>> 10.やっぱり、キミが好きだから



『歓送迎会?』

電話の向こうから翔さんの驚いた声が聞こえる。

「ん。ごめんね。ずっとお世話になった上司で、仕事の上ではもう恩人みたいな人なの。だから…出席したいんだけど…」

『行って、おいでよ』

「翔さん…怒ってる?」

『そんなことないよ』

ウソ。
絶対に、怒ってる。

だってその日は夜にデートの約束をしてたし。
次の日もドライブにでも行こうかなんて話をしていたから。

「ホントにごめんね」

『だから怒ってないって』

「そう?」

『うん。俺そんなに心が狭いと思われてんの?』

「そういう訳では…」

私だって残念だという気持ち…
翔さんに伝わってるか、自信ないし。

『あ、でもさ、』

「んー?」

『男性も…いるんだよね?』

「まぁ…ね」

携帯電話のショップと言うと女性店員というイメージもあるかもしれないけれど。
修理担当は大体男性だし、店長も8割くらいは男性で、
男女比で行くとほぼ半々くらいにはなってくるんじゃないかな。
『家まで送るよ、とかってパターンがあったりする?』

「それは…ないと思うけど」

『ひとりでタクシー乗ってよ?俺が迎えに行く訳にはいかないんだから』

「はぁーい」

時々翔さんは、心配性のお父さんみたいになって。
気持ちはね、分かるんだけど…

子どもじゃないんだから…

『家に帰ったら必ず、』

「はいはい。電話するから」

『ちょっと由衣ちゃんっ!何そのあしらったような感じ!』

「んー。だって翔さんの心配するようなことなんか」

『絶対無いとは言えねぇだろ!』

いつも以上に、強い口調に。
カチン、ときて。

「翔さんの浮気する確率よりは低いでしょ!」

『なっ、何言ってん』

「おやすみなさい」

翔さんの言葉も最後まで聞かず、一方的に電話を切って。
サイレントモードにして布団に入る。

「何なのよ……」

心配なのは分かるけど。
デートキャンセルしたのは悪いけど。

私のこと。
翔さんは信用してくれてない。

「あーぁ」

喧嘩したい訳じゃ、

なかったのにな。


何でこんなことに……


何度か寝返りを打った後、手にした携帯には。
翔さんから2回着信が入っていて。
メールも1件受信していた。

【今夜はもう、冷静に話せないだろうからまた改めます】

敬語で締めくくられた無機質な文章が、やけに冷たく感じられて。
冷静になれてないのは絶対翔さんのクセに、なんて
心の中で悪態をついて再び布団をかぶる。



…どのくらい、時間が経ったのか…?
目を開けて枕元の携帯で時間を確認すると
まだほんの30分くらいしか、経過していなかった。

しかし…

「何コレ」

サイレントモードのままにしていたからメールも着信も
音もバイブもシャットダウンされていて。
全く気付けなかったけど……

翔さんから、また着信が2件入っていて。
頭が混乱する。

「……どういう、こと?」

首をひねりながらサイレントモードを解除した直後。
3回目の着信音が響く。

「うわっ…」

静かな部屋に大音量で鳴る携帯を止めたい一心で。
条件反射のようにボタンを押してしまった。

「もし、もし…?」

『由衣ちゃん、あのさ』

「んー?」

『今、由衣ちゃんのマンションの下に来てるから』

「………ん?」

翔さん、今何と?

『そっち行っていいかな』

「え?あ?…どう、ぞ」

『鍵は持ってるからそのままでいいよ』

「あ。はい」

どうやら。
喧嘩した相手の部屋に、合鍵を使って無断で入ることを
躊躇したということなのだろう。
そういうとこ、妙に紳士なんだよね。

パジャマの上にカーディガンを羽織り、
お湯を沸かしてゆず茶を準備していると、玄関の鍵の開く音がした。

「夜中に、ごめん」

「車で来たの?」

「タクシー」

…家に帰る気、ないのかな。

「ゆず茶飲む?」

「ん」

「焼酎、入れよっか?」

運転しないのなら…飲んでも構わないし。

「いや、いい」

「じゃ、少し待ってて」

ゆず茶を2つ。食卓の丸テーブルに置いて。向かいではなく、隣に腰掛けてみる。

「改めるんじゃなかったの?」

ずっと黙っている翔さんより、先に口火を切って。
真意を聞き出してみる。

「明日からまた、遅いんだ。だから、」

「電話できないならって?」

「そう」

「ありがと。まさか来てくれるなんて、想定外もいいとこ」

「迷惑じゃなかった?」

「迷惑なら、部屋にあげたりしないけど」

「それもそうだな」

翔さんは、髪をかきあげて照れたように、笑う。

「由衣ちゃんごめん。変な嫉妬して」

「大丈夫。気持ちが全く分からない訳じゃ、ないし」

直接言ったことはないけれど。
ドラマの打ち上げとか……仕事なのにプライベート感の漂う空間がね?
私も好きじゃなかったりする。

「早く帰るようにするから、安心して?」

「いや。ごめん。ゆっくり、楽しんできなよ」

「ありがと。でも大丈夫だから」

自分がされて嫌なことを、他人にはするな。ってね?

「自分で判断して、適当に帰る」

「迎えには、行けないけど」

「翔さんは、そういう心配しなくていいの」

「うん。でも彼女を迎えに行けない彼氏ってさ…」

「気にしなくていいって」

万が一バレちゃったら、大変だし。

「…気にする」

「なんで?」

「そりゃ、するでしょ」

「え?だって私がイイって言ってるんだし。…え?」

椅子に座っている私を。
翔さんは後ろからきつく抱きしめてきて。

「分かんねぇの?」

「…何、が?」

「俺が由衣ちゃんを好きってこと」

「あ、あり、がと…」

知らなくは、ないけれど。
それでも、私の方がきっとそれ以上好きだよ?

だけど、口で伝えるのはまだ恥ずかしいから。
その代わりに、

振り向きざまに


私の方から、


キスをした。





-END-
喧嘩を長引かせたくなくて、ちょっと頑張っちゃう翔さんでしたっ。

2012.05.13


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