夫婦になった兄弟 | ナノ


▼ 39 トラブル

旅行一日目の夜は、ケージャは遠慮したのか、あれから何もしなかった。俺が子供のような反応を取ってしまったから気まずかったが、布団の中で体を抱えられ、なぐさめられることで安心してもいた。

この兄は俺とずっと一緒にいてくれると言った。
ということは、もしかして日本に帰る気持ちがあるのだろうか?
そう悶々と考えながら朝を迎えた。

「お二人とも、おはようございます。昨夜はいかがでしたか。さぞやお熱い時間をお過ごしになられたのでは?」

朝食後、セクハラまがいなことを言い客室に登場したルエンさんだったが、俺は笑ってごまかし兄を見る。

「ふっ、俺達は常にアツいぞ。それはそうと、ユータもたいそう宿を気に入ったようだ。なあ」
「う、うん。そりゃもう。……あ、そういえば今日は酒蔵に案内してもらえるんですよね? 俺酒飲めないけど楽しみー」
「ふふ。それはよかったです。この辺りはとくに水が清んでいて、島のお酒も大部分がここで作られているのですよ。飲みやすいものもありますし、ぜひ奥方様にも味見をしてほしいものです。……そうだ、今日は貴方の兄ではなくケージャですから、許して頂けますか?」

優雅に誘う美男子に、兄もまんざらではなく笑い声をあげた。

「そうだな。俺は奴ほど心は狭くない。少々酔ったとしてもこの俺が側にいるのだ。なにも問題はないぞ。はっはっは」

悪い大人達の笑みに少し引きながらも、俺もちょっぴり誘惑にゆらぎそうになっていた。 



俺達は出かける準備をし、さっそくルエンさんに連れられて村の酒蔵に向かった。
そこには大きな樽が作業場に並んでおり、厳つい男達が汗水流して働いていた。

彼らは俺達に気がつくと、皆元気に挨拶してくれた。
度数の強い酒から特産の果実を使った甘いものまで、ここら一帯で製造しているという。

織物もだが、島の酒や鉱物は外国にも輸出されるらしく、俺は島の生き生きとした人々の姿を見て感動を覚えた。

「ユータ。ほら、お前の好きな桃味だ。これなら飲めるのではないか?」
「ほんとだ、……美味しい〜! ほとんどジュースみたいだね。これここにいる間俺のお気に入りにしよっかなー」

異世界とはいえ俺は犯罪を犯した。兄が見たら卒倒するかもしれないと思いつつも社会見学の気分で試飲を楽しむ。

すると突然、奥のほうの倉庫から男の子の悲鳴と男性の怒鳴り声が聞こえた。
俺達は異変を察知し、すぐに向かっていく。

そこは壁一面に大量の酒瓶が並ぶ倉庫だった。
小学生くらいの少年と働く父親らしき人を見つける。

「何をしてるんだバカ野郎! どうするんだこれ、ああっ、大事な儀式で使う御神酒が……っ」
「うわぁぁんっごめんなさい父ちゃんっ!」

拳骨で頭を小突かれ泣き出す男の子を見て慌てて間に入ろうとする。
するとルエンさんが床に散らばる割れた酒瓶を呆然と眺めた。

「ああ、なんてことだ……これは参ったぞ。納品に限りがある特別品が…」
「申し訳ありませんルエン様! すべて私の責任で……っ」 

頭を必死に下げて謝る親子に事態の重さを感じた。
話を聞くと、どうやら父親の職場で手伝いをしようとした男の子が酒を落とし、棚にもぶつかってしまったらしい。

「ううっ……すみません……父ちゃんと部族長たちに良いとこ見せようと思って……っ」

泣きじゃくる少年がかわいそうになり俺は声をかける。
わざとじゃないのだから仕方がない。

「どうしよう兄ちゃん。まさかこの子のこと罰するとか言わないよね? 俺そんなの許さないよ」
「ふむ。まだ小さいとはいえ奴も島の男だ。どうするか…」

じろっと見下ろす長に少年の体がぶるぶる震えだす。
しかしケージャは口元をあげ、彼の前で腕を組んだ。

「ふん。そう怯えるな。失敗はしたが、親の手伝いをしようと思う心意気は立派なものだ。今度から気をつけるのだぞ」

少年は「は、はい…っ」と驚きと感涙で顔をぐしゃぐしゃにした。父親も同時に頭をさげて無罪放免となる。

「部族長。旅行を楽しんでいただくはずがこのような事態になってしまい、申し訳ありません。儀式まであまり時間がないので、御神酒の注文交渉へ早速私が向かいます。難航するかもしれませんがーー」
「いいや、俺が行こう。お前は忙しい。着々と準備を進めてくれ」
「えっ?」

その場の皆が驚き顔を上げる。
しかし兄は俺に少し申し訳なさそうな顔をした。

「すまんなユータ。せっかくの新婚旅行だったのだが。仕事が入ってしまった」
「う、ううん。俺は全然平気だよ。謝りに行くの兄ちゃん? 俺も行くよ! 長の妻だし!」

なんだか話からすると難しい相手みたいだし、人気者の俺がいれば許してもらえるかもしれないと安直に考え、ついていこうとした。

「ユータ……お前はなんと優しい人間なのだ、誇らしくてたまらんぞ。ふむ。よいだろう。本当は俺もお前と片時も離れたくない。……では行くか! 一日がかりになると思うが、船で出発するぞ!」

俄然やる気を出したケージャに手を引かれ、俺達は早速北地区の港に向かうことになった。
船って、そんなに遠くにあるのかよ。
びっくりはしたが、儀式のためだ。その特別な酒を手に入れなければ。





数時間後、俺達は木造の小型船に乗っていた。
季節は秋に入ったばかりだが、もともと寒い地域だし海上はさらに冷える。

目的地はここから船で二時間ほどの孤島だという。
俺は着込んでいたが、いまだに正装の半裸腰巻きの兄を心配した。

「兄ちゃん。やっぱ服着てよ。寒くて風邪引いちゃうってば」
「島の男は風邪は引かん。それにな、島民のいるところでは俺は常に長として強くいなければならないのだ。これから会う男の前でもそうだぞ。交渉では堂々とせんとな」

話は分かるけど今は船守さんだけだし、暖かくすればいいのにな。
まあ頑固だししょうがない。と諦めて兄の肩にもたれかかっていた。

しばらくして、標高の低い小さな島にたどり着く。
長さ数百メートルぐらいの本当にこじんまりした場所だ。
 
しかも長が来たというのに、誰も出迎えがなく、警護の者もいなかった。
桟橋に船をつけ、俺達は上陸する。
兄の意向でこちらも二人きりだ。さしでじっくり話し合わないと上手くいかない相手らしい。

「ケージャはその製造者に会ったことあるの?」
「いや、ない。彼らは島とは離れこの孤島で暮らしている。仕事の用や買い出し以外では、ほとんど出ないらしいのだ」

酒造に集中するためなのか、結構な変わり者という印象だ。
石造りの広い平屋の玄関で待っていると、いきなり乱暴に引き戸が開いた。

仏頂面で立っていたのは、無精髭の厳つい黒髪の男だった。
島の男らしく日焼けして屈強だが、半裸ではなくちゃんと甚平を着ている。

「何の用だ」
「突然の訪問を許せ。俺は部族長のケージャだ。こちらは妻のユータ。お前達に話がある」
「忙しい時にくるんじゃねえ。帰れ」

そう言ってぴしゃりと戸が閉められた。偉そうな兄の態度もあれだとは思うが、あまりに冷たい男に俺は愕然とした。

「ちょ、ちょっと兄ちゃん、今のおかしくない? ちゃんと自己紹介したよね? なんで俺達の威光が通じないの?」
「知らん。馬鹿なのだろう」

イラついた表情のケージャが大きく拳で戸を叩く。
すると怒り顔のさっきの男がまた現れた。兄が頭を下げると男の表情が変わる。

「すまん。儀式の大事な話なのだ。聞いてくれ、頼む」

真摯な兄を静かに見下ろし、男は舌打ちをして「入れ」と言う。
俺達はおとなしく感謝をして家の中に入った。

古い日本家屋を思わせる、質素な室内だ。居間の中央には炉があり、鍋から湯気が出ている。
男は名をゼツと言った。年は兄より年上の20代後半ぐらいだろうか。想像よりかなり若い。

茶も出さずにあぐらをかき、ひとまず話を聞いてくれた。

「ーーというわけなのだ。事故で御神酒を割ってしまった。大変申し訳なく思っている。可能ならば残っているものを売ってはもらえんだろうか」
「……なんだと? お前ら、あの酒を作るのに何年かかるか分かってんのか? そんな容易く手に入るもんじゃねえ。のうのうと壊したとか言いやがって。不快だ、帰れ!」

凄まれて俺はのけぞる。兄は険しい顔をしていたが、ここは俺の出番だと頭を下げた。

「お願いですゼツさん! あなたの御神酒がどうしても必要なんです、島の皆が一丸となって準備に勤しんでくれています、俺達は絶対に成功させなきゃなんないんです!」

本当は元の世界に帰るためだが、今は言わない方がいいだろう。
必死にお願いしたが、男はケチで首を縦に振らなかった。
焦っていると、奥から人影が現れた。

その人物の風貌を見て、俺は大げさに目を見張る。

「兄さん? どうしたのです、客人ですか…?」
「お前は来るな。向こうへ行ってろ」

強く言う男を変に思ったのか、細身の青年がやって来る。
着物を着て肌が白く、髪も若いのに真っ白だった。
瞳は赤く輝いていて、まつげもびっしり長くかなりのイケメンだ。

「うわっ、すっげえ綺麗な人だなぁ、まるでアニメの世界だよ。え、兄弟って本当ですか?」
「あーーあなたは、もしや奥方様では…」
「はいっ。そうなんです。あのあなたにもお願い聞いてもらえませんか、俺なんでもしますから!」

身を乗り出して頼むとケージャに腕を掴まれ怪訝な顔をされた。「簡単にそのようなことを言うな」とたしなめられる。

現れた美青年はカルミさんと言う人で、正真正銘この男の弟らしい。つうかこの島よく兄弟と会うな。もう兄弟の島なんじゃないか。

青年は優しそうな人で俺達に恐縮していたが、なぜか居間の奥の台所の柱に隠れていた。

「そうだったのですか。兄が失礼をーー。兄さん、御神酒ならまだあるだろう。差し上げよう」
「馬鹿言うんじゃねえよ、お人好しが。俺達が苦労して作ったものだろうが」

二人が口論する中、俺は彼が気になって仕方がなかった。

「あの、こっち来てくださいよ。座って話聞いてください」
「い、いえ、それは……私はこんな姿なので、失礼にあたります」

頑なな態度を俺は不思議に思い、兄に尋ねた。

「ケージャ、どういうこと?」
「あの者は島では見慣れぬ自分の容姿を気にしているのだ。聞いた話によると、幼少より目立つ風貌を親族が気に病み、祖父とともにこの孤島に移り住んだらしい。兄弟でな。そして元々酒造を行っていた祖父から独自の手法を学んだのだろう」

そんな生い立ちがあったとは。かなりシリアスな話だったのだが、カルミさんの赤い瞳は島では魔物の目と言われ、忌み嫌われていた。だから彼はここでひっそりと、兄とともに生活しているのだ。 

さらに肌が光に弱いため、外出は夜が中心と聞いて胸が痛くなった。

「ええっ、でも、カルミさんも島に来たいですよね? 色んな楽しいこともあるし、温泉も最高ですよ」
「それは……そうですね。でも兄が船で連れていってくれますから。島の端や海岸などに」

寂し気に笑う彼を見て、俺はお節介ながら納得できなかった。なんで悪いことしてないのに、自由に生まれた場所へ行けないんだ。

「いやだめですよそこだけじゃ、一緒に今度行きましょう、俺案内しますから!」
「ユータ。お前の案内は心許ない。俺も連れ立とう」
「ありがとう兄ちゃん!」
 
まだ若い俺が強引に決めてしまうと、段々と彼の表情が緩まる。

「奥方様……そんなに親身になってくださり、ありがとうございます。……本当は私も、色々してみたいです。遊びや、恋、勉強など……まだ17ですから」
「えっうそ、俺と近いじゃん!」
「こ、恋だと!? お前そんなこと一言も言わなかったじゃねえかっ!」

やけに反応して弟にショックを受ける姿がなにかデジャブを感じる。

よし。今までのことはすべて本心ではあるが彼らと仲良くなることによって儀式も上手くいくかもしれないーー。 
そんな下心をこの男には見抜かれていた。

「なんなんだてめえらは、気に入らねえ。……おい坊主。お前何でもするって言ったよな」
「おう。なんでもやってやるよ」
「じゃあうちの一番強い酒を飲め。全部飲み干せたら望みの物はくれてやる」
「えっ……? いやそれはちょっと。俺まだ16だし犯罪だし日本人だし。他のことにしてくれよ!」
「何言ってるんだ、お前もう成人だろうが。島の男なら簡単だろ?」
 
嫌味な笑いに奥歯を噛む。兄の言う通り大口叩かなきゃよかったと後悔していると、天使の美青年が助け船を出してくれた。

「兄さん、無理を言うな。彼はまだ若いし小柄だから危険だよ。そうだ、私と一緒に果実酒で勝負をしましょう。強い酒は、兄と部族長に飲んで頂いてはいかがですか?」
    
微笑みを向けられ一瞬安堵しそうになったのだが、いやそれはまずい。

「あのですね、うちの兄ちゃん酒強くないんです。だから…」
「おい、長が酒弱いってありえねえだろ。嘘つくんじゃねえよ坊主。じゃあ準備するか」
「では私は魚を焼きますね。ちょうど夕飯の時間ですし、お二人ともゆっくりおくつろぎください」

そう言い残し兄弟は勝手に行ってしまった。俺は青白くなる。

「兄ちゃん、ごめん…俺のせいで大変なことに」
「なにを言う、ユータ。今回の交渉、まとめたのはお前だ。連れてきてよかったぞ」

にこりと嬉しそうな笑みで頭を撫でられる。

「でも兄ちゃん、酒弱いでしょ。やばいよ…」
「俺は長だぞ。弱いものなどない。しいて言うならお前が弱味だ、はははっ!」

なんだか乾いた笑いに聞こえて余計心配になった。



その後、食事と酒は進んだ。
初めて会ったのに、二組の兄弟がにぎやかに時を過ごす。

カルミさんの魚料理はとても美味しく、俺は勝負のこともすっかり忘れていた。

「あー楽しいなぁ〜お酒ってこんなのなんだ。俺、なんも問題ないじゃん、あははは。みーんな問題なし!」

杯を掲げ、完全に酔っぱらう俺を兄弟の兄は白けて見ていたが、美青年は一緒に乾杯してくれた。

「奥方様。もうかなり酔っていらっしゃいますね。おかしいな、酒成分はほんの少しなんですが…まあいいか。あなたの姿を見ていると元気をいただき、悩みがふっとびます」

カルミさんに酒をつがれ、また飲み干す。

「それはよかったよ。ほんと大丈夫だって、俺がついてるからね! っていうかさ、ぶっちゃけ俺の兄ちゃんなんか二重人格なんだよ。俺たち兄弟なのに、伝説の夫婦なんだ〜!」

爆笑しながら隣の兄の肩を抱くと、なぜか奴もキテるのか顔を赤くして笑い「おう、そうだぞ!」と答えた。

目の前の二人がぴたりと止まる。

「どういうことだ? 兄弟って。おい坊主。お前は確か異界から来たんだろ?」
「うん! だから兄ちゃんを迎えにきたんだよ。なんか長になっちゃってたけどね。でも一緒に帰るんだもんねー!」

俺は完全に酔っていて馬鹿だった。
ケージャの反応など気にせずに言いたいことを言っていた。
一瞬あ、やべえと思ったが、返ってきた兄の言葉に衝撃を受ける。

「ああ。そうだな。一緒に帰るぞ、二人でな。ユータ」

俺に穏やかな笑みを向け、頭をくしゃりと撫でてくる男。
事の重大さに気づかず、俺はやったー!と叫び抱きついた。

「お前ら何をわけの分からねえことを……勝負も明らかに俺達の勝ちだぞ」
「いいじゃないか、兄さん。お二人は本当に仲がよくて楽しそうだ。久しぶりのお客さんだし、お土産に御神酒をもたせて差し上げよう」
「ちっ。お前はほんとにお人好しだ」

こうして俺達の知らぬ間に問題は解決していた。
普通に夕食と乾杯をしただけのような気もするが、彼らの好意により今晩は泊めてもらうことになった。

俺は兄より酔っていて別室の布団につぶれて寝そべる。
運んでくれたケージャが俺に寄り添い、髪を優しい手つきで撫でた。

「んん〜……なんか飲みすぎちゃったよ。もうしないから許して兄ちゃん……」
「ふふ。俺のそばならばよい。少し休め」

心地よい声音に包まれて目を閉じようとした。
まだ兄は寝ないのだろうか。穏やかな顔で俺を見下ろしている。

「ケージャ……?」
「ユータ。俺のことが好きか?」

驚き目をぱちぱちしようとするが、重くて出来ない。
やたらと静かな兄が気になり、俺は素直に頷いた。

「好きだよ、ケージャのこと好き」

伝えると兄が笑む。
だがそのまましばらく動かなくなった。
暗くて表情があまり見えない。

「……どうしたの? ケージャ……」
「今なんか、言ったか……お前」
「だからケージャが好きだってば、あはは。話聞いてないの兄ちゃん。何回も言ってるでしょ」

俺は子供のように兄の腕を手繰り寄せ笑った。
しかし兄の反応は恐ろしいものだった。

「なんだと…? 優太、……ここどこだ? っていうか、お前まさか酔ってんのか?」

顎をぐっと掴まれて褐色の鋭い瞳に見つめられた。
俺は一気に酔いが覚めそうになった。



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