>> 11.妬かせないで、好きだから



「お嬢様、ご機嫌うるわしゅう、」

「ちょっと、どうし…酒くさっ」

午後11時半を過ぎてから、突然私の部屋を恋人が訪ねて来た。
しかも、彼には珍しく酔っぱらい状態だ。

私の部屋の狭い玄関スペースで
ギュッと抱きつかれているから、身動きが取れない。

「酒飲んできてんだし、酒臭くてもいんじゃね?」

「そういうのね、屁理屈って言うの」

酔ってるクセに口だけは立つのは、
もしかしたら彼の悪い癖なのかもしれない。

「翔さん、ちょ、っと…離して?」

「ヤダね」

「え」

ふと顔を上げると、目の前には
テレビに映るいつもの櫻井翔とは、違うカオ。

その鋭い瞳に、ドキリとして。

「どうか…した?」

嫌なことでもあったのか、表情が険しい。

「別に」

「ね、上がったら?お水飲む?」

「ん」

多少なりとも酔ったところは見たことがあるけれど。
今夜の彼は、少しいつもと態度が違う。

「はい。ミネラルウォーター」

「ん」

ゴク、ゴク、とグラスのお水を飲み干して。
翔さんは向かいに座る私を真っ直ぐに見つめた。

「由衣ちゃん、」

「ん?」

「今日、研修で横浜行ってただろ?」

「あ、うん」

会えなくても、互いのスケジュールは専用サイトで共有している。
だから今日は通常勤務ではなく研修で、
場所や時間などの詳細も彼には伝わっているハズだ。

「俺も偶然、ロケで横浜行ってたんだ」

「えーっ!そうなんだ!」

会いたかったなぁ、なんて。
現実には有り得ないことを考えた私とは逆に
翔さんは眉間にシワを寄せる。

「あの男、誰?」

「へ?」

あの男って…

何の話?

「さっき言ったろ?俺も横浜に居たって」

「え?うん」

「ロケバスで待機中、由衣ちゃんが男と2人で仲良く歩いてるところ、見たんだけど」

「んん?………あ!」

「誰」

「え?あ、佐野先輩って言ってね、1年先輩。あー、歳は3つ上だけど」

「仲……良いんだ?」

「昔はね、本社にいた時お世話になって…」

説明しながら、だんだんと声が小さくなっていくのを自覚する。
もしかしてマズい?この展開…

翔さんの顔が、怖いんだけど…

「付き合ってたの?」

「まさか。そこまで親しかった訳じゃ」

「俺には随分親しげに見えたけどね?」

「それは、久しぶりに会ったんだし…
他の代理店の人も一緒だから知り合い自体少ないから」

何か…言えば言うだけ、“言い訳”してるみたい。
そう自分でも思っていたら

「由衣ちゃん、言い訳すんだな」

翔さんも、同じことを感じとったらしい。

「…そうじゃないよ」

「何が」

「男性女性関係なく、知り合いとは親しく接するし。それって別に疑われるようなことじゃない」

「腕」

「えっ?」

「腕……組んでたじゃん…」

さっきまで強気な態度だったのに。
急に勢いをなくした翔さんが呟くように言う。

「してないけど?そんなこと…」

「俺には、そう見えた」

何となく、心当たりは…ある。

「手荷物のやり取りで、そう見えたんでしょ?
ねぇ翔さん。私ホントにやましいこと何にもないから。信じて?」

私の気持ちが伝わるように。

真っ直ぐ、

真っ直ぐ。

翔さんの大きな瞳を見つめる。

「…ごめ、ん」

「信じてくれる?」

目を閉じながら、ゆっくり頷いて。
再び私を見つめてきた翔さんは優しく微笑んだ。

「由衣ちゃんのこと。信じてない訳じゃないんだ」

「…ホント?」

「けど、いつか誰かに奪われてしまうのかな?って思うことはある」

「どうして?」

「そりゃ、不自由なことばっか強要してるし」

「意外と負い目があるんだね?」

「そりゃそうだろ!友達にも公表できねぇんだし、」

「まぁ、ね」

確かに、デメリットは否定しないけど。

「一般人の男なら、白昼堂々とデートできんだなって思ったらさ、」

「あぁ…」

翔さんの、苦しみの原因は、

これか。

「だからって今更俺がアイドル辞めるなんてできねぇし」

「うん」

それはまぁ、無理な話だよね。

「かと言ってさ、身を引くこともできねぇんだから」

「…ん?」

ガタンと音を立て、勢いよく立ち上がった翔さんは
座っている私の後ろに回り込んで、力いっぱいに抱きしめてくる。

「翔さん…?」

「俺…由衣ちゃんのためだって理由じゃ手放したりできないから」

「んー?」

「俺と別れたかったら、大嫌いになったとか、そんな理由でないと納得しねぇから」

「…うん」

万が一にでも翔さんと、本当に別れることが
あったとしても…そんな時でもきっと。

翔さんのことを大嫌いには…なれないと思うけど。

とりあえず、頷いておく。

「翔さんも、やきもち妬いてくれるんだね?」

「仕方ねぇだろ、そんなこと」

抱きしめていた腕をほどいて。
翔さんは片手で無造作に後ろ髪を掻く。

「好きなんだから」

「う、ん」

「好きだよ」

優しい囁きが、耳に響いて。
寄せられた唇と一緒に、甘い空気に酔いしれる。
振り向きざまに交わしたキスは、
やっぱりお酒の匂いがしたけれど。

きっと私を思って呑んでくれたお酒の残り香は、
私を翔さんに酔わせるには、十分甘い香りに変わっていた。


嬉しいやきもちを、


――ありがとう。




-END-
微妙にタイトルとズレている気がするのは、大目に見てください〜

2012.06.30


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