>> 12.天の川を見上げる僕らは



「ごめん、遅くなった」

「私は大丈夫だけど…翔さんは平気?」

「うん。何しろ1年に1回だからなっ!」

上機嫌で運転している翔さんが、
後部座席の私を振り返って笑う。

翔さんの仕事が終わったのが22時で。
そこから待ち合わせをして、車で山方面へと向かっている。

「絶対、男の方がロマンチストだよね…」

「まぁ、それは否定しないな。けど俺に言わせりゃ、女の子は現実的すぎだって」

私の独り言をすかさず拾って。
翔さんは苦笑いを浮かべる。

確かに。
女が現実主義なのも、否定はしないけど。

まさか七夕の夜に“星を見に行こう”なんて
ロマンチックを絵に描いたようなことを言われるとは

正直、夢にも思わなかった。

「…確かにね」

「けど今夜は心配しなくてもロマンチストになれるから」

「うん、」

別に。
ロマンチストになりたい訳ではないけれど。

翔さんと、ロマンチックな雰囲気には浸りたいかな。

「結構上るんだね?」

窓ガラスの向こうに見える夜景が、
だんだんと下に見え始める。

「うん。そろそろ着くよ」

そう告げられて、10分もかからずに
翔さんが目的とした場所に車は停まる。

「由衣ちゃん、ちょっと待ってね。俺荷物あるから」

「荷物?」

こんな山奥に、いや、山奥だからこそ?
翔さんは荷物が多いんだろうか。

後ろでゴソゴソやっている翔さんが気になって。
車を降りて彼の作業を確認してみる。

「あっ!」

「ふふ、すごいでしょ?」

ちょっと得意気に笑う翔さんが手にしていたのは。

大きな天体望遠鏡と、三脚で。

「今日は、これがあるのとないのとじゃ大違いだからな!」

そう宣言して。
意気揚々と舗装された道を歩いていく。

季節柄、人の多いところなのかと思っていたけれど。
そこはリサーチ能力の高い翔さんらしく
さっきの駐車場にも先客は2台だけで。

小さな展望台らしき場所には、人影はない。

「ね。先に来てた人たちはどこにいるのかな?」

鉢合わせるのは夜中とは言え、気まずいだろうと思ったのに。

「もっと上に広い展望台あるからね。多分みんなそっちに流れると思う」

「もしかして、そんなことまで調べたの?」

恐るべし櫻井翔のリサーチ魂。

「当たり前じゃん。望遠鏡持って逃げるのはリスクが多すぎるしね?」

「はぁ…」

三脚を広げて。
ポンポンと、白い望遠鏡の筒の部分を翔さんは軽く叩く。

「由衣ちゃんのこと守んないといけないけどさ、」

「高いもんねぇー望遠鏡って」

「そうそう!あ、いや、そういう意味じゃなくてね?」

焦って首を振る翔さんがおかしくて。
ちょっと意地悪をしてみたくなる。

「じゃ、どういう意味?」

「俺だって正体がバレてたらさ?サインこそしてないけど“櫻井翔の私物”でネット上に出回るとマズいでしょ」

「あ………」

ちゃんと。
理由があったんだ…。

「まぁ、ネットオークションとかだと足がつくかもしんないけどさ…イイ売りもんになるんじゃね?」

「大変だね…有名人って」

翔さんは、いつも何でもないことのように
サラッと口にするけれど。

それが身につくまではずい分時間がかかってるだろうし
自然とできるようになるまでは苦労もあったハズなのに。

「もう、慣れたから。心配しないで?」

そんな風に私を優しく気遣う余裕すら見せる
翔さんは本当にすごいと思う。

「ほら、由衣ちゃん!すごい星空!」

「うん。素敵」

「望遠鏡で見てもなかなかすごいよ?何から見る?」

「もちろん、こと座のベガから」

「お?知ってるねー」

「天体観測、子どもの頃大好きだったの」

「マジで?実は俺も!こと座のベガ、わし座のアルタイル、」

「はくちょう座のデネブで夏の大三角形」

「うんうん。子どもの頃さ、ベガとアルタイルは何光年離れてて、
“もしもし”“はいはい”のやり取りすら恐ろしく時間がかかるって聞いた時は何かショックだったよなぁー」

「あはは!分かるソレ!」

天文学的に恒星の距離の話をされてしまうと。
せっかくの七夕が台無しになる気がする。

「はい、どうぞ」

「見ていい?」

「ん」

そっと近づいて。
望遠鏡を覗いてみる。

「わぁ………」

遠くの星が、大きく見えるだけだと言われたら
確かにそうなのかもしれないけれど。

望遠鏡で見る恒星の輝きは、格別だ。

「どう?」

「うん、キレイ。私こうやって星を望遠鏡で見るの初めてかも」

「マジで?」

「うん。何か、月とかはある気がするけど…」

「じゃあ冬に、オリオン大星雲とかプレアデス星団とかみるとイイよ」

「あー、昴ね!それ、いいかも」

「おー久しぶりに天体の話の分かる人に会った気がする!」

翔さんは嬉しそうに私に握手を求めてきて。
手を差し出すと、そのままグイッと引かれて
きつく抱きしめられる。

「話の通じる彼女って最高じゃね?」

「ん…ありがと」

後頭部に手が置かれて。
満天の星空の下で、キスを交わす。

このロマンチックな雰囲気に飲まれそうになるけれど。
ここが外だということを忘れてはならない。

「ちょっ、と…」

「あら。まだロマンチック足んねぇな?」

両手で翔さんの身体を押して離れると
ニヤリと笑いながらそんなことを言われてしまう。

「どうせ私は現実的ですよー」

「拗ねない、拗ねない。ほら。次はアルタイルな」

「アンタレスがいい」

「え?」

「アンタレス。さそり座の」

「オッケ。ちょっと待って」

「あそこにある」

「おぅ」

肉眼でもはっきり見える赤色の一等星。
ベガの白色もキレイだけど。
アンタレスの赤い光も神秘的で好きだ。

「翔さんは、恒星だね」

「ん?どうした突然」

「翔さんは、単体で光り輝く恒星。しかも一等星だなぁって」

「恒星?んなことねーよ。せいぜい太陽の光を浴びて輝く惑星どまりだって。はい、アンタレス」

「ありがと。翔さんが惑星だったら…私なんか、宇宙のチリになっちゃう」

自分の自嘲気味なたとえがあまりにぴったりで。
思わず笑い声を上げてしまう。

「由衣ちゃん」

「ん?わぁーやっぱアンタレスきれー!」

「由衣ちゃんっ」

「ん?」

せっかくの感動を中断させられて。
私の身体は再び翔さんの腕の中へと収められる。

「ど…うかした?」

「チリだなんてさ。そんなこと言うなよ」

「えっ?」

「俺にとっては、今一番大切な存在なんだから…」

「翔、さん…」

再び落とされた甘い唇に抗う術を。
今の私は持ち合わせてはいない。

どうやら。

ロマンチックになる魔法は私なんかより
翔さんにばかりかかってるみたい。


織姫と彦星も。
こんな甘い夜を、


過ごしているのかな。




-END-
七夕短編でした。皆様も素敵な夜を♪

2012.07.07


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