夫婦になった兄弟 | ナノ


▼ 27 後戻りできない

俺達はガイゼルと決闘の約束をした後、さっそくエルハンさんに相談した。
夜も更けた頃に兄の仕事場である書斎室に来て、真剣に話を聞いてくれたのだが。

「……なっ……決闘、ですか!? あなたとガイゼルが……」

彼は驚きに青ざめ、普段は柔和な瞳をとたんに鋭くした。

「なぜそんなことを、私は反対です部族長、あなたは今ケージャ様ではないのですよ!」

指摘は至極真っ当だ。だが俺と兄は決闘の交換条件となった「呪術でケージャの記憶を読むこと」については明かさなかった。
エルハンさんは側近で信頼のおける男だとは思っていたが、彼はやはり長老サイドの人間だからだ。

「しょうがねえだろう、向こうに熱望されちゃあな。それにまたこいつに手出されてみろ、今度こそ発狂するわ。ここらであの野郎の鼻を、島民の前でへし折っといてやんねえとな」

床の座布団にあぐらをかき、余裕な感じで言う兄を俺は横目で見る。
たまらずエルハンさんに視線を移した。

「俺もすごい心配で。あの、決闘ってどんなことするんですか? 取っ組み合いの喧嘩とかですか。ルールはどうなってるんだろう」

質問すると、彼の顔つきが益々険しくなる。

「ルールはありません。この島の長を決める決闘とは、一対一でどちらかが降参するか、戦闘不能になるまで闘うことです。武器は何をどれだけ使ってもよく、魔法も禁止されていません。しかし島の男の伝統としては、通常一種の武器のみで死闘を繰り広げます」

俺は口をあんぐりと開けたまま動けなくなってしまった。
それって、いわばデスマッチってこと? ……嘘だろう?

「どうすんだよ兄ちゃん! やっぱやめようよ、無理だって! 俺達普通の日本人なんだよ、兄ちゃんがいくら喧嘩とか格闘技強くてもやっちゃ駄目だよこんなのッ」

涙ぐんで兄の浴衣を引っ張る。だが考え込んだ様子で答えてくれない。

「……っ。エルハンさん、ガイゼルと戦ったことあるんですよね? あいつどれだけ強いんですか?」

そうだ、厳つい体をしてても、もしかしたら地区のリーダーの中で最弱だって可能性はあると一縷の望みにかけた。
しかし元部族長だった彼の答えは残酷なものだった。

「ガイゼルは、私の次に強いです。次点でラド、ルエンですね。もちろん皆一定の戦闘力はありますが……問題は、奴は平気で狡猾な手を使ってくるということです。非常に戦いづらい相手になるでしょう」

俺が青ざめていく中、兄がようやく視線を上げた。

「でもお前よりは弱いんだろ? それに俺もあいつに勝った」
「部族長。……いえ、ケイジ。あなたはケージャ様ではありません」

睨み合う二人の空気がひりついていく。

「何が違う? あいつに出来て俺に出来ないことなんかねえんだよ」

兄が苛立ち混じりに言い放った。
俺は胸が苦しくなる。兄の気持ちは痛いほど感じたが、やっぱりここで三年生きてきたあのケージャとは、違うのだ。恐ろしさばかりが募っていく。

「やだよ、兄ちゃん。お願い……狩りじゃないんだよ、人間が殺意もって向かってくるんだよ。俺の大事な兄ちゃんに……。怖いよ。何か起こったら……兄ちゃんがまた死んじゃったらどうすんの、そんなことになるぐらいなら、俺はずっとこの世界にいるほうがいい……帰れなくたっていい…!」

三年前に兄が海から帰ってこなくなった時のこと、ついこの間矢に射たれて目の前で倒れたことを思い出し、俺は涙で前が見えなくなっていた。

さすがに兄の心にも響いたのか、褐色の瞳を揺らし俺の頭を抱き寄せてくる。

「優太ぁ……頼む泣くな。俺はお前の涙に弱い」
「じゃあ言うこと聞いてくれよ!」
「……うーん。悪い出来ねえ。男にはやるしかない時があんだよ」
「そんなの今じゃなくていい! 俺のそばにいるって言っただろ!」
「ああ言ったぜ、おい俺を勝手に亡きものにするな。……はあ。どう思うエルハン。可愛いだろ俺の弟」
「……は、はい」
「もうふざけるなってば!」

兄の肩口で吠えても何も変わらなかった。温かい胸の中で、ぽんぽんと背中を優しくさすられるだけだ。

どうすればいいのだろう。
こうなったら、兄ちゃんの気持ちを無視してケージャにどうにか現れてもらうしかないのだろうか。

切羽詰まった感情で押し黙っていると、様子を見ていたエルハンさんも俺に声をかけてくれた。

「奥方様。あなたをこのようなことに巻き込んでしまい、悲しい思いをさせてしまい申し訳ございません。全ては地区の統括者を抑えこめていなかった私の責任です」

やるせない表情の彼に俺は鼻をぐずっとすする。

「エルハンさん……なにかいい策ありませんか。兄ちゃんが一発で勝てるような禁忌の特大魔法とか……」
「それは……残念ながら。しかし、決闘の日まではまだ一週間時間があります。その間、この私があなたの兄上に付きっきりで特訓を致しましょう。きっとお役に立てるはずです」

彼の言葉はこの日特に前向きで心強く聞こえた。
きっと伝承を信奉する彼としても、兄が負けるわけにはいかないのだろう。

「ケイジ。あなたは必ず勝たなければなりません。奥方様のためにも、部族長としての責務を果たすためにも」
「ーーおう。俺はやるぜ。よろしく頼む、エルハン」

二人は共通の目標を見つけたように、がっちりと握手を交わした。





翌日から兄ちゃんの特訓が始まった。長老の承認がおり、決闘はここ東地区の闘技場で一週間後に行われる。

ガイゼルとラウリは西地区への送還が許された。少なくとも当日まで厳重に見張りがつき、他地区への移動も禁止されている。
暫定的な西地区の統制は、こちらから送った代理の者が担当しているが、決闘後は勝敗によりどうなるか分からない。

「……くっ、……はぁッ!」

悶々とする俺をよそに、木目張りの道場では兄とエルハンさんが木刀で手合わせをしていた。

「とても良い動きです、ケイジ。あなたはやはり基礎も完璧で、我々より高度な剣術を駆使しています。素晴らしい」

屈強な肉体を晒す二人の男が汗を拭って休憩をする。
確かに彼の言う通り、手合わせではエルハンさんが若干押されてるぐらいで、兄も全く負けていないように見えた。

「ですが……真剣を使った実際の戦闘とは、やはりこれらは別物ですからね。ーーでは今から、私はガイゼルの動きを真似てみせます。まずは体で慣れてみてください」

彼はそう言って不思議な型を取り始めた。体を大きく曲げ、妙な体勢から剣を構え、素早く振り払ったり突きをしたりしている。

「……うおぉッ、おまっ、なんだその曲芸みたいな動きは! あぶねえだろふざけてんのか!?」
「私は真面目にやっています、さあケイジ、来るのです」

エルハンさんは部族長に対してというより、剣術の先生みたいな雰囲気で指導を行っていた。
兄とまた剣を交え始め、俺は胃がキリキリしてくる。やっぱり見るのやめよう、と外の扉の隙間から離れようとしたときだった。

後ろから急に、肩をポンと叩かれた。
振り向くと、黒髪のガタイのいい中年の男が立っていた。エルハンさんの父、ゴウヤさんだ。

「うわ! どうしたんですか、こんなとこで!」
「ユータこそどうした、二人の訓練が気になるのか?」

いつもの寛容な笑顔で突っ込まれるが、俺は素直に認めた。

「はい。つい覗いちゃって。ゴウヤさんも…聞きましたか? 決闘のこと」
「ああ。エルハンから聞いたぞ。奴もかなりやる気のようだ。お前の兄にさらに強くなってもらおうとな」

わははと大きな口で笑う彼を見ていると、少しだけ気が安らぐ。
でももし負けたらあのガイゼルが長になってしまうのに、皆怖くないのだろうか。

「はあ。兄ちゃんにもしものことがあったら、どうしよう…」
「……そうだなあ。きっと大丈夫さ、ユータ。俺は信じてるぞ、今のケイジのこともな。奴にはケージャと同じく長の器があると俺は思う。力にしたってそうだ、同じ人間なのだから、同等のものを発揮できると思うんだがな」

顎を擦りながら思慮深く述べられて、俺も唸りつつ腕を組んだ。

「そうですか…? でも、ケージャっていつからあんなに強くなったんだろう。三年前にはすでに、エルハンさんを倒して部族長の座を奪うぐらいだったんですよね?」
「ああ……そうだったな。いつからとは俺にも分からないが、一緒に暮らしてしばらくした時に……すでに強さが誰の目にも分かるほどだったよ」

彼は首をかしげながら、あまり要領の得ない答え方をした。
もっと詳しい話を聞こうとした時、いきなり近くの道場の扉が開いた。

「奥方様。こちらにいらしてたのですね。今は休憩に入りましたので、よろしければどうぞ」
「……あっ! すみませんエルハンさん!」

反射的にビビって謝ると、中から汗だくの兄が鋭い目付きで腕をぶらぶらさせながら出てきた。

「兄ちゃんっ、大丈夫? 疲れた?」
「ああ。何でお前外で見てんだよ。来るなら来い。さみしーだろが」
「え、俺がいるのバレてたの?」
「当たり前だ。つうか俺らのこと後ろからつけてるのも見えたぞ。なんか萌えたから黙ってたが」

突っ込まれて焦り笑いをする。こそこそしてたのがバレて恥ずかしい。
話題を変えてほしいと思っていると、エルハンさんがゴウヤさんに声をかけた。

「親父、ラウリには会ったか? 様子はどうだった」
「ああ、体は問題なさそうだ。元気には見えたが……最初は、俺に泣いて謝っていた。ガイゼルがその場にいなかったからかもしれんが」

複雑そうに答える父親の話を俺達も神妙に聞く。
エルハンさんは普段の側近ではなく、彼の息子として素の態度で頷いている。

「そうか。元気ならばいい」
「お前は会わなくていいのか、エルハン」
「俺はいいんだ。……決闘が終わり、ラウリがここに戻ってきた時に話そうと思っている」

皆がその台詞に注目する。彼の言葉には胸が熱くなった。
兄も同じだったのかもしれない。

「そうだな。俺がちゃんとうまく収めてやるから、二人とも心配すんなよ。ガイゼルについては私怨があるならお前らの好きにしてもいいぞ」

不敵な笑みで提案するが、親子二人はどこか気まずい表情だった。

「そうしたい気持ちはあるが、あの子を西地区に送ったのは我々一族の責任でもあるんだ、ケイジ。でもな、俺はラウリがあそこまで奴に入れ込んでいるとは知らなかったよ……」

普通に落ち込んでいる姿は息子を思う父そのもので、俺はなんとも言えなかった。

「まあその苦しみは痛いほど分かるけどよ……でも送ったのは長老なんだろ?」

兄がカマをかけるような目付きで探りを入れている。
俺も密かに緊張しながら聞いていたのだが、二人はまたも歯切れが悪く言葉を濁していた。

「さあケイジ。話はそのぐらいにして。特訓の続きをしましょう」
「あーはいはい。んじゃやるか。じゃあまた後でな、優太。気を付けて帰れよ。あっちの護衛の人からあんまり離れんじゃないぞ」
「うん。分かったよ兄ちゃん」

頑張ってね、と手を上げると片腕が背中に回りハグをされる。
そんな一瞬の仕草にも俺はドキドキし、また切なくなったのだった。



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