>> 9.笑ってる顔の方が、好きだよ



予定していたお休みが、仕事になってしまうことなんて、
正直そんなに珍しいことじゃない。

でも。
「ごめん、仕事になった」と…
伝えなければならない相手が居るというのは
やはり辛いものだ。

『もしもし』

「由衣ちゃん、ごめん!!」

彼女が電話に出て、休みの計画の話が出るより先に、
俺は先手を打って謝ることにした。

「…と、いうことなんだけど」

『うん…仕方ないね』

「ごめん、期待させといて」

こんな時、由衣ちゃんは絶対に俺を責めたりしないで
ただ“残念だ”という感情だけを表に出す。

それがありがたいのは本当なんだけど…、

責めてくれてもイイのに。

と、思ってしまうのも本当で。
デートの約束を反故にされて、
それでも物分かりの良い態度を取る彼女って…


絶対。

無理してるよな?


「この埋め合わせはさ、」

『ふふ、イイよ翔さん』

「え?」

『埋め合わせの、そのまた埋め合わせをしないといけなくなるよ?』

あはは、と電話の向こうで楽しそうに笑う由衣ちゃんとは裏腹に
俺の気持ちはどんどん沈んでいく。

「…寂しくない?」

『ん?』

「だからぁ!俺が仕事になってさ」

『寂しいけど、寂しいって言っても翔さん困るだけだし』

「そりゃまあ、…そーだけど」

『嫌だーっ!て、言って欲しかった?』

「そ…じゃねぇけど」

『あんまり寂しそうに感じられないのが納得いかない?』

「え…」

『当たり。ね?』

年下なのに、いや実際年なんか関係ないんだろうけど
由衣ちゃんは俺の気持ちに敏感で。

『実はね、内緒にしてたんだけど』

来たよこれ。
まさか別れ話の布石じゃねーだろうな?

「なに?」

『今ね、資格の勉強してるの』

「はっ?」

シカクって…
四角…じゃ、ないな。

…資格か!

「資格ぅー?」

『うん。仕事とは無関係なやつ。あ、転職したいって訳じゃなくてね?』

「はぁ……」

この人、薄々感じてたけど。
ぜってー勉強が好きな部類の人間だ。

『だから、その勉強しに図書館行くから』

「い、行って、らっしゃい」

『翔さんも、お休みなくなってもお仕事頑張ってね?』

「あぁ。うん、ありがと」

俺が励まされてるし…
何のために電話をしたのか、分からなくなってくる。

『でも、前日はいつものように行くから』

「ん」

いつもの、とは
俺の部屋で待っていてくれる。ということ。

『晩ご飯は要らない?』

「わ、っかんねぇ。多分、軽くでいい」

『はーい。じゃ、適当にね』

適当、と言いつつ俺にしてみれば
結構手の込んだものを用意していてくれたりもして。
ひとり暮らしの俺が助かっているのは間違いない。


彼女が家で待っていてくれる日は、
一秒でも早く仕事が終わらないかと
心の中で思っているのは、内緒だけど。

「由衣ちゃん、ありがと」

『んー?』

「何か、いろいろ」

『変な翔さん』

ふふっ、と電話の向こうで彼女の笑い声がして、
俺もつられて笑ってみるけれど。

「ねぇ」

『なぁに?』

「たくさん、笑えてる?」

『え?何が?』

「最近さ、一緒にいてよく笑ってくれてる気がするから」

『そうかな?……ん、そうかもね、翔さんがそう言ってくれるんなら』

「いや、あの。何となくだけど」

ちょっと前はさ、なんだかんだ不安にさせることが多くて。
どうしても泣き顔をさせてたような気がするけれど…

『ふふ、でもそれってイイことでしょ?』

「もちろん。だって、」

『んー?』

「まあ、あの。誰でもそうだと思うけどさ」

『何が?』

「ほら。やっぱ、な?」

『なあに翔さん』

急かされてしまうけど、どうしても。
サラっと言えないんだよ。

「笑ってる顔が、好きだから」

『ふふ、ありがとう』



やっぱり、電話で言うんじゃなかった。


だって。
電話の向こうで、ありがとうと返す彼女の顔は
きっと素敵な笑顔に違いないから。





-END-
…そう言えばこのお題、自作の物でした〜。
主人公ちゃんは特別美人じゃないけれど、笑顔美人的設定のつもりw

2012.05.04


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