夫婦になった兄弟 | ナノ


▼ 29 決闘

今日はいよいよ兄とガイゼルの決闘が行われる。
俺は朝から島の女性達と炊事場にいて、島の伝統である「闘い飯」作りに参加していた。

「わあ美味しそう。それが奥方様の故郷の料理なのですか?」
「はい。ただの味噌汁とおにぎりですけど。兄ちゃんも大好きだし、力出して欲しいから」
「はあー、素敵だねえ。絶対に勝ちますよ旦那さまなら、あんなにお強いんですもの。ねえ皆!」
「そうよそうよ! 私達も応援がんばりましょう!」

一生懸命米を握っていると、割烹着姿の女性らの歓声が飛ぶ。
その気持ちが嬉しく、なにより俺達兄弟は孤独じゃない、こんなに支えてくれる人がいるのだと勇気づけられた。

完成した料理は午後に食事会で振る舞われ、その後場所は闘技場へと移る。決闘は日が落ちたあとに行われるため、長い一日となるのだ。

「どう兄ちゃん、美味しい?」
「うまい! まさかこの島で日本の食いもんが食えるとはな。お前俺がこの前「味噌汁飲みてえ〜」って言ってたの覚えてたんだな」
「そうだよ。日本の調味料はないから似たもの使っただけだけど、雰囲気は出てるでしょ。それに訓練の後は塩分ほしくなるもんね、おにぎりも塩だけでもイケるなぁ」

激励会での座敷で、隣の俺もばくばくと口に運ぶ。兄も笑って「今日すげえ食うな」と頭を楽しそうに触ってきたが、至って普通な様子だ。

俺は正直緊張で吐きそうだったが兄を見て自分もしっかりしようと思った。
部屋の中央にはエルハンさん含めた長老一族がおり、反対側には西地区のガイゼル達もいる。

黒い腰巻きをつけたアウトローな部下達に囲まれ、少年ラウリ君に酒を注がせて奴も上機嫌だ。
決闘前なのに飲めるほど余裕なのかと歯ぎしりをしていると、後ろの扉がふと開いた。

島民らの騒音に紛れ、肌の白い異国人二人が入ってくる。白衣を着た長い銀髪の医師と、ものすごく大柄な坊主頭の助手だ。

「おう先生、やっと来てくれたんだな。ここに座ってくれよ。助手のあんたも」
「やあ、ケイジ。遅くなってすまない、ぎりぎりまで西地区を探索していたものでね。……おや? しばらく見ないうちに、長としての貫禄が随分身についたな。一瞬どちらだか分からなかったよ」

天然的な発言に兄は憤慨していたが、医院の二人を見て俺もなんとなく安心する。俺の主治医である彼らはすでに仲間のような感覚だった。

「先生、来てくれて嬉しいです。さっそくお願いがあるんですけど、兄ちゃんに何かあったらすぐ治してくれますよね? 大丈夫ですよね兄ちゃん」

俺がすかさず丸眼鏡を覗きこんでお願いすると、彼は快く頷いてくれた。だが兄はいくらか呆れ顔で肩をすくめる。

「もちろんだ、ユータ。私もここで彼に死なれては困るのでな。儀式の行方がうやむやになってしまう。……それにしても長老は何を考えているのか、長が負けたらどうするのだ? 何か策でもあるのだろうか。なあセフィ」
「先生。今から闘う男の士気をくじくようなことは言わないほうが…」

いつもの彼らのやり取りに兄はぴきぴきと青筋を浮かべていた。俺も隣でなだめるが、長老の思惑については同じように腑に落ちないでいた。
四人でこそこそ話していると、兄がふと医師ジルツを見た。

「そういやあんたに聞きたいことがあったんだ。優太を助けに行ったときはついてきてくれて有り難かったんだが、どうやってこいつの居場所が分かったんだ?」
「あ、そうそう。俺も気になってた。先生すごいですよね、もしかしてムゥ婆みたいに予言者? 予知?ができるんですか」
「ああ、それか。そんな能力は私にはないさ。ただユータ、この間君の体をくまなく調べたたろう、全裸にして。あの時発信装置のような魔術式を埋め込んだのだ。するとどうだ、君がどこで何をしているかいまや私には丸見えというわけだよ」

色素の薄い瞳が知的に細められる。俺があんぐりとしていると助手の「何をしてるかまでは分からないでしょう、先生」というつっこみが入り、医師の「そうだな。すまない少し盛ってしまった」というふざけた返しも聞こえた。

俺より先にやはり過保護な兄ちゃんが切れる。

「て、てめえ……んないかがわしいモノを勝手に俺の弟に埋め込んだ…だとっ!? っていうか全裸ってなんだ? 嘘だよね? 許せねえッ……どうしてくれんだ今から俺決闘なんだぞ! もう頭の半分新たなストレスで占領されちまったじゃねえか責任とれコラッ、つうか今すぐその妙なブツ優太から取り除け! くそっ、どいつもこいつも俺の優太に好き勝手しやがってよおッ!」

ここにきて色々なものが爆発したのか兄が涙声で叫び始めた。
先生に触診をされたのは確かに兄がケージャだったときのため、あえて言わなかったのだがやはりショックを受けたようだった。

周りもさすがに気づいたのか部族民たちがざわつき始める。

「に、兄ちゃん落ち着いてっ、あっ、もう儀式が始まるみたいだよ、長老が立ち上がった! 皆移動するって!」
「ふむ。なにやらケイジのボルテージが急速に上がっているな。これは闘いに有利に働くのでは? また役に立つことをしてしまったか」
「そうだといいんですが……とにかく俺達も行きましょう、先生」

マスク姿の助手に押され、医術師も連れ立つ。
兄は決闘前なのにすでに興奮し発汗して俺の手を握り、ずんずんと怒りながら会場を後にした。





東地区にある決闘場は、浜辺にあった。広い砂浜に四角い土俵が作られ、周囲をしめ縄で囲むなど神聖な雰囲気だ。

辺りは儀式の準備をする部族民と、北地区のルエンさん、南地区のラドさん、側近のエルハンさんなど全ての幹部が集まり客席側に座っていた。

兄とガイゼルは決闘用の特別な勇ましい装具を身につけ、肌に民族模様のペイントまで塗られている。

手持ちぶさたでそわそわしていた俺は、紫色の着物をきて佇む長老に近寄った。

「今日はよろしくお願いします。ムゥ婆」
「おお、ユータ。楽しみじゃのう、お主の夫の勇姿が見られる時ぞ。しっかり応援してやるんじゃ」
「は、はあ。それはもちろん。……っていうか兄ちゃん、勝ちますよね? さすがに。はは」

俺は島の祈祷師で預言者でもある長老に探るように尋ねた。
医師の言うように、そもそも伝承の成功を一番願っている彼女が、長が負けるなんていう事態を許すわけがないと思っていた。

しかし長老は淀んだ黒い瞳で惑わすように見つめてくる。

「ほっほっほ。まさかお主、疑っておるのか。怖いのかユータよ。そして万一のときはワシがなんとかしてくれると思っておるのか?」
「それは、そのう……違うんですか?」

おどけて頭を掻いていると、ムゥ婆の目はにやりといやらしく細められた。金縛りのように動けなくなる。

「ふふふ……ワシには全て視えておる。お主はただ信じるのじゃ。自らの「運命の夫」をな。さてどちらになるのか。ほっほっほ…」
 
お得意の意味深な台詞に混乱する。
もしかしてピンチになったらケージャに替えてくれるのか?とも思ったが、そんな安易な考えは兄に対しても失礼だろう。

だから俺はいいほうに解釈することにした。
兄ちゃんは絶対に勝つ。あれだけ特訓したんだし、俺の兄ちゃんは昔から今までずっと強くて、どんな壁だって颯爽と乗り越えていく男なんだから。



それから日が暮れ始め、空が赤やけに変わる。
鳥達が鳴きながら大空を旋回し、俺達のもとにも風が届く。

部族の楽器が響く中、真っ白な装束をまとった長老の祈祷が行われた。
なにやら神妙に、土俵の外で頭を下げる兄とガイゼルの頭に植物の枝を振る仕草をし、詠唱をしている。
儀式の鉱石を打ち合わせたり祝詞を唱える長老は、やがて顔を上げた。

「ではこれより、「碧の島」の長を決める決闘を執り行う。東地区の統括者ならびに部族長のケージャ、対する西地区の統括者ガイゼル。両者とも神々の名において、その命をかけ闘うのだ!」

彼女の小さい体から低く覇気のある声が轟き、背筋がびくんっとなった。
俺は先頭の席に座っていたが、隣のエルハンさんを緊張して見ると彼も固く頷く。

土俵に礼をして入った兄とガイゼルは、互いに武器をもって相対する。
だが俺はすでに二人の険悪な様子にハラハラした。

「よお、いよいよだなあ。長を降りる決心はついたか? つうかなんだお前、今日はやけに気合い入ってんな。めちゃくちゃキレ顔じゃねえかよ。いいねえ楽しみだ。ははッ」
「……うるせえッ。俺はもうそれどころじゃねえんだ。お前みたいな小物に右往左往してる暇なんかねえんだよ、……ふざけやがって、あいつに手出すやつは全員ぶちのめしてやる! おらまずはお前だこの入れ墨チンピラ野郎ッ! かかって来い!」

どっちがチンピラなのか分からない態度で兄が喚き始めた。
どうしよう、兄ちゃんものすごいキレている。
さっきの一件のせいかもしれないが、冷静さが急速に失われているように見えた。

「ちょ、エルハンさん、兄ちゃんあんなんで大丈夫ですかね」
「……これは……良いことかもしれませんよ。私はケイジにもっと闘志を燃え上がらせてほしかったのです、これですよ奥方様…!」

ええっいいのか?
彼には特別な兄のオーラでも見えてるのだろうか。なぜか長を崇める顔つきで興奮し拳を握っていた。

「ほっほっほ。威勢のよい男どもじゃ。島の男はそうでなくてはならん。……ではーー決闘、始め!」

そんな雰囲気で始まっていいのかと思ったが、鐘の音がゴーンと鳴り、両者は武器を構え間合いを取り始めた。

今日のために短い茶髪をすっきり整えた兄は、さらに鍛えられたマッチョな体を屈め、褐色の瞳で見据えている。
対して黒髪オールバック、全身入れ墨で凶悪な体つきをしたガイゼルは足を大きく広げ前屈し、妙な構えを取った。

あのエルハンさんと同じ型だ。
息を呑む中、やつから先に攻撃をしかける。
曲がった禍々しいマチェーテのような武器を滑らかに振り回し、隙を見せない動きだ。

「はあっ! ……てやっ!」
「……くっ、……ぉらあ!」

兄はそれを長剣で受け止め、序盤の奴の容赦ない攻撃にもしっかりと対処し、そつなくいなしている。

「兄ちゃんすごい! これならいけるかも!」

剣術のことはほぼ知らない運動音痴な俺は、単純にも光が差してはしゃいでいた。
しかし二人の互角な攻防が続き、わずかに体勢を崩したガイゼルが土俵外を見やる。

「っち、やっぱ片手じゃ五分だな。ラウリ、もう一本よこせ!」
「はい、ガイゼル様!」

待機していた浴衣姿の小姓、ラウリは同型の武器を奴に投げ渡した。
俺は度肝を抜かれ「ええーなにそれ、いいのそんなことして!」と非難したが最初からそのつもりだったのか、ガイゼルは二刀流になりすぐに戦いを再開した。

「兄ちゃん俺も! 何かほしいもんあったら言って!」

叫ぶけれど兄に答える余裕はない。エルハンさんはこのままで大丈夫だと俺を制した。
さっきよりも手数が増え攻勢が増したガイゼルに、兄は攻撃を受け止めるのが精一杯できつそうに見えた。
不安がみるみるうちに増していく。

「エルハンさん、兄ちゃんはどうして盾とか使わないんですか、このままじゃいつか押されちゃいますよっ」
「……奥方様、盾を使うとどうしてもケイジの身のこなしを有効化できないのです。信じてください、彼はきっと、じきにーー」

長から目を逸らさない側近にやきもきしながらも、俺は必死に兄を目で追った。
すると次第に、ガイゼルの動きが少しずつ遅れていく。奴は防御よりも力で押すタイプなため体力の消耗が激しいようだ。

対して兄は奴の動きに慣れてきたのか、隙をついて攻撃を強める。
すぱん!と敵の上腕に刀が切りつけられ、鮮血が舞った。

「ぐッ」

ガイゼルが思わず膝をつく。ラウリ君の悲鳴が聞こえ、俺も覚悟はしていたものの本物の戦闘を実感して絶句する。

「へっ、やるじゃねえか。相当練習したなお前」
「あたりめーだろ……こっちだって命かけてんだ」

そう言う兄は、俺の目には動揺しているように見えた。
兄は確かに喧嘩とかには強いけれど、本来優しい男なのだ。大見得をきっても暴力は好きじゃない。
この戦いはたとえどちらが傷ついても胸が苦しくなっていくと思った。

「ガイゼル様、負けないでください、頑張ってください!」

ラウリ君が懸命に声を張り上げて主を応援している。
その声に、俺もはっと我に返った。

そうだ。いちいち感傷に浸ってる場合じゃないのだ。
兄が勝つと決めたんだから俺も信じて応援する。それしかないのだと、またも頭を振る。

「兄ちゃん、手を緩めないで! 怪我しても治せるから大丈夫だよ、全力出して!」

俺のほうが姑息な応援をしてしまうが、兄はこっちを見てくれた。そしてふいに気が抜けたのか、ふっと微笑む。

だがそれがまずかった。
いや俺のせいだ。屈んでいたガイゼルは、前傾した体勢のまま飛び出て兄の脇腹に潜り込んだ。

「……ッ!」

咄嗟に後退し、奴の剣の突きをかわした兄だったが、右手の甲が切りつけられた。
血がぼとぼとと流れ始め、俺は阿鼻叫喚である。

「ああぁぁぁ! 何すんだよばか! お前やっぱり卑怯ものだ!」
「はっ。闘いに卑怯も優しいもあるか。ばーか。くくく、ラウリ、助かったぜえ。お前のおかげだ」

にやりと笑うガイゼルにラウリ君は「ええっ!」と怯え、なぜか俺に「奥方様申し訳ありません!」と頭を下げてくる。
でも明らかに自分のせいである俺は体がふらつきながらも兄を見やった。

「うう、兄ちゃんごめん……っ」
「泣くなこんぐらいで。優太。今からすごいもん見せてやる。驚くなよ?」

なぜか兄は額の汗を拭い、にこりと励ますように笑った。
血がだらだら流れている右手から剣を左に持ち変え、構え始める。

「なんだてめえ、やりづれえだろ無理すんなよ」
「別にい? 俺そもそも左利きだし。つうか両利きだけどな。小さい頃優太がいつも左側に巻きついてくるからよ、宿題できなくて困っちまってな、右も練習したんだよ。親しか知らない話だけどな。……ということだ、俺の兄弟愛舐めんなよ!」

怒鳴り声で明かされる兄の話に島民達は騒然としていたが、俺もそんなの知らなかった。
唖然としているうちに、兄は左で剣を持って勢いよく奴にたたみかけていく。

「くそッ……動きがちげえ……ケージャだって知らねえだろんなこと!」
「はは! 気づかねえのが悪い! 俺は誰よりも俺のこと知ってんだよバーカ!」

二人がキンキンと剣を交えて戦っている。
兄の瞳は燃え上がり、なんだか意気揚々と楽しそうにすら見える。

「そんな漫画的な展開あるのかよ。エルハンさんも知ってたんですか?」
「ええ。ケイジと二人で特訓し、二刀流を試すまでは気づかなかったんですが。彼は剣術に関しては左手を使うべきだと思いました。やはり利き手は重要なものですからね。断然動きも異なるでしょう?」

優しく教えてくれるエルハンさんの言うように、兄は颯爽と剣を振り、ガイゼルを圧倒している。
結果的にひとつの剣で戦うほうが兄に合っていると判断したようだが、それは誰の目にも明らかだった。

兄の迷いのない剣がガイゼルを追い詰める。奴はそのうち剣を一本捨て、肘で兄の体に打ち込むなど体も使い始めた。
こうなればもう泥仕合のようなもので、負傷した者同士が格好や体裁などを捨て闘いに没頭している。

「う、ぐうっ!」

兄の剣を背をそらして避けたガイゼルが倒れそうになる。
しかしそれを手を伸ばした兄が抱えた。
切れた奴の鉄拳が飛ぶが、ひらりと避けた兄は奴の膝裏に足を引っかけ、地面にすっ転ばさせた。

「悪い悪い。あ、でも手が出るんなら俺のほうが強いと思うぜ。剣より喧嘩のほうが実は得意だから。ん? 殴り合いするか? おら」

偉そうに述べて見下ろす兄の足に、奴は取り出した小刀をぶすっと突き立てた。
兄の叫び声が響く。どろどろと長引く試合にもう俺は目を覆いたくなっていた。

「くそってめえっなにすんだ俺の足に!!」
「余裕ぶっこいてるからだろうが、ほら来いよ兄ちゃん、喧嘩でもなんでもしてやるからよ!」
「上等だこの小チンピラがッ」

もはや街の不良同士の喧嘩の様相にハラハラするけれど、兄は血管を浮き上がらせながらも部族長らしく剣は捨てなかった。

互いにぼろぼろになりつつ、兄はガイゼルが減らず口を叩けなくなるまで追い詰め、やがて奴の手から武器がすり抜けるまで猛攻をし続けた。

「ーーそこまでッ!」

地面に大の字になり、入れ墨で埋まった体の至るところに裂傷があるガイゼルを長老が認め、試合の終了を告げた。

兄は武器を構えたまま立ち、ムゥ婆に交互に眺められる。

「ふむ。決闘は終わりじゃ。……結果は島の長、ケージャの勝利!」

高らかに宣言するとともに、兄が地面に剣を突き立て、自らも力なく両膝をつく。
部族民達の歓声がわく中、エルハンさんは感極まった表情で俺に頷き、俺も兄のもとにいち早く駆け寄った。

「兄ちゃんっ!」

兄を上から抱きしめて精一杯戦いを労った。
もう胸がいっぱいですぐに言葉が出てこない。

「優太……ほら言ったろ、俺勝ったぞ。結構無様な戦いだったけどな…」
「ううん、兄ちゃん格好よかったよ、すごかったよ、島の戦士に勝ったんだから!」

心配から解放され涙をためて言うと、兄もやっと気の抜けた笑顔を見せてくれた。
重い体を肩で支えて一緒に立ち上がる。
するとエルハンさんも近くに来て、兄に頭を下げた。

「ケイジ。……いえ、部族長。お疲れさまです。見事な決闘でしたよ」
「本当かよ。もっとスマートにしたかったわ。……まあいいか、勝ちは勝ちだな。ありがとよ、エルハン。お前と、優太がいなけりゃ無理だったな」

素直な兄が俺の頭をぽんぽんやりながら、掠れた声で笑う。
あれだけ心配してしまった俺だが、勝ってくれた兄には感謝と誇らしい気持ちでいっぱいだった。

「……ガイゼル様! しっかりしてください……今治療しますから!」

ラウリは地面に膝をつき、倒れたガイゼルに必死に治癒魔法を施していた。
胸がずきりとするものの、俺達は彼らに近づく。

「ガイゼル。まさか死ぬんじゃねえぞ。俺との約束忘れんなよ。パシりは早速明後日から始まるんだからな」
「……くそっ……うぜえ野郎だ。……なんでこんなやつに、ケージャでもねえのに、俺は……ッ」

奴が悔しそうに呟くと、かつての宿敵エルハンさんがその場に片膝をついた。

「お前の戦い、悪くなかったぞ。俺の時より成長していた。しかし、今回は部族長のほうが一枚上手だった。残念だったな」

彼は貶めるのではなく率直に相手を労っている様子だった。
だがガイゼルは癪に障ったのか「うっせえんなことわかってんだよ!」と悪態をついていた。

エルハンさんを見上げていたのは、どこか怯えたような顔つきの弟ラウリもだ。

「あ、兄上……」

また年の離れた兄弟が対峙し、俺と兄も密かに息を呑む。
でもエルハンさんは、なんと大きな手のひらを弟の頭にそっと乗せた。

「きちんと治してやれ。……お前もよく頑張ったな、ラウリ。きつかっただろう」

言葉以上に重みのあるその台詞を聞いた瞬間、浴衣姿の弟の目に涙がたまった。
しかし彼はきゅっと口を閉じ、頭を頷けた。

「はいっ……ありがとうございます、兄上……っ。ぼくはこれからも、ガイゼル様と、部族長のお役に立てるように頑張ります……!」

声を振り絞ったその台詞を、兄のエルハンさんも頷いて聞いていた。
俺ももらい泣きしそうになりながら、重かった胸を撫で下ろす。

長老の血を引く呪術者であるラウリ君は、もしかしたらこうなる事を予見していたのかもしれない。
でも彼は彼でガイゼルを一番の心の拠り所にしているから、きっと最後までそばにいるのだろう。

短いやり取りだが心を通じ合わせたように見える兄と弟。
俺と兄も別の兄弟として、顔を見合わせた。

「兄ちゃん……」

なんだか抱きつきたくなり手を伸ばそうとすると、後ろからよく通る声がかけられる。

「ケイジ!」

まだ島民達がいるのに兄の名を呼んだ金髪ドレッドヘアの男は、両腕でがばりと兄を抱擁した。

「ひい! やめろ俺は野郎と抱き合う趣味はない」
「ははっ、すまんすまん。つい嬉しくてな。素晴らしかったぞ、お前の戦い。なあルエン」
「ええ、お疲れさまでした、部族長。あなたが勝って安心しましたよ、これでガイゼルも少しは懲りることでしょう」

ラドさんに呼応する北地区のルエンさんも、整った顔立ちを微笑ませてほっと一息ついていた。

「おい全部聞こえてんだぞお前ら……敗者も労れねえのか少しは」
「まったく、お前はそもそも重罪人だったのだぞ。部族長の思し召しで部下に戻ることを許されるのだから、もっと感謝をしろ」

厳しく諭す金髪のルエンさんに、ガイゼルは「ちっ」と大きく舌打ちをする。
でも確かに彼の言う通りだ。こんな危ない奴ではあるが、島の伝承の儀式のためには、この男達にきっちり参加してもらわなければならないのだ。

兄もそれを分かっているから、本当に今日の結果には安心したはずだ。
加えて、俺達兄弟にはまだ裏の目的もある。

「とにかくだ。今夜は皆決闘に集まってくれてご苦労だった。分かっていると思うが俺も早く優太とゆっくり休みたい。戦勝会は明日にしてくれ。今後の話は追ってする。じゃあお疲れさま」

手を上げてよろけながらも、兄はそう言って俺とともにその場を後にした。



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