代わりは誰もいない


「作戦失敗だ」

険しい顔で煙弾を掲げ、リコは赤い煙を上げる。少しでも動けば悲鳴を上げる腕に、サヤは悔しそうに俯いた。

「イアン班長!!前扉から2体接近!10m級と6m級です!」
「後方からも1体!12m級こちらに向かってきます!」

イアンがばっと首を回し巨人を確かめる。焦りの色で揺れる瞳。次の指示を出さないそれに焦れて、リコとミタビは彼に詰め寄った。

「撤退するぞ!!あのガキ扉塞ぐどころじゃねーよ!!」
「あぁ…仕方ないがここに置いていこう…」
「待って」

腕を押さえて立ち上がり、二人に向き合う。エレンを置き去りにすると言った二人に立ち向かおうとしたミカサは、サヤを見てギリ、と歯を食いしばった。
真剣に二人の目を見つめる。

「反対です」
「何言ってんだアンタ!作戦は失敗したんだ。今はこれ以上被害を増やさないことが最優先…!」
「待てミタビ。指示を出す……」

苦い顔を作ったイアンの制止に、リコとミタビはやっとかと言いたげに視線を戻す。切羽詰まった緊張感のなかイアンは深く息を吸い込んでミカサを見た。
このままエレンを見捨てるのだろうか。じっと指示を待つサヤもイアンを見つめる。

「っリコ班!後方の12m級をやれ!ミタビ班と俺の班で前の2体をやる!サヤ、お前は戻って医療班と合流しろ」
「何だって!?あの巨人を守れと!?」
「指揮権を託されたのは俺だ!黙って命令に従え!エレンを無防備な状態のまま置いては行けない!」

その言葉に二人は愕然とする。
わなわなと唇を震わせて、ミタビはイアンに掴みかかった。

「いい加減にしてくれよ…!!もう十分だ!ハナっから根拠の希薄な作戦だった!あの秘密兵器とやらのガラクタのおかげで何百人死んだと思ってんだよ!!」
「エレンを…人類の貴重な可能性を我々が放棄するわけにはいかない。作戦を変更する。彼が自力で出てくるまで死守するんだ」
「っ!」

絶望したように手を放したミタビは、よろけて膝をつく。

「…そんなの、納得できない……」

眉を寄せたままそう呟いたリコはミタビを立たせ、そしてサヤを支えるようにして立ち上がらせた。

「私達は壁を登る。こんな集団自殺には付き合えないよ」
「待ってください!」

リコの手を振り払う。ズキンと痛む腕から気を逸らしながら、サヤは言葉をつないだ。

「私はここに残ります」
「は!?」
「今は役立たずですけど、エレンは私が何とかして連れ出します。皆さんの足手まといにはなりませんから」
「ち、ちょっと待ってよサヤ!まだ分からないのか?此処にいることは無意味なんだ!」
「でも、貴女は巨人になれますか?私はなれない。エレンの代わりは誰もいないと思うんです。…お願いします、残らせて下さい」

腕が熱を持ち始める。鋭い痛みに目が回りそうになりながら、サヤは二人に訴える。
リコは哀しそうにその腕を見て、ゆっくりと俯いた。

「じゃああんたは…この訳のわからない人間兵器とやらの為に命を捨てるわけ?犬死にでしょ!!」
「それは自身が決めることです」
「…その通りだ」

サヤの左肩に手を乗せ、イアンが身を乗り出す。

「俺達は巨人に勝つ方法なんて知らない。知っていたらこんなことになってない。だから…俺達が今やるべきことは、これしかないんだ。…あのよく分からない人間兵器とやらの為に、命を投げ売って健気に尽くすことしかな」

血が滲みそうなくらい、リコとミタビは拳を握りしめる。
イアンは励ますようにサヤの肩を二度叩いて正面を向かせた。見上げた先の顔には揺れる決心と不安が見え隠れしている。

「サヤ……エレンを頼んだぞ」
「…はい!」

頷くや否や、ミタビは前方の巨人二体へと突撃していく。

「ミタビ!?」
「立ち話がすぎたなイアン…。行くぞ!俺達は前方の二体だ!!」
「…あぁ!」

ガスを吹かせ二人は巨人の元へ向かった。静かに見送ったサヤは、リコに向き直る。しかしサヤが何か言う前に、彼女は後方の二体へと方向を変えた。

「サヤ、言ったからにはやり遂げなさいよ。…私だって必死に足掻いて人間様の恐ろしさを思い知らせてやる。犬死になんて納得行かないからね…」

その後ろ姿を見つめて、サヤは強く頷く。
左腕を真っ直ぐエレンへと伸ばし、そのままトリガーを引いた。



prev│9│next
back


×
- ナノ -