立ち止まっている時間が惜しい


遠く真下の巨人が、壁にへばり付くように群がっている。現在 壁門に開けられた穴には技術班の発案により、門前に刃付きの網を張り巨人自体で肉の防護壁が作られていた。


「やはり見当たらんか…超絶美女の巨人になら食われても良いんじゃが…」

残念そうに下を覗き込むピクシスに、サヤ達は何とも言えない気分で足を止めた。

「ではまず自己紹介をしようかの。わしはドット・ピクシス…南区域の管轄を担当しておる」
「エレン・イェーガーです…」
「ミカサ・アッカーマン」
「ア、アルミン・アルレルトです!」
「サヤ・アンドレア…」

振り向いたピクシスに順に名乗っていく。サヤは彼の読めない算段に眉を潜めていた。今、壁の内側では次々に兵士たちが集められている。恐らくピクシスの命令だ。そしてこの状況で集められるということは、間違いなくたった今侵された街に繰り出されるのだろう。
アルミンが苦し紛れに叫んだ提案…エレンの巨人の力でのトロスト区奪還が、まさに実行されようとしているのだ。並の判断力ではない。むしろ異常…。

「下の兵士が気になるかな、サヤ調査兵」
「はい……でも、異見はありません。立ち止まる時間が惜しいのは理解しています」
「…うむ。アルミン訓練兵よ」
「ハッ!!」
「お主は先ほど『巨人の力』とやらを使えばこの街の奪還も可能だと申したな。あれは本当にそう思ったのか?それとも苦し紛れの命乞いか?」
「それは…、両方です。あの時僕が言おうとしたことは、巨人化したエレンが破壊された扉まであの大岩を運んで扉を塞ぐということでした」
「――」
「もちろん助かりたい一心ですが…」

アルミンが指差す大岩に視線をやって、サヤはごくりと息を呑む。確かに可能性があるように思えた。
…問題点は二つ。一つは、エレンが巨人の力を自分で制御出来るのかということ。もう一つは、人間の比率で考えるとあの大岩を持ち上げる力がある可能性は無いに等しいという事。
けれど意見は出来なかった。他に方法はない。全ては、エレン次第だ。

「エレン…出来る?貴方が人類を救いたいと思うなら、私は貴方の為に命をかけられる。犠牲になってもいいと思える」

膝を付いてエレンと向きあった。突然の使命に焦るその瞳を真っ直ぐに見つめて、激励の言葉を伝える。ピクシスは横に身を屈めて、エレンの意思を問うた。

「穴を塞ぐことが出来るのか?」

言葉を喉まで詰まらせたように、エレンは黙って葛藤した。彼にはまだ巨人の力を操る術が分からない。未知と滅茶苦茶な可能性のままで、多くの犠牲を背負う事になるのだ。
心拍数が上がる。…そう、悩んでいる暇はない。

「塞いでみせます!何があっても…!!」

その言葉にピクシスは大きく青年の肩を叩いて立ち上がった。

「よう言ったの!!主は男じゃ!――参謀を呼ぼう!!作戦を立てようぞ!!」


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無謀なトロスト区奪還作戦に、兵の動揺と不安は極限に達していた。無意味な集団自殺とも言える命令に、任務を放棄する者まで現れている。

その光景を上から眺めながら、サヤとエレン、そしてピクシスは壁の上を歩いて移動していた。

「もし巨人が我々の世界に居なかったとして…人間はどんな生活をしていたと思うかね」

前触れもなく振られたその質問に、サヤは歩く歩調を緩める。その質問はまるで、前世の頃の生活を尋ねられているような気がした。

「…空を飛べる乗り物でも出来ているんじゃないでしょうか」

暫く警戒して出した答えに、ピクシスは満足したように笑う。エレンは隣で神妙な顔をした。

「巨人に地上を支配される前、人類は種族や理の違う者同士で果てのない殺し合いを続けていたと言われておる」
「殺し合い…」
「その時に誰かが言ったそうな。もし…人類以外の強大な敵が現れたら、人類は一丸となり争い事を止めるだろうと…。お主はどう思うかの?」
「そんな言い伝えがあるんですか…。それは…ずいぶんと呑気ですね…欠伸が出ます…」

エレンが眉を寄せてピクシスを見る。しかしサヤは驚いた顔で立ち止まっていた。

(なんだろう…この違和感……)

ピクシスの言葉に尋常でない違和感がある。サヤは先程の言い伝えを頭の中でもう一度繰り返した。
種族や理の違う物同士での殺し合い…それはつまり東洋や西洋、文化の違う人間同士の事だ。理は宗教だろうか。そんな世界が大昔に…?
いや、違う、違和感はそこじゃない――。

「…サヤさん?」
「っ」

俯いていると、エレンが怪訝そうに振り返っていた。

「あぁ…ごめん」
「大丈夫ですか…?顔が真っ青ですけど…」

隣に並んで歩きながらサヤは緩く首を振る。今はエレンの作戦を成功させることが最優先だ。
ピクシスが仁王立ちで立ち止まった場所で、二人は壁の内側に向き直った。下一面には兵士が憔悴しきった顔で整列している。

「注!!もおおおおおおおおく!!!」

雄叫びのような号令は、街を軋ませるように響き渡った。



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