夫婦になった兄弟 | ナノ


▼ 30 味方たち

決闘の翌日は兄の戦勝会があり、「その座を防衛した勇猛な長」として、島の皆に祝われた。

俺は素晴らしい戦いだったと思うが、ケージャならばガイゼルにもっと楽々勝てるという前評判は確かにあったようで、皆に怪しまれないか少し心配になった。
でも結果的に兄の決闘は普段あまり見せない泥臭さ、人間くささの中に真に迫る感動があったなどと評価され、事なきを得たようだ。

ガイゼルも決闘はエルハンさんとした以来三年ぶりだったらしいが、部族長と互角に渡り合い成長したと、むしろ見直されたという。

「ふー、よかったよかった。兄ちゃんの立場は無事守られたし、ひとときの安らぎだよなぁ。あ、ガイゼル。図書室から頼んだ本持ってきてくれた?」
「……ああ」
「ありがとう。じゃあちょっとそこに座って」
「…………ッ、てんめえ……ッ……調子のんなよこのクソガキっ」

ぶち切れながらも中庭の椅子に腰かける俺の前で、小麦肌のマッチョが膝をついて四つん這いになってくれる。
俺は奴の入れ墨がはいった屈強な背中を、足置きにしてくつろいだ。

「なんですか? あんた、俺の兄ちゃんの腕に毒矢刺したよね。これはその時の復讐なんだよ。あっそうだ。せっかくだから勉強教えてくれよ。この字なんて読むの?」
「こっからじゃ見えねえよ! おちょくってんのかてめえ!」

最近島の文字や文化などを改めて知ろうと思い始めた勤勉な俺に、嫌々ながらもこの男は結構付き合ってくれていた。
出会いは最悪だったが、そこまで憎めない奴なのかもしれない。

でもこういう普段絶対敵わないガチムチを配下に置けるのはいい気分だ。
兄ちゃん、いい考え思いついてくれたな。 

そう感謝していると、離れの住居に噂の人間が入ってきた。

「優太ー。そろそろ飯食わねえ? ラウリ君が手作りしてくれるんだってよ。……んっ? ハハハハ! 何やってんだ、ガイゼル! お前ひょっとしてすげえいい奴か?」
「っせえ! お前が何でも言うこと聞けって言ったんだろが! 決闘の決まりは破れねえんだよ!」
「ーーわあああ! ガイゼル様なんてことを! 奥方様、ぼくが代わりを務めますからどうかこの体勢だけはお許しくださいませ……っ!」

主思いの少年ラウリ君にすがられて、俺は一時的に奴を解放してやった。幼い美少年にそんな酷いことをさせようなんて思ってはいない。

悪態をつきながら立ち上がったガイゼルに、兄が腕を組んで尋ねる。

「へえ。お前みたいなアウトローでも律儀に決闘の掟は守るんだな。そういやエルハンに負けたときも、なんか条件あったのか?」

にやっと意地悪な笑みの兄に対し、奴はだるそうに黒髪オールバックをかきあげて話した。

「ああ。俺が負けたら向こう三年はケージャに決闘を申し込むなと言われた。儀式の為だろうよ。……ははっ、俺もほんとに律儀だ。それを待ってお前に勝とうとしたのに、最後の機会も失っちまうとは」

自虐的に舌打ちをついている。
奴におずおずと寄り添うラウリを、その目力の強い金の瞳で見下ろした。

「お前、料理だと? 馴染んでんじゃねえよ。俺にも食わせろ」
「はいっ、もちろんです…!」

ぽっと頬を染めて答える少年を俺はほのぼのと眺めていた。
最初はどうなることかと思ったが、なんだかいい感じにまとまった気がする。



しかし、重要な問題はこれからでもあった。
俺達四人は、そのまま藁葺き屋根の住居内でラウリ君の作ったご馳走を食べながら、今後の相談をかねて話をしていた。 

「ねえラウリ君、エルハンさんには会った? 二人の雰囲気とか、大丈夫?」
「はいっ。兄上はとても優しくしてくださってます。ゆっくりお話も出来ました。それもこれもすべて、部族長と奥方様のおかげです」

彼は深々と礼を言い笑顔になる。父親のゴウヤさんや祖母のムゥ婆とも団らんできたらしい。

俺も彼の家族との再会に安心したが、とくに今は兄の小さい秘書のようなことをしているため、さらに大きなまとめ役である側近のエルハンさんの近くで、色々学ぶこともあるようだ。

「そっかぁ。せっかくならエルハンさんも呼びたいところなんだけど、ね…」

呟くと皆は神妙な顔つきになった。

「まあな。奴は信用に値する男だと思いたいが、俺に言ってないこともある気がするんだ。長老の思惑もまだ分からねえしな。……それに、少し仲は良くなってもあいつはケージャ寄りだろうし」

今度は兄がやや自嘲気味に話す。その意見には誰も反対しなかった。

「それは仕方ねえかもな。信奉度合いがすげえからな、あいつ。家族ぐるみで伝承伝承言われて育ってきたこともあるんだろうが、決闘に負けたことはでかい。ケージャのやつ、あっさり勝ちやがって、うさんくせえんだよ。俺はまだあの野郎を信用してねえ」

ガイゼルはわざと兄を見やって酒の杯をあおった。
兄は深くため息をつき、まっすぐと視線を落とす。

「はっ。何があったのか知らねえし、あいつを擁護するつもりもないけどよ。俺は今回分かったよ。長でいることって大変なんだな。常に強くなきゃいけねえしさ。……あの野郎はむかつくが、よくやってたわ」

同じく酒をぐびりと飲みながら兄が話す様子に、俺は驚いていた。
エルハンさんやガイゼルの上に立っていたケージャを、初めて認めるような発言だ。
兄の変化が強く感じられる。決闘のこともだが、最近の兄の成長を知ったら、ケージャはなんと言うのだろう。

四人でしっぽりお喋りが進んでいると、さらに驚きのことが起きた。
今日ここに集まったのは、妙な組み合わせのこの四人だけではないのだ。

「ほう。いい匂いがするな。私とセフィの分もあるのか? ケイジ」
「先生! もちろんあるぜ。突然呼んですまねえな。ほら入った入った。悪いラウリ君、大盛りご飯二人分お願いしてもい?」
「あ、はいっ」

長らしく少年に命じる兄だが、従順な側仕えの浴衣から伸びる腕を、ガイゼルががしりと握った。

「いや待て。お前ら異国の野郎だな? 何の真似だケイジ、聞いてねえぞ」
「んなメンチ切らずに落ち着けって、ガイゼル。二人は俺達の味方だ。まあまだ優太全裸事件とか細々とした遺恨は残っているが、長老のような巨大悪に立ち向かうには、彼らの強い力が必要なんだよ」

祖母への悪口を「あ、ごめんなラウリ君」と手を前にやって謝りつつも、兄は堂々と医師達を紹介した。
白衣姿の長い銀髪医師ジルツと、白いマスクをした大柄な助手セフィが並んで床の座布団に腰をおろした。

「君がガイゼルか。面と向かって話すのは初めてだな。君達の決闘、実にスリリングで楽しませてもらったよ。長には見事に敗北したがある意味島の必然でもあったのだろう。あまり気に病まずに伝承の達成に注力するといい」
「……ああ? 何様だてめえ生っ白い異国人が、喧嘩うってんのか!」
「おや、私は褒めたつもりなのだがな。では君の気分がよくなりそうなことをひとつ。我々は最近まで西地区にいたのだが、皆無法者に見えて統制がよく取れた働き者だな。リーダーである君の支持率も非常に高かったぞ。負けてもそれは変わらないようだ、誇らしいことだろう」

医師の言葉に俺はへえ〜と聞き入った。だがガイゼルは白けた顔をして「どんだけ慕われてようが力がなきゃ話になんねんだよ」と不満をこぼしていた。

兄の計画では、しばらくしたらガイゼルはまた前のように西の統括者として戻るらしかった。だがその前に、やはり俺達にはすべきことがある。

「それでな、先生。昨日の戦勝会でこっそり話したことだが…」 
「ああ。そうだったな。そこの少年……ラウリといったか。君が興味深い呪術を行うと。ケイジを使って」

丸眼鏡の奥の瞳を光らせ、少年に問いかけた。
するとラウリは真剣な表情で認める。

「はい。ぼくは正確にはケージャ様を呼び起こすつもりですが、口寄せの呪術を用い、話をお聞きしようと思っているのです」
「…えっ? そうなの? 今兄ちゃんだけど、ケージャを呼んだりできるの?」

俺が知らなかったと声を上げるが、それは勘違いなようで否定をされる。
彼は兄を眠らせた状態にして語りかけることで、自分にケージャの記憶を憑依させるらしい。

一見複雑だが人格をむりやり変えるわけではないと知り、兄は安心していた。当然のごとく戻りたくないようだ。
そもそも、交代の仕方もはっきりとは分からないままだけど。

「なるほど、本当にそんな芸当ができるというのなら、私達も見てみたい。伝承の儀式はもちろんのこと、この謎に包まれた「碧の島」に来た甲斐があるというものだ。そうだろう、セフィ」
「はい。長老の許可は下りないでしょうし、参加しない手はないでしょうね」

二人は各々頷いているが、俺もハッとなる。
そうだ。この秘密の呪術を行うことは長老一族には無断なのだ。彼らの秘密を暴くことになるからだ。

「どうしよう? どこでやればいいの兄ちゃん。邪魔が入ったらやばいよ」
「心配いらねえ優太。先生の医院でやろう。もしもの時も、二人がついててくれれば安心だ。あんた結界とかも張れるって話だよな?」
「それは問題ない。だが、確実な方法として「ユータの内診を行う」と言えば、護衛の者達も中までは足を踏み入れないだろう。だから安全だ、諸君」

ジルツ先生は自信のある様子で腕を前に組んだ。兄がそのワードにげんなりする一方で、排他主義者の男が納得のいかない声を上げる。

「おい待てよ、なにが安全なんだ? お前らが裏切らねえ証拠はどこにある。そもそもお前らはあの異国人ラドが連れてきたよそ者じゃねえか、それに産科医だと? こいつら男にガキができるとかいう、本気で頭のおかしい話を信じてんのかよ」

ガイゼルの客観的に見て正しい指摘に俺は黙ったが、銀髪の医師は態度を変えずに答えた。

「厳密にいえば、信じてはいない。だからこそ知ろうとしてるのではないか。子が誕生するかどうかも、まだ時間がある。いいか、明日で夏の月は50日になる。月の最後の日だ。翌日から秋の月が始まり、半分の25日目、満月が二つに並んだときに伝説の儀式が始まるのだ。……ふむ。二人の聖具を見たところ、性交回数の完成度合いは七割まできているな。これが満杯まで達したおりに何が起こるのか、君もいち部族民として見届けたくはないのかね?」

すらすらと語る先生の文言には俺も賛同したい。
でも明言してほしくないことまで言われて、思わず真っ赤になった。

「ちょっと先生、七割まできてるんですか今? ーーじゃなくて、兄ちゃんとの関係のこと皆の前で言わないでくださいよ、同年代のラウリ君もいるんですよ!」
「そうだよ先生。あー優太、恥ずかしかったな? ごめんな。まあ六割は俺が占めているわけだが、結構がんばったなぁ俺達も」

なぜか自慢げに話す兄がイカれたかと考えたが、性交の割合は兄とケージャで半分半分だと思うとは言わないでおいた。

「はっ。ラウリは気にすんな。俺ともやることやってるしな?」
「……あっ……はい、ガイゼル様…っ」

赤くなった少年の耳を指でいじって戯れる青年の図は、犯罪だとは思ったがこの島の慣習だからさっと目を逸らすしかない。

「でもよお、兄弟でマジでヤッてるとはな。偉そうな口叩くわりに、お前も相当な変態だなあ、ケイジ」
「そお? お前にだけは言われたくねえけど。お前ラウリ君に手出したのいつだ? 俺がエルハンだったらてめえ今生きてねえぞ」

また兄達が喧嘩ごしで悪い雰囲気になってきたため、俺は慌てて間に入った。

「俺達はいいんだよ、しょうがないだろ、自分達の世界に帰るためなんだから!」

啖呵を切って立ち上がると、隣の兄がやたらまじまじと俺を見た。なぜだか胸がざわつく。

「優太ぁ……んな寂しいこと言うなよ。別に帰るためだけにやってるわけじゃねえだろ? 俺達」
「えっ?」
「なんだよその意外そうな顔。……俺のこと好きって言ってくれたじゃん、お前…」

手を引っ張られて、あぐらをかいた浴衣の兄の膝に座らせられる。

「な、なにしてんだよ! 皆いるのに、離せってばっ」
「暴れんなって。なあ、あれ嘘だったの? 兄ちゃんに言ったこと」

台詞に驚愕していると、兄が呆けたような甘い笑みでこちらを覗き込んでくる。
どうしたんだ。気が触れたのか、この男。

「なに言ってるの兄ちゃん。う、嘘じゃないけど。どういう意味……」

意図せず温もりを感じてしまったからか、顔が熱く声が小さくなり、全否定できない。
気まずい俺のことを医師と助手、無法者と少年がじっと見ていた。

「ちょ、誰か突っ込んでくれよ! 別に俺達そういう関係じゃ…!」
「ユータよ。兄の気持ちを汲んでやれ。私達の前でいまさら取り繕うことはないぞ。なあセフィ」
「ええと……そうですね。自重は願いますが。俺今食べてるんで。ーーすまん、おかわり」
「あ、かしこまりました!」

坊主頭のマッチョな助手に、ラウリ君も思い出したようにせっせとご飯をよそう。
ガイゼルは肘をつき呆れたまま兄に声をかけた。

「おい。どうでもいいけどよ、ケージャの儀式はいつにすんだ」
「ああ、そうだな。俺は別にいつでもいいけど」
「ならば早速明日にしようでないか。ラウリ、君はいいかね?」

医師が尋ねると、少年もこくりと頷く。
どうやら準備はもう出来ているらしい。

「はい、分かりました。では明日、ジルツ先生の医院にて執り行いましょう」

彼の言葉とともに俺達も決意を固める。
ケージャの記憶を探ることで何が起こるのか緊張する一方で、俺はまだ強く抱えてくる兄の気持ちが気になっていた。



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