夫婦になった兄弟 | ナノ


▼ 37 小旅行

ケージャの宣言通り、俺達夫婦は数日の休暇をもらい、いわゆる「新婚旅行」に出かけた。兄弟なのに馬鹿じゃないかと思うが、もう一人の兄がしたいというなら俺は反対しなかった。

今日は秋の月三日目で、儀式まで三週間ぐらいしかない。兄はガイゼルを西地区の統括者へと戻し、ラウリ君も今は長老のもとで儀式にむけて修行をしているようだ。

皆が着々と準備する中、主役の俺達が遊んでていいのかとは思ったが、ケージャにもゆっくり俺と過ごす時間が必要だったのだろう。

「ユータ! 俺の相棒は中々速いだろう、怖くないか?」
「う、うん、大丈夫だけどお尻がちょっと痛いっ」
「ははは! ではもう少しゆっくりにするか、もうすぐ大滝に着くぞ、そこで休もう!」

上機嫌に馬に似た動物の手綱を握り、森を駆け抜ける兄ちゃん。
後ろに乗った俺は必死に兄の胴に掴まり、振り落とされまいとしていた。

こんなふうに二人だけで島を移動するのは初めてだ。
目的地は比較的近い北地区らしいが、道中ケージャは色々俺に見せたいものがあるようだった。

住居を出発した後、二時間ほどで大きな滝の前に着いた。
岩場が囲む水辺に俺達は座り、持ってきたお弁当を開いて食べる。

森に出かけたことは何度かあるが、大自然を楽しむ目的で兄と過ごすのは正直心が躍った。

「はぁー。こういうのいいよね。狩りとかもないし。それになんだかここ涼しくない?」
「ああ。この島は地区によってだいぶ気温が変わってくるのだ。これから向かう北地区はもう少し冷えるぞ。だがお前の暖かい服も持ってきたから心配ない」

にこりと笑って頭を撫でてくる兄に、俺も安心して頷いたのだが、しばらくして兄は立ち上がり、なんと滝が注ぐ川の中に入っていった。

俺に泳ぎの腕前を見せたかったのか、まだ元気が有り余ってたのか、得意気に泳ぎ出す。
久しぶりの姿を見つめていると、手を振って呼ばれた。

「ユータ、お前も泳ぐか?」
「ううん。俺泳ぐの下手だし。兄ちゃんも気をつけてね」

教えてやるとも言われたけど、俺は正直言うと水は兄の事故を思い出し、自分がそこに入ることも乗り気にはなれなかった。

だが昔から泳ぎが上手かった兄の姿を再び見て、ほっと安心し嬉しくもなる。

しかし、兄が深く潜ったのか突然裸体が見えなくなった。
俺はきょろきょろ探したがやがて恐怖に陥り、立ち上がった。

「兄ちゃん? ちょっと、大丈夫かよ!」

待っても上がってこなかったため、急いで水に入ろうとする。ひ弱な自分に出来ることなんてないが、俺は兄が溺れたんじゃないかとパニックになった。

「兄ちゃん! どこ行ったんだよ!」 
「ーーぷはっ、……どうだユータ! かなり長く息を止めたぞ! 実は俺は島で一番巣潜りがうまいのだ!」

浅瀬のすぐ近くから突然小麦肌の茶髪の男が現れて、俺は叫び声を上げた。
その台詞にほんとにこの人馬鹿じゃねえのかと激しい怒りに襲われた。

「何やってんだよバカ! 兄ちゃんが死んだの俺トラウマなんだぞ、信じられねーアホ兄貴っ!!」

自然に涙がにじむ俺は下半身が水に濡れながらも奴に抱きついた。
ケージャは驚いた様子だったが、すぐに自分の愚かさに気づいたようで俺を抱き締めた。

「す、すまん。お前を泣かせるつもりはなかったのだ。許してくれユータ。……そうか、俺は海で一度死んだのだったな。……お前をたいそう悲しませてしまったのか」

しんみり話す兄の胸板から顔を上げる。
前にも俺は本当の兄に対し、いなくなったことを責めたことがある。
そのとき兄も俺に申し訳なさそうにしてたが、ケージャがそれを認めて俺に共感してくれたのは初めてだった。

「……いや、ごめん。兄ちゃんのせいじゃない。……でももうバカなことすんなよ、俺また泣くからな」
「ああ。二度とお前を泣かせたりしないぞ。誓うぞユータ」

真剣に言い、俺の頬を拭う指が温かい。何の記憶もないはずなのに、後悔すらも浮かべたその眼差しは、今までになく俺に寄り添ってくれるものだった。

その後ケージャはなにかと俺に話しかけ、明るい雰囲気を取り戻そうと頑張っていた。

「そうだ、俺がなぜここにお前を連れてきたかったかというとな、この滝には古くから言い伝えがあるのだ。共にこの場所を訪れ、滝の水を直飲みすると恋人たちは永遠に結ばれるとーー」
「え? なにそれ、水を直飲み?」

突拍子もない伝説を俺はまず訝しむ。けれど兄の目はきらきらと輝き、それを完全に信じ込んでいるようだった。
俺は天気のいい午後に、豪快な音とともに流れ落ちる滝を見つめて喉をごくりと鳴らす。

いつもの自分なら「んな危ないこと無理に決まってんだろ!」と即跳ね返すはずだ。
しかし今の俺は信じられないことをする気になっていた。

「しょ、しょうがないなぁ。ケージャってほんとロマンチストだよね。じゃあやってあげるよそのぐらい」

そう言って立ち上がり、岩場に沿って滝に向かって行く。
さっきパニックになった恥ずかしさを払拭したい気持ちもあったのかもしれないが、最近なぜこんなにもこの兄の思いを無視出来ていないのか、ほんとに不思議だ。

しかしケージャは慌てて俺の腕を掴んだ。その顔は驚き混じりに笑っている。

「ふふっ。お前はなんとも男気のある男だ。お前の愛と勇気に感動したぞ! しかしな、俺も大事な妻をそんな危険な目に合わせるつもりはない。……そこでだ、近くに手頃な場所を発見したのだ。さあついてこい、ユータよ」

自信ありげに俺の手を取り、そこから少し歩いた森のすぐ傍に到着した。
草木が茂る中に4、5メートルほどの小さめの滝が流れている。鳥の声に爽やかな風がきもちよく、穴場といった感じですごく綺麗な場所だった。

「うわあ、兄ちゃんこんなとこ見つけてくれたの。すっげえきれい〜。俺あの大きいのよりこっちのほうが気に入ったよ。でもここで願い事は叶うのかな?」
「俺は同じ水だから構わんと思ったのだが。なんだ、お前も本気で俺と永遠に結ばれたいと思ってくれているのか?」

少年のような笑みではにかまれて、俺は顔がぼっと熱くなった。

「兄ちゃんがそう言ってたからだろーがっ」
「ははっ。そうだな。でも俺は素直に嬉しいぞ。お前と一緒にここに来れたことが」

手をぎゅっと握られて気づけば見つめられている。
顔が近づいてきたかと思ったら、ケージャは俺にキスをした。
自然に受け入れた俺は、少し切なくなる。

「なあ、ケージャ。……ケージャって、俺のために色んなこと考えてくれてたんだね。この場所もそうだし、あの離れだって。……どうして会ったこともない俺のこと、そんなに想ってくれたの。それに……ほんとに俺でいいの、ケージャは。俺はただの弟だけど……」

この人の気持ちが気になったのも初めてな気がするが、兄の笑みは俺を優しく見つめていた。

「ああ、もちろんだ。俺はお前を一目見たときから、あの海岸でお前を目覚めさせた時から、お前への愛情を強く持ち始めていた。無意識に繋がりを感じていたのかもしれんな。しかし言っておくが、俺のは無論兄弟以上のものだ。とにかく待ちわびた者が、お前でよかったと心の底から思っているのだぞ、ユータ」

急に涙もろくなった俺は兄に抱きついた。

「兄ちゃんっ!!」
「おおっ、俺の愛の告白がそんなに心に沁みたか。かわいい奴だ」

頭を撫でられて言葉もなく甘える。
俺はずっと前からケージャにも弟だと認めてほしかった。俺達が前よりも歩み寄れているのは、こうして互いの気持ちが成長したからだと思う。

その後、俺達は二人で滝のそばに行き、水を口に含んだ。
効果なんて知らないが、大事な思い出にはなったと感じる。

「ふうー。楽しかったなぁ。じゃあそろそろ出発する? ケージャ」
「ああ。その前にユータ、小便をしておけ。この先は地形的に北地区まで一気に駆け抜けるのでな」
「わかったー」

促されて水もたっぷり飲んだことだしと、俺は兄に従った。
茂みにひとり入ろうとすると、なぜか兄もついてくる。

「ちょっと、あっち行ってろよ、一人でできるってっ」
「だめだ。お前がガイゼルに連れ去られたことは、俺にとって未だ止まぬ悪夢なのだぞ」

はっきりと言われて俺も少し反省する。
確かにそうだよな。今は普通に状況を受け入れて対応しているケージャだが、人知れず努力してくれてるのだと思う。

仕方がないから俺は樹木を挟んだ反対側で用を足していた。
兄が周りに気を配っているから安心してたのだが、少し離れた森の中に人影が映った。

え、まさかまた敵じゃないよな、と顔面蒼白になる。

「に、兄ちゃんっ、誰かいる! あそこ!」
「なんだとっ!?」

素早く出てきた兄のそばで急いで浴衣をしまっていると、その人影は部族の男だと分かった。
兄は、なんだあいつか、と胸を撫で下ろし、青年に手をあげて合図を交わしていた。

「ユータよ。あの者は俺達の護衛だ。こうしてちょうど良い距離で危険がないか見張ってくれている」
「……えっ、ええ! そうなのかよ、じゃあ俺達の恥ずかしいシーンとか全部見られたんじゃっ?」

違う意味でまた真っ青になると、兄は普通の顔で頷いた。
俺は恥ずかしくて喚きだす。安全のためだと理解はできるが、相当変なとこ見られたぞ。

兄はその間俺を抱きながらなだめた。

「別にいいではないか、俺達が仲むつまじいのは普通のことだ。……それにな、いつ俺がお前の兄に交代するか分からんだろう。そうすれば奴はお前を無事目的地には送れん。だから念の為なのだ」

腕を組み説明され、そうだったのか、ケージャ頭いいなと俺は感心したのだが。

「兄ちゃんに変わりたくないの、ケージャ」
「あたりまえだ。これはお前と俺の新婚旅行なのだぞ。義理の兄の入る隙はない」

むすっとした表情で断言している。義理の兄ってなんだよ。
おかしな表現につい笑ってしまった。

「なぜ笑う。……ふっ、まあいい。お前の笑顔はどんな景色にも勝るものだ。これからも俺にだけ見せてくれるのだぞ」

ケージャは満悦し俺の頭を優しく触る。
この人妙に前向きで不思議な人だが、俺は意外にもそんなところが嫌いじゃなかった。



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