夫婦になった兄弟 | ナノ


▼ 59 勝負

あれから父の休暇に合わせて、俺達は県外にある道場へと向かった。父が懇意にしている剣術の同門の人から借りた場所で、全面木目張りの厳粛な空間だ。

開け放たれた入口の近くには、俺ともう一人の男が正座していた。兄の親友である真面目風な眼鏡、福澤さんだ。

「優太、お前も大変なことになったなぁ。兄貴二人に取り合いされるなんて。あいつらおかしくないか? お前も高一だし、こんなことやってないで早く彼女とか欲しいだろう」
「はは。大丈夫だよ。二人とも俺の大事な人だし。最後まで付き合ってあげたいんだ」

ほんとは付き合ってますなんて言えるわけもなく背汗をかき、俺はこそこそ話をしていた。しかし突如奥の扉から背の高い男二人が出てくる。

袴のような胴着姿の父と、タイトなTシャツのスポーツウェアを着た茶髪の兄だ。兄は俺達を見るなり、にやりと笑って近寄ってきた。

「おい福澤、お前マジで来たのかよ。そんなに俺の勇姿が見たいか。まあこのあとのキャンプやりたいだけだろうが」
「おう! その通りだ。お前と余暇を楽しむのも久しぶりだしな、とっとと変な勝負終わらせろよ」

仲良さそうに会話したあと、兄がふやっと頬を緩ませて俺の前にしゃがみこんだ。あんまり緊張してない様子を俺はまじまじと見つめる。

「兄ちゃん頑張ってね! っていうか勝算あるの?」
「そうだなぁ。お前が応援してくれたらあるよ」
「いや俺は二人とも応援する。前みたいに敵のガイゼルじゃなくて兄対兄だしさ」

真剣に明かすと兄の肩がわざとらしくガクっときた。でもすぐに苦笑し、俺らしいと頭を撫でてくる。
正直相手が信頼するお父さんだし、前の決闘みたいにはならないだろうからあまり不安はない。

でもこの勝負は、兄二人にとって大事な転機になるだろうと感じていた。

「じゃあ啓司、始めようか。時間は五分。一本でも取れば君の勝ちだよ。二人の判定は試合内容から僕の独断で決める。いいね?」
「おう! やろうぜ親父!」

元気よく応じた兄と、表情ががらりと変わった父に注目が集まる。「始め!」という福澤さんの合図で、早速試合が始まった。

俺は剣術のことにはまるで詳しくないが、実際兄が父に一本取ってるところを見たことがなかった。あんなに強い兄なのに、そんなレベルだった。

両手で木刀を持ち、重い音や細かな音を放ちながら、剣が交わる。
型は自由だったが、最初正攻法で攻めていた兄も全て剣先を読まれ敵わないと感じたのか、後半には積極的に手数を増やしていた。

「ーーうん、大分いいよ啓司、その調子だ」
「……くそっ、余裕だな親父……っ!」

今日の父はどうやらいつもより本気を出しているらしい。兄は相当手こずっている。
ドキドキハラハラしながら応援していると、父の脇に入りそうだった一撃が寸出の所でいなされ、時間が終了した。

「はい終了! お疲れさまっしたー!」
「すごいよ兄ちゃん、格好よかったよ! お父さんが汗ぬぐってる、ほら!」
「……あのなぁ優太。それ褒めるとこ? ……ああしんど……」

汗だくでTシャツをまくり、硬い腹筋を見せて顔を拭う。
俺は立ち上がり、もたれかかってくる兄を頑張って支えた。

「言い訳じゃないけど島にいる時より体なまったな。感覚の問題か? …まあしょうがねえか」

ぶつぶつ言いながら俺に無遠慮で覆い被さってくる。
このままじゃ次のケージャに少し不利なため、しばらく休息を取ってから試合が再開した。

俺が碧の石の腕輪を装着すると、道場の床に大の字に寝転がっていた兄がむくりと起きる。辺りを見回し、状況を悟ったようだった。 

「ふむ。俺の番か。では始めよう。ユータ、フクザワ。俺が真の島の男だという姿をしかと見ておけ」
「はいはい。お前疲れてないのか? 啓司のやつすっげえ力使い果たして見えたけど」
「ふん、あいつにはこのぐらいの有利を与えてやらねばな。俺は元部族長だ。父上には悪いが負けてられん」

兄の顔つきが最近のとまるで違う。褐色の瞳はすでに険しく研ぎ澄まされており、木刀をしっかり握る姿は本当に島でのケージャを思い出した。

「兄ちゃん頑張ってね、お父さん強いから気をつけて! でもケージャならやれるかも!」

兄よりも贔屓目な目線で応援してしまう。もしかしたら残念な結果になるかもしれないが、闘うことに命をかけてきた男だ。少しでも自信に繋がるのではと思った。

「ああ、そんな可愛いらしい顔で応援をされるとな、集中が途切れてしまうぞユータよ」
「えっごめん」
「よいのだ。そのまま俺を応援してくれ。……すごく力がみなぎってくるぞ!」

そう叫んだ兄が突然興奮し、Tシャツを大胆に脱ぎ去った。現れた小麦肌の逞しい裸体に俺達は目が点になる。しかもハーフパンツまで脱いで下着になろうとしたので、さすがに止めに入った。

「ちょ、何してんだよおおらかすぎるだろ!」
「そうだよ啓司、誰がお前のストリップなんか見たいんだ脱ぐなッ」
「服は邪魔なのだ。島の男は身軽で闘う。そして屈強な体を見せることも敵の戦意喪失に繋がるのだ」

にやりと父に静かな威嚇をしている。胴着姿の父は運動用に珍しくコンタクトレンズだったが、くいっと眼鏡を上げる仕草をした。

「ええと、確かに良い体だね、息子ながら。……僕も脱いだほうがいいのかな?」
「いや脱がなくていいからお父さん、惑わされないで!」
「父上はそのままでよい。しかし俺が勝ったら、皆に脱いでもらうぞ。今日は俺の日だ」

さらりと爆弾発言をした兄は、すでに戦闘モードで道場の真ん中に立った。その静かだが貫禄のある佇まいを見て、父の眉がわずかに動く。

二人は急にしんとしたまま、向かい合った。
なんだか緊張してきた。親子ではあるが初の対面だからだろうか。

「では始め!」
「ーーハアぁぁぁッ!」

福澤さんの合図からすぐに兄が猛スピードで攻撃を仕掛ける。虚を突かれたのは観客の俺たちだけではなく、父もだったようだ。

「くっ!」

そんな声を聞いたことがなかったが、大きく跳躍した兄の上からの一撃を全身で受け切り、見事に前方へと払いのけた。
だがケージャの猛攻は初っぱなから止まらず、まるで水を得た魚のように激しく鋭利な剣術を披露していく。

「……ああ父上、あなたの腕前はどういうことなのだ! 俺の攻撃が全てかわされている!」
「ーーそうだねケージャ、……うん、僕もとても驚いているよ、君の力がこれほどとはーー」

確かに兄の動きを全て見切っていた父だが、押されている風なのは初めて目にした。俺も福澤さんも驚愕して二人のやり合いから視線をそらせない。

ケージャは強敵を前に一旦身を引く。距離を取って木刀を突き出し、もう片方の手のひらを開けたり閉じたりしている。

「うむ。やはり精霊力を失った今、身体の全ての力が出せないな。実に窮屈だ。……だがこれが俺の実力なのだろう」

渋い表情で呟き、納得をしてまた父に勢いよく向かっていく。
兄もさっき口にしていたが、やっぱり島にいた時はあの特別な力の加護があったのだ。でも今や普通の人間なのに、父相手にここまでやるケージャの底力を感じた。

「……ぐっ!」

体の中心から繰り出される突きを振り払った父のカウンターが、ケージャの横っ面をすれすれで掠めた。
木刀の剣先がぴたりと止まり、長いようで短かった五分間が終わった。

「すっげえええ! 面白かったぜ、啓司ーーじゃなくてケージャ! よく親父さんにしつこく食らいついたなぁ!」
「ほんとだよケージャ、すごいよ、お疲れさま!」

ミーハーな俺達が駆け寄り二人にタオルを渡して迎える。

「ふふっ。本気を出したのだが父上が強すぎた。さすが俺の父親だ」

兄はふっと笑い、力を出しきったことに喜びを見せていた。俺はその嬉しそうな顔が懐かしく、何よりも感動を覚えた。

「じゃあ一応結果発表してもらうか。夏山さん、お願いします」
「ああ、そうしようか。まずは啓司から」

胴着を締め直した父が道場の端に腰を下ろしたため、俺達も正座をして神妙に待つ。腕輪を外し、父の前に戻ってきた兄はきょろきょろと「え、終わった?」と様子を伺っていた。

「ーー啓司。君の動きはかなり良くなっていた。なにより未知数の伸びしろがある。だが……勝負はケージャの勝ちだ」
「ええええ! なんだよそれっ、くっそーッ!」

本気で唖然とし悔しがっていた兄に、皆の温かい視線が注がれる。
俺は道場の端からたくさん拍手をし、兄の闘いを称えた。

「……優太、お前の目にも一目瞭然だったか? 俺とあいつ……」
「うん! かなり惜しかったけどね啓司! 元気だして!」
「福澤お前には聞いてねえ!」

ふざける親友に怒号を浴びせていた兄に、俺も近くで腰を下ろす。皆の前だったが大きな体に腕を回して抱擁した。

「ううん、すごい格好よかった兄ちゃん。心が熱くなったよ」
「……うっ。弟の慰めが心にしみる、ありがと……」

兄は結構ダメージを負っていたようで、俺は胸がきゅんとなってきてしばらく優しく背中をさすっていた。

そして腕輪をまたつけ、もう一人の兄を呼び起こす。
父はケージャにも勝負の行方を伝えた。意外にも手応えをあまり感じていなかったのか、この兄は結果に対して大きく驚きを示していた。

「なにっ? 本当か! 俺が勝ったのか、やったぞユータ!」
「うん! おめでとー兄ちゃん! さすがぁ!」

完全に調子よく勝利を祝い、兄に抱きついてはしゃぐ。
端から見たらおかしな光景に見えるかもしれない。二重人格同士が真剣に勝負をしているのだから。

だが二人は最後までライバルで、闘志に燃えた果敢な男たちなのだ。

「君は本当に強かったよ。僕も結構本気を出した。啓司も自慢の息子なんだが、君の動きは……数々の実戦を経てきたことが伝わったな。この道場では狭いだろう」

父がケージャを称えると、腕をがっしりと組み自信をもったふうに頷く。

「確かに俺はずっと外で戦ってきた。だが勝負は勝負だ。…父上に認めて頂きとても嬉しい。いつか貴方に勝ちたいと思う。島にはこれほどの強い男はいなかった。俺の仲間もきっと相対したかっただろう」

二人は互いを褒めあい、握手とハグまでしていた。父は「僕もぜひ相対したいよ」と本気な感じだったが、これにて兄達の決闘は幕を閉じる。

その後、俺達は皆また車に乗り込み、キャンプ場へと出発したのだった。





数時間後、男四人は深い森の中にいた。俺はもっと普通のキャンプ場だと思ってたのだが、周りには高い木々や生い茂った植物、小川などがあり、他には誰も家族連れやキャンパー達がいない。

「ねえお父さん、ここどこ? 明らかに私有地っぽいんだけど」
「うん。実は僕の知り合いがここで自由に過ごしていいって言ってくれてね。ほら、ケージャの島での生活を出来るだけ再現したくて」

考古学者の父のガチぶりに俺は引いたが、福澤さんも「ええーっ、てっきり豪華なコテージだと思ってたのに野宿かよぉ!」と文句を垂らしていた。

もうすぐ夕方になるかという頃合いの初秋だが、森の中は風もあって涼しい。
なのに俺の兄は、あの約束を忠実に実現させようとしていた。

キャンプの日程は明日までで、今日はケージャの日、明日は兄の日だ。

「さあ皆、焚き火を作ったぞ。魚もそのへんで獲ってきた。今日という素晴らしい日の準備はしてもらったから、ここからは俺が皆をもてなそう。存分にくつろいでくれ」

生き生きとした兄は焚き火の周りに置いた丸太に座り、様子を見ながら魚を焼き始める。その上半身は裸で、下は腰巻きを巻いただけの逞しい太ももをさらしている。

「さ、さみぃよ。おい優太、助けてくれ。なんで俺までこんな部族民の格好をーー。というかなぜお前だけ浴衣? 夏山さんまでこの格好だぞっ」
「はは。郷に入っては郷に従えってね。僕は大丈夫だよ福澤くん。異文化に触れるのは馴れてるから」
「ええ! 本当すか? つうか結構良い体してますね。俺完全に負けたわぁ」

同じ眼鏡同士で喋っている二人を尻目に、俺はひとり浴衣で事なきを得ていた。まるで島での最初の頃を思い出す。
あの時は本当の兄だったのに、今はケージャも同じことを言って俺の肩に触れた。

「フクザワは騒がしい男だな。……ふふっ、ユータは浴衣のままでいい。とても懐かしくて俺は好きだぞ」
「……そう? よかった〜」

へへ、と照れ笑いして俺も腰巻き姿の兄を見つめた。
家の中や外での落ち着いた様子とは違い、エネルギーが体中から解き放たれている。
この兄に必要だったのはこういう時間だったのだと改めて気づかされた。

皆で自然の恵みたっぷりの食事を楽しんでいる間、だんだんと夜が訪れてきて、辺りが真っ暗になる。
兄が作った松明が点々と近くを灯し、俺達は焚き火の炎が起こす神秘的なムードに酔いしれていた。

「ケージャ、君に頼まれていたものを持ってきたよ。これでいいかな?」
「ああ、完璧だ父上。ありがとう。では皆で吸うか。部族の男のたしなみだ」

兄が受け取ったものは煙草の長いパイプのようなものだった。
碧の島では野外の宴などでガラス瓶に入った水パイプやこれを目にしたが、大人達は気に入ったようでこの場でも思い思いに煙をくゆらせていた。

俺はもちろん未成年のため見ているだけだが、普段はあまり好きじゃない煙草の香りも、隣のケージャから懐かしい匂いがして色々お思い出した。どれもいい記憶で感慨深い。

「皆元気かなぁ。長老にエルハンさんにラドさん。ラウリ君や先生、その他諸々の人たちも……」
「ああ。きっと元気だろう。あいつらのことだ。島の恵みを受けて、以前と変わらず活発に過ごしているに違いない」

兄は軽く笑いを交え、目を細めてそう話した。
そうだといいな。まあ皆マイペースな感じだし、心配はいらなそうだけど。
ケージャがいないことは絶対寂しがっていそうだとも思った。

「ーー皆、こうして煙草の煙を天に舞わせるのは神聖な儀式でもあるのだ。体の力をほぐし、狩猟前の祈願や後の祝いなどでも使用される。それだけでなく、神々に願いを伝える場でもあるのだぞ」

そういえば前にルエンさんもそんなことを言っていた気がする。あのときはややセクハラ発言も入っていたが、ちゃんとした儀礼の一環だったんだな。

「素晴らしいね。僕らもこんな素敵な儀式に参加できて嬉しいよ。……君はどんな願いをもつんだい? ケージャ」

部族の習わしに溶け込んだ父が、煙草を味わいながらふと兄に尋ねた。
暖かい火に照らされた兄の横顔をどきどきして見つめていたが、やがてそれは俺に振り向く。

「もちろんユータの幸せだ。俺にはそれしかない」

力強く断言し、こちらを穏やかな瞳で見つめてくる。
兄の親友のひやかす声も聞こえたが、父は納得して頷いていた。
俺は照れながらも、ぽわぽわと嬉しく感じて隣の兄に寄り添った。



そんなこんなで、夜も更けあっという間に眠る時間になる。
不思議なもので、ほんの三ヶ月ぐらい前までは島にいたため、森のざわめきや風の音も心地よかった。

テントは大きめのものが二つあり、明るいうちに皆で協力して建てた。それぞれは焚き火を挟んで少し遠い位置にあったが、寝る前にひと悶着起きた。

「えっ? 俺と夏山さん一緒なのか? なんかおかしくないかそれ。俺一応お前の親友なんだけど親父さんと寝んのかよ。若干気まずいですよね?」
「いや、僕は別に平気だけど……ケージャが優太と寝るって決めてしまってね。僕も君達にテントを貸そうと思ってたんだけどさ、きっと啓司も優太と一緒がいいんじゃないかな」

苦笑する父の言葉に福澤さんは白目で呆れていたが、隣の兄はうんうんと深く同意していた。

「その通りだ。俺はユータ以外の男とは一緒に寝ない。分かってくれ皆」
「はあぁ。お前もとんだ我が儘ブラコン野郎だな。……あっそうだ。ひとつ聞きたかったんだけど、勝負に勝ったら啓司になんか言うこと聞いてもらうんだろ? 何にするんだよ。一日体を貸しきってやばいことでもすんのか? しょうがないから俺が付き合ってやってもいいぜ。へっへっへ」

親の前なのに悪巧みの顔の福澤さんが兄にもちかける。
そういえば忘れてた。兄ちゃんのやつ、そんなこと言ってたな。

俺は恐る恐るケージャを見る。しかし奴は涼しい顔で驚きの提案をした。

「いいや、大丈夫だ。何かよからぬことをお前は想像していそうなのでな。……俺の願いはとてもささやかだぞ。俺が体を使っている間は、裸で過ごしたい」
「……え、ええっ!」

予期せぬ希望に男たちがどよめく。どうやらケージャにとっては真剣な思いだったらしく、やはり自然と共に生きる島の男たるもの、野性味のある逞しい半裸でいることは大事なことだったのだろう。

家の中なら大丈夫か、とか皆で話し合ったが、兄ちゃんはなんて言うだろう。たぶん平気そうかな、知らないけど。

そうして刺激的な一日を終え、ようやく俺と兄はテントに入った。
兄の計らいとはいえこうして二人同じ床で寝るのは久しぶりだ。ちょっとドキドキする。

結構冷えるので寝間着に着替え、マットの上に寝そべった俺は布団にもぐりこんだ。

「寝ないの兄ちゃん。寒いからこっち来てよ」

なぜかあぐらをかいたまま正面を見つめる兄に話しかける。
兄は前屈みになり、俺の頬を包み込むように触れた。顔を傾けて何度か、キスをされる。

「んっ、んっ」

暗がりで突然されて驚いたが、気持ちよくなり俺はだらんと体を手放してされるがままになっていた。
やがて兄はじっと俺の視線を捕らえる。
褐色の瞳はわずかに切なげで、だが優しく温かい眼差しをしている。

「どうしたんだよ。あっ、今日は最後までえっちはだめだよっ、皆いるんだからねっ」

俺は外で何を言っているのかと思ったが、このシチュエーションは危険だと考えながら鼓動を抑えて言った。
ようやく兄はふふっと笑う。眠りに来ないので俺も起き上がって近くに寄った。

「何か話したいの?」
「ああ。そうなのだ」

肩をくっつけ、顔を俺のほうに向けて微笑む。

「今日はすごく楽しかった。皆に感謝せねばならんな」
「そうだね。でも俺達も皆楽しかったから、またやろうよ」

一日だけなのに結構濃くて、思い出し笑いをする。
するとケージャが俺の手を取り、そっと手の甲に口づけをした。まるで島の長だったときみたいに甘い動作で、鼓動が跳ねる。

「ユータよ。俺はお前のことを心から愛している」
「……うん。知ってるよ。俺も……」

きっとチャンスだから寝ないで色々話したいのかと思い、真剣に向き合う。

「そして、今日は勝負に勝って嬉しかった。かなり自信になったぞ」
「ほんとうっ? よかった〜」

俺が素直に安堵の声をもらすと、ケージャは俺をじっと見つめた。

「だからな、俺はもう満足を得た。このままではまたお前を自分だけのものにしたくなってしまうかもしれない。そうなる前にーー」
「……えっ? どういう意味? 何考えてるんだよ兄ちゃんっ」

俺はなぜか焦りがわき尋ねた。悟りを開いたような顔つきやら雰囲気やら、なんだか成仏してしまいそうな切り出しで不安が襲う。

「こう思うのだ。やはりお前は、一人の男を真っ向から愛すべきだと。それが幸せというものだろう? あまりに俺がでしゃばっては、集中をそぐ。それは俺の願いではない」

兄が大人びた表情で一つ一つ丁寧に言葉を紡ぐ。

「あの島で俺は、完全に消滅したーーはずだった。それは無念でしかなかった。しかし再びお前のもとに来て、今は心から幸せな思いでこう願っている」
「いやだよ、消えないで!!」
「いや消えはしない。悪いがお前のことはこれからも見守るぞ。ただ、もう少し頻度を落とそう。週に一度。俺はそれで十分だ」

そう言い、そっと優しく頭を撫でられた。
あの時と同じだ。勝手にひとりで決めてしまったのだ。消えることを認めたと言って、あの夜海岸で一緒に見た風景を思い出す。
しかしケージャの表情は今、どこか吹っ切れたように柔らかなものだった。

「兄ちゃん……でも寂しかったら呼ぶよ。いいでしょ?」
「ああ、いつでも呼べ。それと、ケイジと喧嘩したときにもな。俺がたくさん慰めてやる」

ははっと笑う顔が本当の兄に重なって見えた。
もうこの二人は完全に俺の兄ちゃんだ。そう悟った。

「ねえケージャ。俺の願いが叶ったよ。島でケージャに会ってから、ずっと願ってたこと」
「ふむ。なんだ? もしや俺がお前を諦めたことではないな? 言っておくが完全に諦めたわけではないぞ」
「はは。違うってば。……ケージャも俺の兄ちゃんになってくれるってことだよ」

少し恥ずかしさを滲ませながら、小さめの声で伝えた。
兄は一瞬驚きを見せたが、すぐに意図を汲み、微笑んでくれた。

「そうだったな。お前はいつもその事を望んでいた。ようやく俺も、お前の兄になれたか」

俺達は兄弟になる前に夫婦になってしまったけれど、順番なんてどっちでもよかったのかもしれない。俺は今すごく幸せだ。

「さて、では早速兄らしいことをするか。お前をケイジに返そう。あいつは惜しくも俺に負けてしまったのでな、今日はそばで慰めてやれ」

格好よく台詞を告げて、でもきっちり頬にはキスをしていった。
するりと腕輪を外される。こんなことは初めてだ。

次の瞬間、ケージャは兄ちゃんになっていた。



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