夫婦になった兄弟 | ナノ


▼ 10 訓練、兄ちゃんとの夜

武器庫でのことがあって以来、兄ちゃんはルエンさんについて「あのナンパ男には近づくな」と言い警戒していた。
ケージャという別人格に成り代わられていたこともだが、兄の不安が余計に高まったようだ。

しかし帰る目処がたたない以上夫婦のふりをしなければならない俺達は、翌日、島の訓練所にやって来ていた。
風の通る大きな道場のような場所で、室内や屋外でも部族の男たちが剣や槍などを振り回し鍛練している。

恐ろしいことに島では大型の獣も出るらしく、これは統制のとれた戦闘民族の日常らしかった。

そういえば結婚式までの間、ケージャも時おり狩りに出ていて、俺は帰りを待っていた。兄はもう三年もここで長をやっていて強いのは分かっているが、はらはらしたものだ。

「エルハン、お前そこに立て」
「はい。光栄です、部族長と手合わせが出来るとは」

島に来てからの鬱憤がたまっていたのか、兄ちゃんは木刀を持って側近の彼と剣を交え始めた。
本当に大丈夫かよと見守っていたものの、剣道や空手、柔術などを小さい時からやっていた兄の動きは相変わらず素晴らしいもので、ここでも部下の男達の称賛を浴びていた。

「……くっ……はあ、やはり流石ですね、ケージャ様。これならいつ獣討伐に出ても、また一人で簡単に倒してしまいそうです」
「ははっ、前の俺より強いのは当然だが勘弁しろ、俺はまだ結婚式明けだぞ」

うんざりした顔で手合わせを終え、布で汗を拭いて戻ってくる。
端っこで側仕えの子とともに皆の飲み物を準備していた俺は、そのひとつを兄にも手渡した。

「おつかれさま。兄ちゃんすごいね、本当に強いんだ」
「当然だろう。俺の姿に見惚れたか?」

笑いながら喉を潤す姿はまるでケージャのようで、長の風格さえ出ていた。しかし兄は俺の肩を抱き後ろへ向けると、そっと耳打ちをした。

「でもよ、俺は親父仕込みのサバイバルとか槍投げの経験はあるが、こいつら魔法使うんだろ? 次元が違うだろ。ぜってーバレるぞ優太」
「確かに……こっそり誰かに教えてもらえないかな? 精霊魔法のやり方ーー」

そうだった。おそらく避けては通れない実戦の前に、魔法の問題をどうにかしないと。
二人で喋っていて、はっと閃く。

俺は離れたところで男達を指導していたエルハンさんに近づいた。

「エルハンさん! あの、お願いがあるんです。俺たぶん一番弱くて、使い物にならないと思うけど……俺も男だし、準備しとかなきゃと思って。もしかして、精霊魔法ってやつ使えたりしませんか?」

黒目を見開いた彼に詰め寄る。
エルハンさんは申し訳なさそうに口を開いた。

「奥方様、あなたが戦う必要はありません。あなたはこの島でもっとも大切な宝であり、島の男達はあなたのために、命をかけて戦うのです。ですからどうか、我々にお守りさせていただけませんか?」
「エっ、エルハンさん…!」
「おいお前しれっと俺の弟を口説いてんじゃねえ」

様子を見ていたのか、いきなり間に入ってきた兄に彼は焦って頭を下げる。

「申し訳ありません、出すぎた真似を。……しかし奥方様、あなたが魔法を使えるようになるかは、私には分かりません。もし試されるのならば、ケージャ様にお伺いしては…」
「いや。俺はどうしてもエルハンさんに教えて欲しいんです、お願いします!」

思いきり迫ると、彼は少し顔を赤らめた。 
なぜかぶすっとした兄に恐縮しながら、真剣に頼みこむ俺の願いを、やがて了承してくれたのだった。

これは兄ちゃんの為だ。
俺が教わってると見せかけて、兄がそのやり方を知ることが出来ればーー。
確証のない賭けのようなものだが、このまま丸腰でいるよりはやってみる価値がある。

二人の様子を見ていた兄に、頭をくしゃりと撫でられた。
もう不機嫌な様子はなく、どこか真面目な思案顔をしている。俺の意図したことに気づいているのだろう。

「兄ちゃん、出来ると思うか?」
「わかんねえ。でも見よう見まねでやってみるか。……ありがとな、優太。お前は無理すんなよ」

柔らかくなった褐色の瞳に見つめられて、なんとなくくすぐったい気持ちになった。


一旦部族の訓練所から出て、隣室の大部屋で俺は側近の彼に精霊術を学び始めた。
基本における防護の仕方、攻撃の仕方、治癒の魔法を教わる。

ただ精神統一をし、利き手を前に翳した状態で呪文を唱えるだけだ。
簡単にやってるように思えたのだがーー。

「駄目だ、うんともすんとも言わない……全然出来ねー」

見知らぬ言語を必死に覚え、繰り返すが、エルハンさんのように緑の光も現れない。体の内外において、何の兆候も感じないのだ。

目的は兄の為だが、漫画みたいに自分にも何か起こることを期待していた俺は、ひそかに失望していた。

「……やはり、奥方様はこの地に来たばかりですし、まだ時間が足りないのでしょう」
「え? 時間をかければ使えるようになるんですか?」

意外な言葉に希望が見えてくる。

「おそらくは。ケージャ様との営みの中で、精霊の力が体内に蓄えられるはずです。強き者から若年者へ精力を注ぎ、その偉大な力を与えられることは、古来からの島の慣習ですからね。奥方様も必ずやその力を手に入れられるはずですよ」

自信に満ちた声でにこりと微笑まれるけれど、俺は愕然とした気持ちを隠せない。昨日のルエンさんと少年のやり取りを思い出す。

要するに、兄ちゃんとの……アレによって魔法が使えるかも、ってことか?

そんなんなら、俺は別に使えなくてもいい。
絶対いらないそんな力。

混乱しつつも、ふと思う。
もしそうなら、なぜケージャは魔法が使えたんだ?
もとは俺と同じただの日本人だし、もちろん、兄ちゃんは誰とも変なことしてないのに。

訓練の暑さのせいか余計に体の力が抜け、ふらっと後ろに足を崩しそうになった。
すると後ろからがっしりと太い腕に支えられる。
日焼けした兄の胸板ごしに、その真面目な横顔を見た。

「おい。俺の弟に妙なこと吹き込むな。……つうかエルハン、お前ちょっとそこに立て」
「は、はい。畏まりました部族長」

彼が即座に頭を下げ、腕を後ろにやり直立する。

え?さっきの続きか?
まさか側近に攻撃なんてしないよな、兄ちゃん。

恐れつつ注視していると、兄は右手を彼の前にかざし、口元を動かし、なんとこの地の言語を短く呟いた。
詠唱したのだ。

その事が分かったのは、驚くべきことに、対象のエルハンさんの回りに緑色の光源が現れたからだった。

「これは……部族長。なぜ私に回復の精霊魔法を?」
「いや別に。こいつを特訓してくれたお礼だよ。受け取っとけ」

感激に目を輝かせるエルハンさんをあしらい、兄がこちらに向かってくる。
唖然とする俺とは反対に、どこか満足気で飄々としている。

「よし上手く試せたな。あーびびったわ。じゃあ次はお前な、優太」

瞬きする間に、兄がまた同様の詠唱を行い、俺の体がまばゆい光に包まれた。
不思議な感覚に満たされ、今度は心地よい空気が漂っている。

「……す、すごい兄ちゃん、俺にもかけてくれたの? 体が軽くなったみたい。どうやってやったの? 天才だよ!」

俺はまるで昔のように、子供みたいに浮かれて兄に飛びついた。 

こんなに早く上手くいくなんて、正直思ってなかったのだ。
疑問は残っていたものの、奇跡を目の当たりにした俺は、この島に来て兄ちゃんが戻ってきたことの次に喜びが爆発していた。

「よしよし。そんなに嬉しいか? 可愛い奴、お前って」

笑顔でからかわれるように言われるが、この時ばかりは気にならない。

「呪文さえ覚えりゃ、精神統一はお手のもんだ。一発で成功したのは俺の才能もあるが、まぁお前のおかげだな。優太」

腕を組み半分自画自賛をする兄に、ぽんと頭を触られる。
こうして訓練所では、幸運なことに俺達は一歩前に進むことができたのだった。
 




すっかり日が暮れた頃。焚き火が燃える外では、半裸の島の男たちによる宴会が開かれていた。
円のように火を囲む者の中には、側近のエルハンさんと父親のゴウヤさん、それにあの人までいた。

「奥方様。エルハンから聞きましたよ。今日は訓練に精を出しておられたとか。一生懸命な方ですね」
「い、いやぁそんなことは……」
「おいルエン。お前まだいたのか。いつになったら自分のとこに帰るんだ」
「明日の朝ですよ。最後に奥方様にお会い出来たらと思いまして」

舌打ちをする兄に構わず、微笑みを向ける美形な紳士ルエンさん。
なんだか昨日からやけに気に入られてる気がする。
彼は俺にあるものを差し出してきた。さっきから部族達が吸っている、ひょうたんのようなガラス瓶を使った水タバコというものだ。

「いかかですか、あなたも。美味しいですよ」
「ええっ。それはちょっと、兄ちゃんに禁止されてるんで」
「そうだ。こいつの教育によくないものを与えるな。これは俺が吸う」

そう言って取り上げ、自分の脇に置いた。
この夜兄ちゃんは色々な誘惑から俺を守るために忙しそうだった。

「しかし奥方様。我々碧の民にとって、これは神聖な男の嗜みなのですよ。狩りの前や夜の宴の際など、このパイプを通じて煙を吐き出し、神々と会話をするのです。例えば、営みの成功を祈願することもできますし……お体の緊張をほぐすことにもなるでしょう」

にこりとハレンチなことを説明されて固まる。兄は再び「もうお前黙れこのセクハラ野郎!」と彼に絡み、追い払っていた。
すると宴会で上機嫌な中年のゴウヤさんが、ふと俺のほうを見て、片手に握った酒瓶を差し出してくる。

「ユータ、お前も新婚生活楽しんでいるようで何よりだ。ほら、一杯どうだ?」

瓶を傾けられ、俺はとっさに溢れないようグラスで受け止めようとした。
しかし隣から伸びてきた大きな手に、素早くそれを奪われる。

「こらこらこら。いくつだと思ってんだ、お前は駄目だぞ優太」

半裸の兄に厳しい顔で迫られ、別に飲む気はなかったと頭を掻いてごまかす。
しかし俺に注意しておきながら、兄は自分で酒をがぶりと飲み干し、はあと深く息を吐いた。

「なんだ酒ぐらい。ユータは成人男子だろう。過保護だなあお前は。なあエルハン」
「親父。その酒は島の酒造の中でも度数が高い。ケージャ様が奥方様を気遣われるのは当然のことだ」

親子の会話を聞きながら、俺は心配された自分のことよりも、すぐに隣の男が気になった。

いつもは涼しげな兄ちゃんの目元が、途端に赤らんでいる。
にも関わらず、様子を見ているとさっきから結構ぐんぐん杯を口に運んでいた。

俺の記憶によれば、この人酒は強くないはずなのに。
消える前の大学時代でも、無惨に酔いつぶれたところをサークルの仲間に、家まで担がれてきたことがあるぐらいだ。

腕力も強いし頭も良い自信家なのに、そういう部分はちょっとした弱点のように映っていた。

「おい兄ちゃん、あんまり飲むなよ。ここ家じゃないんだから」
「何言ってんだよ優太くん。俺が酔うはずねーだろうが。可愛い弟を守れなくなっちゃうだろ? ん?」
「……うわ、ちょっ、暑いからあんま寄るなって! ひっついてくんなよ!」

ベタベタしてきて何なんだと邪険にするけれど、赤い顔の兄ちゃんは楽しそうに絡んでくる。

自分が子供だからかもしれないが、俺は酔っ払った大人が苦手だ。
単に面倒くさいのと、なんだか一人だけ置いてきぼりにされたようで、拗ねた気分になってくる。

でもここには俺たち兄弟しかいないしと、一生懸命兄の相手をしていた。
そうして宴の時間が過ぎていった時だった。

「やはり男だけの宴会は楽しいなあ。毎日やりたいくらいだ。……だがこれ以上若い夫婦を引き留めておくわけにもいかないな?」

ゴウヤさんのチラ見にギクリとした。
やっぱり、そう来たか。この人もムゥ婆一族だ。
完全に初夜の時と同じで、夫婦の時間を促しているのだろう。

もしかしたらこのまま朝まで宴は続き、見逃してもらえるかも…と思ったが、伝承を信じる者達からは逃げ切れなかった。

「え、ええっと……どうしよう兄ちゃん。あ、なんか飲み過ぎみたいだしもうちょっとここで休んで…」
「それはいかんな、ケージャ。酔いつぶれて後で使いものにならなかったら、お前が困るだろう? はっはっは!」

すかさずセクハラまがいのことを言うゴウヤさんに、頭をうなだれる。
この人親戚の距離なしおじさんかよ? 本当にエルハンさんの父親なのか。

だが兄は俺の手を取り、急に腰を上げた。
ちゃんと立っていて安心するが、次の言葉は俺の望むものではなかった。

「あーそうだな。俺らは明日早いんでそろそろ…抜けるわ。おやすみ皆」
「……ええ!? えっと……そう、だよね。じゃあ……お先に、失礼します…皆さん」

なんでだよ。
戻りたいけど、戻りたくないのに。
兄ちゃんはどういうつもりなんだ? この後のこと、ちゃんと覚えてるのかな。

ぐるぐる考えながら、ぺこりと頭を下げると、なぜか男達から歓声の声を浴びたのだった。 





艶っぽいお香が漂う藁葺き屋根の下。天蓋付きのベッドの上に、俺たち兄弟は肩を並べて座っていた。
静寂が流れ、背中の汗もじとっと流れる。

二人の言葉数は少ない。
なぜなら、この部屋へ戻ってきた時にはすでに、蚊帳の外にあぐらをかいて座る二人組の見張り番がいたからだ。

「優太。寝るか?」
「……エッ。う、うん……」

思わず声がひっくり返ってしまったが、戦々恐々としながら隣の兄の挙動に注目する。
すると兄の日焼けした厚い胸板が、こちらに迫ってきた。
背に手を回され、ゆっくりと抱き抱えるように、シーツに押し倒される。

両手をつき囲むように見下ろされ、俺はやっと異常事態に気がついた。

「兄ちゃん……? 何してるの?」
「なにって、夫婦の時間だろう。ほら、俺と愛し合おう優太」

驚愕の台詞を色づいた視線で吐かれ、目が飛び出そうになる。

まさかほろ酔いだからって、嘘だよな?
そこまで飛んでないよな、この人。

危機を感じた俺は、すぐさま起き上がろうとした。

「や、やだっ、痛いことしないって約束したのに!」
「ああ、もちろんそんな事しねえよ。大丈夫だ、怖がるなって」

優しく言って俺の耳元に口を寄せる。
短い茶髪が触れ、びくりと肌を震わせた。

しかし兄は、思わぬことを小声で告げてきたのだった。

「ーーいいか。今から、してるフリをするぞ。ちょっと我慢しろよ」

その声音は真剣そのものだった。

……フリ、だって?
そうか。その手があったか!

単純な俺はすぐに恐怖を吹き飛ばし、思考を巡らせ、こくりと兄に頷いたのだった。

見張り番の男達からは、部屋の中は見えない。俺たちが出す音しか聞こえないのだ。
つまり、演技をすればいいんだ。

でも、何をどうすればいいのか分からない。
俺は初夜の時にケージャに襲われた経験しかなく、今だってベッドに寝そべり、目を泳がすほかなかった。

そんな弟をすでに承知済みなのか、リアリティーを出すためなのか、この兄はなんと俺の体をまさぐってきた。

「んっ、に、兄ちゃんっ、やあっ」
「んん? 触られるの好きだろ、お前。ほら、こうやってな…」

あろうことか、撫でられた首筋にぺろっと舌が触れた。
俺は反射的に身を震わせ、喘いでしまう。

「……な、何してんだよ、やりすぎだって! 舐めんじゃねえ!」
「いいか優太、夫婦の時間にやり過ぎなんて事はない。何やってもいいんだぞ。俺たちは深く結ばれてんだから」

そんなわけないだろう。
これが兄の本質なのか、まるで初夜の時のように、理屈っぽさが垣間見える。

「なあ、もっと可愛い声出せよ」

そっと髪を撫でられて命じられる。
うまく反応出来ない俺に、頑張って演技しろと言いたいのだろう。

でも俺は男なのに、何でそんなことしなきゃなんないんだ?
口を結んで黙っていると、薄い笑みを浮かべられた。

「やっぱ難しいよな、お前には。悪い、気にすんな」
「……馬鹿にすんなよ兄ちゃんっ」

負けず嫌いでもなんでもない俺だが、子供扱いには反抗したくなる。

俺は上にいる兄の裸体にしがみつき、勇気を出して足を巻き付けた。
ぐっと離れないようにする。

「き、気持ちいい、から、もっと……してっ」

精一杯絞り出した俺の台詞に、兄が目を見開き、思わず「えっ?」と口走った。
俺はたぶん真っ赤になった顔で、必死に見つめ返している。

「ば、ばかお前……あんまりそういうこと言うんじゃない」

明らかに混乱の顔つきをした兄が、頭を下げて呟いた。

自分が促したくせに何なんだ?と文句を言いたいのをこらえ、俺は大きな体躯に掴まっていた。

気を取り直したのか、兄ちゃんが腰を揺らすのと一緒に、ベッドが軋み始める。
嘘だと分かっていても、こんな風に体ごと揺らされると変な気分になってくる。

「……あー、くそ、やべえ……なんでだ。あんなに飲んだのに…」

ボソッと呟いた兄は、ふと動きを止めた。
俺から視線を逸らし、額に滲む汗を拭ったかと思うと、俺の腰を抱き寄せた。

ゆっくり寝返りを打たせられ、シーツの上にうつぶせで寝る形になる。

「もういいだろ? 優太……」

ちょっと待て。
ずしりと覆い被さってきた体の下で、覚えのあるものが腰にーー当たっている気がする。

兄ちゃんまさか勃起してるのか?
信じられない。

「ん、んん、はぁ」

どういうわけか、俺の全身が急激に熱くなった。
容赦なく腰を打ち付け、ギシギシと音を生み出す動作に、くらくらと目眩が襲ってくる。

「に、兄ちゃん、もうだめだ、とめて!」
「…ん? もう少しだ、優太、待てよ」
「でも俺、だめだから、待って、兄ちゃんっ」
「なんだよ、我慢出来ないのか? いいぞ、大丈夫だ」

兄がぎゅっと背中に胸板を密着させてきた。
その時、自分の体に何か良からぬ事が起きそうだと、俺は悟った。

「おい、俺もいくぞ、優太、いいな?」
「……あ、あ……んああぁっ!」

びくびくと背中がのけ反る。
兄ちゃんは最後まで俺の体を抱き締めていた。


やがて音が完全に止み、むんとした熱気のみが、部屋中に満ちていた。
翻弄されて揺らされまくった俺は、汗でぐったりと伏せている。

「お前、良い子だったな。どうだった?」

優しい声で何気なく問われるけれど、俺はしばらく、思考を戻せなかった。
訝しんだ兄が、後ろから頬をとんとんと叩いてくる。

「……あー……すまん。ちょっと激しすぎたか?」

焦る兄になだめられる。
シーツに伏せたまま、静かに息をするしかない。

「もう、やだ……汚しちゃった…」

俺は消え入るような声で告げた。
兄の前では、絶対言いたくなかった言葉だ。

「え、うそ。出しちゃったか? ほんとだ」

しかし兄は平然と俺の浴衣のすそに手を滑らせ、そう言いのけるのだった。
もう絶望と、ムカムカがひどい。

「ごめん、気にすんな。なんも恥ずかしくないから。な?」

そう言って優しく背中を撫で、立ち上がって近くの布を取りに行った。
その隙に起き上がり浴衣の中を見る。完全に濡れていて情けなさが襲う。

後ろにどさっと座った兄が、さらに信じられないことに手を伸ばしてきた。

「や、やめ、自分でやる」
「いいから我慢してろ、俺のせいなんだから」

真面目な様子で拭き取っている。
その間も下腹部を震えさせてしまう自分が憎い。

一体何が起こっているんだ。

これは兄の優しさなのか、妙な責任感か?
常識から外れすぎていて、どんどん肩の力が抜けていく。

「……兄ちゃん、なんで平気なんだよ。弟が目の前で射精したんだぞ」
「おい。射精とかはしたないことを口にするな」

横から鼻をきゅっと摘ままれる。

「今恥ずかしくないって言っただろっ」
「お前の口から聞くのは恥ずかしいんだよ、こっちがな」

この人の理屈は意味が分からない。
もう俺は、体もだが、疲れていた。

「なぁ、奴らとっくに行ったみたいだ。とりあえず上手くいったな」
「……えっほんとに? じゃあおやすみ、兄ちゃん」

手を振りほどいて立ち上がる。
何も考えず、向こうの寝室に向かおうとした。

「え? お前冷たくねえ? もうちょっと余韻とかさ……じゃあ俺も一緒にーー」
「兄ちゃんはここで寝ろよ、来んなよ」
「何でだよ、あぶねえだろ、一緒に寝ようぜ」
「嫌だってっ俺は子供じゃねえんだ!」

もう恥ずかしいし、一人になりたいんだ。
そう伝えることも出来ないまま、後ろから抱き締められた。

「おいマジで行くな。こんなことした後で放置かよ。俺だって寂しくなんだぞ」

したのは兄ちゃんだろう。
またべたべたしてきて、なんなんだよこの男は。

心の中で思いながらも、俺は兄ちゃんを突き放せない。
こんな変なことになってしまってるけど、たった一人の兄だからだ。

それにどうやら、俺ばっかり余裕がないわけじゃ……ないのかもしれない。

「……じゃあ兄ちゃん壁がわにもっと寄れよ。こっちの線から入ってくんな。あと俺の寝顔見るな」
「注文多すぎだろお前。それ全部無理だぞ俺」
「無理じゃねー! 普通のことだろ!」

その後、結局兄は俺の後ろにぴたりとくっつき、抱き抱えるように寝ようとしてきたので、俺は何度も長い腕を払いのけるのに苦労した。



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