夫婦になった兄弟 | ナノ


▼ 52 友達と兄と

皆で休日の朝御飯を食べた後、兄と父は庭に出て、テラス前の広いスペースで鍛練を開始した。
二人とも木刀を持ち、真剣な表情で手合わせをしている。

まるで島にいた時の兄とエルハンさんみたいだが、三年ぶりに息子の腕前を見た父は大層驚いた様子だった。

「……ッ、啓司、動きが以前と大きく変わっているね、その大胆な型は一体ーー」
「へへっ! そうか? かなり成長しただろ俺も、なあ親父!」

ひらりと父の突きを交わしながら、華麗な剣術を見せる兄。
長としての所作が身についていたのか、互角に渡り合える事が楽しくて仕方がなさそうだ。しかし突然身を低くした父の薙ぎ払いの動作に寸出のところで反応し、尻餅をついた。

「っで!! ちょ、なんで今本気出した? 危ないだろ!」
「ごめんごめん。つい僕も火がついてしまって、自然に…」

苦笑して動きを止めた父が、くいっと眼鏡を直す。手を差し出して兄を体ごと引っ張り上げた。

「くっそー、優太に格好悪いとこ見られちまったな」
「ううん、すごいよ兄ちゃん! お父さんといい勝負してたよっ」

テラスの石壁に座り観戦していた俺も拍手をし、健闘を称える。
兄は照れくさそうに笑い手を振った。父は若い頃から剣術を嗜み、師範代の免許ももつ腕前だ。

「本当にそうだよ。昔から啓司はセンスの塊だったが、ここまで実践的な力を身につけるとは。本人の努力は勿論のこと、島での君の師匠もかなりの実力者だな」

父も感心し、異世界の戦士エルハンさんのことを褒めていた。
そんな感じで二人はみっちり二時間近く体を動かし続け、見ているだけで疲労困憊の俺は深く尊敬をした。

お昼頃になり、兄は一度シャワーを浴びにいく。父は午後から外出するらしく、俺は兄と二人で軽く昼食を取った。

ガラス窓から庭が見渡せる広いリビングで、サンドイッチを頬張る。
こうした日常のひとコマにかなり幸せを感じた。

「ねえ兄ちゃんは今日福澤さんと会うんでしょ?」
「おう。あいつ休みの度に誘ってきやがってよ。俺はお前にくっついていたいんだけどなー」
「あはは。長く会えなかったんだもん。気持ち分かるよ。それに俺はいつも家で一緒にいられるし」

笑いかけると、ほんのり顔を赤くした兄の顔が近づいてくる。
唇をすぼませて何を考えてるのかと、手のひらでむぎゅっと押し返した。

「……優太くん? まだ恥ずかしいのお兄ちゃんと家でちゅーするの。誰もいないんだからよくないかな?」
「だめだよ! もっと公私わけろよ!」

混乱して叫ぶと同時に、家のチャイムが響き渡った。
あれ、もうあいつら来たのか。俺はすぐに立ち上がり玄関へ向かった。

赤い顔を直して深呼吸をし、玄関扉を開ける。
そこには背の高いのと小柄な高一男子の二人が立っていた。もう何度も電話やメールで話したのだが、俺を見るなり安堵と感動の面持ちで迫ってくる。

「ゆ、優太ぁ! もう、心配したんだよ〜! 俺も橋田も!」
「ごめんごめん、二人とも。探し回ってくれたんだって? ほらこの通り無事だから。ありがとうな」
「心配させるなよ優太、もうどこにも行くなよ! 夏休みお前と遊ぶの楽しみにしてたんだぞ俺たち!」

仲間思いの友人に囲まれ、俺もうるっときた。本当に待っていてくれてありがたい。
背が高く一見爽やかな方は高校で同じクラスになった橋田で、もう一人は中学から仲のいい小林だ。

「まあ積もる話もあるし、上がってくれよ。そうだ、宿題の前にジャグジー入る? お父さんもいいよって言ってくれたし」
「おお〜! 優太んちのジャグジー好き! ジュースとお菓子も持ってきたから入ろう!」
「いいね、俺こんなこともあろうかと水着持ってきたー!」

はしゃぐ二人をせめてものお詫びとしてもてなそうと、俺も笑顔で招き入れた。
しかし廊下には鋭い目付きをした褐色短髪、小麦肌の長身男が立っていた。胸にぶつかり声を上げる。

「うわぁぁ! なんだよ兄ちゃん!」
「……ジャグジーって君たち、すごいリッチなご身分だなぁ。男子高校生の分際で。っていうか水着になるわけ? 優太と?」

太い腕を組み登場した兄に「自分も高校のとき楽しんでただろっ」と突っ込むが、男には容赦ない兄が俺の親密な友人二人をじろじろと見定める。

ああ、恥ずかしい。きっと引かれたと恐れると小林が兄を見て興奮し始めた。

「優太のお兄さんですか? うっお〜! 筋肉すごい、たくましいなぁ! 確か死の淵から甦ったとか、漫画の主人公みたいだ〜!」

奴は可愛らしい顔に眼鏡をかけた、漫画アニメ好きのただのオタクだ。
実は俺は二人に島のことを簡単に話していた。信じるわけがない、頭を打ったと思われると覚悟していたものの、俺のことを考えてか、少なくとも話を合わせてくれていた。

奴の食いつきように「ちょ、体を触るな」と兄のほうが引いていたが、気になっていたのは橋田のほうだったらしい。

「そうだ、君は? 16才にしては随分とガタイがいいね。スポーツやってんの?」
「俺ですか? はい! バスケを少々。お兄様も今度一緒にやりませんか? この二人運動音痴なんで。あ、俺もけっこうオタク趣味なんですけどね。ちなみにかなりのゲーマーです。優太とは毎日ネトゲしててーー、そうだ、プールも一緒によく行きます! 泳ぎが下手な優太に俺が教えてあげたんですよ〜」

話がコロコロ変わる橋田は何でも出来るタイプだが、思ったことを全部口に出す少しおバカが入っている男だ。
その台詞に兄が対抗意識を燃やし眉を引きつらせる。

「ふぅーん。優太はちょっと怖がりなだけで別に下手じゃねえけどな? じゃあ何、君が手取り足取り教えてあげたってわけ? 俺の優太のピチピチな水着姿を見ながら」
「はい! 手をもってばた足からやってあげました! 子供みたいで可愛かったなー、お前」

俺の肩にまとわりついて笑うバカ野郎と真に受ける兄。まったく会話が噛み合っていない。
このままじゃ兄ちゃんまでジャグジーに乱入しそうな予感がしたので、俺はまず皆を自室に呼び宿題をすることにした。

一人で台所に行き飲み物を冷蔵庫から取っていると、兄がそばに立っていることに気づく。

「もう兄ちゃん、恥ずかしいだろっ。ブラコン出しすぎるのやめろよっ」
「わりぃわりぃ。つい俺の性分がな。だってさぁ、心配なんだもん。お前可愛いから。隣にまだ見れる野郎が立ってるだけでイライラすんだよ」

怖いことを言いながら冷蔵庫のドアに隠れ、身を屈めて俺の口にちゅっとキスをした。
落としそうになるジュースの缶をキャッチし、至近距離で俺に色っぽい笑みを向けてくる。

叫ぶ気も失せ、俺は心臓のうるささを抑えて冷蔵庫を閉めた。
ここは部屋から遠くて誰も来ないことを知ってるため、兄の胴に腕を回して抱きつく。

「ゆっ、優太? どうしたの…?」

分厚い胸から鼓動が聞こえる。
耳を当てていると安心感に包まれた。

「もう。馬鹿だなぁ。兄ちゃんは。俺は兄ちゃんのものって言ってるのに」

こうやって突発的に抱きついたりすると兄はいつも慌てる。
手をどこにやろうか迷っていたようだが、大きな体にぎゅうっとされた。

「……ほんと? 俺があいつになっても?」

その声は不安げというより、俺の心を探るような緊張感のある問いに感じた。
どうしてだろう。俺はこういう兄を見る度、心がきゅんとなって抱擁したくなる。

「うん。そうだよ。だから心配しないで、兄ちゃん。何回でも言うよ。兄ちゃんが一番だから……」

大人な感じで真剣に喋っていたのに、頭上からなぜか小さく笑いをもらす声が届いた。俺はばっと頭を上げる。

「ちょっと、何笑ってんだよ、俺の本音だぞ!」
「す、すまん。めちゃくちゃ嬉しい。……いや最近、お前に甘えることがすげえ萌えてて……俺の中で……なんかもう、たまんなくて…」

申し訳なさそうに言いながら、笑みを浮かべた兄は俺の額にキスをした。
なんだかよく分からないものの、元気はあるみたいだ。
俺にも胸を預けていいよという気持ちをこめて、しばらく兄を抱きしめたのだった。



その後名残惜しくもなりつつ、俺は自室に戻った。
兄は後で出掛けるらしく会えるのはまた夜だ。

久しぶりの友との時間を、勉強や楽しい会話で十分に過ごした。

「いやー、助かったよ。さすがに2ヶ月以上も勉強してないとさ、取り戻すのにすごい時間かかっちゃうし。宿題大体終わったわ、サンキュー」

盛大に息をつき橋田と小林に礼を言う。
しかし二人の視線がじっとこちらに向かっているのに気づいた。

「……あっ。やっぱ信じられないよな、俺の話。別にいいんだ、流してくれて」
「ううん。そんなことないよ。ただ、優太が帰ってきてほんとに良かったなって思ってさ。ね、橋田」

普段明るい小林がしみじみと言い、顔を隣に向けた。

「そうだよな。確かに異世界転移とかマジであるのかよってぐらい、すごい事だし。お前、中身は俺らと同じオタク風だけど妙に現実的っていうか、冗談とかもあんまり言わないじゃん? だから信じるよ。お前が頑張って帰ってきたこと、経験とか全部」

橋田もニコっとはにかんで頷く。俺は二人の優しさに目が潤んだ。色々な苦労が蘇り、「ありがどぉっ」と嗚咽をもらしそうになる背中を小林にさすられる。

「泣くほどつらい思いしたの? よしよし。……それにさ、優太、中学の時からお兄さんのことずっと思ってたし、悲しんでもいたでしょ。あんなに元気そうに帰ってきてくれて、本当によかったよね。……うっ、俺ももらい泣きが……とにかく優太、おかえり!」
「……ただいまっ、小林ぃっ」

現実ではたったの二週間ではあったが感極まってくる。家族の分もよかったねと喜んでくれた友人らに、何度もありがとうと伝えた。
俺は本当にいい友達を持ったものだ。心からそう感じた日だった。



結局三人とも話が尽きなかったため部屋に入り浸り、ジャグジーはまた今度にした。
夕方が過ぎて友人たちを見送り、俺はリビングにいく。

兄の姿はもうなかったため、とっくに出掛けたようだった。
冷蔵庫にメモがあり目を凝らすと、こう書かれていた。

「優太、早く帰るからな! 寂しくないぞ! 俺は寂しいけど! 愛してるぜ、兄ちゃんより

俺はすぐに紙を剥ぎ取りポケットにしまう。
熱いため息を吐いていると、しばらくして父がちょうど帰ってきた。

系列の大学の図書館で調べものをしていたり、研究に関わる用事などを済ませていたらしい。

「おかえりー、お父さん」
「優太、ただいま。お友達はもう帰ったのかい? お刺身たくさん買ってきたんだけど」
「ほんとっ? もう帰っちゃったけど、やったー食べる!」

現金な俺は今日は二人で刺身食べ放題だとすぐに白米を炊く。
母は少し遅くなるが、兄が帰ってきたころにはきっと皆で家族団らん出来るだろう。

父は俺にまた話したいことがあるらしく、食卓で資料を広げ始めた。研究のことなら周りがあまり見えなくなるのが父なのだ。

「優太。島のことなんだけど、同じような伝承が世界にもあってね、古来のものだけどーーそうだ、もう一度あの石を見せてくれないかい? ちょっとでいいから」
「またぁ? もうお父さん、のめり込みすぎだよ。また光ったらどうするの」

俺は冗談めかしながら父の言うことを聞き、部屋から碧の石の腕輪を持ってきた。
リビングに戻ると、さっそく父の仮説を聞かせてもらう。しかし俺は申し訳なさが募るばかりだった。

「それでね、兄弟が祀られる伝承というのは、結構珍しいものなんだ。普通は男女だったり、子供を供物やはたまた崇敬の対象にする事象が多い。しかし君達の場合はーー」

いや本当は夫婦なんだ、お父さん。
でもごめん。そんなことこの年頃の俺には恥ずかしすぎて言えないよーー。

一人心の中で呟く。
父は仕事柄民族学や伝承に詳しい。俺達が夫婦とされていたことが分かれば、親としても色々想像させ卒倒してしまうかもしれない。

だから本当の意味で父の仮説が証明されることはなく、すまない気持ちでいっぱいになった。

「うーん。どうなんだろうねぇ……この石も、同じものは地球にないんだよね?」
「そうなんだよ。色々独自に調べてはみたけれど……本当に不思議な魅力をもつ宝石だな」

父と話しながら、俺は腕輪をするりとはめてみて、天井の照明に向けて透かしてみる。
見れば見るほど澄んだ青色は綺麗で、あの日々が鮮明に甦ってくる。

ケージャ。また会いたいな。
ひと目だけでもいいから、会って俺が元気に暮らせているよってこと、伝えたいな。
あの兄ちゃんも、かなり心配症だったし。

想像して笑みが出ると、お米が炊けたぴーっという音がした。
俺は父とひとまず夜ご飯を食べることにする。

腕輪を外すのを忘れ、そのままにしていると突然また光った。

「うわっ、優太、またそれ光ったよ。どういうことだ? 君には何も起こっていないか?」
「う、うん。大丈夫だよ。まさか壊れちゃったのかな?」

あの調査以来、腕にはめることはなかったが、棚に置いていたときはたぶん異常はなかったと思う。
やっぱり身に付けると反応するのかな。
そういう機能でもついてしまったのだろうか。

考えながらも俺はとくに慌てることもなく、刺身をぱくぱく食べていた。日本に返ってきて、平和すぎることに慣れきっていたのかもしれない。

数十分後、いきなり玄関にある人物が大慌てで現れるまでは。



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