お二人の邪魔をしてしまうとは……部族長。奥方様のお姿は目に入れませんので、どうかお許しを……」

木目の床に片膝をつき、謝罪をする。
その立派な男性の黒髪を見下ろした状態であたふたする俺とは違い、兄は偉そうに腕を組みながらフン、と鼻を鳴らした。

「おい兄ちゃん、エルハンさんは何も悪くないんだ、そういう態度やめろって」
「しょうがねえだろう。俺の怒りの行き場はどこへやりゃいいんだ」
「はぁ? 半分は自分のせいだろ! だいたい俺にしたことはーー」
「ああ分かってるよ、もう二度とあんな事しねえっつってんだろが、俺だってお前が大事で仕方ないんだから…」

ついチクリと言ってしまうと、兄の口調が急にしおらしくなった。髪の毛をそっと撫でられ、機嫌を取るように顔を覗き込んでくる。
エルハンさんが焦った様子で立ち上がった。

「あのすみません、私のせいで夫婦喧嘩をなされるのは大変心苦しく」
「ああ? てめえは今入ってくんじゃねえ! つうかなんだ夫婦喧嘩ってこの野郎ーー」

簡単に激高し興奮状態の兄の口を、俺はバシッと両手で塞いだ。

だめだ。一旦落ち着かせないと、きちんとこれからの事を話し合わないと、とてもじゃないが兄を人前に出せない。

しかし眉間に皺を寄せたままの兄に、側近から思いも寄らぬ言葉が告げられる。

「本当に申し訳ありません、部族長。しかしもう一つ大事な言付けを、長老から承っておりまして」
「……あ? 長老だと?」

この島の長老といえば、エルハンさんの祖母で通称「ムゥ婆」と呼ばれるお年寄りのことだ。

「はい。朝食後、すぐに長老の離れへ来るようにとのお達しです。奥方様もご一緒に。どうか、よろしくお願いいたします」

えっ、俺も? なんだか嫌な予感がする。まさか昨日の一部始終、バレてないよな。

不安げに隣を見やると、なぜか兄ちゃんは不敵に笑い、喉の奥をくつくつと鳴らしていた。

「いいぜ、行ってやろう。敵の頭を知るのは戦術の基本だからな。優太、心配するな。俺がついてりゃ大丈夫だ」

この人の性格上、何をする気なのか分からなくて、もっと心配になる。
でも俺には兄ちゃんと二人で行動する以外、他に選択肢がなかった。



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