夫婦になった兄弟 | ナノ


▼ 57 存在意義

今日は週末のケージャと出かける日だ。二時間ある中で、俺は地元の商店街へと来ていた。
二人で外出するのは初めてで、近代的な建築物や交通機関などがまだ苦手な兄に、まずは島の光景とさほど変わらぬ活気ある人々と町並みに、慣れ親しんでもらおうと思っていた。

「どう? 兄ちゃん。ここは落ち着く雰囲気でしょう。あっちには神社もあるし、川沿いは桜並木なんだよ。春には満開になるんだ。一緒に見ようね」
「ああ、楽しみだ。……ここは綺麗だ。やはり自然の匂いが俺は好きだな。お前の家も森が近くにあって気に入っているが」
「はは、よかったぁ。でも俺達の家だってば」

肩をとんと寄せると「そうだな」と兄は微笑む。
服はいつもの若者のラフな格好だから、余計に陽気なテンションではないケージャの落ち着き様が目立つ。

元気がない、とまではいかないが、なんとなく俺は兄のそんな様子が気になっていた。

俺達は桜並木の下でベンチに座り風景を眺めていたが、辺りから食べ物のいい香りがしてきて俺は立ち上がった。

「ケージャ、たこ焼き食べようよ! そこ小さい頃から買ってるんだ、美味しいんだよ」
「……おいっ待て、ユータっ」

ひとり子供のように走り出した俺を、兄が慌てて追ってくる。
日本の食文化を知ってほしくて、ガラス越しに店員さんが焼くのを見ながら店頭に並んだ。

兄もよく食べるから二皿を注文する。財布を取り出そうとすると、後ろから声をかけられた。

「ユータ。俺がーー」
「えっ? 大丈夫だよ」

前に出た兄がポケットから財布を取り出し、中身を確認して立ち止まった。しかし考えるように動かなくなった兄を変に思い、俺は店員さんに自分のお金を払った。

焼かれるのを待っている間、隣で浮かない顔のケージャに声をかける。

「ねえ大丈夫だよ。まだ払い方分からなかったよね。俺に任せてよ」
「…いや、そうではない。分かるのだ。だが、これはケイジのものだろう?」

困惑した顔の兄に見つめられ、俺ははっとなった。すぐに首を振る。

「違うよ、ケージャのでもあるでしょ! 兄ちゃんも言ってたよ、携帯とか個人的な私物以外は勝手に使えって。気にしなくて平気だよ、そこまでケチじゃないし」

笑いを交えて伝えていたら店員さんから声がかかった。商品を受け取りまた川沿いのベンチに戻る。
一息ついて俺達はさっそくたこ焼きを食べた。兄の様子が気になったが、「いい香りだ」と言いながら箸で口に運んでいた。

しかし事故が起こる。なんと結構大きいサイズをケージャはそのまま口に放り込んだ。

「……むっ、……ふぅ!!」

高温過ぎて口からぽろっと吐き出してしまうのを俺は唖然と見た。

「あ、熱すぎる、なんなのだこの危険な玉はっ!」
「だってこれ揚げ焼きだもん、気を付けないと熱いよそりゃっ。大丈夫? やけどしちゃった?」

俺は急いで持っていたペットボトルを渡した。兄は文句を垂れながら飲んでいたが段々可哀想にも笑いが込み上げてきた。なんでも器用な兄のドジな姿は珍しいからだ。

「はい、俺が食べさせてあげるよ。あーん」

にやっとしながら箸で半分に切った熱々のたこ焼きを口元に持っていった。
ケージャは一瞬目を見張っていたが、とくに羞恥はないのか周りの目も気にせず大きな口を開けた。

俺は一体何やってるのかと思いつつ、何かしてあげたくなっていた。

「うむ、うまい。これならいくらでもイケる。全部やってくれ、ユータ」
「やだよバカ兄っ」

軽口を叩いて笑い合い、和やかな空気になる。
こういう雰囲気のほうが俺達らしいと思っていた。

でも俺はせっかくの時間だから、兄に尋ねてみた。

「ねえねえ、ケージャ、元気? 慣れないことたくさんあると思うし、時間制限があるのも結構大変だよね。何か不満があったら俺に教えてね」

この兄は滅多に弱音を吐かないため、隣に寄り添って真摯に伝えた。いつもはすぐに「大丈夫だ」と俺を安心させるのだが、少し黙っていたため気になった。

「不満など、まったくないのだ、ユータ。……ただ、この世界はケイジのもので、俺はあいつの所有するものを拝借しているだけにすぎん。それでいいのかどうか、分からなくてな……」

落ち着いたトーンの台詞に俺は驚いた。
兄がそういう風に悩むことは、考えれば気づきそうなことだったのに。

「いいんだよケージャっ。島では俺も兄ちゃんも全部ケージャのもの使ってたし、どのぐらい毎日お世話になったと思ってるんだ? この三年間だってそうでしょ、兄ちゃんだってケージャにずっと助けられてきたようなもんだからさ、ケージャがいなかったら俺達今ここにいないよ!」

必死に説明するとこちらを見た兄の瞳が揺れる。
これは俺だけじゃなく、兄の気持ちでもあると思った。だから兄はこの世界でももうひとりの自分を受け入れているんじゃないか。

「ユータ……ありがとうな。……俺の存在意義も、少しはあったか」

ふふ、と笑う兄の笑顔が寂しげだ。
少し違う風に受け取られたんじゃと、俺は焦りに焦る。

やばい。ケージャの元気がやっぱりあんまりない。
元は碧の島でたくさんの部族民を抱え、立派に長を勤めていた人だ。

いきなりこの見知らぬ国にきて、しかも影武者のような感じで暮らせって言われても現実問題精神にくるだろう。

普段の自信が完全に鳴りを潜めている兄を見て、俺はかなり胸が痛んだ。




帰宅したあと、兄の部屋でいつも通りベッドに横たわってもらい、少ししんみりと挨拶を交わし俺達は別れた。
碧の石の腕輪を外すと、兄自身がゆっくりと目を開けて帰ってくる。

「ふぁ〜。よく寝た。休日の昼寝もいいもんだなぁ、優太。……あれっ? どうしたのそんな顔して」
「えっ…? いやなんでもないよ兄ちゃん。ありがとう」

交代についてのお礼を言ったが、鋭い兄は俺の腕をきゅっと両手で握ってきて正面に向けさせた。

「おいおい、なんでもない顔じゃないでしょう。兄ちゃんに教えなさい。……なんかあったのか?」

心配する優しい顔に言葉が詰まる。
こういう時は納得するまでそばにいるから、逃げられないと感じた。でも。

「……聞きたくないでしょう? もうひとりの兄ちゃんとの話は……また怒っちゃうんじゃ…」
「いや全然平気だって。まあ内容にもよるけどな。お前がひとりで悩んでるのは嫌だ」

鼻をちょんと触られて俺は段々ガードが緩まっていく。
兄の相談を違う兄にしていいのか心苦しくは思ったが、他に出来る人もいない。

だから俺は少しずつ最近の懸念を話した。兄は腕を組んで思案しながらも、さほど驚きもせず聞き入っていた。

「そうか、なるほどね。まあ……考えられることだよな。あいつの所在なし感正直分かるわ。俺も島でそうだったからな」

しみじみと語る兄に俺も頷く。島の生活で奮闘していた兄の姿を間近で見てきたし、その苦労は本来途方にもくれるものだ。

「でも俺はゴールがあったからな、目標とかさ。何がなんでもお前と一緒に帰るっていう。その点あいつは……まあ俺が間違いなく足枷になってるからうまく言えねえけど」

髪をかいて若干の呆れと気まずさを表し、俺も複雑な思いを抱いた。
ゴールか……。今のケージャには希望とかそういうのが、あるのだろうか。

たまの時間に寄り添ったり出来ればいいと、きっと俺達皆が思っていたことだし、それは大事なことなのだが、やはりケージャも生きた人間だ。それじゃ物足りなくなってもおかしくない。

「どうしよう……時間をもう少し増やしたり、とか……かな。でも俺は、それは兄ちゃんが決めることだと思うし。ケージャも何も不服はないっていつも言ってるから…」

唸りながら考えていると、頭にぽすんと手のひらが触る。
くしゃくしゃやられて、柔らかな瞳で見つめられた。

「そうだなぁ。それはお前らで少し話し合え。そのあとで俺も聞いてやるからさ」
「……ええっ? なんでそんな優しいの兄ちゃん。熱でもある?」
「ねえよ。ほら触って。……確かに俺は寛容だけどね」

ちらっと何か言いたげな視線がどきりとする。やがて兄は口を開いた。

「お前ほんと優しいっていうか、あいつのこと大事に考えてあげてるよなー。正直お兄ちゃんちょっと焼きもち妬いちゃうんだけど」

その言い方があまりに素直な感じだったため、俺はつい笑ってしまった。
兄の大袈裟なため息が出たが、その次に笑みを浮かべて突拍子もない行動に移った。

「そうそう、お前はいつも笑ってね。兄ちゃんたちの為にも。…ったくあいつも優太のこと悩ませんじゃねえよ阿呆。ーーじゃあほら、また交代していいから、きちっと話すんだぞ。時間は気にすんな」
「えっ? ……ちょ、兄ちゃん!」

いきなり腕輪をかちっとつけられて、そんなのありかよと思いつつも兄の意識が目の前で変わってしまった。

ガタイのいい男の褐色の瞳が一瞬遠くを見て、やがて俺に焦点が合っていく。

「ーーん? ユータ。もう時間か? あまり眠った感覚がしないのだが……」
「あっ、ケージャ! ごめんね、実はーー」

何の準備も出来ていなかったため慌ててしまった。でも仕方がない。事情を伝え、話すことができたらと思った。

ケージャは表面上は落ち着いていたが、また黙った様子から俺は不安が募る。

「ご、ごめん。勝手に兄ちゃんに話しちゃって」
「別によい。……だが前にも言った通り、俺は何も不服に思うことはない」
「……本当に? もっと滞在時間とか、ケージャの希望教えてくれていいんだよ。……あっ、それとももしかして、一人の時間も欲しかったりするよね? 俺、気づかなくてごめん。ずっと俺がいるのも心休めないとかーー」
「なっ……何を言っているのだ、お前は。すべてが間違っている、もうやめてくれッ!」

そう叫ばれたとき挙動が止まってしまった。
眉間に皺をよせた兄を見て、じわじわと心の奥が爆発しそうになった。そして俺は実際に、怒りをぶちまけてしまった。

「なんだよ、全部間違ってるって、ひどすぎだろ兄ちゃん! 俺は兄ちゃんに楽しく過ごしてほしくて、ほんとは我慢もしてほしくなくて、……ケージャのことがすごい大事なのに! バカ野郎っ!!」

張り合うように大声を出し、頭に血がのぼった状態で兄の自室から飛び出た。
ああムカムカする。なんで伝わらないんだ。
こんなに思ってるのに。どうして前みたいに、強引に自分の気持ちを押し付けてこないんだよ。

なんで思ったことちゃんと教えてくれないんだよ!

「くそ!」

俺は奴から出来るだけ離れようと、家の庭のテラスに出て冷蔵庫から持ってきたジュースをばんっ!とサイドテーブルに置いた。
チェアに足を伸ばして座り、怒り顔でストローを吸い込む。

外は午後の日差しがさんさんと気持ちいいが、全てが癪に障る。
思えば俺もあの兄に気を使い過ぎていたかもしれない。
それを感じ取り、その事も居心地を悪くさせたのだろうか。

そういえば、兄ちゃんと将来一緒に住む話をケージャにしたいと思ってたのだが、まったくそんな雰囲気じゃなかった。
俺は喜んでくれるのではと、まるで兄の状況も考えずのんきに思ってすらいたため、言わなくてよかったとため息が漏れる。

「ここにいたのか、ユータ。急に俺のもとを離れるな」
「……ふんっ。じゃあ兄ちゃんが離れなきゃいいだろ」

冷たく後ろからの声に答えると、兄が回り込んできて隣のチェアに腰を下ろす。手を組んでもどかしげに見つめられると、心が揺れ動いた。

「当たり前だ。俺はお前から二度と離れん。それは何が起きても変わらないことだ」
「……本当に?」

顔を上げれば兄が頷き、俺の隣に座ろうとする。温かい体温を感じた俺は、もう少し拗ねる予定だったのだが観念して胸に抱きついた。
長い腕に掴まえられ、抱かれていると心が落ち着く。

「すまなかった。俺は……自信を失っていたのだ。お前に弱味は見せたくなかったが……本当はこんな情けない姿も見られたくないのだ…。今の俺は無力で、お前のために何が出来るのか、真剣に悩んでいる。……無論、ケイジとの隙間を埋める存在でいい。そこに不平不満はない。だが……このような俺では、いつかユータに失望されるのではと、恐れが湧いてな」

以前は部族長だったケージャの、赤裸々な思いを初めて知り、俺は大きく驚いた。
打ち明けてくれた兄への気持ちが、どっとこみあげてくる。

「もうっ。なんでそこまで考えちゃってるんだよ、どうして俺がケージャに失望するの? こんなに大好きなのに! 俺はケージャが立派な長だったから好きなんじゃないよ、熱くて強くて優しくて、心が大きいケージャだから好きになったんだ! ちゃんと覚えててよ!」

胸にすがって伝えると、揺れる兄の瞳が俺を映す。

「……ユータ……俺が、何も持っていなくてもか…?」
「だから俺がいるだろ、それだけじゃ不満なのかよ! 何もないって言うなバカにぃ!」

切れ気味で泣きそうになりながら主張する。
ようやく兄は広い胸に俺を押しこめた。ぎゅっとつぶれそうになるぐらい抱きしめられて、俺も背に手を回す。

本当は、部族の長を勤めていた人に俺がいるんだからいいだろ、みたいなことは言っちゃいけないと思う。でも、大きな気持ちで俺は兄を支えたかった。これからの長い人生、一緒に暮らしていきたかった。



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