▼ 43 どっちが好き ※
ケージャの希望通り、俺はその夜激しく抱かれていた。
もう何回もイッたのに、普通の男の体力を遥かに凌駕したマッチョな兄は、うつぶせの俺に肌を密着させ、腰を動かしていた。
「んっ、あ、あぁっ、もっと、ゆっくりっ」
「ああ、ユータよ、なんと快いのだ、お前の中は…」
「やぁぁ…! 兄ちゃん、そこだめえ!」
言うことを聞かない兄に腕をからめられ身動きが取れない。
耳に忙しない吐息を感じながら、止まらないピストンをされる。
「あ、あ、やぁ、い、イクよぉ」
「いいぞ、イケ、ユータ。とっても可愛いぞ、お前の声も、何もかも」
「や、やだ、ああぁっ」
このままでは兄のちんぽの奴隷になる。
そう思いながらも、知り尽くされた気持ちいい所を幾度となく責められると、俺はだらりと放心状態になるしかなかった。
「もう抜いて……イクの疲れちゃったよ」
「そうか? それはすまなかった」
素直にずるりと大きいものが抜かれる。
やっと息をつくと、後ろの兄がお尻をぎゅっと鷲掴んできた。俺は図らずも変な声を出してしまう。
「んあぁっ、なんだよ」
「いい尻だ。小さく形よいのに弾力がある。お前の体はどれも男を虜にするものだぞ」
普通にエロ親父みたいなことを言い出し俺の体を品評している。
「男? ふざけんなよ、兄ちゃんだけで十分だし!」
「ああ、もちろんそうだ。すまん、今の言い方は間違っていたな」
真摯に謝られて俺は振り向く。
俺はそんな尻軽じゃないとまだ腹立っていたが、反省した声だから許そうと思った。
しかし兄はにやりと笑っていた。
寝室の周りは蝋燭が灯っていて、小麦色の肌もくっきりと見える。
いかつい肩が迫ってきて、きゅっと引き締まった腰も目につく。
兄ちゃんこそ、すごく良い体だ。
どうして男で弟の俺なんかに、興奮できるんだとも思う。
「ユータ。怒ったか? 口数が少ない」
「……んっ。べつに……怒ってないよ」
キスをされ、優しくついばむ様が俺をなだめてるようだった。
そのまま体勢が重なりまたシーツの上に落ちていく。
この人絶倫だからまだするのだろう。
鼓動が鳴りながらも、兄だからある意味安心して受け入れるつもりだった。
「するの? ケージャ……」
「ああ。このままーー」
太ももの裏から、手で持ち上げられる。恥ずかしかったがしょうがなく、兄のものが宛がい入ってきた。
ぬちゅぬちゅとやらしく音を立てて奥に進む。
兄の腰も前進してきて、俺の中を確かめながら律動を始めた。
かと思ったら、急に腰を持たれ、そのまま背中に腕を回されて体ごと起こされた。
「ーーさあ。このままするか。どうだ? 気に入ったか」
「えぇっ? ちょ、座っちゃってるんだけどっ」
あぐらをかいた兄の上にちょこんと乗っている。対面のこの体勢はたぶん初めてではない。
でも前のときは、俺がまだ乱れてほぼ正気を失っていた時だ。
こんな風にごく至近距離で向かい合って、抱き合いながらするなんて。
「に、にいちゃっ、まって、動いちゃだめだってぇ」
「ん? ああそうか、ゆっくりだったな、お前のいいようにしよう」
優しく微笑み、囁いた後耳に口を寄せる。
耳をいとおしそうに愛撫され、力が抜けてきて兄の太い首に掴まった。
「あ、ぁあ、やぁ」
「うむ。すごくいい。お前を近くに感じる」
子守り歌のように話しかけるケージャは、さっきまでの激しさが嘘みたいにまるで恋人同士のように、甘く愛してきた。
俺はもしかしたら、こういうほうが好みなのかもしれない。
気遣われつつも兄の愛情を感じる。
なのに快感は変わらず強すぎて、つい口走ってしまった。
「ねえ兄ちゃん、好き……」
「……ああユータ。俺もだ。愛してるぞ」
一瞬驚いた兄が俺をまたぎゅっと抱き、恍惚とした表情で言葉にした。
俺は心から安堵を得た。
なぜだろう。今までのセックスとは何か違った。
どこか悲しみが漂っていたせいか、それとも兄の中に何かを見つけたかったのか。
しかし波乱はいつだって突然やってくる。
ぼうっとしていた兄の顔つきが、ピタリと止まった。
「あーそう……仲良くセックス中だったわけね、お前ら…」
怒るでもなく瞳だけ沈んだ無表情。
その口調から俺は血の気が引いていく。
うそ。こんな時に。
お互いに停止し、一転空気が張り詰める。
「あの、兄ちゃん…?」
声をかけると、兄は俺をゆっくりベッドに押し倒した。そのまま静かにブツを抜き、立ち上がって去ろうとする。
俺はふらつく腰を上げて追いかけた。
どうしよう、どうしよう。
俺は最低なことをした。完全に浮気現場を見られた心理に陥っていた。
「兄ちゃんごめんっ!」
「どうして謝るんだ? お前、俺のこともちょっとは好きなわけ?」
抱きついた背中が振り向き、兄らしくない拗ねた顔をされる。
「へっ?」
俺は素で驚く。
戸惑っていると、腰ごとひょいと抱っこされて露天風呂へ連れていかれた。
夜空は変わらず星々で輝いていたが、俺の心は渦巻いていた。
石で囲まれた温泉のそばで大人しくしていると、体を大きな手で隅々まで洗われ始める。
まるで最初に人格が戻ったケージャの時みたいに。
「ーー大体なあ、俺の体で俺の優太なんだぞ。なんで知らねえ野郎に根こそぎ奪われんだよ。消えるからって同情なんかすんじゃなかったわ」
ぶつぶつと静かに吐き出す兄が逆に怖い。
何も言えない俺にしびれを切らしたのか、急に手をとめて泡まみれの体を見下ろされる。
すると兄が強いキスをしてきた。
分厚い唇に覆われ、何度も顔を傾け、意志がこもった口づけをされる。
俺はそれで目が覚めていく。
「お前どっちが好きなんだよ。俺とそいつ。ちゃんと答えろ」
兄の強い眼差しに答えを急かされる。
所在なかった手をそっと腕に添えた。
「どっちも好き……」
消えそうな声で言うと兄の瞳が揺れる。
たぶん俺のも。
だって兄ちゃんは、本気じゃないだろ。
ケージャは本気で俺のこと好きって言ってくれるんだ。
胸の中で呟く気持ち。
俺はいつからこんな風に思うようになった?
もう一人の兄が消えて悲しいからか、寂しいからか。
もうすぐ俺をそんな風に好きでいてくれる兄が、皆いなくなるからか。
「どっちも好きだ……兄ちゃんが好きなんだっ。選べないよ……っ」
二人は違うようで同じ。
同じようで違う。
「でも、根本はやっばり同じなんだよ、俺には。どっちの兄ちゃんにも好きでいてほしい。わがままでごめん、兄ちゃん……」
自分勝手な本音を吐き出した。
兄の頬は赤みを帯びていたが、瞳はきゅっと拗ねていた。
「俺はすごく片思いしてる気分だ。分かるか優太。このせつない気持ちが」
まっすぐに見つめ合う。
俺はまだ信じられなかった。だってここは異世界だから。
期待をしてはだめだと思っていた。
「違うよ、両思いだよ」
伝えても、また切なそうに眉をひそめられる。
きっと二人とも疑っているのだ。
どうすれば証明できるのか分からない。
俺はそれからも湯が落ちるところの壁に押しつけられ、性急なキスを浴びていた。
兄はたぶん、敵対するケージャがいなくなれば俺への特別な気持ちも消えるだろう。
今はただ、悔しさとか嫉妬心があるだけだ。
それだけだ。
夫婦というおかしな関係に閉じ込められたから、それが解ければ俺達は元に戻る。
「じゃあ優太。俺達も子作りするぞ。あいつに負けてらんねーからな」
突然、吹っ切ろうとする笑顔が向けられる。
「お前には悪いが、やっぱ俺がこの手で踏み潰してーわ。そのケージャとかいう野郎。勝手に消えてんじゃねえよ。どっちが優太にふさわしいか、思い知らせてやりたいんだよ俺は」
向き合って、頬を指先でつるりと撫でられる。
「なあ優太。兄ちゃんのほうが好きだよな? な?」
また壊れたのかと思ったが、言葉の端々に自信の無さがうかがえた。表情も。
俺はそんな兄を抱き締めたくなった。
首に手を回して、自分からキスをした。
予想していなかったのか兄の動きが止まる。
「うん。兄ちゃんのほうが好きだよ」
本心とも言える言葉を告げた。
でも信じてない顔だ。
「二人とも、俺がもう一人の方を好きだと思ってるんだ。不思議だね、兄ちゃん」
ふふっと笑ってしまう。
気が触れたのではない。本当に可笑しかった。
二人がそれほど躍起になるのは、俺の兄への愛が十分伝わっているからだろう。
「ほら、俺は二人とも好きなんだよ。なんで分かんないのかな」
一人で答えを出して笑った。
そんな状態をやばいと思ったのか、兄に心配される。
「おい、優太。大丈夫か? すまん、俺……」
「なんで謝るの。兄ちゃんは俺のそばにいてよ。ずっと俺のこと見ててよ。離れたりしないで……」
湯気が立つ中、目を閉じて兄の体に腕を回す。
それは俺の初めての告白のような気がした。
段々と俺のほうがせつなくなってくる。
自分でも分からぬこの想いは、いつか兄ちゃんに伝わるのだろうか。
それとも海の泡のように、いつか消えてしまうんだろうか。
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