>> 14.浴衣とうなじと線香花火



「翔さん、どう?」

「ん?うわぁ………」

彼女の姿に、俺は完全に言葉を失った。
レトロな雰囲気の紺地に、大きめの花を散らした浴衣。

帯は赤と黄色のリバーシブルになっていて
赤い帯から斜めに黄色が見えるように巻かれている。

どう表現して良いか分からないけれど。


とにかく。

可愛い。


夏の夜の…一輪の花。
というのは我ながらロマンチックすぎるか。

「すげぇ。めっちゃキレイ」

「ありがと。…浴衣が?」

「ちげぇよ!に、似合ってる」

「ふふ、そう?」

由衣ちゃんはにっこりと笑って。
俺の目の前でくるん。と一周してみせる。

「髪も…何か、すげぇな」

「ん?」

俺には絶対できないような。って髪長くもないし需要もないんだけど…
とにかく!由衣ちゃんはその黒髪をアップにして
巻かれた髪の右側では、涼しげな青いガラス玉がキラリと光る。

「その…かんざし?も」

「あ。キレイでしょ?トンボ玉だよ」

「トンボ玉?ちょっと近くで見てイイ?」

「どーぞ?」

くい、っと頭を倒して。
由衣ちゃんは俺に頭を向けてくるけど。

俺の視線は。
トンボ玉じゃなくて、結い上げた髪の生え際…
普段あまりさらされることのない、彼女のうなじに釘付けで。

「ね?キレイでしょ?」

という台詞が。
うなじを見ている俺を感じたから言われたのかと
一瞬だけ。勘違いをしてしまう。

「うん、イイね」

由衣ちゃんには悟られないように。
さりげなく指先でかんざしをつついてみたりして。

…バレて……ない、よな?

「ところで。近所で夏祭りなんかやってないよね?」

由衣ちゃんは、首を小さく傾けて不思議そうな顔を俺に向けてくる。

「まぁまぁ。出かけよっか」

「歩いて?」

「まさか」

俺の脳裏に“天敵”とも言うべき週刊誌に


『櫻井翔、浴衣美人と手つなぎデート!』


みたいな見出しがよぎって。
完全にマスコミの餌食になってしまいそうで、思わず苦笑いを零してしまう。

「いつものところで拾うから」

「はぁーい」

夜の外出は、極力気をつけているから。
由衣ちゃんには悪いけど、マンション近くの待ち合わせ場所まで歩いてもらって。
車でわざわざ拾いに行くという手間のかかる方法を取っている。

「じゃ、翔さん。また後でね?」

「ん。あ、ちょっと由衣ちゃん?」

「なぁに?」

スッと俺に背を向けて玄関に向かう彼女を思わず引き留めて。

何気なく振り返ったその姿に。

…ドキッとした。

「ナンパ、されないでね」

「何言ってんの。されるワケないじゃん」

「そんなの。分かんねぇし」

そんだけ可愛かったらさ。
声。かけられるって。

「大丈夫。そんなに心配なら早く来てね?」

「分かってるよ」

軽い感じであしらわれて。
赤い鼻緒の下駄を履いた後、彼女はひらひらと手を振って出て行った。

「よし!」

俺は由衣ちゃんには内緒にしていた物を準備して。
頃合いを計って、車に乗り込んだ。


無事、待ち合わせ場所で彼女を拾って。
そのまま車を走らせる。

「ね、どこまで行くの?」

「うん。今日は近場な」

「近場?」

「そ。ドライブは目的じゃねぇし」

「……うん」

車のルームミラーから僅かに見える彼女の顔は今夜も笑顔で。
ただそれだけのことで。何だか安心できる。

車は川沿いを上流に向かって。
数台だけの駐車スペースに車を止める。

良かった。
先客は、いない。

「由衣ちゃん、着いたよ?」

「え…ここ?」

「そう。降りて?」

「ん、」

由衣ちゃんは、なぜここに止まったのか分からないといった表情で車を降りる。

「足元、気をつけて?」

「あ。ありがとう」

街灯も少ないし、慣れない下駄だから…ね。
珍しく、俺の方から彼女の手を取る。

ふたりで河原に下りて。
ちょっと大きめの石に腰かける。

「やっぱり…ちょっと歩き慣れないから、痛くなってきた」

「ん?大丈夫?」

「うん。まだ平気」

「いざとなったら、おんぶしてあげようか」

「やだ」

「あ。抱っこの方がいいのか…いてっ」

「からかわないで。平気だから」

由衣ちゃんはちょっと頬を膨らませて。
バチン、と俺の背中を叩く。

「はいはい。じゃ、早速やりますか!」

「…何を?」

「花火」

「えっ?」

「ほら。俺が持ってるの気付いてなかった?」

「あ……ホントだ」

「ちょっと、水汲んでくるから」

「うん」

持参してきたバケツに川の水を少しだけ掬って、彼女の側に戻る。

「ねぇ翔さん」

「ん?」

「この紙袋は?」

「あ。それは一番最後のお楽しみ」

「え?そうなの?」

「そ!どれからする?」

付属のろうそくに火をつけて。
それぞれに花火を選ぶ。

「んーと。あ、この色が変わるのがいいな」

「じゃあ、俺この長ーいの」

「一緒につける?」

「お?いいよ?」

高校生のカップルみたいにワイワイやりながら。
浴衣姿の彼女とふたり。花火をして時間を過ごす。

「あー。花火久しぶりにやったけど楽しい!」

「だな」

同意はしたけど。
純粋に花火を楽しんでいる由衣ちゃんと違って。
俺は…彼女の浴衣姿ばかり見ていたような気がして、思わず苦笑いしてしまう。

「翔さん。最後はこれ?」

「そ!開けてみて?」

「え?何これ。あっ!翔さんもしかして!」

「そう。そのもしかして」

「超高級線香花火…」

以前番組でやった、高級品の線香花火が、本日のラスト。

ラストで。

メイン。


「やってみる?」

「うんっ!」

今日一番の笑顔を見せる由衣ちゃんに。
またまた、ドキッとさせられる。俺。

「わぁ…」

「なかなか、いいでしょ?」

「ん。上品な感じだねぇ…」

「線香花火やってるとさー、」

「うん」

「夏の終わり、みたいなの感じたりしねぇ?」

「分かる。けど、夏はまだまだあるよ?」

確かに。
夏なんてこれからが本番、くらいなのに。

「じゃあ。ホントの夏の終わりにもう一度」

「うん」

線香花火越しに見える、由衣ちゃんの笑顔。

「翔さん、」

「んー?」

「夏の恒例行事になるとイイね?」

「…そだな」

来年も、再来年も。
その次もそのまた次も…
こんな風に、彼女と思い出を重ねていけますように。

口には出さず。
俺は線香花火に願いをかけた。

そして願わくば。
この場所もずっと…。

俺たちだけの、秘密の場所でありますように。





-END-
長ったらしくやった割にはあっさりしちゃいましたね…w

2012.07.28


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