夫婦になった兄弟 | ナノ


▼ 58 勃発

こうしてケージャの悩みに向き合った俺達だったが、あれから二人の距離感はだいぶ元に戻ったものの、依然として俺はケージャの自信を取り戻すことが出来ないだろうかと考えていた。

「時間がかかってもいいから、なんかいい案ないかなぁ…」
「そうだなぁ。って優太、俺のことも忘れないでくれ。兄ちゃん今弟とのラブラブジャグジータイムなんだぞ? もうすぐ親父たち帰ってくるんだからさ」
「……あっ、そうだった。ごめんごめん。もちろん俺も楽しんでるよ」

片手にスパークリングワインを持った大人な兄に肩を抱かれ、俺は夜空の下ブクブクと温かい風呂に入りくつろいでいた。
まるで島にいた時のようにいい身分だが、兄とくっつけるのは家しかないため、俺はその時間をありがたく味わっていた。

「ねえ兄ちゃん、俺、ケージャのことばっかり話しちゃったけど、兄ちゃんは大丈夫なの? なんでも言ってよ」
「え? 俺のことも心配してくれるの。じゃあなー、実は悩みが…」
「うそっ。なに?」

耳に唇を近づけてきた兄が、そのまま「……なんもないよ」と妙に色っぽい声で囁く。俺はぶるると震え、恥ずかし混じりに「もう!」とお湯をかけた。

「はっはっは。お前耳すげえ赤い。かわいいなぁ」
「うるせー! 兄ちゃんがっーー」

ムードをぶち壊しながら膝立ちになる。目線が下になった兄は、片腕を浴槽の縁にかけ、やたらと温かい眼差しで見てくる。

立ち上がった体の行き場がなく、俺は考えもなしに腰を反転し兄の膝の上にとすんっと座った。

「うおぉっ。優太、なにその突然の甘えムーブっ。いいの? 俺抱っこしちゃうよ?」
「いいよ。体重かけてやる」
「おう、こいこい。全然重くねえし」

体をひねって振り向くと、嬉しそうな笑みをこぼす兄がしっかりと腕で抱えてくれている。
高一にもなってこんな事をするとはと思ったものの、兄の近くにいると俺は甘ったれのガキになってしまうのだ。

そのまま逞しい小麦肌に寄りかかり、兄の太い首に腕を回した。

「ちょっ優太、すごい大胆……あんまりくっつくと股間のほうがーー」
「兄ちゃん、どうしてそんなに優しいの。俺が二股生活してるの、許してくれて。話も嫌がらないで、聞いてくれて」

顔を見ずに静かに尋ねた。急なシリアスな問いに兄も一瞬驚いたようだが、俺はケージャのこともあり、兄の考えも気になり始めていた。

分かってはいたことだ、二重人格の大変さというのは。
でも一番重要なのは当人の気持ちだから。

「ふ、二股生活っておい。言葉にされるとやっぱちょっとショック…」
「あっ、ごめん」
「いや冗談だ。はは。……うーん、正直に言うとな、優太のことが一番大事だからってのは根底だし変わらないんだけど。俺、平気なんだよ。今は」
「えっ…?」

率直な物言いに驚きの声を上げたとき、兄はにこりと笑った。
不思議に感じていると、その褐色の瞳がふと屋内のほうを振り向き、静かにこう告げる。

「やべ、親父帰ってきたみたい」
「えっ!! やばいよ兄ちゃん!」

俺は血の気が引きすぐさま隣にジャンプした。兄が寂しそうに「そんなすぐ退かなくても」と俺の手を離そうとしない。こんなところを万が一見られたら終わりだ。

しかしそう思ってるのは俺だけで大人二人はごく普通だった。
リビング側から仕事帰りの父がテラスに抜けて来る。

「あれ、二人とも仲良くお風呂かい? ただいま」
「お帰りお父さんっ。お父さんも入る? なんちゃって」
「えっ。優太に誘われたらじゃあ僕もーー」
「いやもう俺達出るし。親父腹減ったぁ」
「ああ。お寿司買ってきたよ。お母さん遅いらしいから、皆で食べようか」

いつもの微笑みで優しい眼鏡の父が俺達を手招きした。
服を着替えて皆でリビングに集まる。男三人でパックの寿司を開けただけの手軽な夕食だ。

「美味しい〜。お父さんってほんとお刺身好きだよね。俺達もだけど」
「うん。親子だから似たのかな。あ、啓司。ケージャの分も買ってきたんだ。彼も食べるんじゃないかと思って」
「それはいいんだけどな、親父。なんででかいの二つ分買ってくるんだよ、俺太るだろう。体はひとつなんだからさぁ」
「そうだったか、確かに。でも一つだと、各々の満足感が失われるんじゃないかなとか、色々考えたんだよ。僕も」

二人が和やかに別人格のことについて話している。
父も母も公平な人で、なるべく二人に同等に接したいという温かさがあるし、兄もかなり協力的で俺は密かに驚いていた。

結局兄が半分ほど食べてから交代しようという話になり、俺は途中で腕輪を部屋に取りに戻った。
再び食卓についたとき、兄と父が真面目に話をしていた。

「啓司は大丈夫かい? 島ではもっと交代の間隔が長かったと聞いたが、負担にはなってないかな」
「うん、平気だよ。そうそう、優太にもさっき言おうと思ってたんだけど」

隣の椅子に座った俺に肩を寄せてきて、ドキリとした。
おいまさか俺達の関係のことじゃないよな。最近の兄は妙に落ち着いてたり浮わついてたり、捉えどころがなかった。

「マジで島にいるときより俺ぜーんぜん楽。やっぱ日本は俺のホームだし? あいつには悪いが俺が人格をコントロール出来てるからさ。その安心度はほんと段違いだよ。これまでの島でのストレスを考えればーー」

珍しく兄の思い出し愚痴が始まってしまった。当然島での苦労は長としても俺の兄としても計り知れなかったが、当人から今の率直な思いを聞くと目から鱗だった。

「本当なの兄ちゃん。少し安心したよ」
「よかったよかった、だから言っただろ? というかお前も知ってるだろ、俺が本気で腹立ってたら絶対許してねえってこと」

最後笑顔なのに低い声でびびったが、俺は安堵のあまり数度頷いた。
すると兄は余裕の表情で腕を組み語る。

「それとな、あいつと直接話したじゃん? 動画だけど。その時、うわこいつ本当に実在したんだ〜って衝撃受けたんだよ。ははっ。それまでは居ないのに確実に存在を匂わせてくる不気味な野郎だっただろ。でも喋ってんの見て、あ、これ俺じゃねえかって思ったんだよな。それでもう色々受け入れられたわ。これまでの狼藉も」

大袈裟に言う兄の話を俺と父はしっかり聞いていた。
ちゃんと心境の変化があったんだな。一番大変なのに、兄は大人ですごいと思った。
俺の知らないところでもう一人の自分を受け入れてたんだ。

「そうか……僕も父親として、啓司の決意が誇らしいよ。中々出来るものじゃないからね」
「まあなぁ。でも一番頑張ってくれてるのはこいつだからさ。兄貴二人の面倒くせえ介護みたいなもんだし。ほんとわりぃな、優太」

肩をそっと抱かれてじわりと涙ぐんでくる。まさかそんな風に労れるとは。
普段心からの気持ちで兄に寄り添っているだけだが、ぶっちゃけ様々な苦労が蘇ったりして心も震えた。

「ううんっ。俺なんでもするよ、兄ちゃんが大好きだもん!」
「……ちょ、ちょっと聞いた? 親父、今の。動画撮っといてよ」
「はは。じゃあもう一回、優太」
「いやだよ!」

ふざけて携帯を取り出す父達がバカかと思ったが、泣き笑いに近かった。こんな日常のひとコマで、俺は兄への気持ちをいつも再確認してしまうのだ。

「そうだ、やっぱちょっと撮ってくれ。あいつと話するか」
「ええ! どうしちゃったの兄ちゃん、豹変しないよね?」
「しないよ。いい話があるんだわ。親父にも前ちょろっと話したんだけどさ」

なんだろうと思って腕輪と録画の準備をする。突然この場に呼び出されるケージャにも悪いかと思ったが、俺が正面にいて待っていた。

ほどなくして、ケージャのきりっとした顔立ちと姿勢が兄に憑依する。

「……うぉおっ! 突然食卓がーーユータ、それに父上。今は夜か?」
「うん、そうだよ兄ちゃん。お寿司お父さんが買ってきてくれたんだ。食べる? いきなり起こしてごめんね」
「いや、よいのだ。ありがとう、皆」

ケージャは礼を言って頷き、急な交代でも喜んでいる様だった。この兄も両親に対して、信頼と好意をすでに持ってくれていることが嬉しい。

「ケージャ、美味しいかい? 君はマグロが好きだと言ったから多く買ったよ。たくさん食べてくれ」
「ああ、ありがたい、父上。とても美味いぞ。……だが、なぜ俺を録画しているのだ?」
「ん? これは僕の趣味だよ。ちなみに優太も入ってる」

俺は撮られるのは若干恥ずかしかったが兄は満悦していた。
それから父は兄からのビデオレターを見せる。ケージャはまじまじと見入っていた。

「よお、俺の新しい弟みたいな野郎。最近お前柄にもなくホームシックみたいじゃねえか。俺の可愛い優太を心配させやがって」

そう始まったときケージャは「弟だと?」と憤慨していたが俺はハラハラしながらも見守った。

「そこでだ。優しいこの俺がひとつ提案してやる。男だけでキャンプに行くっつうのはどうだ? お前も大自然が恋しいだろう。親父が休み取れたっていうんでな、ついでに剣術の指南もしてくれるってよ。どうよ? 優しいお兄様に感謝しなさいケージャくん」

ははっ、と薄ら笑いを浮かべた兄にぎりぎり歯を鳴らしそうなケージャだったが、言い方はともかく俺は内容はすごくいいんじゃないかと思った。兄なりの気遣いが詰まっている感じだ。

だがまだ動画には続きがある。

「正直に言うとな、元気のないお前は気持ちが悪い。同情を買おうとしたって無駄だぞ? 優太は俺のもんだから。もう一生覆らないからそれは。ああ話がずれたなーーつまり俺が言いたいのは、今のお前は牙のない元猛獣だ。あの島での闘いを思い出せ! お前はそんな弱っちい野郎だったか? そんな奴が俺の愛する弟を奥さんにしようなどと目論んでいたのか?」

あ、ここらへんは無視していいよとケージャに言うが奴は聞いていなかった。こめかみにピキッと血管が浮き出ている。

「なんなのだこいつは……俺を焚き付けようとしているのか……」

画面を見下ろしながら苛立ちを隠さないケージャに、ちょうど兄が鼻を鳴らして挑発した。

「こういうのはどうだ、ケージャ。俺と勝負をしろ。俺は一度お前をこてんぱんにのしてやりたかったんだよ。もちろん剣術でな」
「なっ、剣術、だと? どうやって!」
「ええと、それは僕が相手しよう。少し変わった勝負だけどね」
「ち、父上が?」
「ああ。こう見えても腕は悪くないんだ。道場できっちり二人の腕前を見てあげるよ」

さらりと師範の笑顔を見せた父に、何か感じ取ったのか、ケージャも緊張を放ち始めていた。
そして兄の動画の続きを見る。

「ーーんで、勝負でもしお前が勝ったら、ひとつだけなんでも我が儘を聞いてやろう。あ、交代時間のことなら気にしなくていいぞ。俺はまだ大学生だから定期的に休暇もあるし、そこらへんは柔軟だ。それ以外で何でも言え。まあ俺が勝つけどなぁ、ハハハ!」

ようやく兄の誘いのメッセージが終わり、俺達は今度は静かにメラメラと燃える様子のケージャを撮る。

「分かった……お前の勝負、受けて立とう。……そうだ、俺に足りないのは闘志だったのだ。憎き好敵手であるお前に教えられるとはな……俺もよほど耄碌していたようだ」

悔しそうにそう呟いたのち、褐色の涼しげな瞳をぐわっと見開いた。

「いざ勝負だケイジ! お前に俺の真の力を見せてやる、ユータをかけて……!!」

それを見終わったあとで「いや賭けねえよ」と兄の突っ込みが飛んだが、なんだか変なことになってしまった。
だが戦う男に闘志をみなぎらせるには、やはり戦う男を対峙させるしかないのだ。



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