>> 16.君のそばにいさせて



車のシートに背中を押し付けて。
俺はズボンのポケットに手を突っ込み、鍵をじゃらじゃらと鳴らす。

シンプルなキーホルダーに通された、鍵は2本。
指先の感覚だけで由衣ちゃんのマンションの鍵を当ててみる。

「こっち」

鍵の形状が似ているから、正解かどうかは
もう一方の鍵を出してみないと分からない。

「…当たり」

当たっても、全然嬉しくないんだけどな。

「まだ、着かない?」

道路が渋滞気味だと、窓の外を見たら一発で分かるんだけど。

今夜は一刻も早く。
彼女の元に行ってやりたい。

「焦っても、仕方ないでしょう」

「分かってるけど!」

「はいはい。イライラしない」

マネージャーは呑気な声を出すけれど。
絶対。由衣ちゃんは俺を待ってるハズだから。

「あーなんでこんな時に限って…」

「うまくいくかどうか分からないけど。裏道、行ってみる?」

「あ。……任せる」

「じゃ、曲がります」

渋滞時に横道にそれることが吉と出るとは限らない。
けれど、今回は幸い車通りの少ない道を通れたようで、
無事、10分程度で由衣ちゃんのマンション前で車は止まる。

「明日はここに迎えでイイね?」

「あ。うん、ありがと」

「お大事に」

「うん。おやすみなさい」

ポケットの中から鍵を出して。
玄関のオートロックを自分で解除する。

急いでいる時に限ってエレベーターは上の階で止まっていて。
焦りながらも下りてくるのを待つ。

ようやく下りてきたエレベーターに言葉通り飛び乗って。
廊下は足音に気をつけながら、彼女の部屋の鍵をそっと開けた。

「お邪魔、します…」

そう言えば、俺由衣ちゃんに「今から行く」って連絡したっけ?
そんな今更なことが頭をよぎりながら、
まだ明かりのついたままの部屋に俺は足を踏み入れた。

「由衣ちゃん?」

部屋が明るいから起きているかと思っていたけど、
どうやら本人はベッドの上で枕を抱えて熟睡中らしい。

「由衣ちゃん?」

彼女のおでこに当てた俺の手のひらは、
特に熱さを感じることもなく、むしろ俺の手の方が熱い。
「良かった、熱ないな…」

「あるわけないでしょ?」

「え?」

俺の目の前には。
ぱっちりと目を開けている由衣ちゃんがいて。

「あ、寝てなかったんだ…」

「うつらうつら、してただけ」

「そっか。つか、具合は?」

「平気。ごめんね翔さん。ちょっと私の言葉が足りなかったみたいで」

「んー?」

「私、風邪とかじゃないから」

「はぁ?」

「具合。悪そうじゃないでしょ?」

そう言って、由衣ちゃんはベッドから立ち上がる。

「え?だってメールに」

“体調不良だから今日は行けません。ごめんね”
という文面が脳裏によみがえる。

「あー、うん。まぁその体調不良は毎月定期的にね?」

「………あぁ、」

由衣ちゃんが。
“言葉が足りなかった”と言った訳が、ようやく理解できた。

「私、初日は割と重いから」

「はぁ」

「日常生活に、支障が出るんだよね。痛み止めに頼らないと」

「そ…なの?」

「痛み止め効いてない時にメールしちゃったから」

「なるほど」
「ごめんなさい。私平気だから、翔さん、あの、今日ご飯もないし」

「…ん?」

「帰っても、大丈夫だよ?」

「ちょっと由衣ちゃん!」

そんな。
まるで俺が夕飯と身体目当てで会ってるみたいじゃねぇか。
俺は彼女の手を取って。半ば強引に腕の中へと引き寄せて言った。

「由衣ちゃんさえ、迷惑じゃなかったらさ、」

「えっ?」

「側に、いてもイイかな?」

「でも、翔さん忙し…」

彼女の言葉をそれ以上聞かないように。唇で遮って。

「俺が。ここにいたいの。ダメ?」

「ダメ、じゃない。けど」

「…けど?」

「夜中、くっついちゃうかもよ?」

「んん?」

「あっためると、痛みが和らぐから」

それでさっき枕を抱きしめてたのか。

「なら、役に立てるじゃん?俺」

「…翔さん、ありがと」

「どした?」

「だって…あの、あんまり。会いたくないでしょ?」

彼女の言葉の意味を理解できずに、俺は首をひねる。

「いつだって会いたいけど?」

「んー、そうじゃなくて!ほら。手出せないし、私が引きこもりになるし」

「別に構わないじゃん」

「本当に?」

由衣ちゃん、今までどんな悪いオトコと付き合ってきたんだよ?

「当たり前だろ?ただ一緒にいられたらそれでいいよ」

「翔さん……」

「さすがに。毎回って訳にはいかないかもしんないけど。でも会わないより会える方が俺はイイ」

「ありがと。あっ……た、」

「えっ?なに?痛い?」

「薬。………切れた」

「麻薬みたいなコト言うなって」

「うん。…でもあと1時間は感覚空けないとダメだから」

由衣ちゃんはよろよろと歩いて、再びベッドで枕を抱きしめる。

「大丈夫か?」

「まぁ…命に別状はないから」

「そういう問題じゃねぇだろ!」

「じゃ…あの…」

「俺にできることある?」

「手で…あっためて、くれる?」

「ん?いいよ?」

由衣ちゃんの背後に回って。
横を向いて下腹部に手のひらを当てる。

「時計回りに、ゆっくり回して?」

「ん?…こう?」

「………ん。あったかい」

そんなに。
辛いんだ?

「ごめん、ね?」

「何が?」

「櫻井翔にこんなことさせてるって、何か酷くない?」

「全然。つーかさ、」

「ん?」

「いつもこうなのか?」

「えっ?」

「いつも。こんな辛いんだ?」

「…最初だけね?」

「ふぅーん」

俺には一生分かんねぇことだから。
余計、不安になってしまうけど。

「明日は、もう大丈夫だから。朝ご飯作るね?」

「無理すんなって。朝ご飯くらい何とでもなるから。ゆっくり寝ててイイよ」

「ん…じゃあ。起きてから考える」

「少し…落ち着いたか?」

「うん。…翔さん上手。誰か…」

「心配しなくても、誰にもやってあげたことはありません」

“誰か、やってあげたことあるの?”って聞きたかったって。
バレバレなんだよ。

「変なこと考えてんじゃないの」

「そのセリフ、」

「ん?」

「そっくりそのまま返していいかな?」

「全く反論できねぇんだけど?」

あはは、と笑う由衣ちゃんの声が弱々しくて。
冗談がキツすぎたかと反省する。

「寝れるなら、このまま寝てなよ」

「翔さんは?」

「後で、風呂行ってくる」

「ん………」

徐々に弱くなる返事を感じながらも。
さすがに即座には寝られないだろうから右手をゆっくり、ゆっくり、動かす。

あー。
欲を言えばキリが無いけど。
何か、こういうのも悪くないかも、なんて。

少しずつ規則的になっていく由衣ちゃんの吐く息を数えながら。
彼女が完全に眠りにつくまでと。

俺もそっと瞳を閉じた。



明日彼女が起きた時には。
今日よりマシになっていますように。





-END-
定番ネタを書きたくなりました。翔さんは絶対こういうの、うろたえる人なんじゃないかとww

2012.08.21


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