夫婦になった兄弟 | ナノ


▼ 31 罠

今日はいよいよケージャの記憶を調べる日だ。
俺と兄は舞台となる丘の上の診療所にやって来ていた。二階にある研究室は黒のカーテンで覆われており、床には皆が神妙な顔つきで座っている。

「あー……落ち着かねえ……優太、ちょっとこっち来て」

浴衣姿の兄に呼ばれ、近くに正座していた俺は腰を上げた。
儀式を見守るジルツ先生と白装束の少年ラウリ君が段取りを話す中、いきなり兄は俺を抱きしめた。

「うわっ、どうしたの兄ちゃん。……もしかして、緊張してるのか?」

普段は飄々と恐れなど見せない兄の頑なな抱擁に、心配する。
しかし答えがなかったため、俺も背中をさすりながら受け止めていた。

信頼に値するラウリ君の呪術といえど、初めての経験だから怖いのかもしれない。無理もないよな…そう思っていると、静かにあぐらをかいている坊主頭の助手にじっと見られ恥ずかしくなる。

「ユータ。お前の兄は不安なのかもしれない。記憶を読むことで、ケージャにお前の心が寄ってしまうんじゃないかと」
「……ええっ? そうなの兄ちゃん」

驚きに目を瞬かせると、肩に乗っていた兄の額が上がり、鋭い視線で助手を見た。

「お前な。普段無表情のくせにあっさり俺の気持ちを代弁すんなよ」
「悪い」

二人のやり取りを眺める。俺は何も気づかなくて、途端に兄の気持ちが胸に響いてきた。

「えっと…なんて言えばいいんだろ。俺はそうなったとしても兄ちゃんが好きだよ」
「……優太くん。そこは完全に否定してくれない? 俺はお前の一番がいいんだよ。そう何回も言ってるだろう」

恨めしげな目付きで迫られ困ってしまった。
なんだかやたらと兄が落ち着かない。どうしたものかと思っていると、前屈みであぐらをかいていたガイゼルが声をあげる。

「おいイチャついてねえで、始まるぞ。しっかりしろよケイジ。ラウリの術は後でクるぜ」

不遜に笑む男を一瞥した兄だが、突然、ぐいと俺の背中を引き寄せる。
そしていきなり、口を重ね合わされた。皆がいるのに、五秒ほど熱いのをやられて目をひんむく。

「ん、んん! ばかやろー! なんで今するんだっ」
「念のためだ」

訳の分からない言い訳をした兄から、俺は真っ赤なまま後ずさり自分の位置に戻った。
ちょうど準備が終わったのか、少年が部屋の中央にいる兄の前に正座をする。
長髪の医師も他の者と同様、二人の周りに腰を下ろした。

「まったく、騒がしいな。儀式は神聖な気持ちで行うものだぞ」
「すまねえ先生。もう大丈夫だ。とりあえずの心残りはねえ」
「そうか。では始めようか、ラウリ」
「はい。皆さんは気を静めて、見守っていてください。ぼくはこれから部族長に呪術を用い、口寄せを行います」

いつもより大人びた顔つきの少年は、まず杯に入った酒を差し出して兄に飲むように言った。

とうとう呪術が始まってしまうのか。
俺は二人の様子に釘付けになり、やがて唱えられる心地よい声の詠唱に耳を傾けていた。

兄はぼうっとした表情になり、どこか遠くを見ている。
かと思ったら、急にがくりと肩を落とし、頭を下にうなだれた。

「ケージャ様。ぼくの呼ぶ声に、応えてください。記憶の海を、こちらにたどり着くまで、ひとり渡ってください……あなたが生まれてからこれまで、何が起こったのかすべて話してくださいーー」

ラウリの呼び掛けに皆がしんとし、集中している。
まるでテレビで見た嘘か真か分からない降霊術のようなのだが、程なくして信じがたいことが起きる。

瞳を閉じたままの少年が、微動だにしなくなる。
その時間がしばらく続いたため、俺も皆もやがて異変に気づき始めた。

「……えっ? なにこれ、普通? 大丈夫ラウリ君?」

思わず尋ねると彼の華奢な体はふらりと倒れてきた。そこで「…おい!」と叫んだのがガイゼルだ。
俺達が唖然とする中、奴は少年の体を腕に抱き止めた。

「どうしたラウリ、起きろ!」
「ちょっ、どういうことだよ、何か起きたのっ?」

尋常じゃない様子に俺もパニックに陥る。
これは通常の口寄せの状態ではないらしく、なぜか意識不明になってしまった二人を見て血の気が引いた。

「兄ちゃん起きてよ!」

兄に駆け寄って起こそうとするが、座っていた兄に触ると後ろに倒れてしまった。

「先生、どうしたんですかこれ!」
「待て、ユータ。理由は分からないが、術は上手くいかなかったようだ。……だが大丈夫だ、ケイジの心音はある。昏睡状態には陥ってるがーー」

いつもは冷静な医師が、眉を怪訝に歪める。
その時だった。ガイゼルが少年を抱いて立ち上がる。

「くそッあのババアがやりやがったんだ! お前ら行くぞ!」
「え? 待てってば、おい!」

いきり立つ奴を止めようとしたのだが、兄を調べていた先生も同様に立ち上がった。

「長老か。落ち着くんだ、ガイゼル。私の転移魔法で送ってやろう。セフィ、ケイジを運んでくれ」
「はい」

大柄な兄を持ち上げ肩に担いでくれた助手は、医師とともに俺達を呼び寄せた。
そうして二人の意識不明の者を連れて、皆で診療所を離れたのである。



すぐに見つかるか心配だったが、長老は普通に自宅住居にある長老室にいた。
俺達が木目張りの空間にいきなり現れたときも、お茶をすすって座布団に座り、まるで動じていなかった。

「おや、不躾な入り方じゃのう。男達が揃いもそろって。どうしたのじゃ」
「どうもこうもねえ! あんたの仕業だろう、ラウリの術が失敗するようにハメやがって! 早くこいつらを起こしやがれ!」

恫喝するガイゼルに長老は立ち上がる。眠っている兄と少年をひとまず床に降ろさせた。

「ふむ。まあよいが……ガイゼル、お前が来月の儀式にきちんと参加し反旗を翻さないと約束するなら、ラウリを目覚めさせてやろう」
「ああ!? なんだと!」

突然の脅しに奴だけでなく俺達も騒然としたが、奴は恐ろしい表情で睨みをきかせた。

「……はっ、あんた勘違いしてるみたいだな。儀式が上手くいけばケージャは消えるんだろ? 俺もそれを望んでるのさ。協力しないといつ言った」
「そうか。それを聞いて安心じゃが、儀式にのぞむ者達には、心からの信仰心が必要となる。お主にも島の伝説に対し、清らかな願いを持ってほしいのだ」

年長者らしく諭してきて、ガイゼルは苛立ちながら声をあらげた。

「クソッ、わかったよ、何でもいいから早くこいつを起こせ!」

奴の返事に長老は微笑んで頷き、倒れた二人をじろじろと見る。
孫のラウリに向かって手をかざし、呪文を唱えた。すると少年は、呆気なくぱちりと瞳を開いた。

「……ん…? ぼくは……」
「うそ! ラウリ君、よかったぁ!」

俺は衝撃を受けつつもすぐさま彼に近寄る。少年は記憶が飛んでいたようで場の状況に混乱していた。

「奥方様……あ! 部族長は……まさか、ぼくはなんてことを」
「お前のせいじゃねえ。長老に妨害されたんだ。全員見ただろう」

さっきの焦り様はどこへいったのか、ぶっきらぼうに舌打ちをするガイゼルに促され、皆が長老に視線を投げる。

「長老。これはどういうことですか? 私が思うに、あなたはこうなることを見越して、彼の体に結界を施していたのでは」
「ふふっ。その通りじゃ。罠にかかったのう、お前たち。ワシの知らんとこで悪巧みをするからじゃよ」

医師の指摘にも悪ぶれず佇んでいる。
さすがラウリ君の祖母で抜かりのない呪術者だと俺は寒気がした。
でも力で敵いそうにないならやっぱり下手にでるしかない。

「あのームゥ婆。裏でこそこそすみませんでした。だってあなたが色々秘密にするからですよ。……それで早速ですけど、早く兄ちゃんも起こしてくれませんか?」

手を揉みながらお願いする。長老は怪しく瞳を細め、なぜかラウリを見た。

「よいぞ。だが条件がある。ラウリ。お前がガイゼルと組むのはもう終わりじゃ。ワシのもとに帰ってこい」

言い放たれた台詞に少年は「……えっ?」と声を震わせた。
俺達もまさかの命令に予想を裏切られる。

「なんでだよ、今ラウリ君関係ないでしょ! ていうかさっきからしつこく条件出してんじゃないよ!」
「関係あるのじゃ。儀式にはワシの直系である呪術者ラウリが必要になる。我ら一族は再び結束を強くせねばならん。三年間お前の好きに出来たのだ、今度はワシの力になってくれるな? 可愛い孫よ」

なんだか言いくるめてる気がするが、優しい祖母の顔は少年の気持ちを着実に揺れ動かしていた。
儀式を確実なものにするという長老の強い意思は、すでにこの場の誰もが感じていたことではあったが。

「ぼ、ぼくは……」

浴衣姿のラウリは眠ったままの兄の近くにひざまずいた。
そして俺を見上げる。

「申し訳ありません、奥方様、未熟なぼくのせいで部族長がこんなことにーー」

泣きそうな顔で謝ったあと、彼はガイゼルに目を向けた。

「ガイゼル様。ぼくは、行ったことの責任を取らなければなりません。……長老のもとに戻ることをお許しください」

震える声で言う彼に心を打たれる。
何が起こってもずっと主のそばにいると誓っていたあのラウリ君が、自らにとって重大な決断をした。

個人的にかなり責任を感じていると、ガイゼルは腕を組んだまま口を開いた。

「馬鹿が。死にそうな顔してんじゃねえよ。別に俺は構わねえ、少しの間戻ってろ。……だがな、一度契約した以上、お前はずっと俺のもんなんだよ。分かったか、ラウリ」

低い声で言い放ったそれは、少年の瞳からぶわっと涙を流させた。
彼は立ち上がって奴の黒い腰巻きに抱きつく。文句も言わず受け止めるガイゼル。

二人を見てこちらもホッとした。なんだよこの不良男、結構良いやつじゃないか。

「ほっほっほ。ありがたいのう、皆が仲良くまとまってくれて。ではワシも鬼じゃないのからの、お前達が行った犯罪行為は不問にしてやろう」
「……それはよかったんですけど、ムゥ婆。てことはそこまでケージャの記憶を見せたくないんですか? いい加減俺も怒りますよ? 勝手に俺の兄ちゃんに何してんだよ、あと早く起こしてくれよ!」

俺は半分地を出して長老に詰め寄る。
そもそも俺達兄弟が儀式に参加しなければ島の未来はないのだ。
だがいくら強気に出ても、ムゥ婆は怯まなかった。

「案ずるな、ユータよ。お主の兄を起こす前にやることがある。ワシはそもそも記憶を読ませることが反対などと言ってはおらん。むしろ全てを説明する良い機会じゃ。……お主ら兄弟は、いくらワシが口で言っても信じてくれんだろうからな」

苦笑しながら手を後ろに組んで見上げてくる。

「ちょっ、それはそうですけど……やっぱ俺らが兄弟って気づいてたんだな、嘘つき!」
「気づいたのはお主がこの島に来てからじゃ。……まさか血縁だったとはの。でもそうでもしなければ、強い結びつきで打ち勝つことが出来なかったのかもしれんな…」

意味深に話す長老を訝しむ。
そこでまたジルツ先生が口を挟んだ。

「どういうことです? 何に勝つというのですか、長老。そろそろ私共にも話してくれませんか」
「そうじゃの、先生。儀式にはあなた方の支援も重要じゃ。運命の子が誕生する方法は、ワシらにもまだ未知なのじゃから。ーーではユータ。ケージャの記憶は、このワシが直々に見せてやるとしよう」

矛先が俺に代わり、長老が歩んでくる。
彼女は俺の額に手をかざし、難解な言語で詠唱をした。

どうしていきなりこんなことになったのか、急すぎて混乱するのだが、俺は次の瞬間、過去に飛ばされていた。



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