夫婦になった兄弟 | ナノ


▼ 45 最後の宴 (兄視点)

「ーーだからな、考えてみたら優太があいつに多少惚れんのもしょうがねえんだよ。だって俺格好良いし、めちゃくちゃガタイもいいもんなぁ。俺はあいつじゃねえけど、あいつは俺だから。そういうことだろ、要は。なあエルハン。ハハハ!」
「はい、その通りですケイジ。私からしてみれば、貴方も今や立派な長。今日の最後の狩猟ではお一人で立派に巨獣を仕留めました。どうか落ち込まないでください」
「おいお前なに慰めモードになってるんだ。そんなに俺が惨めか、あ?」

ひきつった笑みで難癖をつける俺とエルハンは、狩猟後テントに入り、杯を交わしていた。
同じく裸体に腰巻き姿の側近は、俺が相手だからか「ちょっと飲みすぎですよ、部族長」と苦笑を浮かべやんわり制していた。

簡易的な家具も置いてある広いテント内には、他にも二人の男がいた。南地区のラドと北地区のルエンだ。
今日は儀式前の重要な狩りだったため、統括者が集まっている。

「ケイジ。あんまりエルハンをいじめるな。こいつもお前達がいなくなるのは寂しいのに気丈に振る舞っている。俺もだけどな」

肩を抱いて優しく囁くラドに、ため息を吐いて酒の杯を見つめる。

「分かってるよ。お前らも最後ぐらいケージャに会いたいよな。だから俺も頑張ってるんだけどな…」

皆はあいつが消えることを知らない。
これほど慕われている男だ。さらに悲しませるぐらいなら、知る必要のないことだというのはあいつと同意見だった。

「確かに会いたいし、俺達もケージャの悲願である儀式に出てほしいさ。でも人格交代は自由に操れないんだろう?」

ラドが腕を組んで悩みながら尋ねる。俺は素直に頷いた。
あいつに主導させることは、三年間世話になった自分の努めだとも思っていた。

すると金髪色白の美男子ルエンがおもむろに呟いた。

「うーん……どうしたものか。話によると、衝撃を受けることが有効ということでしたよね? ケイジ」
「ああ。だが色々試したが無駄だった」
「そうですか……ああ、こういうのはどうでしょう。男と口づけを試みるというのは? あなたは島の男なのに男性嫌いですし。奥方殿をのぞいて」

良いこと考えついた的な顔で明るく提案する青年に、俺は血の気がなくなる。

「お前、バカか……? よくもそういうアホらしいことが思い浮かぶな。誰がんなことするか、一生戻ってこれなくなるわッ」

叱責しても奴はあまり効いておらず頭を傾げていた。
しかし冒険心旺盛なラドは膝を叩いて急に俺に向き直る。

「いや、待てよ。それいいかもしれないぞ。もう何でも試してみたほうがいい。しょうがない、じゃあ俺がーー」
「なっ、お前、部族長に何をする気だ! 許可なく接吻などしてはならない!」

側近が過剰に反応してくれて助かったが許可なんて出すわけがねえ。

「じゃあエルハン、お前でもいいよ。さあやれ」
「……お、俺はあの方を心からお慕いしているがそういう気持ちになったことはない! お前こそ、出来るのか? おかしいだろう!」
「俺は別に親友のためならば何でもやるぞ。お前ケージャへの愛が足りないんじゃないか?」

二人が喧嘩をし出して俺は本格的に頭を抱えだす。
発端のルエンは楽しそうな笑みで奴らを眺めていた。……ある意味辛気くさいムードにならないでいるのはよかったかもしれないが。

「おいてめえら、静かにしろ! もうすぐ優太が来るんだ、長の命令だぞ!」

先の宴の予定をあげ、声高に命令する。
奴らの動きもぴたりと止まった。しかしちょうど、テントの幕が乱暴に開かれた。

待ち遠しい俺の弟じゃない。
そう足までびっちり入った全身入れ墨男の風貌でわかった。

「うるせえな、大の男達がぴーぴーと。お前ら、俺抜きで先に乾杯か? いじめかよ」

くっくっ、と怪しく笑いながら黒髪オールバックをかきあげ、ガイゼルが入ってくる。
ルエン以外、皆の殺気が一瞬漂った。

だが俺は決闘でこいつを下し、雑用係にしていた過去もあるため全く恐れはない。

「よう、ガイゼル。お前は一匹狼かと思ってな、気を遣ってただけだ。さあ座れ、お前も俺達の一員だからな」

俺が上から目線で促すと奴は舌打ちをついたが、大人しく床に腰を下ろした。皆は少し驚いたようだが、奴は面倒な奴で最初は憎んでいたものの、宿敵がかぶってることもあり、ある意味シンパシーを感じないでもない男だった。

「今日は最初で最後の、島の統括者勢揃いの日だな。めでたいめでたい。これまでの禍根は忘れ、皆飲もうぜ」

俺は長らしく杯を掲げる。
奴らも凛とした顔で頷き、それぞれの杯を合わせ打ち鳴らす。

その光景を見たとき、俺はようやくこの島での責務を終えるのかと実感が湧いた。

「んで、ケイジ。お前あいつになりたいんだろう? こんなのはどうだ?」

平和に酔いしれていたのもつかの間、奴は突然黒い腰巻きからナイフを取り出し、急に俺に向かって突き出してきた。俺はすんでの所で頬を傾け、場が騒然となる。

「ひいいッ! うおっ、てめっ、あぶねえだろ何すんだクソ野郎ッ」
「はっはっは! 酒に酔って油断するお前が悪い。……あれ? でもおかしいな、人格変わってねえじゃねえか」

本気で不思議そうにするガイゼルにエルハンが恐ろしい形相で迫った。

「貴様……ッ、最後までそのような長への無礼、何も反省していないのか!」
「してなかったからこんな努力しねえよ。お堅い野郎だな。この俺も力になってやろうとしてんだろ」

あっけらかんと宣う奴に皆は呆れて空気がまずくなる。
俺は奴の態度を笑って受け流した。

「はは。やんちゃな奴だなぁ、まあいい。俺は世界で一番心の広い男だ。許してやろう。最後だしな。でも俺はどうやらそこまでのショックは受けないらしい。今まで相当の修羅場をくぐりぬけてきたからな、主にお前らの長のせいで」

若干恨み節の俺の肩を、ラドが相手にするなといった慰めの顔で叩く。

「あー、そういやエルハン。お前に大事な話がある。俺が無き後は、しばらくお前に長を任せたい。長老からも許可は得た。きっとケージャもそう思っていることだろう」

告げると奴の表情がみるみるうちに赤らみ、目元を潤ませて頷いた。

「……ハッ。どうか後の島のことは私にお任せください、部族長。お二人の意思をきっと叶えてみせます……!」
「おいちょっとどういうことだ? 俺の出番はいつだよ、なんで最初からこいつって決まってるんだ、ふざけんじゃねえぞ!」
「はあ、ガイゼル。お前俺に負けただろう。決闘を申し込むのは原則ひとり一年に一回なんだよな? 島の掟だ諦めろ」

冷徹に切り捨てると奴は激しく悪態をついていたが、ルエンが「もう大人しくしてくれ」となだめていた。

奴が負けたときに今度はエルハンに手を出さないという契約を押し付けとくべきだったかと考えたものの、きっとこの側近なら完璧にいなしてくれるだろう。

俺よりもよっぽど長にふさわしい男だから、何も心配はない。

「本当に、寂しくなりますね。ケージャも、ケイジも去ってしまうとは。しかしそれほど奥方様への愛が深いということでしょう」

ルエンがまとめると、他の皆も深々と頷き、納得してくれたようだった。
その時だ。俺がいつも待ち望んでいた存在が現れる。

「うわっ。皆裸の男たちが集まってるよ。俺入りたくないなぁ、兄ちゃん」
「優太! そんなこと言うなよ、ほらこっち来い。兄ちゃんの隣座れ」

突然幕から顔をひょっこり出した弟を発見し、俺は嬉しく手招いた。
浴衣姿の優太はおずおずと輪に入り、屈強な島の男達に囲まれ少し所在なさそうにしている。

「皆そろって何話してたの?」
「ん? まあお別れの挨拶だな、言うなれば」

俺がそうこぼすと空気が一瞬暗くなる。優太の表情もだ。
でも奴らにも俺の弟に言いたいことがあったようだ。
とくにあいつの親友のラドは顕著なようで、改まって優太に向き直っていた。

「奥方殿。どうかケージャをよろしく頼む。あなたがこの島に来た時同様、あいつも新しい場所で何かと苦労があるかもしれない。あいつは強い男だ、心配はいらないだろうが、近くで支えてやってほしい。それと、ケージャを受け入れてくれたケイジと奥方殿に深く感謝する。我々は三人の幸せをここからずっと祈っている」

端正な顔立ちのドレッドヘアの男は、力強くその言葉を伝えきった。
弟はもしかして泣くのでは、俺ですら不覚にも少しぐっときた為そう思った。
でも隣の優太は毅然とした表情で頷いた。

「うん、ありがとうラドさん。ケージャのことは任せてね。俺達、大丈夫だから。ケージャも皆と別れるのつらいと思う。本当の島の男だからさ。でも決断してくれたんだ。俺と兄ちゃんは、その気持ちをずっと大事に、三人で生きていくから。ありがとう、皆」

弟の台詞は驚くべきものだった。
どんな気持ちで言ったのか、きっとつらく落ち込んでいるだろうに、落ち着いた声音からは読み取ることが出来なかった。

しかし優太の手が俺の手をそっと握る。
横顔がこちらを向き、笑みを作ろうとしている。
俺は我慢できず、奴を皆の前で抱きしめる。怒られなかった。

「わあ、なんだよ兄ちゃん。兄ちゃんが感極まってどうするの? ていうか皆にハグしてあげればいいのに」
「無理。お前が最優先だ」

二人のやるせない感情がもれていたのか、俺達兄弟には柔らかい眼差しが向けられていた。
色々あったが、俺はまたこいつが一番大事であると再認識をしたのだった。

仲間との本当の別れは、間もなくやってくる。
その前に俺は、島の人々にも長として挨拶をしなければならなかった。





夜になり、島の統治の中心部である東地区では、盛大な宴が行われた。
各地区から幹部や一部の島民が訪れ、儀式の成功が祈られる。

当日と同様舞を披露した女性達と優太には、大きな拍手が送られた。
俺は神妙な面持ちでそれを見ていた。感慨深さもある。

「あー汗かいちゃった。こんなの運動会ぶりだよ。兄ちゃんどうだった?」
「すげえ上手かった。きれいだったぞ、優太。ビデオに撮りたかったな」
「ははっ、絶対やだそれ」

はにかむ優太の顔の汗を拭い、また腕の中に閉じ込める。
弟はあいつのことを何も言わない。だからこそ俺は力を集めようとしていた。

「兄ちゃん、これからスピーチだね。大丈夫? 緊張するだろ。すごい人いるし」
「ああ。そうなんだよな。まあなんとかやるさ。ちゃんと見とけよ、兄の勇姿を」

奴の黒髪をくしゃっと押さえて笑うと、優太も「もうたくさん見たよ」と笑って背中を叩いてくる。

その笑顔でやる気を出し、俺はしばらくしてから野外の壇上に上がった。
海岸近くの開けた場所で、宴会をしていた部族民達がすぐに静まり返る。
遠くの波の音が聞こえてくるくらいだ。 

俺は緊張はしていなかったが、彼らの期待と熱気に満ちた視線を感じ、次第に何を言えばいいのか分からなくなった。

ケージャ、ここに立つのはお前のはずだ。早く出てこい。

「ーー碧の民よ。いよいよ伝承の儀式が目前となる所まで来た。この長い道のりを共に歩んでくれた皆には、深く感謝を捧げたい」

俺が現れてから三年間……と言おうとした所で、瞳をゆっくりと閉じた。真摯に生き、様々な経験をしたのは俺じゃない。

お前なんだ、ケージャ。

「…………」

何が起きたのか、一瞬分からなかった。
時刻は夜で部族が勢揃いしている。だがその顔ぶれと俺を最前列で心配げに見つめていたユータの存在で、すぐに理解をした。

「兄ちゃんっ、止まってる、なんか言ってっ」

焦る様子が可愛らしく、俺は演説中であったというのに笑いがこぼれそうになった。
奴に微笑んだ後、長としての精悍な顔立ちを作る。

「……ふむ。すまん。感極まってしまってな、一瞬台詞を忘れた」

仕切り直すと皆からどっと笑い声がした。温かい者達だ。
ユータの近くにいる俺の仲間も、きっと俺が戻ったと気づいたのだろう。熱い視線を交わし合い、本腰を入れる。

「皆の者。今日は少し俺の話をしたい。どうか聞いてほしい。……まず初めに、伝えなければならんことがある。俺は、儀式の後この島を去る。長の座を下り、妻の世界へ行くつもりだ」

はっきりと言葉にすると、皆から驚きと悲鳴にも似た声が上がった。
とくに共に戦ってきた男達は明らかな衝撃を受けている。

「勝手な決断だと思うかもしれない。だが、俺の生きる道はそこに続いているのだ。……三年前、自らのことも思い出せぬ俺を導き、救ってくれた長老、仲間、そして部族の皆。どれだけ支えになってくれただろう? お前達がいなければ、今の俺はいないと断言できる」
 
俺は彼らに心からの感謝を伝えたかった。
不確かな己の一方で、島への愛と人々への愛情は、いつでも嘘偽りのないものだった。

「俺は皆に、いつまでも笑顔で暮らしてほしい。碧の民として誇りをもち、周りに流されず、自分の信念を持ち続けてほしい。……それは、俺が皆から教わったことでもある。そして、妻のユータにも」

そこからは俺の視線は妻に向かっていた。

「ユータはどんなときでも夫である俺から離れず、一番近くで支えてくれた存在だ。家族と別れ寂しくも感じていただろう。それなのに自分よりも常に俺のことを考え、優しい言葉を、温もりを与えてくれた」

そう告げると、ユータの瞳は潤んでいた。しかし約束通り、懸命にこらえている。
いとおしさというのは、こういうものなのだと真に理解をする。

「俺の妻は懸命に儀式を達成させようと頑張ってきてくれたのだ。その献身に、俺はこの身をもって報いたい。……本当はただ愛しているからだけなのだが、愛はどんなことよりも強く輝いている。俺は単純に、止められないのだ」

ふふっ、と笑い想像をした。
ユータと一緒に行ければ、どれほど幸せな毎日だっただろうかとも思う。
だがもう、その想像だけで俺は満たされたのだ。
そのぐらい、今までの生を必死に生きてきた。

「だから碧の民よ。どうか俺達夫婦が責務を終えた後、この世界を去ることを許してくれ。後任の長はエルハンだ。俺は奴のことを島一番の戦士だと買っている。だから何も憂うことはない!」

声高に宣言し側近をちらりと見ると、あの堅物かつ優男が涙を流して手の甲で拭っていた。もっとも近い戦友同士、熱いものがこみあげる。

己の伝えたいことを言い終わり、俺はユータを呼びこんだ。一瞬驚いた様子だったが、こくりと頷いてそばへと上がってきてくれた。

「ケージャ! よかった……っ」
「ふふ。ヒヤヒヤしたか? 俺はいつでもお前のもとに戻ってくるぞ、安心しろ。ユータよ、お前からも一言島の民に頼む」

伝説の夫婦として、儀式の前の最後の仕事だ。
俺の妻はそのつもりだったのか即了承し、若いのに堂々とした態度で部族へと向き直った。

「ええと、皆さん。今日は集まってくれてありがとう。俺も碧の民の一員として、この日を迎えることが出来て嬉しいです。……最初はこの島にやって来て、かなり戸惑ったし、大変なこともたくさんあった。でもそれ以上に、皆との出会いや皆の優しさに、すごく救われました。本当にありがとう。お世話になりました!」

ユータは背を大きく曲げてお辞儀をする。
民の真っ直ぐな眼差しは奴をいつでも暖かく包みこんでいる。その光景は長として誇らしく、嬉しいものでもあった。

「……でも、ケージャを皆から奪ってしまってごめんなさい。俺は兄ちゃんとは離れられないんだ、本当に愛しているから。俺達は夫婦として伝説を達成した後も、ずっとずっと一緒に生きていきます。島の皆に恥じないように頑張って生きます! 出来たら応援してください! ……最後に、お世話になった長老とその家族、統括者の皆さん、そして先生達、ほんとにありがとうございました!」

長の妻として立派な挨拶を行ったユータを、人々から沸き起こる拍手の中、俺は感極まってその腕に抱いた。
抱き合う間も、歓声と拍手は鳴りやまない。

部族から俺達の願いが受け入れられたと、ほっと胸を撫で下ろしたのだった。

「さすがだな、ユータ。やはりお前の存在は強い。皆の心を完全に掴んだぞ」
「ううん。兄ちゃんの妻だからだよ。全部ケージャの力だ。ほら、皆を見て。俺達のこと祝福してくれてるよ!」

興奮したユータの目元にはきらりと光るものがあった。
俺はせつなさの中に強い幸福を感じとる。

結末がどのようであれ、人生の中でこのような瞬間が訪れることは誠に尊く、なによりも幸せなことだ。

きっとこのまま儀式にも挑めるだろうと思う。
その中で俺はケイジに対しても感謝の念が湧いた。あの時確かに、宿敵であるはずの奴から思いを受け取ったと感じた。 

二つの人格が予期せず、ユータという大事な存在を通じて、ひとつになったような瞬間だった。



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