夫婦になった兄弟 | ナノ


▼ 54 決めた

ケージャが兄と話したいというので、俺は方法を考えた。同じ体をもつ二つの人格が対面できるわけないし。

「うーん……あっ! まてよ、動画を撮ればいいんだ! そうしよう兄ちゃんっ」

自室でベッドに座った兄に持ちかける。「なんだそれは」と目を丸くされたため、俺はスマホを取り出し隣から見せた。
色々保存された動画の写真にケージャが釘付けになる。

「なっ! これは一体……風景やら人々の顔が……こいつらは誰だ?」
「学校の友達だよ。あと家族とかもーー」

見られてヤバイもんはないよなと思っていたら、あったらしい。
ケージャがひどく動揺して指摘したのは、サムネイルに完全に兄の顔が写ったやつだった。

「俺がいる! いつの間にこんなことを!」
「あーこれは…この前カラオケ行って撮ったやつだ。ただの歌ってるとこだけど…」

ぽちっと再生してみると、兄が暗がりの中マイクを持って美声を披露していた。俺はドキドキしながら、初めて見る自分の別人格をいったいどう思うのだろうとケージャを伺った。

すると肩を小刻みに震わせていた。なんだかショックを受けているようだ。

「う、うまい……何なのだ、この男は……体格が完全に逞しい戦士でありながら、歌唱家だったとは…」
「いやただの大学生だってば。兄ちゃんも絶対うまいよ」

肩を叩いて励ますと自信なさげに首を振る。

「俺は歌は苦手だ。本当に同じ男なのか? ……いや、同じ顔だな。…………んっ? まて、こいつ今何を! お前に接吻をしたぞっ」
「え、うそ」

完全に忘れていた続きを見ると、歌ってた陽気な兄が俺に振り向きカメラを自撮りに向けさせて、確かに頬にぶちゅっとやっていた。
歌は中断し俺の叫び声が入っている。

慌てて動画を止め、「この兄ふざけやがって」と苦笑いし取り繕う。ケージャはさっき間男でいいと言ってたはずだが、表情には明らかに悔しさを滲ませ、精神を落ち着かせようと努めていた。

「ふん。まあいい。お前の幸せを願ったのは本当のことだ。…だが妬けるな。いちいち癪に障りそうな男だ、本能が感じるぞ」

警戒する長の凛々しい顔立ちには惚れそうになったが、友好的なメッセージを送ってくれるよな?と少し心配になる。
だが男に二言はない兄は、提案どおり動画で話をしてくれることになった。

俺は部屋のソファに座ってもらって撮影を始めた。堂々とあぐらをかいたケージャはまるで島での交渉の時のように、真剣な眼差しと貫禄のある気迫だった。

「ーーケイジ。お前とは初めて会うな。俺がケージャだ。きっとこの状況に驚き、腸が煮えくり返っていることだろう。率直に謝罪する。お前の体をまた占有してしまい、悪かった」

え、ええ!
兄ちゃんがしっかりと頭をさげてもう一人の兄ちゃんに謝っている。その長めの間には、今までの蓄積も表れているかのようで、かなり衝撃的だ。

「しかし、お前はきっと俺と同じように寛大な心をもった一人前の男だろう。そこでだ。ひとつだけ俺の願いを容赦してくれないだろうか。……少しでいい。時おりユータに会わせてほしい。……一度死んだ男の願いだ、頼むーー」

再び頭を下げ、終始控えめな兄のメッセージが終わった。俺はどこかしんみりとなり、「はいカットぉ!」と兄に駆け寄った。

「よかったよ、兄ちゃん! なんだかすごく腰が低くてびっくりしたけど」
「ふふ。そうか。俺も崖っぷちなのでな。……ここはあいつの場所で、お前もあいつの手の中だ。……それでも俺は、再びお前に触れたい、ユータ。許されるのならば、少しだけでも…」

そう言って、早速俺の唇にキスをしてくる。
もちろん兄には悪いが、到底拒むことは出来ない。体が拒否していないからだ。それに二人は違う人格だが、俺の兄ちゃんなわけでーー。

悶々と考える中、いよいよ次のステップに移る。一番大変なのは本当の兄だが、正直俺も緊張が激しい。

「じゃあケージャ。たぶんまた腕輪をつけたら戻れるとは思うけど……兄ちゃんにするね?」
「ああ。……一応こうしておこう。最後だったら悲しいからな」

兄にきつく抱きしめられる。俺もその思いをしかと感じ取った後、二人は正面に向き直り、腕輪の金具を外した。

兄の様子を注視する。一瞬ぼうっとなったかと思うと、やや下の一点を見つめたまま、動かなかった。

「に、兄ちゃん?」
「…………ああ。……ははっ……」

乾いた笑いが兄の口元からこぼれ、俺は視線を合わせた。こちらをゆっくり見た兄は、表情を変え、なぜかくっくっと小さく笑い始めた。

「ははは……ハハハハッ!」
「ちょ、どうしたんだよ、大丈夫なの? 兄ちゃん戻った?」

両肩を揺さぶると兄は真顔で頷く。

「おう。俺だぞ優太。心配すんな。今いつだ? 夜か」
「うん、まだ今日の夜だよ。兄ちゃんが福澤さんと会ってたときに変わっちゃったんだ」

不安には思ったが冷静に説明した。ケージャが消えてなかったこと、両親にも挨拶したこと。そしておそらく直接の原因として腕輪をつけたこと等も。

俺の憂慮をよそに、兄は取り乱していなかった。一連のサインからある程度の覚悟はしていたのだろうか。

「ははっ。まあな。ぶっちゃけ変わるんじゃねえかとは思っていた。だが今日中でよかったわ。また何日も変わったまんまは日本じゃヤバイ」
「う、うん。そうだよね。でもほんと、腕輪の取り外しでコントロールできるみたいなんだよ、交代を。それは良い点というか」

顔色を伺うように告げると、褐色の瞳がじっと俺を見る。
ケージャに会えてすごく嬉しかったが、兄ちゃんといると変にドキドキして、ちゃんと戻れたこともやっぱり嬉しい。

こんな浮気者の俺を許してくれるだろうか。

「んで、よかった…よな? 優太。嬉しかったか?」

兄はやたらと優しい声で尋ねてきた。俺は驚きながらも控えめに頷く。すると頭をそっと抱えられ、腕の中に包まれた。

「兄ちゃん……怒ってない?」
「ばか。怒るかよ。全部俺だぞ?」
「へっ?」
「だから全部俺なんだ。あいつも、あいつの行動も。俺はへーきだ。なっ、優太」

笑顔がまぶしい。憑き物が取れたかのような表情に、俺は不思議さを感じながら頷くしかなかった。

「ええっとぉ……じゃあ兄ちゃん、これ見てくれる? ケージャが兄ちゃんにメッセージ残してたよ。話がしたいんだってさ」
「ほう。そうかそうか。いいぞ、見てやるか」

笑顔を崩さず俺の肩を抱いてスマホを覗きこむ。
鼓動がなる中、さっき撮った動画のサムネイルを見たとき、兄のこめかみに青筋が立った。

「はっ? なんでこいつこんなメンチ切ってんの? 姿勢もいいしなんかこのポーズお高く止まってない? 部族長ってそんな偉いの?」
「ちょっ、まだ始まってないよ兄ちゃんっ」

初っぱなから文句が入りやはり兄の苛立ちを悟る。怖かったが俺は再生ボタンを押した。

兄は怖い顔でじっと見入っていた。うるさかったのに無言になったのが逆に恐ろしい。
でも俺は内容的に大丈夫なんじゃないかと思っていた。

「ど…どう? 兄ちゃん。ケージャ、結構遠慮がちだったでしょう」
「……ふぅーん。遠慮、ねえ……」

膝に頬杖をついていた兄が俺をちらりと見る。

「お前も会いたいの、こいつと」
「……えっ」

拗ねたいのを我慢した感じの顔に問われて、言葉に詰まった。するとちゅっと素早く額にキスされた。

「わぁっ。どうしたの兄ちゃん」
「わりぃ。ちょっと意地悪な質問だったなー今のは」

にかっと小さく笑い大きな体を俺に覆わせて、抱擁される。
俺はいつも二人の間で右往左往してしまうが、なんとかやってこれたのは二人が同一人物だからだ。

「よしっ。いいこと考えた。皆が納得できる方法な。俺は優太のためならなんでも出来るぜ!」

明るく言って頭をくしゃくしゃとやる。日本にいた時も、島にいた時もそうだったが、兄のこの頼もしい笑顔はほんとに惚れ惚れするものだ。

「ほんと? 大丈夫なの」
「おう! さあビデオ撮れ優太、俺もあいつに言ってやるぞ」

途端に乗り気で促された俺は、一気に安心して動画の準備をした。
完全にうまくいくと思っていたのだが。

よしいくぞ、と笑顔で始めた兄の第一声に転けそうになった。

「…………オイこらてんめえぇぇえ!!! よくも今まで俺の大事な弟に手出して散々もてあそんでくれたな!! ただで済むと思うんじゃねえぞこの腐れ短小イカレ野郎ッーー」

鬼のような形相で聞くに耐えない罵詈雑言が始まってしまい、俺は無心で動画を止めた。

「兄ちゃん! あんたバカか! もっと友好的に! 冷静になってくれよ! 話が違うだろっ」
「あー、そうだった。ごめんごめん。一言言ってやらないと気がすまなくてな。色々世話になったのは分かってるが、それとこれとは別だから。優太は俺のだし」

しれっと述べてまた再開しようとする。動画をしきり直そうとすると「続きからにしろ」と命じられ仕方なく録画ボタンをまた押した。

それからは兄は態度だけは落ち着いて喋ってくれた。

「よお。お前がケージャか。俺がこの体の本体である啓司だ。最初に言っておくが、ここは俺の国で俺の家で優太も俺の大事なハニーだ。だからお前は全てにおいて二番手であるということを、肝に命じておけ」

頭が痛くなることを織り混ぜながら、兄はマフィアのような険しい眼差しで続けた。

「それで……えっと、なんだっけ? 優太に会いたい? ははっ。どうしよっかなあ〜。まぁ俺も鬼じゃないからな。一番は優太の気持ちを尊重したいし。……じゃあいいだろう。俺の寛大な采配に感謝しとけよ! 一週間に10分な!」

ははは、っとまた兄の高笑いが響いたあと、メッセージを終えたようだった。俺は思わず兄を見る。

「10分だけ? あまりにも短くないそれ、かわいそうでしょ!」
「そお? 俺にはわかんねーけど。あいつに聞いてみようぜ」

飄々と兄はまた俺の隣に腰を下ろし、べたべたしてきた。
兄も元気そうではあったが、もしかしたら頑張って精神を保ってるのかもしれない。俺はそんなこの人を支えたいし癒したい。
それは心からの気持ちだ。

俺達は早速、返事の動画をケージャに見せるため腕輪をつけた。
すると予測どおり、本当にまた人格が交代した。

何度も故意に変えていいのかという心配はあったが、こうでもしないと兄同士の意思疏通ができない。話があるときはこれからもこの手段を使うだろう。

「……むっ。俺は…また戻ったのか?」
「ケージャっ」

俺はこの兄にきっと結構甘い。別世界に急に来た気持ちが分かるからか、優しく背を抱いて暖かく迎えた。

しかし動画を見せると、この兄の態度もじわじわと変化する。
それもそのはずだ。いままで俺や島の仲間を通してしか見えてなかった、想像でしかなかった男が実際に目の前に現れたのだから。

「なんなのだ、こいつは。ただの輩ではないか。こんな柄の悪そうな男がお前の兄なのか…? 雄々しくはあるが予想よりも品性に欠けている」
「えっと、はは。結構言うね。いつもはこんなんじゃないよ。俺とケージャのことになるとほとんど激怒しちゃうんだ。俺のせいでもあるから気にしないで」

兄ちゃん、俺のこと大好きだからさと軽い感じで言うと、複雑な表情で見返された。心配と嫉妬心が見え隠れした雰囲気だ。
だが気を取り直して、ここからまた兄とケージャの交換動画がしばらく続いた。

こんな感じに。

「ケイジ。会う許可を出してくれたことには感謝しよう。いかにも、俺は二番手で十分だ。お前の怒りが俺に向かうことも承知している。その事にはいまや何度でも頭をさげよう。……しかしな。週に十分というのはあまりに無慈悲すぎないか? それでは接吻をして終わりではないか。二番手なら二番手なりに、俺はユータのことを楽しませ幸せな気分にしてやりたい。お前も協力してくれ」

またもや下手に出ていたケージャだったが、結構最後のほうはピリついていた。
しかし動画を見た兄は、分かりやすく怒髪天をついていた。

「……はっ? 君は何を言ってるのかな? 十分もキスしてんじゃねえ! 優太は俺といる時にかなりの幸せを味わってるんでな、お前はそこまで頑張らなくていいぞ。つうか頑張るなッ」

返事を撮り終えまた腕輪をつける。なんか、段々頭が痛くなってきた。こんなやり方でもこの兄ちゃんたち、やっぱ仲悪いな。

二人の小競り合いが続いたため、見兼ねた俺が間に入り、提案をする。兄の意見としては、ケージャが出てくる時間は当然ルール内で定めるという。

島と違い兄は大学生だし、外で日本での生活が不自由なケージャが放り出されたら大変だ。俺もいつも側にいられるわけじゃないためだ。

「じゃあ、どうしよう兄ちゃん。やっぱり自分で決めたほうがいいと思うけど」
「うーん。そうだよなぁ。…くそっ。他の野郎ならぶっ飛ばせば済むのによ、自分だからな」

兄は真剣に考えてくれた。週に10分というのもちょっとした意地悪だったらしく、本気ではなかったようだ。
そして結局はこうした妥協案を出した。

二日に一回一時間、基本は家にいるときで、週末は二時間ほど。
毎日はきついし兄も自分の生活があるためここらへんが限度だと説明した。

俺は結構いいんじゃないかと思った。ケージャもたまに両親との時間を過ごしたいだろうし、その他外出なども要相談だが兄も臨機応変でいいと言ってくれた。

だが、二人の関心事はもうひとつあったようだ。

「ケージャ。これははっきりさせておくぜ。俺はな、我ながら聖人のようだと思うんだが……お前俺と同じだからきっと優太を前に我慢できねえだろう。つーわけで弟とのセックスも許してやろうと思う」
「えっ、ええ!」
「すべてお前のためだ、優太。俺の体で俺のちんぽなんだから大丈夫。だと思うことにした。俺は鋼の精神を構築したんでな」

だから余計なことで悩むな、と優しく言ってくれた。
正直あやふやだった島とは違い、完全に浮気だと今なら思うのだが、もう一人の兄の誘いを俺は断れないと知っていた。

だから本当に申し訳ないと思いつつ、怒られないのは密かに安堵してしまった。
けれど二言目を発した兄と、対するケージャの反応でまた一悶着あった。

「それでな、問題の頻度だが……もちろん総締めの俺が介入するぞ。週に一回、一発だけな。ちゃんとルールは守れよこの野郎。やぶったらもう優太には会わせねえ」

今日一番の凄みのある顔で命じ、俺は戦々恐々となる。
すぐに顔面蒼白のケージャの反発が降った。

「い、一発だと。お前それはいささか、酷い気がするぞ。俺は一度で終わったことなどほぼない。お前はそうじゃないのか? 自分だけ一晩中味わっておきながら俺には我慢しろなどとーー」
「あぁ"ッ? お前なに何発もやろうとしてんだスケベ野郎がッ、そのあと俺のパフォーマンスが下がったらどうすんだよ、優太を満足させてやれねえだろうが!」
「なっ! その日はもうお仕舞いでいいだろう、俺とユータの営みに入ってくるな!」
「アッハハハ! まるで新婚のようにラブラブな俺と弟の仲に割り込んできてんのお前だから! 頭がたけえんだよ頭が、間男の分際でなぁ!」

コロコロ人格を代えながら喧嘩をする二人を間近で眺めて俺は脱力する。そしてついに切れてしまった。

「静かにしろってば! もうやだ兄ちゃんたち! 変態的な話これ以上すんじゃねえっ!」

半泣きで怒り狂うと、ちょうど兄ちゃんがぴたっと動画を止めて振り向く。しまったという顔で慌ててなだめてきた。

「あっ……ごめんね、泣くな優太。ちょっとヒートアップしすぎちゃった、お兄ちゃん。だってこいつがあまりにも調子乗るもんだからさ……。いや悪い、もうしねえから。許してくれる?」

頭を撫でて甘い声を出されたため、俺は渋々頷いた。
はぁ。くだらないことで何をずっと言い争ってるんだろうと思ったが、体は二人でも三人の問題なわけで、仕方がないといえばそうだ。

「…兄ちゃん。俺のほうこそごめん。ちゃんと色々気を付けるから。ルールも守るし、一番は兄ちゃんといっぱいいるよ。俺達……その、もうそういう仲でしょう?」
「おうっ。そうだぞー優太。俺はもうお前の兄ちゃん兼彼氏だからな。基本的に二人きりの世界だ。正直それはめちゃくちゃ嬉しいぞ、俺」

兄が機嫌をよくして幸せそうに笑う。
か、彼氏……なんだ。衝撃をひとり受けたが子供の俺はリアクションが取れず、「俺もっ」と兄の腕に巻きついて寄り添った。



prev / list / next


back to top



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -