>> 15.刹那に浮かぶ君の顔



「翔さん、お疲れ様!」

「ありがとっ!」

チン、とグラスの当たる音がして。
お気に入りのワインで乾杯する。

「どうだった?って…聞くまでもないか」

「あはは。まぁ、大体の想像と大して変わんないと思うよ」

「うん」

今年の翔さんの仕事の中ではかなり重要だったであろうオリンピックも終わり、
今夜は勝手に2人だけのお疲れ様会。

海外に居た期間は短かったけれど、
三期目の“メインキャスター”のお仕事は
何かと目に見えない苦労も多かっただろう。

そんな苦労の片鱗を微塵も見せず

「こんな仕事をさせてもらえるのは光栄なこと」

だと言い切って。
“楽しみだ”とか“歴史的瞬間に立ち会えるかも”とか
本当に楽しそうに瞳を輝かせていた姿が印象的だった。

期間中はなかなかゆっくり会う時間が取れなくて。
翔さんの家に泊まりに行っても
2人でじっくり話をする時間どころか、
朝ご飯を一緒に食べるほんの数分間程度しか翔さんは家にいなかったりもした。

テレビ画面に映るリアルタイムの彼の姿が見られる一方で
生身の翔さんの存在が、どんどん遠ざかっていくような感覚に襲われる毎日だったような気がする。

面と向かって不満を漏らしたことはないけれど、
それは寂しさに慣れた訳でも、諦めた訳でもなく
ただ単純に、私がそれを口にすると翔さんを苦しめることになることが
痛いほど分かっているからに他ならない。

「由衣ちゃん、ごめんな?」

「…なにが?」

美味しそうにワインを飲んでいた翔さんが、突然私に向かって頭を下げる。

「翔さん?」

「いや、その…ずっと寂しかったり、したんじゃないかなって」

「そんなの、今に始まったことじゃないでしょ?」

「それを言われると辛いけど」

「ふふっ、」

「でもさ。俺は今回ちょっと違ったんだ」

「………何が?」

ふふん、と得意気な顔をした翔さんは「ちょっと待ってて」という言葉を残し
一旦ソファーを離れていく。

「あったあった!」

「なあに?」

「あ、その前にさ。…引かないでね?」

「え?引いちゃう物なの?」

「…人によっては?」

少なくとも、俺のキャラじゃない。という言葉まで付け加えられて。
ますます混乱してしまう。

一体その手のひらに何を隠しているというのだろう?

「全然分かんないんだけど?」

「ふははっ。そりゃそうだよな?ハイ」

「ん?これってキーホルダー?」

「まぁね」

「翔、さん。これまさか…」

「そう、そのまさか」

「ウソでしょ?」

私の手の中で揺れるのは、ロケットペンダント…ではなくてキーホルダー。

恐る恐るハートの形のケースを開けてみると、中にはもちろん。


…笑顔の私。


「翔さん…これ、恥ずかしすぎる」

「…やっぱり引いた?」

「いや。嬉しいことは嬉しいけど…」

まさか。
翔さんがこんなことするとは、夢にも思わなかったから…。

「さすがに首から下げるのは抵抗あったから、キーホルダーにしたんだけど」

「うん」

恥ずかしさに、あんまり差はない気もするけど…

「ほら、何か…一緒に行ってる気分っつーの?」

「ふふっ」

「あ!笑ったな?」

「あはははは!似合わない!全然似合わないし翔さん!」

「なんだよ……」

明らかに、しょぼんとうなだれる翔さんを見ると、
笑いが止まらない中でほんの少し、やりすぎたかなと反省する。

「ちょっとくらいさぁ、喜んでくれてもいんじゃね?」

「ごめんごめん。でも…私が行ってる訳じゃないし。行った気分にすらなれないし…」

「そうだよな。俺が“連れて行った気分”になっただけか…」

「うん、でも翔さんの、その気持ちは嬉しいよ?けど…」

「ん?」

「もうちょっとイイ写真…なかったかな」

「えっ、ウソ。可愛いじゃん」

「翔さんが気に入ってるんなら良いけど…」

「一応、そのつもりだったけど?」

「じゃ、そっちはいいや」

「…そっち“は”って何だよ?」

「だって写真のセットが下手すぎ」

「あのね、そうは言うけど、このちっちゃなスペースに写真セットすんの。大変なんだからな?」

自他共に認める不器用な翔さんは懸命に言い訳するけれど。

「だって…何かシワが入ってるし…」

もう少し。
キレイな状態で海外行きたかったなぁ。なんて。

「悪かったよ。今度持ってく時にやり直すから」

「ふふ、どっちでも良いけど」

「そうなの?」

「一緒について行く方がいいなぁ」

「そりゃ、そっちの方が断然良いよ。ふとした瞬間に思い出すんじゃなく、隣にいてくれんなら」

「………え?」

私の手からキーホルダーを取り戻した翔さんは、
自分の顔の横でゆらゆらと揺らしながら微笑んだ。

「何かの拍子にふと、由衣ちゃんの顔を思い浮かべても」

「………う、ん」

「ここに。いてくれたからさ?何か安心できたっつーか」

「何、それ…」

そんなの、聞いてないよ。

そう言葉に出そうにも、ポロポロとあふれる涙が邪魔をして。
しゃべり声を出したら最後、嗚咽に変わってしまうだろう。

「そんなに泣かなくてもいんじゃね?」

「翔、さん…」

「似合わないーって大笑いしたくせに」

「ごめっ、なさ…」

「もぉー、怒ってないから!」

翔さんはポンポンと私の頭を軽く叩いて。
ふんわりと抱きしめてくれる。

「なかなかさ、2人の時間作れないけど」

「…ん、」

「俺はいつも、想ってるからね?」

「あり、がと…」

「そりゃ、24時間ってワケじゃないし、仕事に集中してる時は違うけど」

「分かってる」

私だって。
それは同じだもん。

「あぁーでもやっぱり!」

「んん?」

「生身の由衣ちゃんがいーな」

「何、言ってんの」

「この、抱きしめた感触とか写真じゃ無理だもんな…」

「当たり前でしょ?」

翔さんは何を言ってるんだろう。

「ごめん、イヤならやめるけど…」

「ん?」

「しばらく…このままでイイかな?」

好きな人に抱きしめられて。
拒否する人なんているわけ無いでしょ?

「イイよ」

あぁ。
でもやっぱり数分後には。

抱きしめているだけでは。

物足りなくなってきちゃうんだろうな。

ここからは。
どっちが先にキスがしたくなるか。


賭けでもしちゃう?





-END-
すみませんすみませんすみません…ロケットに写真はキャラじゃないよね?
イメージ壊しちゃったらごめんなさい!
フィクションです。妄想ですからご勘弁くださいぃ〜

2012.08.18


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