>> 8.触れた指先の温度差



「あぁー、まただ…」

俺は目の前の信号を恨めしげに見た。
また、信号待ちだ。
さっきの信号もほとんど最初から待ったのに、
スムーズに流れていくようには作られてないのか?

「…早く変わってくれ…」

ハンドルに置いた左手から覗く、腕時計の秒針と
目の前の信号の真っ赤な光、
それから横の信号の青を左右順番に見つめて。

きょろきょろと顔を動かしたところで
信号が早く変わる訳でもないけれど。
じっと待っているなんて、到底無理な話だ。

「あ。」

助手席に転がっている携帯がメールを受信して。
差出人の見当は大体ついているけど、一応確認してみる。

信号は、

――まだ、赤のままだ。

【運転中じゃなかったら、連絡してもらえると嬉しいです 由衣】

やっぱり。
今待ち合わせをしている彼女からだった。

「あーっと、変わった」

青になるまでの間に電話をしようか、
でもそれじゃ、会話中に信号が変わってしまうだろうかと
迷っているうちに、例によって信号は青に変わり、
俺は慌てて車を発進させた。

こんな事態をちゃんと予測して。
由衣ちゃんは“運転中じゃなかったら”と
わざわざ書いていてくれているんだし。

しかし…

待ち合わせまで、あと10分は確実にかかる。
現在地を知らせてあげるべきか、
それとももう、このまま車を走らせるか…

「どうする、俺?」

独り言を呟きながら、コンビニがあれば立ち寄ろうとするも
こんな時に限って、待ち時間の長そうな信号は通り抜けるし
コンビにも見当たらない。

運転中だからって…メールを受信して約10分放置ってのは…
まずいよな?やっぱり。

だって、俺。

約束した時間より、1時間も遅刻してんのに!!

もちろん、車を出す前には連絡してるし
由衣ちゃんが1時間そこで待ってるという訳じゃない。
けど。

『ぶらぶらしてるから平気』

って言葉を鵜呑みにしたけど。
あの辺……何か店ってあったっけ??

「やっべ!」

人気のない場所を待ち合わせにしたのは。
他でもない、俺自身。

きっと今頃由衣ちゃんは…
自らの手編みのマフラーにあご先をうずめるようにして
ひとり寂しく俺を待ってくれているのだろう。

そうして俺の顔を確認できた時には。
待ちくたびれた、なんて表情は一切出さずに

ただ、

ただ、

会えて嬉しい、と。

満面の笑みを向けてくれるんだ。


だけど本当は…
きっとこの寒さに、ふるえているはずだから。

早く。

一刻でも早く。

由衣ちゃんを抱きしめたくて。

無意識にアクセルに力が入る。
左目の端にコンビニの明かりが見えたけど。
もう、立ち寄ったりせずこのまま行こう。

目の前の赤信号は、俺がブレーキを踏んだすぐ後に青へと変わり、
足をブレーキからアクセルへと置きなおす。

あと少し。
3つ先の信号を曲がったところが。
待ち合わせ。




「ごめん、待たせて」

「大丈夫。ちょっと寒かったけど」

由衣ちゃんが後部座席のドアを閉めた後、
すぐさま車を発進させる。

張られてはいないと思うけど…夜は特に警戒が必要だ。

「腹減ってるよな?」

「うん。ぺこぺこ」

「俺もー。ガッツリ食いてぇ」

「食べすぎはダメだよ?」

「分かってますって」

時々マネージャーみたいなことを言う由衣ちゃんに苦笑いをこぼす。
久しぶりに会えたって時の会話じゃないよなコレ。

「翔さん」

「ん?」

赤信号のタイミングで声がかかって。
左後ろをふり向くと、由衣ちゃんが。

俺の大好きな笑顔を見せてくれていて。

「会いたかった」

「ん。俺も」

左手を後ろにやって、由衣ちゃんの手を求める。

「信号変わっちゃうよ?」

「いいから早く!」

「ん」

差し出された由衣ちゃんの手を、ぐっと握ると、
車に乗ってしばらく時間が経っているのに
かなり冷たくて。自分の手との体温差に驚いてしまう。

「翔さん!青!」

「おっ、おぅ」

由衣ちゃんの手から離れた左手は、ハンドルに移動して。
冷え切った朝の車のハンドルの冷たさを想像しながら
さっきの彼女の手とどっちが冷たいだろうなんてことを
頭の中で比較してみる。

「ごめんね、由衣ちゃん」
「…何が?」

「あんなところで待たせて」

「ううん。人目がない方がいいもんね。本屋さんにいたんだけど、8時に閉店ですって言われたから」

「あー、そっか。マジでごめん」

「うん。翔さんに、会えたからいい」

そんな、今すぐ抱きしめたくなるようなこと
笑顔で言わないでほしいんだけど。

俺…このまま外で理性保っていられるかな?

それとも…

「ねぇ。何料理のお店?」

「え?あー、和食?」

「わぁ。楽しみ!」

「ん。期待は裏切らないと思うよ!」

ルームミラー越しに、瞳を合わせて。
いつものように、笑う。

たくさん待たせた上に、これ以上空腹を我慢させるのも
由衣ちゃんに申し訳ないから。

ぎゅっと、腕の中に閉じ込めるのは。


もう少しだけ、


――お預け、かな。





-END-
時々、翔さん目線での短編もお届けしようと思います。

2012.05.03


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