夫婦になった兄弟 | ナノ


▼ 56 育つ気持ち

ひ、ひぃっ。
恐れていたことが起きて俺は変な顔のまま止まってしまった。
すでに道沿いで待ってくれていた兄は、筋肉質な体格が分かる夏のラフな薄着で、俺と目があった瞬間ニッと瞳を細めて手を上げた。

「よっ、優太。おかえり!」

いつもの元気な様子にビビったが、俺も「にぃ……あ、ただいま兄貴っ」と答えた。
一瞬片眉を上げた兄の反応が気になったものの、後ろにいた彼女の驚く声が響いた。

「え! お兄さんだったの? ごめんなさい、夏山くん」
「う、ううん。平気だよ。確かに強そうだよね、うちの兄貴」

ははは、と合わせて笑い次の台詞を必死に考えた。
女子と一緒にいるところを兄に見られてしまった。今の俺にとってはどうしようもない焦りが襲う。

しかし兄はいつもの陽気な雰囲気で柵から腰を上げ、彼女にも挨拶をした。

「なに、俺の話? こんにちは、優太の兄です。初めまして」
「あ、こんにちは! 夏山くんのクラスメイトでーー」

ぺこりと挨拶をする彼女に対しては、当たり前だが男相手の威圧感など微塵も出さず、むしろかなり口調も優しくて軟派な感じに見えた。

兄ちゃん、こんな爽やかな物腰も出来るんだ。
たぶん女性とかは、一見怖そうな感じとのギャップに惹かれたりするんじゃないか?とか俺は勝手な想像を膨らませていた。

「ーーで、ごめんね。俺達今日待ち合わせしてて。だよな? 優太」
「……そうそうっ。だから、その…このへんで…」

女子と別れるシチュエーションも初めてだった俺は、普通にすればいいのに頭を触りごまかしの姿勢をしていた。
すると兄が俺の肩を急に抱いてきて、べたっとしながらとんでもないことを言った。

「あ〜楽しみ優太とのデート 今日はずっとそわそわしちゃってな。なーんも手つかなかったよ」
「ちょっ、ば、ばか野郎! はずいからやめろよッ」

瞬時に顔が真っ赤になり俺は女子の前で断固否定をした。やっぱり自己主張はきっちりしてきたか。
どうしよう、事実ではあるがこのままじゃ良い年してブラコン野郎のレッテルを貼られると焦っていると、なぜか彼女は俺達を見てさっと顔を赤らめた。

「あっ。そうなんですね。すみません私邪魔しちゃって…。あのっ、じゃあ兄弟で楽しんでください! 夏山くん、また明日ね!」

小走りで歩道をかけていく制服姿の後ろ姿を、ぽかんと見送る。足が早くてもう曲がり角の先は見えない。
しばらく立ち尽くしていたが、やがて兄のくすっとした笑い声が聞こえた。

俺は羞恥にまみれたまま奴を見て、何も言えずにいた。すると奴の形よい口が開いた。

「ねえ」
「なっ……なにっ?」
「なにびびってんだよ。…あのさ、「兄貴」ってなに? 「兄ちゃん」はどこいった」

隣から真剣な顔に見下ろされて、そこかよと思いつつもまだ汗が止まらない。

「だって恥ずかしいじゃん、女子の前で。兄ちゃんこそなんだよデートって、明日から変な噂が広まったらどうするんだ!?」
「別によくね? 事実だし」
「あのなぁっ。……はぁ。まああの子は言いふらすような子じゃないか」

呟くとさらにじっと見つめられ、息が詰まった。

「おい。優太くん? あの子誰だよ。なに仲良く下校してんの? お前わかる、楽しみすぎて早く到着した兄ちゃんが制服姿の若い二人組を前に、夏なのに寒気と枯れ葉に埋もれそうになった心情を」

死んだような真顔で尋ねられて俺は我に返った。

「あっ。ごめん! マジでそういうんじゃないから、えっと、委員が一緒で帰り駅だっていうから自然に学校から出てきただけだよ。今まであんまり喋ったこともないし、……あっ、俺の行方不明のこと知ってて心配してくれてたみたいでーー」

身ぶり手振りで一生懸命弁解した。
俺は完全に無実なのを兄に分かってほしかった。考えてみたら兄弟なのになんだこの状況は、と思うのだが。

「優太ぁ。ほんとにそう? 信じるぞ俺」
「うん! 信じてよ兄ちゃん」
「わかった。……あぁ〜よかった……一瞬お前彼女いたのかよ!って突っ込んじゃっただろう」
「はぁっ? いるわけないだろ。俺童貞なのに」

まったく故意ではないが、ついやさぐれた感じで言い放ってしまった。
変な空気が漂う。いやそこは普通に笑ってほしかったんだけど。

「優太……悪いけどお前の童貞を俺はどうすることもできねえ。かといって女に捧げさせるのも無理だ。だから俺は一生お前の葛藤に付き合っていく所存でーー」
「なんの話だよ、もう忘れてよっ」

反射的に突っ込んだものの、やっぱ微妙な話題だったかと気まずくなる。
そんな空気を抱えながら俺達はひとまず歩き出した。



兄のバイト先はここから三駅ほどの距離なため、夕方まで時間は結構ある。
俺達は昔よく行ったインド料理屋に足を運んだ。家族皆エスニック料理が好きで中でもカレーがお気に入りなのだ。

俺と兄は店員の人にテーブルに案内され、異国風の家具や小物に囲まれて一息ついた。

「優太。なんにする? あっ、お前制服にこぼしちゃいそうだから。はいこれつけときな」

正面に座った兄がわざわざ大きい紙ナプキンを広げて俺の首元に差し入れた。
色々世話を焼かれながらも俺達はそろって本格的なカレーセットを注文した。

店員はインド人で美味しい店なのだが、その日は遠くに数人の客がいるだけだった。

「あのう、兄ちゃん。さっきのことなんだけど……俺別に、童貞でも構わないからさ」

引っかかりすぎて思わず吐露する。すると兄は水を吹き出しそうになっていた。

「ゆ、優太…?」
「いや本当なんだよ。今は兄ちゃんのことだけすごい好きだし……あっ、今だけじゃなくてずっとね」

さっきのこともだが、だからあまり女の子に興味が持てなくなってしまったと正直に明かした。
きっと兄とえっちなことをしすぎたのも影響があるかもしれない。
でもそれだけじゃなくて、これは心の問題なのだ。

「……やべえ。俺そんな風に愛を誓ってもらえるとドキドキするんだけど」

恥ずかしくてうつむいていた顔をちらっと上げると、兄の表情は輝いていた。
テーブルの上の手をふわっと握られて、横目で誰も見てないか確認する。

「だから……俺は全然平気だけど……兄ちゃんのほうが心配」
「えっ俺? なんで?」

すかさず前のめりで寄ってきて、俺は口ごもった。
迷ったけれど今しかこんなこと話せないかもしれないし。
覚悟を決める俺をよそに、兄はあっけらかんとしていた。

「ないない。大丈夫だって優太。お前が心配することなんもねーぞ」
「……本当かよ?」
「なにその疑いの目は。お前俺をどんな人種だと思ってるんだ」
「だって兄ちゃん、モテそうだし。彼女もいつもいたし。良い体してるし」
「……えっ? いや体は否定しないけどいつもじゃないでしょ別に」

一瞬兄の目が揺れ動いたのが分かった。過去のことなど俺には関係ない話だが、全てにおいて初心者の俺は、一旦そういう事を考えるとなぜか不安に苛まれていた。

「優太。俺別にヤリチンとかじゃねえからな。……まあ男同士だからここは包み隠さず言っておくか」

兄弟でもあるからな、みたいな感じで兄が切り出したため俺は鼓動が跳ねた。

「ちょっと言葉はあれだけど……男はな、ある程度満足すると飽きるんだよ。だから十分経験したしもう大丈夫ってことで……あれ、俺最低なこと言ってる?」

ははは、と焦り笑いされて俺は「結局やりチンじゃねえかよッ」とブチ切れそうになった。
もういい。兄ちゃんは7歳上の大人だし俺はまだガキだし、何も敵わないんだ。

そう不貞腐れそうになったけど、経験の差は埋められないってことは分かっている。

「じゃあ俺だけって証明して。いつか。わかった?」

たぶん拗ねた顔でイラつき混じりで言う。
なぜか兄はぼうっと表情を止め、だんだん頬に赤みをさしていた。

「……ど……どうした優太。外でそんな事言われたらお兄ちゃん我慢できなくなっちゃうよ?」
「我慢しろよ。ーーあっ、カレーきたよ兄ちゃん。わあ美味そう」

俺は素に戻り料理を受け取ってお礼を言った。
味わって食べている間も兄のどぎまぎした視線を感じたのだった。



食べ終わり、兄がいいよと言うのでデザートまで頼んでしばらく会話をしていた。

「なあ優太。まだちょっと怒ってんの? 俺絶対浮気とかしないよ? お前より可愛くて愛おしい人間この世にいないもん。そもそも今日の話は、優太の脇の甘さも若干の原因だよね?」
「へいへい。まあ確かに彼女フラグだったかもしれないけどさー」

前半部分は正直嬉しかったが、まだ意地悪のつもりで冗談ぽく言うと、兄のしらける顔が向けられた。

「ちょっと。なんでそういう俺を不安にさせるようなこと言うわけ。お前ほんとに俺の恋人?」
「そ、そうだよ。悪かったって」

最もな指摘に焦り、すぐに反省して謝ると、単純な兄の表情がぱあっと明るくなる。

「マジで? 俺の恋人になってくれるの優太くん」
「……だから、そうだってば、兄ちゃんが言ったんだろ!」

恥ずかしいが大事なことなので小声で表明する。

「そうかぁ。すっげえ嬉しい。じゃあもう自他共に認めるってやつだな」
「いや他はないだろ。二人だけの秘密だぞ」

甘いものを口に運びながら、正面で珈琲を含む兄が急に鋭い眼差しで見てきた。

「んで、あいつの位置付けはなんなの?」
「ん、ケージャ? 俺のこと奥さんって言ってた」

もうケージャは当たり前のような存在だったため、自然に口走ってしまった。
兄のこめかみが久々に血管を走らせる。

「はあ? なんでまだ奥さんなんだよ。それじゃあ俺のほうがランク下みたいじゃねえか。何かおかしい。不自然すぎる」

顔をしかめてそんなこと言われても。
島での出来事だったが、俺はあの兄ちゃんと結婚しちゃったしな。

だがそんなことはもう言えない。俺も少しは恋愛を学んできたのだろうか。

「下じゃないよ。兄ちゃんが一番上。呼び名よりも、心がそう決めていればいいでしょう?」
「……優太ぁっ!!」

今日は本当にころころと表情を変えて忙しい人だ。
でも俺が原因の一端でもあるため大人しく手を握られていた。

兄ちゃんと話しているとドキドキして疲れるけど、こういう時間もある意味幸せだよな。やっぱり本音で話すって大事なのかも。

ひとりしみじみと考えていると、兄が突拍子もないことを言った。

「もう早くお前を独り占めしてぇ〜。なぁいつ一緒に住む?」
「……えっ? もう住んでるよな」
「ええ、お前は実家がいいの。確かに居心地はいいけどなぁ。好きなときに一緒に風呂入れねえじゃん」

真面目に何を言い出すんだろう、この人は。
俺はまだ高校生で実感が湧かなかったが、兄は将来の計画まで考え始めているみたいだった。

「そうだなぁ。俺は場所はどこでもいいかな。兄ちゃんが近くにいてくれればいいや」

のほほんと本心を明かした。兄は俺の素直さに歓喜した様子でなんか涙目だ。

「よっしゃ。じゃあ将来的に同棲決定な。親父よりでっかい家建ててやる。楽しみにしとけ優太!」
「はは、楽しみ〜。俺も頑張るからね、兄ちゃん」

ひょんなことから二人で明るい未来の約束をした。
ケージャはなんて言うかな。もう一人の兄ちゃんにも意見を聞かないと。

俺はこっそりそんなことを考えていた。



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