夫婦になった兄弟 | ナノ


▼ 6 再会したけど

「兄ちゃん、あの……抜いて…」

こんな状況で冷静でいられるわけがない。だが兄が俺の中に入ったままじゃ、まともに話が出来ないと、俺は何とか声を絞り出した。

「……えっ。あ、ああ……悪い!」

未だ目を見開いたまま硬直していた兄が、ようやく重なっていた下半身を離し、ずるりと自身を引き抜いた。
冷めやらぬ快感のせいで悲鳴を上げた俺を見て、その顔が再び青くなっていく。

「あの、優太……すまん、いや、謝って済む問題じゃないが……俺はお前に何を……」

声を震わせる兄の前で、俺はようやく体を起こしシーツで下を隠した。
兄もハッとなって同じように隠す。ベッドの上で向かい合い、先に沈黙を破ったのは俺だった。

「兄ちゃん、俺のこと思い出したのか? 名前言ってみて、年は? 大学の名前と専攻は?」

何よりもまず確認したくて、腕に縋りつくように尋ねた。兄は混乱している様子だったが、俺の真剣さに押されたのか、ゆっくりと口を開いた。

「どうしたんだよ、優太。俺は夏山啓司、二十歳だ……清北院大学二年、文化人類学部……つうか待てよ、俺確か大学の夏季休暇で、福澤たちとサーフィンしに行って……」

兄ちゃんが額を押さえながら、ぶつぶつと話し始めた。
やっぱりそうだ。直前の出来事はあやふやになっているようだが、記憶が戻っている。

福澤さんというのは兄の親友のことで、経緯もぴったり合致している。
思った通り記憶は行方不明だった三年前のまま、時が止まっているようだった。

「兄ちゃん、落ち着いて聞いてくれ。兄ちゃんは三年前、海に落ちて行方不明になったんだ。それで……家族でお葬式もして、この前三回忌の法事があった。その時俺もなぜか同じように、海に引っ張られてーー」

これまでの事を話すのは胸が痛くなったが、事実を説明した。
兄の表情が混乱を極めていく。確かにこんな話、すぐには信じられないだろう。

「ま、待て。何言ってんだ、優太。……俺の、葬式? 三年って……嘘だろ?」
「嘘じゃないよ。俺のことよく見て、もう16才で、高校生になったんだよ」

瞬きを繰り返す兄に、懸命に語りかける。すると兄は俺のほうに近づき、腰を少し上げた状態で、上からじろじろと眺めてきた。
筋肉質な裸体を前にさっきまでの行為を思い出し、思わず目を逸してしまう。

「確かに、成長してるな……顔も、体つきも……男らしくなったか。……でもよ、この状況は……どういうことだ。まさか俺は、お前をーーいや、いくら可愛い弟だからって、そんな手出すなんて……」

再び兄の気が動転し始める。
もう手は出したんだよ、正確には兄ちゃんじゃないけど、俺達は禁断の行為を犯してしまったんだ。

何も身に覚えのない男にそう言うのは憚れるが、仕方がない。

「兄ちゃん、ここは異世界なんだ。俺達、結婚したんだよ」

突拍子もない切り出しだが、俺は改めて、この島に来てからの数奇な経験を告白した。
兄が島の部族長となっていたこと、おかしな伝承によって祭り上げられ、すでに夫婦となり今夜が初夜だったこともだ。

「……はっ? 優太、お前頭大丈夫か? まさか俺がしたことのせいでおかしくーー」
「違うよ、信じて兄ちゃん! たぶんだけど、兄ちゃんのもう一人の人格が、ケージャっていう男がいるんだ。記憶がなかった間に、ケージャが体の持ち主みたいになってて、それでこんな事に」

そうだ。今目の前にいる兄は、何も覚えてないのだ。
まるで二重人格みたいに、さっきまで存在していた男について伝えると、突然兄の目の色が変わった。

「……なんだと? 誰だそいつは、似たような名前しやがって……その野郎がお前を襲ったのか!」

眉を吊り上げ、普段から鋭い目つきがさらに険しくなり、激高し始める。
この人は俺には甘いし、普段飄々としているが、怒ったらもの凄く怖いことを思い出した。

「い、いや、兄ちゃん、ケージャは俺のことを妻だって信じ込んでて、だから」
「お前が妻だと……? そのイカれたクソ野郎はどこにいんだッ!」

いや目の前にいるし。
駄目だ、どう説明しても納得されるわけがない、記憶がないんだから。

けれどその後も、俺だって何が起きてるかまだよく分からないのに、怒り狂った兄ちゃんに質問責めにされ、段々頭がパンクしそうになってきた。
そりゃ押しに押されてこんな事になってしまったのは、俺も悪い。でもーー

「……グチグチうるせーな、しょうがないだろ、もうヤッちゃったもんは、元に戻らないんだよ!!」

急速に苛立ちが募った俺は、つい大声を張り上げて兄に反抗した。
呆気に取られた兄はまだ自分が当事者じゃない顔をしていて、どんどん怒りをぶつけたくなる。

「だいたいあんたが俺のこと掘ったんだろッ! 俺のことばっか責めてんじゃねえ!」
「……ほ、堀っ……? おま、お前いつからそんなはしたない言葉使うようになったんだ、やめなさい!」
「ほんとのことだろ! 俺はずっと、兄ちゃんの記憶が戻るようにって、それに元の世界に一緒に帰るんだって思ってたのに、いつの間にか……兄ちゃんの奥さんになっちゃってたんだよッ」

自分でも何を言ってるのかよく分からないまま、今までの心細さが募り、俺は目に涙を溜めて言い放った。

兄の褐色の瞳が動揺に揺らめく。ゆっくり俺のもとに近づき、震える背中に腕を回してきた。
そっと抱き寄せられ、大きな手で頭を撫でられる。

「悪かった、すまん優太。お前のせいじゃない、もちろん違う、全部俺のせいだ。お前の言うこと信じるから」

急に静かな声でなだめるように、言い聞かせてくる。
ようやく分かったのか、この兄は。
でも俺だって、別に兄ちゃんが悪いだなんて思っていない。こうなった理由が明らかにならない限り、互いを責めても仕方のないことなのだ。

「ほんとに、信じてくれるのか? 兄ちゃん……変なことも、もうしない?」
「……あっ、ああ。当たり前だろう、愛する弟にそんな残酷なこと、出来るわけがないだろ普通に考えて。だからもう泣くな、優太」

再び広い腕の中に抱きしめられ、俺はなぜかホッとしていた。
なんで元に戻ったのか分からないが、俺の兄ちゃんが今はここにいる。そう、なんでかはーー

思い出した。
本当は反芻したくないが、あの時、兄の腕輪が光ったのだ。
それはちょうど二人の行為が終わりを迎えた時だったような。

それだけじゃなく、俺はもっと大変なことを忘れていた。
蚊帳の外にいるはずの、見張り番だ。今までペラペラと話していた言葉を、聞かれたのでは……。

途端に血の気が引いた俺の顔を、兄が心配そうに覗き込んできた。

「おい、優太? どうした、やっぱ気分が悪いのか」
「いや、兄ちゃん、実は」

もう遅いかもしれないが、こっそり現状を耳打ちする。しかし兄は入り口のほうを振り向き、すぐに立ち上がってそこに向かっていった。
全裸のままでやめてほしかったが、驚く俺が止める間もなく、蚊帳を開いて外を確認した。

「誰もいないぞ。……つうか、マジでここどこなんだ、空に月が二つあるんだが。ほんとに地球じゃねえのか……? 家の造りとか風景とかは、南国みたいだけど」

戻ってきた兄は、再び混乱の面持ちで頭を抱えた。
ベッド下に脱ぎ捨ててあった着物を羽織り、俺の近くに腰を下ろす。

「そうだよ、だから異世界なんだよ。でもおかしいな、外に男が二人いたんだ。俺達の……その、営みを……神に報告するとかいって。もしかして全部バレたんじゃ」
「……なんだそれは、どんな変態部族なんだよ。……いや、けどそういう話は実際聞いたことあるな。自然の中で暮らす集団は、性への恥じらいとかがないらしいが」

俺の訴えが効いたのか、状況から察したのか、兄は真面目な顔で思案し始めた。
考古学者の父の教えのもと、民俗学にも詳しい兄ならば、俺一人よりもずっと心強い。

「大丈夫だ、優太。見張りがチクりに行ってるなら、もう戻って捕まえに来てるはずだ。俺がほんとに部族長だとして、たぶん途中で立ち去る手はずだったんじゃないか。楽観的な見方ではあるが」

確かにそうかもしれない。二人で結構長いこと話し込んでいたし。
少し安堵した俺に、まだ兄は何かを言いたそうだった。

「おい。あのさ……すげえ言いづらいんだけど、俺、お前に……出しちゃったよな? たぶん……」
「……は!? な、ななななんでそんな事いきなり、つうか分かるんだよっ」
「いや、分かるだろ、自分の見たら。男だしな」

あんな事をしといて今更だが、そういう話を兄弟で面と向かってしたくない。
恥ずかしくてたまらないからだ。
けれど兄は更にとんでもないことを言い出した。

「それさ、出さないとまずいぞ。お腹壊しちゃったら大変だろ?」
「えっ。そうなの? なんで知ってんだよ、そんなこと…」
「なんでって……お前より大人だからな。つうかお前は知らなかったのか。よかった……まだ子供だな」

何が良いんだよッ。
何故か安堵した顔で言われてまた腹が立ってきた。どうして俺は何度も辱めを受けなきゃならないんだ。
でもどうやって出せばいいんだ。そう思っていると、兄は立ち上がった。

急に薄暗い部屋の中を見渡し、「風呂はどこだ。この部屋やたら豪華だし、近くにあんじゃねえか?」と聞いてきた。
確かに隣の小庭に温泉があるが、兄の妙に真剣な表情を見て、何か嫌な予感がした。

「行くぞ優太。俺が掻き出してやるから」
「なに、言ってんだ…? 自分でするからいいよっ」
「いや出来ねーだろ絶対。早く来いよ、俺はまだ小さかったお前が熱出した時、母ちゃんに言われて座薬入れたこともあんだよ。だから任せろ」

何が任せろなのかよく分からない。
だが強引に腕を引っ張られて、俺は兄の思惑通り風呂場へと連れ去られてしまった。
記憶が戻る前と似たような状況に陥り、俺は内心パニックになっていた。



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