夫婦になった兄弟 | ナノ


▼ 38 北地区

数時間後、俺達は北地区に着いた。
完全にお忍びだと思っていたのだが、正門前で多くの島民たちが出迎えてくれていた。

浴衣姿の老若男女から拍手や歓声を受け、気恥ずかしく思いつつ広場までの花道を通る。
先頭で待っていたのは、金髪長身の色男ルエンさんだった。

兄は彼と握手をし、俺はなんとプレゼントまでもらった。

「ようこそ奥方様、部族長。お二人の新婚旅行先に我らの北地区を選んで頂き光栄です。これはこの地区原産の織物でございます。お気に召されましたら皆も喜びます」

彼は俺達に染物を作っている人々を紹介してくれた。島民が着る服や装飾はほとんどこの地で作られているらしい。

「うわぁ、こんな綺麗な服もらっていいんですか? ありがとうございます」

俺の好みを周知してくれたのか、男物の碧色の甚平ですごく嬉しい。

そういえば、ここはやっぱり少し寒い。
長袖が二枚ぐらい必要なほどで、さっき厚着しといてよかったと思った。

お辞儀して皆に挨拶すると興奮気味な笑顔で応えてくれた。

「奥方様、あとで若者達で歓迎の舞を踊ります。ぜひ宴を楽しんでいってください!」
「この地区は温泉街なのです、ゆっくりお湯に浸かって癒されてくださいね」
「おお〜そうなんですか、絶対何回も入っちゃいます、ありがとう。躍りも楽しみだなぁ」

俺が話すたびに皆が沸き、かなり歓迎されてるのがわかる。まるで芸能人になったみたいで、島に着いたときの感覚を思い出す。

「兄ちゃん、俺ってこんな人気者だったんだな」
「当然だ。お前はこの島の宝であり、皆の希望の星なのだ。それに各地区から婚姻の儀に参加できた者はごく僅かなのでな。皆一目見ようと集まってくれたのだろう」

人々を優しい瞳で見るケージャは長らしく答える。しかしすぐにその眼差しは細められ、俺に向けられた。

「島民達の前に出るのも俺達の仕事だ。だが安心しろ、ユータ。二人で過ごす時間もたっぷりとあるぞ」
 
意味深な言葉を囁かれて、どぎまぎしたのだった。



ここは肌寒い気候のせいか、しっかりとした石造りの家屋が並ぶ。
島の東や南は南国風の木造住居、西は洋風なツリーハウスとそれぞれ特色があっておもしろい。

その後俺と兄は北地区を観光した。
碧の島は本来貿易以外、あまり外との交流がない。島の文化や遺跡を保護するためだが、たまに訪れる仕事関係の外国人のために、ここは景観を良くして温泉や宿屋でもてなしているそうだ。

だからケージャもしばし日常を忘れ、ゆっくり過ごすのに丁度いいと選んでくれたのだろう。
わくわくしながら石畳を歩いていくと、目の前に滝が連なったような源泉が流れ、壮大な光景に目を奪われる。

「うぉっすっげー! なんか日本思い出すな、俺達のとこにもこういうとこあるんだ。家族で毎年温泉旅行行っててさ〜」

柵にもたれながら何気なく話すと、隣がしんとなった。
あっ……まずい。ケージャは何も記憶ないのに無神経だったかと汗が出る。
兄は少し寂しげな笑みで、俺を見つめる。

「ほう。そうか。お前の国にも温泉がたくさんあるのだったな」
「う、うん。えっと…」

いつかケージャも連れていきたいな、と言おうと思ったが出来なかった。
すると兄が静かに口を開く。

「お前の…母親と父親はどんな人なのだ?」
「えっ? ケージャ、興味あるの…?」

初めての質問に驚くと、兄はこくりと頷いた。

「ああ。俺の、と言っていいかは分からんが……親のことは気になる。俺はずっと一人だったからな」

源泉を眺める兄がどこか寂しげで、俺は思わず腕を握った。

「もう俺がいるでしょう? それに、もちろんケージャの親だよ。この世に二人しかいないんだから。……ええと、お父さんは背が高くてのんびりした感じかな。考古学者だから冒険とか好きで運動もできるけど、全然怖くなくて優しいよ。お母さんも明るくて背が高くて、おもしろい人だよ。最近はアイドルにはまっちゃっててさー、やっと元気が出てきたっていうかーー」

半分懐かしみながら家族のことを語った。
ケージャはあまり多くを聞き返さなかったが、きちんと考えてくれていた。

記憶もないのだから実感は湧かないかもしれない。
でも待っている人がいるのだということを知ってほしかった。

俺達の親はきっと、あんな性格だしケージャを受け入れるだろう。
たとえ二重人格でも帰ってきたら嬉しいはずだ。
俺だってそうなのだから。

そうだ。
ハッピーエンドになるにはもう、この兄も連れ帰るしかない。
少しずつ、こうして話すことによってケージャの気持ちを解せるかもしれない。

まだ兄ちゃんの気持ちを聞いてもいないのに、俺は勝手にそんなことを考え始めていた。





夜は村の宴会場で楽しく催しが開かれた。
ご馳走やこの地区ならではの舞を披露され、皆とても暖かく迎えてくれて素敵な時間を過ごした。

そうして俺達は、休暇の一日目を北地区の高級旅館で終えることになる。ここはなんと、あの人の実家という話だ。

「なんだこれ、俺こんな贅沢な部屋泊まったことないよ! ほんとにいいの? 兄弟でこんなとこ!」
「ふふ。そんなにはしゃいで可愛いな、俺の妻は。当然だ、俺達の記念すべき夜のために、ルエンに頼んでいたのだ。一等よい部屋を用意してくれとな」

俺は走り回り広い内装をチェックした。二人の離れも豪華な南国風コテージのようだが、ここは和洋折衷の雰囲気を感じる古風な空間だ。床も畳みたいだし、日本ぽくて落ち着く。

ここに来て二ヶ月ぐらいだが、そろそろホームシックになっていたのかもしれない。

それから早速露天風呂にも入ることにした。
二人で入るには巨大すぎる長方形の浴槽で、水と夜空の間に浮かんでるみたいに幻想的だ。

「はぁ〜最高だこの温泉。見てみて兄ちゃん、森と川と源泉が一気に目に入るね。照明が灯されててすっげえ綺麗だよ」
「そうだな。ここは本当に素晴らしい。だが、お前と一緒だからこんなにも美しく感じるのだろう」

手拭いを乗せた俺の頭を、そっと撫でて笑う。
俺は素直に兄の近くに寄り添った。
裸の肩をぴたりとつけ、一緒に景色を眺めた。

「ユータ。俺はお前とずっと一緒にいたいと思っている」

突然兄はそう言った。俺は顔を上げる。
さっきの話のせいなのか、やたら真剣な顔を向けられドキドキする。

「一緒にいるよ。ずっとそう言ってるだろ? 俺がここに来た時から」

俺は兄の手を探して繋いだ。するとちゅっと顔が近づいてきてキスをされる。
温泉の温かい湯気に包まれながら、俺はもっと熱い体温を感じた。




ケージャは俺を抱きかかえ、簡単に体を拭き、そのまま布団の上に運んだ。
今日もするのかとは思ったが、旅行の気合いの入れ方からして、やっぱり俺は抱かれた。

最近は初めの頃のように、大袈裟に変な気分にはなったりしていない。
そのことをこっそり側近のエルハンさんに尋ねてみたのだが、体に精霊力がどんどん溜まっているのだという。
つまり俺は、兄と交わるにつれて、心も体もある意味落ち着いてきたのだろう。

「んっ……は、ぁ……にい、ちゃ…」

薄暗がりの中、裸にされて身体中を愛撫され、息も絶え絶えに横たわる。
兄は俺の下半身に口をつけ、またそれを含んだ。
なんでそんなことするんだと思ったけど、俺も所詮ただの高校生で気持ちよさには抗えなかった。

「うっ、……ぅう!」

ドクドクと精液が溢れ出す。それは一滴残らず兄の唇に吸われていく。
褐色の短髪をかかえ、浅く息を吐くと、広い小麦色の肩が起き上がった。

「もういいから、ケージャ…」
「抱いてほしいか? ユータ」
「ぅ、うん…」

優しく胸に抱きよせられ、また唇を重ねる。

この人は兄であって兄でない。
この時間はなおさらそう思うようにしていた。だから素直に早く終わらせようとする。気持ちいいけど恥ずかしさが募るからだ。

「その前に、俺から提案があるのだが」
「なに?」
「俺の逸物を舐めてみるか」
「……はっ?」

俺は声が低いほうじゃない。だけどすごく低い声が出た。
一気に熱が冷め、ふつふつと怒りがわいてくる。
だが兄はむしろ自信ありげに俺に微笑みを向けていた。

「ばかじゃねえのか! 調子のんじゃねえ! なんで俺がそんなことすんだ、ばーかっ!!」
「……なっ、どうしたのだユータ、突然そんなに怒りだすとは。夫婦ならば何らおかしい事ではないではないか」
「おかしいに決まってんだろ、俺未経験なんだぞ、なんで兄ちゃんのちんこなんかっ!」

甘いムードも一転、涙目で立ち上がる。
何に怒っているのか、自分でも分からなかった。動揺か単純な怒りか、未熟さか。
普通に言う兄の言葉がなんかショックに感じた。

感情のままドアを開け放ち、廊下に飛び出る。
だが兄は当然追ってきた。焦り俺の前に出て抱こうとする。

「兄ちゃんには普通なんだ、俺知ってるんだからな、中学からいつも彼女いたんだ、だからこんなことも何回もやってんだろ、全部知ってんだよ俺は! そういうとこもムカついてたんだよっ!」

僻み根性丸出しで叫んだ。
しかし問答無用で抱き締められる。胸をどんどん叩くが離れなかった。

「俺ではない、俺はそんなことしないぞ、ユーターー」
「うるせえ! 兄ちゃんだ! それなのに俺にこんなことしやがって……っ!」

閉まっていた感情が爆発する。涙が滲む目尻をなぞられた。

「すまん、泣くな、もう言わん、大丈夫だ」

そんな声出せるのかというほど優しい声音になだめられ、だんだん恥ずかしくなってくる。
この兄には関係のない話なのに。
そもそも俺にだってなんにも関係ない。

「お前は兄が好きなのだな、ユータ」
「……別にそんなんじゃない」

前はこんなこと感じなかったのに。
好きとか嫌いとか、分からない。兄弟だから大事なのは当たり前だ。

「どうせ兄ちゃんは、日本に帰ったら俺のこと忘れちゃうんだよ。優しい人だから。だから今こんなことしても無駄なんだ……」

俺はケージャに何を言ってるのだろう。
もうすぐ儀式が近づいてきて、隠していた不安をさらけ出してしまったみたいだ。

「俺は忘れたりなどしない。この気持ちは永遠に変わらん。お前だけだ」

兄の大きな手が頬を包み、まっすぐと言い聞かせるように伝えてくる。
俺はまるで子供のようにじわりと目を潤ませた。

「……本当に?」
「ああ。お前のそばから離れたりしないぞ。俺の心はずっとお前のものなのだ。最初から、最後まで。……俺はお前にそれを分かってほしい」

せつなく見つめる兄の瞳。そっと顔を撫でる指が心地いい。

兄として望んでいたはずなのに。
その言葉が嬉しいと感じてしまった。
俺はおかしい。



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