夫婦になった兄弟 | ナノ


▼ 53 反応

父と夕食中、玄関のチャイムがいきなり何度も鳴り響いた。
ドアをどんどん叩く様子から異変に気づき、俺達は急いで向かった。

「うわ! 福澤さんと兄ちゃん。どうしたの? おかえり」
「優太、おい助けてくれ、啓司がおかしくなっちまったっ」

なぜか汗だくの眼鏡男が俺にぜえぜえ息をつきながら助けを求める。
後ろにいた兄に視線をやると、静かに立っていた。いや、俺を呆然と見つめているようだった。

「大丈夫兄ちゃん、具合悪いの」

焦って駆け寄り見上げる。だが褐色の瞳は夢の中にいるような表情で、唇を震わせた。

「まさか……本当にこんなことが……あるのか」
「え?」
「……俺だ。ユータ。ここは……あの世、か…?」

兄の瞳がうっすらと潤み、俺をその力強い両腕にがばりと抱きしめる。唖然と止まる俺と、兄を不可思議な様子で見る親友と父。

瞬間、すべてを悟った。
信じられない思いでいっぱいだったが、俺には兄の挙動で判別できた。

「うそ……ケージャなの? マジで帰ってきたの?」
「……ああ。なぜなのかは分からん。だが、外でこの者と突然一緒にいたのだ。そうだろう、フクザワ」

俺を離し、友人を見やる。今度は福澤さんが驚愕から凝視し、頷いた。

「お、おう。居酒屋を出てすぐ、こいつ変なしゃべり方になって……弟はどこだって繰り返して……っていうか、優太。……あの話、本当だったのか。啓司が二重人格ってやつーー」

彼の言葉に驚く。兄ちゃん、やっぱりそこまで話してたのか。一番仲のいい親友だもんな。
それが事実だったということが今わかってしまったらしい。でも問題は、親もだった。

「二重人格? どういうことだい、二人とも。説明してくれ」

父が混乱した眼差しで割り入る。
ああこれは困った。こうなることは島では何度か想像したが、ケージャと口裏を合わせておらず、皆が戸惑いの最中にいる。

「わかった。俺が説明するよ。皆、中に一旦入ろう」

年下の自分が先導し、三人にリビングのソファに座ってもらった。
兄は当然初めて見るうちの家を天井まで見上げて眺め、そわそわと浮わついた様子だった。

「じゃあまず、兄ちゃんのことから……」
「いや、ユータ。ありがたいが自分で挨拶をしよう。……そこにいる方は、もしや……ユータの父上か?」

足を半分ほど開き、姿勢よく父にお辞儀をする。明らかに兄の動作じゃないため、父は大注目していた。

「俺は碧の島の元部族長。そしてユータの夫であるケージャだ。お会いできて誠に光栄だ……。島の伝承を実現させるため、貴方のご子息達には大変お世話にーー」
「ああぁぁちょっとぉおおお!」

饒舌な兄に叫んでストップをかける。「な、なんだ。どうした」と正面から声を上げられたが、俺はすぐに奴の隣に移って腕を揺さぶった。

「なんでそれ言うのっ? だめでしょ、俺達のお父さんなんだよ!」
「す、すまん。俺としたことが、つい……挨拶はしっかりせねばと……そうか、俺の……父上でもあるのだな」

控えめに見つめる兄の視線に、ようやく父ははっと我に返ったようだった。眼鏡を直してゆっくり深く頷く。

「うん、そうだよ。君は……僕の大切な息子だ。ええと……ケージャ、といったね?」

飲み込みが早い父は仕事柄、対応力が高いのか兄を洞察していた。

「ああ、そうだ。急に現れてすまない……故意ではないのだ。俺は、消えたはずだった。始まりはケイジが島に召喚されーー」

経緯を真面目に話す兄につられ、俺もじわりと汗をかきつつ覚悟を決めていく。福澤さんも目を点にしながらも「マジかよ…」と聞いてくれていた。

「そんな壮大なストーリーがあったのか……初めて耳にしたよ。……やっぱり、僕らには言いづらかったのかい、優太」
「う、うん。ごめんね黙ってて。お父さん」

気まずくなり謝ると父は優しく首を振った。
兄が俺を見て、困ったような顔になり見つめ合う。

本当はまた会えて嬉しい。ただ皆の前でどう表現していいのか分からなかった。
ケージャがもう一度父を見る。

「……父上、と呼んでもよろしいか?」
「もちろん。そうだ、最初に言っておこう。啓司にもうひとつの人格が出来たことにはかなり驚いたが、君も啓司も僕の息子だ。母親の翠もそう思うはずだよ。……だから何も心配しないでいい。僕らは歓迎するからね。息子が生きていたというだけで、本当に嬉しいんだ」

父は温かい眼差しで見つめ、立ち上がった。そして兄の前に来る。
この人はなんて懐のでかい人なのだろう。握手をしたかと思ったら、感動の抱擁まで行った。

ケージャは少し慌てた様子だったが、感極まった感じでがっしりと応えていた。

「ーーとはいえ、人格が二つある中での島での生活は、とても大変なものだっただろう」
「そうそう、だいたい夫婦ってなんだ? ぶっとんでるよな、お前ら兄弟なのに。大丈夫だったのか」

父と福澤さんの突っ込みが入る。俺は汗だらだらだったが、兄が見兼ねて口を開いた。

「それは問題ない。俺は島の男として、長としてユータをめとりたいと考えていたが、実の兄だということもきちんと分かっている。伝承のための、形式上の夫婦だ。二人には達成のため協力をしてもらった。……今では俺は、ユータを大事な可愛い弟として受け入れているのだ」

淀みなく形式上の夫婦といわれ、なんだか胸がずきっときた。
おいあの日々はなんだったんだと思うが、完全に話を合わせてくれているケージャの優しさも感じた。

ちらっと隣を見ると、兄がやるように微笑み頭をくしゃりと撫でられた。
二人は頷いて納得してくれ、ひとまず事なきを得る。

なぜケージャがいきなり現れたのかに関しては、俺は兄との性交が大きいきっかけだったと感じていたが、その場ではもちろん石の効果だという方向でまとめた。

「はあぁ。ほんとにびびったよ。こいつ、電車もタクシーも乗りたくない!って半パニックでさ、ここまで何駅か全力疾走させられたんだぜ」
「……なっ! ユータの前でそれを言うな、フクザワ!」
「何恥ずかしがってんだよ。人格変わってもブラコンは変わらないんだなぁ。っていうか、ちゃんと啓司にも戻るんだよな?」

じろっと兄を見る親友だが、たぶんこの腕輪を外せば戻るんじゃないかと思った。まだ分からないけど、とにかく少しこの兄とも話したい。

兄ちゃんは、またショックを受けるかもしれないな。
俺は申し訳なさと、再びケージャに会えた喜びで心がせめぎ合っていた。

その後、ひとまず福澤さんは帰宅した。兄が戻ったら連絡させてくれと言付けて。
俺達は三人でリビングに残る。色々島のことやケージャのことを熱心に尋ねる父だったが、やがて母が帰宅した。

俺は再び親の反応を恐れる。兄も当然同じだった。
しかしーー。

仕事から帰ってきてすぐに冷蔵庫からビールを取り出した、背の高い母に、ケージャはまた律儀に自己紹介をした。
母は最初ふざけてると思ったのか、「なにそれ啓ちゃん? 時代劇のまね?」と笑っていたが、だんだん事態を呑み込んで目を瞬かせる。

「え、ええ! 啓司、本当なの。というか、ケージャ、だっけ?」
「ああ。そうだ。貴方のご子息の体を使ってしまい、申し訳ない。母上」

頭を下げる兄は、終始腰が低かった。ここがホームじゃないからか、彼らが目上だからか、普段は長として自信満々だったのに摩訶不思議に見える。

「そんな謝らないでちょうだい。啓ちゃんもケーちゃんも、よほどの苦労があったんでしょう。……いいわよいいわよ、優ちゃんを奥さんと思ってるなんて面白いじゃないの! 赤の他人の男だったら「はぁ?」って感じるかもしれないけど、お兄ちゃんなんだから。私は許すわよ。……弟の優太のこと、あなたも守ってあげてね」

この人たち、本当に心が大きい。父の言う通り、母も息子の帰還を心の底から喜んでいて、ちょっとやそっとの事は全て受け入れるといった寛大さを放っていた。
家族の一員として俺だってそうだったのだから、当然と言えば当然ではあるが。

「よかったね、兄ちゃん。今日からここはケージャの家でもあるんだよ」
「ああ……皆、ありがとう。俺の存在を認めてもらい感謝の念が絶えん」

深々とお辞儀をした兄に、俺も少しほっとしたのだった。
皆でまた会話を続けたあと、兄を連れて部屋に引っ込んだ。個人的な話はたっぷりとあったから。

夜、俺の部屋に入ったケージャはまた興味深そうに室内を眺めた。
俺はそんな後ろ姿を見て、どきどきしながら背中に触れる。

振り向いた兄は朝と同じ格好で、短い茶髪も顔も同じだ。
だが中身は違うなんて。この世界にこの兄がいるというだけで、まだ衝撃を受ける。

「ユータ……再びお前に会えるとは。いまだに信じられん…!」

突然伸ばされた腕にまた抱きすくめられ、分厚い胸の中にぎゅうっと閉じ込められる。俺も力をこめて抱擁し返した。

「……ケージャっ。生きてたんだね。俺、嬉しいよ……っ」

じわっと目尻を濡らして顔を上げた。
見つめられ、頬を拭われて傾いた兄の顔が近づく。自然に唇が重ねられて、俺は静かに受け入れた。

心の波は渦巻く一方、凪いでいるのも感じる。
二人とも、ひとまずベッドに腰を下ろした。

「へへ、ちょっと部屋狭いでしょ。島の離れとは大分違うね」
「そんなことはない。お前の家は立派な住居だ。少しラドの家と似ているな。……それに、両親もとても優しい人たちだった」

兄が遠慮がちに微笑む。俺はそこがやや引っ掛かった。
手を握って顔をのぞきこみ、話しかける。

「優しいよ、言ったでしょう。俺達のお母さんお父さんは大丈夫だって」
「ああ。そうだったな。……お前は、兄とはうまくやっているか? ケイジは、お前を大切にしてくれているのか」

じっと尋ねられて、俺は鼓動が速まりつつもしっかり頷く。

「うんっ。えっと……兄ちゃんも、俺のこと好きって言ってくれたよ」

やはり兄にこう言うのは変な感じがしながら、俺は夢にまで見たケージャとの会話を続けた。
反応が怖かったものの兄はその事に深く安堵した様子だった。

「ふむ。では完全に俺は、邪魔者だな。奴の阿鼻叫喚が目に浮かぶ」
「ははっ。なんだよそれ…」

笑い出す俺だが目が笑えなかった。兄ちゃんはどんなリアクションするんだろう。
朝は元気だったけど、今まさかこんな事になってるとは。

「でも俺がケージャにまた会えて嬉しいのは本当なんだ。ずっと会いたかったから」

兄の胴に腕を回して抱きついた。やっぱり大事な人だというのが身にしみる。
失ってしまった悲しみというのは、一生抱えなければならないというのを知っていたからだ。

その後、俺はまず伝説の行方について話した。無論ケージャも儀式の顛末が気になっていたらしい。

「ーーというわけで、召喚されたのは俺達の世界から来たジャンさんっていう青年だったんだよ! まさかのチョイスだったけど、赤の他人だったよ、よかった〜」
「なっ、なんだと!? ありえん、俺とユータの子ではないのか!?」

頭のおかしい事を叫ぶ兄の口を思わず塞ぐ。

「ばかっ。静かにしろよ、部屋遠いけど親がいるんだぞ! これ内緒の話だから!」
「わ、分かっている。すまんユータ。お前以外の家族と共にいるのは初めてなのだ…」

やらかしたという顔で謝る兄が面白い。
今日のケージャはやたらと控えめだ。やっぱり、初めて別の世界に来て戸惑いも大きいのだろう。俺も島でそうだったように。

「とにかく島の未来は安泰なのだな。よかった。その事と、お前のことだけが気がかりだった」

噛みしめるように頷いている。
そして隣の俺の視線に気づいたように、振り向いた。
頬を触られ、また優しくキスをされる。目をつぶって俺も兄の唇の感触を感じた。

存在を確かめるようにケージャの胸に抱かれる間、俺は意をけっして口を開いた。
胃が痛むけれど、一度確証した気持ちを兄に告げなければ。

「ケージャ、あのね……」
「ああ。なんだ? ユータ」

兄はそのままの体勢で俺を抱きかかえてくれていた。

「俺、その……兄ちゃんが好きって言ってくれたって、言ったでしょう? それで……あの……ふ、二人とも、気持ちが通じ合ったんだ…!」

今日何度目の汗か分からないが、全身が緊張に包まれながら言葉を振り絞った。

「今ももちろん俺はケージャのことが大好き。愛してる。……でも、わずかでも差をつけるとするなら、一番は……兄ちゃんなんだ、ごめん!!」

かなりオブラートに包みながらも、最後はっきりと言ってしまった。なぜ俺はこんなにも窮地に立たされながら、浮気男のような心境で告白をしているのだろう。

でもそうなのだから仕方ない。甘んじて全てを受け入れるべきだ。

「知っている。ユータ。そう動揺するな」
「…………えっ?」

だが俺のガクガク震える気持ちを温かい腕が癒してくれた。
驚愕の面持ちで見ると、儚い笑みが返された。

「ふふ。どうしたのだ。俺はとうに気づいている。お前の心はケイジのもとにあると。……そもそも俺を受け入れてくれたのも、俺がお前の兄であったからだろう? それでもよかったのだ、俺は。お前の思いに甘えてでも、夫でいたかった……」

すまん、とまた俺に謝った。
そんな弱気なケージャの姿が心配になる。

「そりゃ受け入れたのは兄ちゃんだったからだけど、ケージャはケージャだよ、俺が好きになったのはこの兄ちゃんなんだからね!」

抱きついて、あ、追い討ちをかけるようなこと言ったか?と焦ったものの、兄は背中を優しく触り聞いてくれていた。

ケージャがこんなにあっさり俺の気持ちを受け入れるとは。
そう思った時だった。

「お前は本当に優しい男だな……。ああ、お前への愛はもう消えることはない。だから俺は構わんのだ。たとえお前の間男であろうとも……!」
「…はっ? 間男ってなに?」

普通にはてなマークで聞き返したが、ケージャの顔はなぜかすっきりと艶やかで、瞳には光が燦々と宿り始めていた。

まじでなにそれ?

「あ。もしかして、愛人みたいな、やつじゃないよな」
「それだ。愛する人と書いて愛人。何も間違ってはいないだろう」

あっけらかんと話す兄に口が開けっぱなしになる。
っていうか何故漢字が分かるんだと聞き返すと「分かる。文字もなぜか全てが読める。意味は所々わからんが」と明かされた。

さっき外にいたケージャは、島での俺達兄弟とは違い、どういうわけか日本語を視覚的に理解できると知ったようだ。

もしかして、精霊力が限りなく小さくなったせいか?

「魔法は? もう使えないの?」
「使えない。体の精霊力もほぼ感じん。お前が身に付けてくれている腕輪から、微力の感覚があるぐらいだ」

碧の石を懐かしそうになぞり、再び真っ直ぐ俺を見つめた。

「ユータよ。お前の兄と話がしたい。まずは詫びをいれなければな。安心しろ、俺は生まれ変わったのだ。自分の立場は分かっている」

そうは言うけど部族長然とした顔つきは全然変わっていなかった。



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