>> 17.充電させて


ほぼ、いつも通りに仕事が終わって。
寄り道はせずに、まっすぐ家まで帰る。

いつも通りの平凡な一日が終わったと思っていたけど、
今夜はここからが違っていた。

玄関の鍵を開けて中に入った時、最初の異変に気付く。

「あれっ?」

今朝、出かけて行く時にはなかったハズのものが、そこにある。

――男物の、靴。

「翔、さん?」

確か、昨日から地方に取材に行ってて…
今夜もっと遅い時間に帰ってくるんじゃなかったっけ?

急いで靴を脱いで、部屋の中へと上がる。
短い廊下の先のリビング兼寝室には、明かりはついていない。

「ただいま…」

小声で言ってみるけれど。
やはり反応は、ない。

「翔さん?」

声を普通のボリュームに戻して。部屋の照明をつけると
ソファーから落ちたのか、それとも最初からそうだったのかは不明だけれど
翔さんがソファーのすぐ下の床で熟睡していた。

寝ているのなら起こさない方がいいのかな。
でも、ご飯食べてないなら一緒に食べた方がいいし…

「翔さん!ただいま!って言うかおかえり!」

私が、私の家にただいま、で。
翔さんが、地方から東京におかえりなさい。

「んんー。あれ。由衣ちゃん…?」

「ただいま。翔さん、ご飯は?」

「え?何で由衣ちゃんがここにいるの?」

「何でって言われても私のうちですけど?」

「……はぁ?」

寝ぼけているのか何なのか。
全く話がかみ合わない。

「だから!ここは私の部屋。今仕事から帰ってきたの!!翔さんは?」

「え?ちょっと待って……俺は。東京駅でマネージャーと一緒にタクシー乗ってぇ…」

「家に帰らずにここに来たの?」

「………うん。思い出した…」

その瞬間の翔さんの表情がやけに険しくて。
少し、声のトーンを落とす。

「何か、あった?」

「……まぁ。ね」

「そっか」

「聞かねぇの?何があったか」

「話したくなったらでいいよ。ちゃんと冷静に話せるようになってからの方が翔さんも話しやすいでしょ?」

「ん………サンキュ」

そう言って見せてくれる笑顔も、少しぎこちない。
何か余程のことがあったのだろう。

「ところで、翔さん?」

「んー?」

「ご飯は?」

「…要らない」

「お風呂入るんなら沸かすけど?」

「…朝イチでいい」

「んーと、」

まさか。
次の言葉を待っているとは思えないけど…

「じゃあ、私?」

「うん」

「えっ?」

嘘でしょ?今のベタな冗談よ?
なんて言葉を言う前に。

床に座った翔さんに腕を引かれて。
上半身を後ろからきつく、抱きしめられる。

「由衣、ちゃん……」

「んー?」

「ごめん。何もしねぇからさ……」

「……うん、」

翔さんになら。
別に何かされても構わないけど?

そう思ったけれど、口には出さず、ただ頷いてみる。

「このまま。充電させて?」

「充電?」

「そ。由衣ちゃんがさ…」

「んー?」

私??

「不足してる、から…」

「…うん」

確かに。
私も最近、翔さん不足。

でも。

「翔さん、あの…」

「うん。お腹がすげぇ鳴ってる」

「む、ムード壊しちゃって、ごめんね?」

それでも、お腹が空いているのは事実。

「俺も食っていい?」

「要らないんじゃなかったの?」

「ん。由衣ちゃんの手料理も充電のうち」

「うふふ。そっか。今日は昨日の残りのカレーだよ?」

「お!美味しいやつじゃん!」

さすが。
食いしん坊さんにはお腹を満たしてあげるのが
やっぱり一番なのかもね。

「翔さん?」

「ん?」

立ち上がった翔さんの正面に回って。
ぎゅう、っと抱きつく。

「どしたぁ?」

「何があっても。私は翔さんの味方だからね」

「サンキュ」

「…それだけ、伝えたかったから」

「うん。ねぇ由衣ちゃん」

「なぁに?」

見上げた先の翔さんは。
私の大好きな笑顔だったけど…何かいたずらを考えているような、
そんな楽しそうな顔で笑っている。

「やっぱり。由衣ちゃんが足りない」

そう耳元で囁かれて。
ついでにちゅっと耳にキスを落とされたら。
もう顔を赤くするより他はなくて。

これ以上顔を見られるのは恥ずかしいから

何か言葉を発する代わりに
もう一度、きつく抱きついて返事をした。

私にも。

翔さんを、充電させて?





-END-

具体的なことを挙げるのはやめました。さらっと書いたので軽い感じで楽しんでいただけたら嬉しいです。

2012.08.31


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