黄色いワンピース


黄色いワンピースが日光に透けている。襟元を飾る白いリボンは慎ましく形を整え、胸の真ん中で咲く。自室に立てかけられた全身鏡を見つめて、サヤはしげしげと自分の姿を眺めていた。

こんな服を着るのは久々だ。いつもは一つにまとめている黒髪も、今日は肩を滑るように広がっている。白いレースの手袋を纏うその姿は、負傷した右腕に包帯があるとは言え、普段とはかけ離れた優雅さを演出していた。

「サヤ班長、エルヴィン団長がお待ちです」
「う、うん、今行く」

扉からペトラが顔を出して言う。途端、高揚したように頬が桃色になった。

「綺麗…!班長のそんな姿、初めて見ましたっ」
「まぁ、普段は隊服だもんね…。連絡ありがとう」

気恥ずかしさから素早く鞄を取り、ペトラの方へ向かう。依然ペトラは輝く瞳でサヤを見つめ、揺れるスカートを追いかけた。
付いてくるなと言っても無駄だろうから、仕方なく東に傾く太陽の光を辿るように廊下を歩く。…歩く、と言うよりは走りたい衝動に駆られるのは、やはりいつもと違う自分を恥ずかしいから見られたくないという日本人的本能なのだろうか。

「もう午前の訓練は始まってるの?」
「いいえ、兵長の命令で今朝は厩舎の掃除が優先だそうで。本格的な訓練は午後からになりそうです」
「抜かりないなぁ」

壁外調査が目前に迫っているにも関わらず相変わらずの掃除癖に、苦笑いをこぼして扇で口を隠す。そしてハッとした。服を着替えただけで鍛えられた貴族の令嬢としての振舞いは健在らしい。

兵舎を出ると何やら騒がしい声が日差しと一緒に飛び込んできた。
見ればエルドやグンタ、オルド達が賑やかに水道の方向から歩いている。各々の手には大量の箒やバケツが掲げられていた。そういえば馬小屋の掃除をしていると聞いたことを思い出していれば、サヤ達に気付いたエルドがピタリと足を止める。

「サヤ班長!今から出発ですか」

それに倣うようにこちらに注目するリヴァイ班の面々に、サヤは観念したように笑顔で手を振った。
ぞろぞろと集まるそれらの顔は比較的明るく、目の前のサヤを物珍しそうに見てくる。

「忘れちまってたが、班長はあの名門貴族の令嬢なんだもんなぁ…」
「あぁ、こうしてみると余計現実味が湧くぜ」

エルド、グンタが独り言のように呟く中、とりあえず付いてきたといった風なエレンが箒を片手に首を傾げる。

「前も裁判所で何か言ってたけど、サヤさんて元は有名な貴族なんですか」

その発言に一瞬凍りついたかと思った空気は、興奮したオルオの一喝に時を取り戻した。

「馬鹿っ、お前!アンドレア家と言えば庶民から富豪に昇りつめた名門貴族だろうが!」
「お金持ちや貴族との商業取引に一般民が営む店も取り入れてくれるから、民衆層からも支持されて来た有名な名前なんだよ」

ペトラの加勢に多少驚きつつも、圧に押されたエレンは思わず頷いている。

「そ…それより皆は何をしてたの?ペトラから厩舎で掃除だって聞いたけど」

目の前でそこまで力まれると居心地が悪いので、サヤはぎこちなく話題を変えようと試みた。途端エルド達は一斉にある一人を見遣り、その男…オルオ・ボザドは渋い顔をさらに渋くする。

「その…掃除中にコイツが…とても臭いのキツい、藁に埋もれた固形の物を踏んでしまって…」
「おい、グンタ!そんな遠回しにするくらいなら一思いに言えばいいだろ!ウンコだって!!」

唾を撒き散らすオルオがどつく一方、周りのエルドとペトラは背いた腕で顔を隠し震えている。

「汚れが落ちるまで近寄るなと…」
「なるほど、そういうことね…」

笑いを堪えて言い終えたグンタを労うように相槌を打つ隣で、ペトラは汚い物でも見るような目でオルオを見ていた。

「何だよその目は、ペトラ!もう洗ったから綺麗なんだからな!」
「あーそう。アンタ、兵長の前でそんな恥晒した訳ね」
「ぐっ…」

いつものリヴァイを真似た口調はすっかり忘れているらしく、目の前のオルオは汗を滲ませて項垂れている。ペトラに弄り倒されるオルオが可笑しくてくすくすと笑っていれば、気を取られたかのように自分を見つめる皆に気が付いた。慌てて笑いを引っ込めれば、ペトラが「いえ…」と両手を振る。

「今に始まったことじゃないですけど、ここ最近浮かないことばかりだったじゃないですか。それで、こうやって班長や皆で笑うのも、何だか懐かしいなって…」

けれど照れ臭そうに笑うペトラの瞳には、どこか寂しさが窺える。

「……うん、本当だね」

ペトラ達の代が入団してから自然と話すようになり、食堂で楽しく笑い合ったのはどれくらい前の事なのだろうか。そんなに遠い昔の話ではないというのに、巨人に支配されているという変わらない状況のなか、確かにあの日々は陽だまりのようだった。
そこで思い付いたようにサヤは顔を上げる。

「……今度非番を使ってみんなで街へ買い物に行こう!ペトラには私のワンピース貸してあげるから、一緒に目一杯お洒落して出かけよう」

花のようなサヤの笑顔に、一同は驚いたように、けれど嬉しそうに目を見開く。

「いいですね、たまには」
「わっ、私、いいんですか?サヤ班長の服を借りるなんて…」
「ふふ、そう言って目がキラキラしてるじゃない」

そっと親友にするかのようにペトラの頬に触れれば、大きな瞳はさらに揺れて光を取り込む。サヤはペトラの可愛く乙女な表情に心底気持ちが晴れるようだった。咄嗟に思い立ったことだったが、これはぜひ実現したい。

「お前も来い、エレン」
「エルドさん。え…オレも、ですか」
「当たり前だ。勿論荷物持ちにな!」

オルオが意地悪を込めてそういうが、エレンは動じずにはぁ…と答えるだけだ。巨人以外のことには殆ど興味がない彼のことだ、呑気だと思われているに違いない。

そうやって休日は何をするかという計画に夢中になる一同は、遅すぎる部下達の帰りを訝しんだ上司が冷徹な形相で現れるまで話に華を咲かせていた。



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