夫婦になった兄弟 | ナノ


▼ 46 伝説の夫婦

次の日の夜、俺とケージャは精霊の丘のふもとにいた。
洞窟の入り口の前で、長老と神官らから説明を受けている。

「ではそろそろ時間じゃ。二人とも、気をつけるのじゃよ。中は安心安全じゃが、御神酒の奉納と神秘の営みを忘れずにな」
「ああ、任せろムゥ婆。俺とユータなら心配いらない。二人の愛の力で必ずや成功してみせる」

兄は火が灯った松明を片手に持ち、もう一方は俺の手を握っていた。
裸体に腰巻き姿の兄の一方、俺は薄い白装束を着ている。

時刻は夜八時ぐらいだろうか。
このまま洞窟内で夜を明かし、早朝には丘の中腹付近にある祭場で儀式に参加する。

もうすでに東西南北の地区では各シャーマンが祈祷を行っているらしい。祈りは夜通し続くため、彼らの頑張りにも深く感謝をした。

「じゃあ行ってきます、ムゥ婆。また明日!」
「ああ。いってらっしゃい、ユータ。ケージャ」

着物姿の長老が穏やかに手を振る。
俺達は決意を新たにし、暗い洞窟内部へと入っていった。

ひんやりと涼しく、奥は土壁の迷路のようになっている。
閉所があまり得意でない俺は、腰が引けながらキョロキョロと進んだ。

「うう、なんか怖いよ兄ちゃん。っていうか道分かる? 来たことあるの?」
「いや、初めてだ。だが一本道だと聞いた。少し深くまで潜るだろうが、俺がついているから心配いらないぞ、ユータ」

ケージャが足を止め、にこりと微笑み安心させてくれる。
かなりの説得力を感じ、俺は男のくせに終始兄の腕に巻き付いて歩いた。

しばらくして、壁に松明をかける輪があった。近くには新しいものがあり、それにまた火を移して進む。
何度か繰り返していると、道先にすでに火が灯っている松明があった。

「あれ? なんで点いてるんだろ。俺達以外入れないんでしょ?」
「ああ。……待て。ここはさっき通ったところだ」
「……ええ!?」

突然の事実にホラー映画ばりに恐怖に陥る。
ちょっと。なんもないって言ったじゃん、ムゥ婆のやつ。
もしかしてマジで迷路になってるのか。

俺達を試してるとか?
ガタガタ震えていると冷静な兄は土壁を確かめた。
耳を当て、真剣な顔で聞いている。そして何かを発見し、手でとんと押した。

するとなんと、ゴゴゴーーと扉のように回転して開き、俺達を驚かせた。

「な、なんだこれ! 隠し扉ってやつか! うっわ〜よく分かったね、兄ちゃん」
「隙間から風が微かに吹いていたからな。……おっと、この部屋は……」

先に足を踏み入れたケージャの背にぶつかる。
俺も目をこらして見てみると、そこはなんと家具の揃った寝室だった。

洞窟内にあると思えないほど、天蓋つきの真っ白なベッドまで置いてある。床も土じゃなく石畳になっていて、天井も白く洒落た照明が煌々と光っている。

「どうなってるんだよ。いかにもどうぞ、って感じの内装だけど。でもよかったー、俺野宿みたいに過ごすのかと思ってたよ」

はは、と笑ってシーツに飛び込み、ふかふか布団の感触を味わって跳ねる。
兄は近くにやって来て、辺りを慎重に見回した。

「お前が気に入ったのならよかった。だがこれは……幻術だ、俺の勘が正しければ」
「はっ? なにそれ兄ちゃん。……まさか幻ってこと?」

驚愕におののく。しかしどうやら事実みたいだ。
兄が言うには、長老が気を使って準備してくれたらしい。

記憶の中に現れ話しかけてきたムゥ婆のポテンシャルを考えれば、おかしくない。きっと俺達のことを考え、それだけ儀式に期待をかけているのだろう。

「ふふっ、大丈夫だユータ。俺達はいつも通り夜を過ごせばいい。……それにしても、なんともロマンのある最後の夜だと思わないか? ある意味これは、俺にとってのご褒美のようなものだ。お前を最後に独り占めできるのだからな」

隣に座り、俺の髪をそっとときながら語りかけてくる。
最後って二回も言った。
密かに沈んでしまったが、俺は気持ちを隠した。

「そうだね。俺も嬉しいよ、ケージャが俺と儀式に挑んでくれて。でも言ったでしょ、俺の中にずっと兄ちゃんはいるんだから。消えたりしないよ。ケージャも、俺達の思い出も。……俺、ケージャのこと好きだからさ。あ……愛してるから」

言葉尻はか細くなってしまったが、ほんとの兄ちゃんにも言ったことのない言葉を伝えた。
まだ若い自分には似合わなすぎて、変な感じはしたが、ケージャの喜ぶことをしたかった。

案の定、兄は俺をどさりと押し倒す。
興奮と感動の瞳に見つめられ、俺は唇を重ねられた。

「ユータ……俺もだ。お前を誰よりも愛している」
「……うん。知ってるよ。ありがとう、ケージャ…」

気持ちを確かめ合い、何度も口づけを交わし肌を重ね合う。

ああ、最後になっちゃうんだなぁ。こうするのも。
俺は不思議と静かな波間に揺られているように、ケージャを受け入れていた。



二人の営みは、せつなく燃え上がるような一夜だった。
俺は兄の、ケージャのものなんだと再び知るような瞬間がたくさんあった。

夜中目を覚まし、トイレに行こうとした。
ご丁寧に別室には洗面所とともに併設されていて、俺はそこに向かう途中に小さい仏壇みたいな場所を発見する。

仏壇というよりは、小さい神棚みたいなスペースだ。ちょうど隣に置いてある酒瓶を目にして、俺は一転して阿鼻叫喚になる。

「あっ、ああー!!」

急いでベッドに戻り、うつぶせで寝る広い小麦肌の背中を揺さぶった。儀式用の入れ墨が施してある兄は、まだ眠かったのだろうか、ゆっくりと目をこすりながら開けた。

「どうしたのだ、ユータ。もう少し一緒に眠ろうではないか…」
「いやいややばいよ兄ちゃん、起きて! 俺達、御神酒捧げるの忘れちゃったよ!」
「…………あっ」

長である兄が珍しく口を開けて動きを止める。
俺達は急いでまた神棚に向かった。

「ああ、俺としたことが。営みのことで頭がいっぱいになってしまった」
「どうしよう、ケージャっ。先にお酒のことやってから、だったよね? まずい? 儀式失敗?」

もう今までにないぐらいの絶望と焦りが襲う。こんなしょぼいミスで全部おじゃんになったら、島の皆や長老に顔向けができない。

真っ白になっていると、ケージャは俺に向かいしっかり頷いた。

「案ずるな。今からやれば問題ない。また営みをすればいい。さっきのは前戯だ、前戯」
「ええっ。そんな適当でいいのかな。……ま、まあとにかくしょうがないか」

島の神様許してくれと思いながら俺と兄はまず神棚の大きな瓶に酒をたっぷりと注ぐ。
その後、それを挟むようにして置かれた二つの杯に、それぞれ御神酒を注いだ。

あらかじめちゃんと酔わなくする薬も口にいれ、あとは一気に酒を飲み干す。

「うっ……げほっ、ごほっ」
「大丈夫か、ユータ」

めちゃくちゃ度数が強いというか、辛すぎて味がよく分からない。
むせてしまうと兄が背を擦ってくれた。

とりあえずお供えを終え、俺は忘れていた用を足した後、またベッドに戻った。
目が冴えてしまったのか、兄はどこかを見つめながらあぐらをかいていた。

俺に気づくと腕を広げ呼び込み、素直に中に入る。
俺達はしばらくそこで暖まっていた。

「……ははっ」
「ん? なぜ笑うのだ」
「だって、こんなときでもおかしい事起こっちゃって。俺達らしいよね」
「ふむ。そうだな。確かに面白いかもしれん。お前といると飽きることがない」

満足げに笑むケージャに頭を撫でられる。
それはこっちの台詞だよと思いつつ、なにか幸せを感じた。

その後、元気な兄によって俺はまた抱かれる。
儀式の行方はかなり心配だったが、それを一瞬丸々忘れてしまうほど、ケージャの腕の中は心地がよかった。

やっぱり兄ちゃんは、俺に一番の安心と愛情を与えてくれる人なんだな、と思ったのだった。





翌朝、俺達は儀式の舞台へと向かった。
もといた部屋の奥には扉があり、通ると上へ続く長い階段がある。
これで聖地精霊の丘の中腹部に到着するのだ。

時刻は朝五時ぐらいだろうか、場にはすでに神官と長老、統括者の面々、ラウリ君、医師と助手も待機していた。

「ほっほっほ。昨夜はどうじゃった? 言わんでも分かるぞ。二人の血色がとてもいい」
「ああ、素晴らしかったのだが、ひとつ懸念がーー」

ケージャが御神酒のことを話すと、長老は俺達を「そそっかしい奴らじゃ」と笑ったが、問題ないと言われすごく安心した。

先生と助手が近くにやって来て、最後のチェックをする。
手をかざし体の内部を色々と見られるも、異常はなかったそうだ。

「儀式の間何かが起こっても、私達がいるから心配はない。躊躇なく挑んでくれたまえ」
「はい!」

俺はハツラツと挨拶をし、気合いを入れた。
するとラドさんが俺達の前に現れる。今日は島の男らしく裸の腰巻き姿だ。

「ケージャ。約束しろ、幸せになると。そして俺のことも忘れるなよ。いつまでもお前の親友だ!」
「ああ。忘れるものか。お前は何者にも変えがたい魂の友だ。俺もお前の幸せを祈っている。一番の船乗りになるのだぞ」

二人は熱い言葉を交わしたあと、互いを抱きしめ合っていた。
ガイゼルも仏頂面で近づいてくる。

「おい。やっといなくなるのかお前。島のことは心配するな。いつか俺が統治してやる」
「ふふっ。その前にエルハンより強くなるのだな。……お前には力がある。ここで終わる男ではないと俺は思っているぞ」

頑張れよ、的な感じで兄に肩を叩かれると、奴は舌打ちをしていた。
様子を見ていたルエンさんも長に頭を下げる。

「お疲れさまでした、ケージャ。貴方に出会えたことは私の一生の宝物です。どこに住んでいてもお二人の幸せをお祈りしています」
「ルエン。お前の心遣いに感謝する。男くさい統括者らの中でお前は安らぎを与えうる存在だ。皆を支えてやってくれ」

真面目に話す兄に彼もしかとその気持ちを受け取った様子だった。
そしていよいよ側近のエルハンさんがやってくる。
彼は敬意を示し、すぐに兄の足元にひざまずいた。

「部族長。三年間ご指導頂き、そして碧の民を先導して頂きありがとうございました。私は貴方の勇気ある決断を心より支持します。どうか……ご達者で」

彼は言い終わった後、その場に立ち深くお辞儀をした。
しかし兄は彼の肩に触れ、そのまま両腕を広げて抱きしめる。
側近は予想外のことだったのか驚きに目を見張った。

「エルハン。お前がいたからこそ俺は今日まで走り抜ける事が出来た。世話になったな。これからの島と民を守ってくれ、頼んだぞ」

兄に背中を叩かれエルハンさんはうっと感情がこみあげてきたようだった。堅く熱い男同士の抱擁を交わし、皆もそれを見て感慨に耽った。

長老がケージャの前に立つ。
息子のゴウヤさんとはもう挨拶を済ませたらしいが、兄は長老に深く礼をした。

「ムゥ婆。今まで世話になった。俺はこの島に来たことを後悔していない。皆に出会えて、ユータとも婚姻を結べて、幸せな日々だった。ありがとう」
「ああ、こちらこそ、ありがとう。ケージャ。お主がこの島にやって来たことは、神からの贈り物じゃ。お主とユータは強い絆で結ばれておる。きっとまたいつか巡り合うじゃろう」

俺達にこっそりと告げ、微笑む長老の言葉は、俺とケージャを笑顔にさせた。
俺はそれから兄に向き合い、逞しい胴に抱きつく。

「兄ちゃん、大好きだよ」
「ああ。ユータ。俺もお前が大好きだぞ。二人の心はいつでも繋がっている」

しばしそうして二人の世界に入ったあと、俺達は前を向いた。
すべての挨拶をすませ、いよいよ各地区のリーダー達が円上に腰を下ろす。

ここは四方を木目に囲まれており、厳かな神社の境内のような雰囲気だ。
神棚の大きい版みたいな祭壇が近くにあって、そこでも御神酒やら供物が捧げられている。

「では、そろそろ儀式を始めるとする。伝説の夫婦を媒介に、運命の存在の誕生を祈るぞ、碧の民たちよ」

え? 媒介?
そんなこと言われると怖いけど、目的はそれなのだ。

伝承の達成は運命の者による島の調和を導き、長老一族の不運を取り除き、人々に未来永劫の幸福をもたらすーー。

そのために俺達兄弟は、これまで頑張ってきたのだ。
そして無事に、元の世界に帰るために。

照明が落とされ、無数の蝋燭に火が灯る。
周りには祈祷を始める神官ら、そして祭壇の前には白装束で呪文を唱え出す長老、対角に同じく詠唱するラウリ君がいる。

エルハンさんを含む統括者達はあぐらをかいて座り、皆で手を繋げる。
彼らのパワーを集めるように、真ん中に俺と兄が向かい合って正座をし、頭を垂れて目を閉じる。

(運命の存在、来てください。皆を救ってください。俺と兄ちゃんを、日本に返してください)
 
念じながら、俺はケージャを見た。
すると目をつぶっていた兄が、ぱちりと開く。口もとに微笑みを浮かべ、頷いた。

これが終わればケージャは消える。俺達はもう、何度もお別れをした。だから覚悟は決まっていたが……揺れそうな気持ちをこらえる。

儀式は想像よりも長く続いた。
時々目を開けて周囲を確認したが、皆集中して目を閉じ、動かない。

長老とラウリ君はもろ憑依されたかのように一心不乱で祈祷している。
一時間近く経っただろうか、そろそろ正座の限界を感じていると、長老の雄叫びが轟いた。

(えっ? なにこれ……体が……動かねえっ)

金縛りにあったみたいに、天井から光が一本俺達の間にずしんっと落とされた。
突然ケージャが前のめりになり、俺に手を伸ばす。

兄の大きく武骨な手に力強く握られた。
それは最後の挙動だった。

「ユータ……っ」
「……ケージャ? どうしたの!」
「お前を……愛しているーー」

消えそうな声が耳に届く。俺達は手を握り合ったまま、意識を失った。
兄の別人格は、その時に消えた。



しばらくして、俺は目を覚ます。

「奥方殿、しっかりしろ! ーーお前も、起きるんだ!」

混乱する声が降り注ぐ中、屈強な男達に囲まれていることに気づいた。
ラドさんが安堵したように俺を抱えてくれていた。

「……兄ちゃんは……」

呟いた後、近くで倒れている兄の体をエルハンさんが支えていることに気づく。

「部族長! 目を覚ましてください!」

彼が必死に起こそうとすると、やがて兄は目を開けた。俺もすぐそばに近寄る。

「……な、なんだ。皆して……。あ、ああ。そうか……儀式……中か…?」
「兄ちゃんっ!!」

俺はたまらず兄の首に勢いよく抱きついた。
ケージャは消え、兄が戻った。
その事実が胸をしめつけ、ただ兄の体にすがりつくしか出来なかった。

「優太……大丈夫だ。俺がここにいるぞ。泣くな」

優しい声でぎゅっと体ごと抱擁してくれる。
俺はまだ泣かなかった。ケージャは消えてしまったが、そんな感覚はせず、心には兄達に対する熱い炎のような想いが生きているだけだ。

「皆も、心配かけたな。さあ続きをしよう。あいつからバトンタッチだ。ケージャの思いを今ここで叶えるぞ」

力をみなぎらせ、兄が俺とともに腰を上げる。
仲間達も頷き合い、一同が集まった。するとすっきりした顔立ちの長老が歩み出てくる。

「ほっほっほ。皆の者、よくやった。儀式は成功じゃ。しばらく待つと、その存在が降臨するだろう。……ワシは、最後の瞬間ケージャを見た。あいつは意識の元で、ワシに挨拶をしてくれたぞ」

その言葉に、俺はふいに我慢していた涙がこぼれてしまった。
ケージャらしい、最後まで長だった強い男だ。

ありがとう、もう一人の兄ちゃん。
俺達のこと、ずっと近くで見守っていてね。

心の中でメッセージを伝え、俺は兄に寄り添う。
兄は俺の顔をのぞきこみ、何か言いたげに頬を指でそっとなぞっていた。

「ラウリもよくやった。お前の力が大いにワシを助けてくれた。ここに来るのじゃ。仕上げを行う。ジルツ先生も来てくれ」

長老が二人を呼び、俺達の前に並ばせる。
そして兄の腕輪に手を伸ばした。先生も同じことをし、同時に難しい言語を唱えた。

すると精霊の涙と名付けられた雫型の宝石が、装飾もろともパリン!と壊れる。二人は俺の首もとのネックレスにも同様に行った。

粉々になり消えてしまったペアの装飾品は、精霊力を使いきり役目を終えたらしい。本当に聖具だったのだ。

皆の前では言わなかったが、これで完全に俺達から精霊力は消えてしまったのだろう。
儀式用だった身体中の入れ墨も跡形もなく消え去っている。

「ええと、運命の者ってほんとに来るの? どっから? まさか俺の腹からじゃないよね、はは」
「ふむ。ではラウリ。ワシと最後の共同作業じゃ。いくぞ」
「はい、長老!」

元気よく返事した装束姿の少年は、祭壇の前の空間に向かって祖母とともに詠唱を始める。
俺に向かってじゃなくてよかった、と思っていると、皆も後ずさり後ろのほうで彼ら呪術者を見守った。

俺と兄が固唾を飲んで待っていた時、辺り一面が青色の光に包まれた。近くには渦をまいている穴のような空間がとどまり、中心にはより大きな円が生まれる。

俺達はそこに現れた存在を見て、言葉を失った。



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